蛍が風神像の前でウェンティと出会ったその夜。風立ちの地にある七天神像の前で、ウェンティはライアーを奏でていた。ライアーの音色に呼応するように穏やかで暖かい風がやって来た蛍とパイモンの頬を撫でる。
「やあ、来たね」
ウェンティは七天神像を訪れた蛍にそう言って笑顔で出迎える。蛍達は顔を見合わせつつウェンティに話しかけた。
「それで、話って?」
蛍の言葉にウェンティは笑顔から一転、無表情になった。
「キミ達はトワリンのことを知っている、そうだね?」
ウェンティのその言葉に、パイモンはやはり驚いた様子を見せつつ、
「お前、やっぱり『風魔龍』をトワリンって呼んでるんだな。オイラが知ってる限りだとトワリンって最初から呼んでいたのはアガレスだけだったよな」
蛍に向けそう言う。『アガレス』という単語が出た瞬間、ウェンティの眉がピクッと動いたのだが、蛍の方を向いていたパイモンは気付いていない。
「えへっ、ボクは吟遊詩人だからちょっと人より歴史に詳しいだけだよ。色々調べなきゃならないこともあったしね」
「取り敢えず聞きたいことが…」
蛍はウェンティにそう切り出すと懐から涙の形をした風元素の結晶体を取り出した。しかし、最初の状態とは少し異なっており赤く変色していた結晶体は本来の風元素の結晶体としての輝きを取り戻していた。
そんな結晶体を見たウェンティとパイモンは驚きのあまり目を見開いていた。
「あれ?前と様子が違うな…?いつの間にか結晶が浄化されてる…?」
前まで濁っていたのに、と蛍もパイモンの言葉に同調した。ウェンティはその結晶を見ながら悲しげな視線を向ける。
「これはトワリンが…『風魔龍』が苦しんで流した涙だ」
その言葉に蛍もパイモンも目を伏せる。そんな中、ウェンティは自分の持つ涙を取り出した。その涙は浄化されておらず、赤く変色して濁っていた。
「…ボクも彼の流した涙を持っているんだ。浄化をお願いできるかな?」
ウェンティは言いながら変色している涙を蛍に差し出す。蛍は首肯きつつその涙を受け取るとジッとその涙を見つめた。
「え───」
パイモンか、はたまた蛍自身か、それはわからないがどちらかがそう声を漏らした。蛍の手に涙が移ってからすぐに色彩に変化が現れ始め、禍々しいオーラを放っていた涙は美しいオーラを放つようになった。
これにはウェンティも驚きを隠せずに、しかし嬉しそうに微笑んだ。
「キミ、本当に不思議な力を持っているんだね。キミのような人が吟遊詩人の詩に登場させられるのは、ある種の運命だと思ってくれ」
ウェンティはそのまま胸に手を当てて目を瞑りながら言う。
「日向にいれば英雄に、日陰にいれば災いに…」
噛みしめるように言ったウェンティはそのまま目を開けると寂しそうに笑う。
「これは昔、ボクが友人に言われた言葉だよ」
パイモンがウェンティの寂しそうに笑う表情を見て何かを察したようでウェンティに向けて言葉を投げかけた。
「その、ウェンティ…その友達ってもしかして今は…」
パイモンの言葉に対してウェンティはにっこり笑うと、
「あはは、もしかして死んじゃったと思っていたのかい?」
ウェンティはそのまま肩を竦めながら続ける。
「今はどこにいるかわからないけど、生きてるよ。ボクの予想が正しければ、キミ達の手伝いをしていれば会えるはずさ」
ウェンティはそれはさておき、と手を叩いて脱線していた話をトワリンに関するものに戻した。
「トワリンは討伐されずとも、その生命力は物凄い勢いで消耗していっている…彼は激しく燃え盛る炎のような怒りの中で、自分自身をも燃やし尽くそうとしているんだ」
ウェンティは苦々しげな表情を浮かべながら更に続ける。
「トワリンのモンドへ向ける憎しみは自然に発生したものじゃない…腐食に身を蝕まれた際の産物なんだ。だからこそトワリンと話しても無意味だったのをボクは知っている」
トワリンのその状態を聞かされた蛍達は少し悲しそうな表情をしてから口を開く。
「何か手伝えることはある?」
ウェンティは蛍の言葉に微笑みを浮かべる。
「涙の結晶を浄化してくれただけでもかなり助かったんだ、ありがとう」
ウェンティは礼を言いつつ更に続けた。
「もう充分だよ、って言いたいところなんだけど…今は新しい作戦を思いついたんだ」
その言葉にパイモンは胡散臭いとでも言いたげな視線をウェンティに向ける。だがウェンティはさして気にした様子もなく告げる。
「本当はトワリンを説得してから決行しようと思っていたのに、どこかの誰かが会話の妨害をしちゃったからね。お陰でボクもトワリンと同じ腐食に身を蝕まれかけたけどね」
ウェンティの言葉に蛍達は首を傾げたが、パイモンが何かに気付いたようで声を上げた。
「あ、もしかしてそれってあの時の…?」
ウェンティが微笑みながら首肯きつつパイモンの言葉に答える。
「そうそう、けど結果オーライかな。お陰でボクはキミ達に出会うことができたんだしね」
その言葉に蛍達は申し訳無さそうな顔をしたがウェンティは再びその様子を気にせず続けた。
「まぁ、そんなわけで…トワリンを止めるためにちょっと必要な物があってね。ボクと一緒に大聖堂に行ってほしいんだ」
「大聖堂?そんな所にトワリンを止められるほどの何かがあるのか?」
ウェンティの言葉にパイモンは首を傾げながらそう言った。ウェンティはニコッと笑うと、
「取りに行くんだ…ライアー…『天空』をね」
そう言った。それに対して蛍はもしかして…と口を開く。
「それって天空のライアーのこと?」
「あれ、でも天空のライアーがトワリンを止めるものってどういうことなんだ?」
そして蛍の言葉にパイモンが被せる形で疑問を呈する。
「天空のライアーがあれば、ボクはトワリンを悪夢から目覚めさせられるはずだよ。勿論、ボクが世界で一番の吟遊詩人だから、という前提はあるけれどね」
ウェンティの言葉に対して蛍もパイモンも彼に対してジト目を向ける。だがウェンティは胸に手を当てると蛍達に上目遣いをしながら、
「ほら、ボクのことが頼もしく見えてきたでしょ?」
「…全然怪しいけどね」
あはは、とウェンティは笑って誤魔化すと一旦会話を区切る。そのまま片目を瞑ると微笑みながら蛍を見た。
「それで、ボクにまだ聞きたいことがあるんじゃない?」
勿論、蛍にはまだ2つ程聞いていないことがある。だが片方は恐らく聞いてもウェンティにはわからないことだろう、と考えて聞くことはしなかった。
「今日私達と初めて話した時に少し意味深なことを言ってたよね。だから…あなたの正体が知りたい」
蛍はそう言って真剣な表情でウェンティを見た。ウェンティは、というと意味ありげな笑みを浮かべながら蛍とパイモンをただただ見ている。少し間を置いてウェンティが口を開いた。
「そうだね、キミがボクの正体を知りたがるのも当然のことだ。けれど、まだ教えられない」
ウェンティはそう言うと、ライアーを取り出して軽く音を鳴らす。
「…ボクと共に『天空のライアー』を取り返した暁には教えてあげる」
ウェンティの言葉に蛍は首肯きながら、
「今はそれで構わない」
と告げるのだった。
そのままウェンティと共にモンド城にある大聖堂の前までやって来た蛍達は人気のない所で作戦会議をしていた。
「───それで、どうやって天空のライアーを手に入れるつもりなんだよ?」
パイモンがウェンティにそう問いかけた。ウェンティはえーっとね、と思い出すように言う。
「ボクの調べによれば天空のライアーは大聖堂内のとある安全な場所に保管されてるみたいだよ。ただ詳しい位置まではわからないからまずは下調べをしよう、興味があるなら一緒においで」
言いつつ完全に思い出したらしくスラスラと言葉を紡いでいく。そしてウェンティの言葉に賛成した蛍達はウェンティについて行き、大聖堂内に足を踏み入れた。
大聖堂内に初めて入った蛍達は暫しその荘厳さと神聖さに目を奪われていたが、ウェンティの呼び声を聞いて奥へと歩いていく。二人が近付いてきたのを見計らったウェンティが「まぁ見てて!」と言って一人のシスターに話しかけた。
話しかけられたシスターは胸に手を当てるとお決まりの風のご加護があらんことを、と言ってウェンティに何の用かを問い掛ける。ウェンティはまずトワリンをどうにかする方法がわかったことをシスターに伝えた。シスターは人当たりの良い笑みを浮かべそれを褒めた後、そのままだったら騎士団に報告すればいい、関係のない一修道女にはどうしようもない、ということを告げる。
しかしウェンティとてそれで引き下がるわけにはいかず、尚も続けた。
「えへへ、それでさ、あの風魔龍をどうにかする方法には『天空のライアー』が必要なんだけど───「お帰り下さい」え…?」
しかし、話の途中で突如無表情に変わったシスターがウェンティの言葉を遮った。ウェンティが訳が分からず呆けているのを見たシスターが今度は言葉を紡いだ。
「あの凶悪な龍は確かにモンドの脅威ですが、代理団長が意を決すれば先ず間違いなく打ち倒すことのできる相手です。で、あるのにわざわざどうにかする必要なんてないでしょう」
シスターの言葉にウェンティは少し悲しそうな表情を浮かべながら反論した。
「そんなことをしたら風魔龍が死んじゃうじゃないか…絶対に駄目だよ」
だがシスターはいよいよ堪忍袋の緒が切れたのか、はたまた今までトワリンにモンド城を襲撃されたことへの怒りが限界に達したのか、怒った様子を見せつつ言う。
「そうは言っても東風を裏切った愚獣です。風神様だってきっとアイツを許したりなんかしないはずだわ!」
ウェンティはその言葉に尚も反論しようとして、直前で言葉をぐっと飲み込んだ。そして、
「お姉さ〜ん、どうしても駄目〜?」
猫撫で声でシスターにそう言った。何故か大聖堂内に誰かの咽びが響き渡るが誰も幻聴だとして気にしなかった。それはそうとシスターは何故か少し顔を赤くしている。
そんなウェンティ達を少し離れた場所から見守っている蛍達は、
(旅人旅人、あのシスター…アイツの上目遣いにやられてるみたいだぞ…)
(うん、好みのどストライクとかなのかな?)
そんなやり取りをしていた。だがシスターはなんとか気を持ち直すと今度こそしっかり断って仕事に戻って行った。そんなシスターを、まるで付き合っていた彼氏に捨てられた彼女のような体制で見送った(?)ウェンティを、蛍達が引き摺ってなんとか外へと連れ出した。
ウェンティはふぅ、と溜息を吐くと下をちょろっと出してウィンクをしながら、
「えへっ、失敗しちゃった☆」
そう言った。蛍達はあまりのインパクトに少しの間呆けていたが、やがてパイモンがぷるぷると俯きながら震え出したかと思うと、
「えへっ、てなんだよ!!!」
とそうツッコミを入れるのだった。
さて、大聖堂を出てきた蛍達は大聖堂の側で再び作戦会議を行っていた。ウェンティは先程の失敗から教会に頼み込んで天空のライアーを貸してもらうのは無理があるようだ、と悟ったらしく蛍達にある提案をした。
「そう、忍び込んで盗んじゃおう!!」
「いや、何言ってるんだ?盗難は犯罪だぞ…それにライアーのある場所だって…」
しかしその提案とは天空のライアーのある場所に忍び込んで盗もう、というものだったためにパイモンは呆れ顔で返した。しかしウェンティとてただシスターに追い返されたわけではない。
ウェンティはチッチッチ、と人差し指を立ててそれを左右に振った。
「ライアーのある場所なら、大聖堂の隠し部屋の中さ。勿論、今は警備が厳重だろうけれどね」
「お前、どうやってそれを調べたんだ?」
パイモンが言いつつ驚きに目を見開く。ウェンティは見てればわかるよ、と言ってそれを軽く流しながら、
「警備を少しでも薄くするためにボクがここで囮をするから、その隙にキミが大聖堂内に忍び込んでくれ。最悪バレても逃走しやすい今日の夜に決行しようじゃないか!」
そう言って締め括る。対する蛍もパイモンも呆れ顔だったが溜息を吐くと、
「他に方法もなさそうだし、仕方ないよな…」
「終わり良ければ全て良しって言葉もあるし…」
とそう言って覚悟を決めた様子だった。ウェンティはそんな二人の様子を見て笑みを浮かべると、少し嬉しそうにそう言った。
「よしっ、それじゃあ早速行動を起こすための準備を───」
しかし、ウェンティの言葉が最後まで紡がれることはなかった。ウェンティの視線はある一点を向いて止まっている。丁度大聖堂の影になっていて視界の悪いその一点を見つめているのである。
しかし、大聖堂に背を向けている蛍達には見えなかったためウェンティが突然言葉を止めたようにしか見えない。それを心配したパイモンがウェンティに声をかけるがウェンティからの反応はなかった。
「───させると思うか?」
だが、突如背後から聞こえてきた声を聞いた二人は状況を理解した。ウェンティは蛍達の背後にいる何者かを見つめて固まっていたのだ。蛍達は冷や汗を浮かべながらゆっくり振り向く。
「…はは、探す手間が省けたよ───」
ウェンティも同様に冷や汗を浮かべながら複雑な表情を浮かべその人物を見た。蛍達もその人物に視線を向け、そして目を大きく見開いた。
透き通るような銀髪と白い肌、そして光を全て吸い込むかの如き漆黒の衣に唯一色鮮やかな赤い瞳。
そしてその容姿を見た蛍達よりも早く、ウェンティは蛍達に聞かされていないはずの名を呼んだ。
「───アガレス」
ウェンティの言葉に蛍達は再び驚き、そして名を呼ばれたアガレスは意味深に口の端を持ち上げて笑うのだった。
あれ、アガレスがラスボスに見える…????