さて、トワリンから分泌された謎の物質を回収し終えた二人と共に俺はモンド城への歩みを進めていた。と言っても囁きの森を抜ければすぐにモンド城だからあと僅かな距離ではある。
そんな時だった。
「───ちょっと、そこのあんた待ちなさーい!!」
そんな声が俺達の左側から聞こえてきた。いや、正確には左側にある小さい崖の上から聞こえてきたようで、足音も聞こえてくる。やがて声の主はその姿を現したのだが、崖から飛び降りると地面に転がりながら着地して勢いを殺していた。
ふむ…どうやら身体能力がいいようだ。並大抵の敵ではないようだな、なんて考えていたのだが姿を現した赤いリボンを頭に付けた少女の身につけている服の胴に見覚えのある紋章があった。
その紋章を見て俺は警戒を解く。蛍はまだ少し警戒しているようだったがパイモンはおどおどしているだけだったのでまぁ問題ないだろう。彼女から危害を加えてくることも恐らくないはずだからな。
「風の加護があらんことを」
まず彼女は自身の胸に手を当ててそう告げた。それから俺達を見て───疑うような視線を向けた。
「あんた達の服装、見たことないね…何処から来た人?」
何処から、と言われると少し困ってしまうな。と思っていると蛍がなんでもないことのように告げる。
「私は蛍、異世界からやってきた。見たことないのも当然」
「そうなんだ…あんたってすごいんだね!ってことはそっちの人も…?」
彼女が俺を見ながら首を傾げる。俺は首を横に振り、自身がかつての神であることを話そうとしたが、突如蛍とパイモンに制された。
何がいけなかったのだろうか?と首を傾げていると、蛍はうんうんと首肯いて彼女に必死にアピールしていた。どうやら俺も異世界から来た、という設定にしたいらしい。
「そうだ、俺も彼女───蛍と同じ異世界から来た。名はアガレスだ」
この世界に知り合い一杯いるけどね。
俺の言葉に彼女は同じような反応をした後、パイモンを見て不思議そうに目を丸くした。
「それでその…浮いているちっちゃい子は…?」
彼女がパイモンに興味を示したが、旅人が物凄いことを言った。
「非常食だ」
「「!?」」
思わずまだ名前もわからない彼女と共に仰け反り驚いていた。パイモンはプルプルと震え、顔を真赤にしながら今日イチの大きな声で、
「おいっ!オイラは非常食じゃないぞ!!」
と、そう言うのだった。
赤いリボンを付けた少女はアンバーと名乗り、ちょっと手伝ってほしいことがある、と言っていた。一先ず俺と蛍達はそれを手伝うことになった。アンバーとしては俺達の力量を見定めるという意味合いもありそうだな。
そうなると手の内を晒しすぎるのも良くないのか…?なるほど、だから先程蛍達が俺を制したのか。
そうなると使える元素は何にするか…いや、使い勝手がいいのはやはり岩元素だな。
俺は常に岩元素を使用し続ける必要があったため、足に常に岩元素を纏わせることにした。
「そういえば旅人はなにか元素を扱えたりするの?」
アンバーが蛍にそう聞いた。その問いに答えたのは蛍ではなくパイモンだった。
「旅人は『神の目』がなくても元素を扱えるんだぜ!すごいだろ!!」
「へぇ〜それはすごいね!なんで?」
「それはオイラにもわからないぞ」
まぁ実際のところ蛍が『神の目』なしに元素を扱える理由は不明だ。俺とて全元素を扱うことができるもののそのメカニズムは理解できていない。そういう神だから、といえばそれまでだが何らかのメカニズムがあるように思えるな。
「それじゃあアガレスさんも一緒なの?」
アンバーの興味が俺に向き、彼女がこちらを見てくる。その瞳には期待が籠もっているように見える。確かに『神の目』なしに元素を扱うことはできるが…と俺は蛍を見た。蛍は首を横に振った。
俺は溜息を吐いて腰についている『神の目』を手に取りアンバーに見せる。俺の『神の目』には岩元素の輝きがあった。
「へ〜、アガレスさんは岩元素なんだ!」
「ああ、まぁな…」
騙してしまって少し申し訳ない気持ちになったがその内本当のことを教えればいいだけのことだろう。
俺の『神の目』は普段は無色透明でなんの元素も宿っていない。だが、俺が元素を使うときにのみその元素の色に発光するのだ。だから常に岩元素を使用しておく必要があり、現に俺は足に常に岩元素を纏わせているので『神の目』は岩元素の輝きを持っている。ただ、元素の同時使用をした場合は発光せず無色透明である。
そもそも、『神の目』とは凡人が元素を扱うための外付け機関だ。そして通常その『神の目』には一つの元素しか宿らず、途中で変わったりすることはない。
神もダミーの『神の目』を持っていたりするのだが、基本的には意味を成さないものだ。実際、俺のものも本来の『神の目』の役割は果たさない。何故ならダミーだからだ。
「さぁ見えてきたよ!アレが『ヒルチャール』の集落だよ!!」
少し小高い丘の上には何匹かの人型の生物が存在していた。どうやらアレがヒルチャールらしい。
「ヒルチャールか…初めて見たな」
「うえ、アガレス…ヒルチャールって結構有名な魔物だぞ?どうして知らないんだ?」
少なくとも500年以上前には存在していなかったはずだ。俺が知らないというのはおかしいからな。
「まぁ、それは今は良いだろう。高台にいるヒルチャールは恐らく弓を使うだろう。俺がそれを叩くから他は任せる」
「わかった」
アンバーも蛍達も俺がどうするのかを注意深く見ている。まぁ別に見られたところで問題はないだろう。
「岩槍」
俺は岩元素で形作った槍状のものを高台のヒルチャールに向けて発射した。岩元素の槍はまっすぐ飛んでいき───
「チッ…法器がないとここらが限界か」
───いや、ギリギリ外れた。ヒルチャールは驚いて辺りをキョロキョロしているが、間髪入れてはいけないだろう。
俺は法器を取り出すと今度は法器を通して岩元素の槍を生成しヒルチャールへ向けて飛ばした。今度こそ岩元素の槍はまっすぐ飛んでいき頭を吹き飛ばした。少しこれに関しては練習が必要らしい。
俺の課題が明らかになったところで蛍が突撃、アンバーが援護しヒルチャールの集落はものの数分で鎮圧された。
「手伝ってくれてありがとう!でも、あんた達がここまで戦えるなんて思いもしなかった…」
アンバーがにこやかに俺達にそう告げた。まぁ、実際思っているのだろう。俺が見せた長距離射撃は到底常人にはできないだろうからな。
それに蛍の戦い方も少し面白くこの世界に属さない剣術だった。少し見識が広がったのは嬉しい限りだ。
「それで、任務も終わったしこれからモンド城に行くんだろ?」
パイモンがニコニコしながらアンバーにそう聞いた。アンバーもニコニコしながら、
「じゃあ、モンド城に案内するね!」
アンバーはそう言いつつ、モンド城へ向けて俺達を先導するように歩き始める。宝箱を漁っていた蛍は少し急いでこちらへやって来た。やがて俺達はモンド城にようやく到着することになった。
500年前からあまり変わっていない風貌のモンドは、しかし少し活気が無いように見える。
「アンバー、何やらモンド城内の活気が心做しかないように見えるのは気のせいか?」
モンド城に着くなりそう聞いた。アンバーは少し申し訳無さそうにしながらわけを話した。
「最近、風魔龍っていう大きい龍がモンド城を襲っていてね。でも安心して!必ず西風騎士団がなんとかするから!!」
アンバーの言葉に蛍が首を傾げた。彼女が西風騎士団のことを知らないのも無理はないか。ということで俺は口を開いた。
「西風騎士団はモンドを守ってる組織、まぁつまり防衛組織のことで、事実上の統治機構だ。モンドはその歴史において貴族社会を良しとしていないからな。まぁとにかく、西風騎士団がなんとかしてくれるなら安心だろうさ」
俺がそう言うと蛍はなるほど、といった様子で首肯いた。
「そうだ、旅人にあげたいものがあって…ごめんアガレスさん…待っててくれる?」
アンバーが申し訳無さそうに俺に言うが、俺は首を横に振って問題ないことを示す。
「問題ない。ここで待っている」
「わかった、またねー!!」
アンバーが手を振りながら蛍とパイモンを連れて行った。待っている間は特にすることもないので人通りを眺めていたのだがどの人もモンド人といった感じの顔立ちだ。皆それなりに幸せそうな表情をしているのを見ると、500年前『終焉』を止めた甲斐があったと思えた。
まぁ、忘れ去られているみたいだが、と現実を直視して少しだけネガティブな感情に支配されつつモンドの様子を見つめていたその時だった。
不意に、風が強くなった。いや、風が強くなったどころか竜巻のような暴風が吹き荒れた。
「っ…この風の強さ…まさか」
直後、モンド城内に黒い竜巻が出現した。そしてその黒い竜巻の中には蒼い巨龍の姿が見える。俺はその姿を見て戦闘態勢になりつつ目を細めた。
「来たか…トワリン」
竜巻が直撃している場所には蛍達がいるはずだ。俺は彼女達を救うべく、そして危機を排除するべく走り始めるのだった。