春の暖かくうららかな空気の中、ライブハウスのスポットライトが熱となって俺の体を温める。
――俺の女装した体を
『次は結束バンド!女の子のみで結成したガールズバンドです!』
俺の横で、ドラム担当の虹夏先輩がMCするが、
――大嘘である。
俺は女装させられ、タンバリン一つでステージに立っている。
スポットライトが、冷や汗を書く俺の体を強制的に温める。
だが、メイド服を着せられた股間はスースーしており、未知の体験にさらに冷や汗をかいてしまう。
スカートという未知の領域、パンツの下がスカスカだ!
よく女性はこんなもの着れるな、と動揺している頭の片隅で感心してしまう。
俺が動揺している一方で、肩についたフリルがシルエットをぼかしているせいか、それともクラシカルなメイドらしいフワッと長いロングスカートのせいか……。
――目の前にいるお客さんたちは
――女装男がステージにいることに気づく気配がない
20メートルも離れていないと言うのに。
――どうしてこうなった
俺の初ステージは後悔と共に始まった。
――――――――
――バンドだけに人生を賭けるのは、バカなやつのやることだ。
――秋。
紅葉が赤く染まる11月。
最年少中学3年生15歳で司法試験を合格した俺目当てに、学校に集まったマスコミたち。
彼らを俺は体育館で出迎え、質疑応答していた。
ロックバンドとして過激なことを――
――ではなく模範的な学生として無難なことを。
「北見悠くん。君はまだ中学生なのに、どうして弁護士を志したのですか?」
「社会の不正を正したくて…。もっとより良い社会にしたいんです。子供の僕でも目に余るくらい世の中に不正が満ち満ちています。議員も考えたんですけど、議員は年齢制限があるので弁護士を目指しました」
「勉強はどうやってされましたか?」
「過去問を中心にやりました。最初は5点も取れなかったし、用語が難しくてわかりませんでしたが、一個一個潰して覚えました。でも……」
俺が、これはオフレコなんですが……、と言い淀むと、聞き逃さないとばかりに記者たちの目つきが変わる。
「本当は六法全書を枕にして、寝ながら勉強していたんです」
俺が冗談を飛ばすと、記者たちは笑いと共にリラックスした雰囲気に包まれる。
つまらない冗談だが、効果はあったようだ。他のありきたりな質問ばかりしてた記者たちは、少しつまらなさそうに去っていったが、隣にいた担任と校長は嬉しそうだ。
頭の禿げ上がった定年が近い太っちょの男性校長が、我が事のように嬉しそうに言う。
「おめでとう!これで君の人生は安泰だ!」
俺も嬉しそうにニコニコしている。
――そうだ
――俺の人生はロックバンドに掛けてもいいぐらい、
――安泰となったのだ。
――なんたって、弁護士の時給は1万円だ!
そうして学校が終わり、放課後となると、俺のいとこである後藤一人がギターを抱えてやってくる。
「ぇへへ‥‥、ゆーくん、一緒に帰ろう……?」
「ああ」
彼女はもはや見慣れたもので、中学校の地味な制服に重そうなギターをずっと抱えている。
俺と彼女はいとこ同士だ。
俺は東京の難関高を狙っていて進学にあたり、関東に慣れる時間も必要だろう、ということで、
――親戚である後藤家に居候させてもらっている。
それ以来、年が近いのもあり、とある出来事で関東での初めての友人が彼女となった。
――後藤ひとり
俗にいう陰キャ、スクールカーストに所属しない番外位。クラスで一番最後までグループ分けで残る子だ。
彼女は俺が転校してくるまで、どうにも一人ぼっちの放課後を過ごしていたらしい。
だが、とある出来事で俺と彼女は友人になった。
彼女は初めてできた友人が嬉しいのか、ずっと俺の後ろで歩いている。
俺の袖を握りしめ、俯きながら、時折『ニへへ……』とニヤけている。
側から見たら気持ち悪いのかもしれないが、俺はそんなことは思わない。
そんな後藤ひとりを後ろに着かせながら家に帰ると、親父からロインが来ていた。
『司法試験合格おめでとう、これからも弱者の盾となるよう励め』
親父の堅苦しいロインに、『もちのロン!』という『死語スタンプ』を送って茶化して返す。
俺の親父世代には死語は多分刺さるだろう、いろいろな意味で。
――もちろん試験勉強を手伝ってくれた親父に感謝の気持ちもある。
俺の親父は最高裁判所判事まで上り詰めたバリバリの法曹エリート。
そんな親父に恥をかかせられないし、胸を張れるような生活を送ってきた。
だが、俺には関東にきて一つの目標ができた。
――ロックバンドで成功したい……!
ロックバンドに人生の全てを賭けるのはバカのやることだ。
そのために、俺は必死になって司法試験を突破した。
弁護士、医者、政治家。
社会的エリートと言われるそれらの中で、若くからなれるのは弁護士だけだ。
だから弁護士を目指した。
それに、親父の言う通り、弱者の盾になれ!というのも悪くない。
英雄願望って言われるかもしれないが、あったっていいじゃないか。
だって俺まだ15歳なんだし。
そうしているうちに、ひとりと一緒に後藤家へ帰宅する。
「ただいまー」
「お邪魔します」
ひとりは学校だと挙動不審な様子だが、流石に15年育てられた親のところだと普通に戻る。
何だか俺はそれが面白かったが、後ろにいたひとりは俺の前にたち、手を引っ張り自室に連れ込もうとする。
その顔は紅潮しており、どこかその手も汗ばんでいるように感じる。
そうして俺らは、自分達が思春期の男女の仲であることを感じて、性的興奮と期待に昂り、ひとりの部屋に踏み込むと……。
――服を脱ぎ恥ずかしそうにするひとりの裸が……!
‥‥…
…‥
…
なんてことはなかった――
「早くセッションしよ!」
ひとりは早速カバンを下ろし、一休みする間も無くギターを取り出し、和室に胡座をかいてチューニングする。
――やめなさい、スカートだと見えちゃうぞ。いくら俺が親戚でも、俺は男の子なんだぞ。
対して俺はひとりの部屋にしまってあったタンバリンを取り出す。
直径20cmほどの、円柱の中心に膜が張ってある普通のタンバリンだ。
振るとシャンシャンと鳴り、叩くとボシャン!と、太鼓とシンバルが一緒に鳴る不思議な楽器。
――俺は後藤家に来てからタンバリンに夢中だった。
タンバリンは不思議な楽器だ。
アラブや中東が起源だとされているが、いまいち判然としない。
しかしそれでも振り方や叩く強さ、場所、何で叩くかによって変幻自在な音色を生み出してくれる。
ロックバンドにタンバリンはおかしいかもしれないが、いま俺はこの楽器に夢中だった。
いつも通り、ひとりがソロを弾き始めるので、俺がそれに合わせてタンバリンを叩く。
ひとりのソロは自由で、気ままで、伸び伸びとしていて、楽しそうなのが音で伝わってくる。
何より、学校だと陰鬱とした表情のひとりが、こうして合わせていると楽しそうなのだ。
最初、タンバリンはひとりの妹の、ふたりがご両親に買ってもらうも飽きたやつを使っていたが、最近は俺が使っている。
しかし、半年ほど使ってくたびれてきたのか、だんだんと俺も新しい打楽器が欲しくなってきている。
ロックバンドをタンバリンで演奏するのはあまりにも無作法だ。
今ある形を破ることがロックなのかもしれないが、にしても花形楽器でなさすぎる。
ひとりに追いつくにはギターだと被ってしまう。
それに、一緒に演奏して思ったのだが、ひとりは圧倒的高みにいる。
――追いつける予感がしない
ベースは楽器店で弾いてみたことがあるが、全然馴染まなかった。
打楽器は楽しい……、が結局目移りして何がいいか分からなかったあげく、ボンゴを買いそうになってしまった。
アフリカ楽器を買ってどうする!――それもロックなのかもしれないが。
そうして悩んだあげく、結局何も買わずに、異様にタンバリンだけが上手くなっていく。
話を戻そう。
俺は今日から嬉しいのだ。
――司法修習と呼ばれる司法試験後の研修も終わり、後は高校生活を待つばかりだ!
無限に続くひとりのギターソロに合わせ、俺はタンバリンでリズムを刻み続ける。
タンバリンで叩き、ギターのリズムと合わさるたびに興奮という興奮が身体中に走り、鳥肌が立つ。
音楽的感覚以外の全ては失われ、俺とひとりだけの『音楽の世界』へ研ぎ澄まされていく。
聞こえるのはひとりのソロと、俺のタンバリンのみ。
それだけだが、
――シンプルに美しくて、気持ちよかった
ああ、楽しいなぁ……。この時間が無限に続けばいいのに、と思うとひとりと目が合った。
ニチャァ、と他所様には見せられないレベルで顔が破顔する。
その顔、俺以外の人にしちゃダメだぞ……と思うも、
――気づいたら、6時間たち、
――二人揃ってひとりのお母さんに怒られていた。
「あなたたちいい加減にしなさい! 明日も学校でしょ!」
気づいたら午前様を迎えていた、嘘じゃない。
無休憩、無補給で6時間続けてセッションし続ける。
これが俺たちの日常だった。
隣を見るとひとりはシュン、と申し訳なさそうだが、俺は全然平気だ。
犯罪者を相手にする厳しい両親に育てられたのだ。
居候ということもあり、ひとりのお母さんは俺に手加減してくれているのだろう。
しかし、申し訳なさそうにしないと立つ瀬が無いので、ひとりに合わせてしゅんとする。
中学3年生の10月から3月中旬まで、俺はずっとひとりとセッションをして過ごした。
――――――
桜が舞い、新学期や新生活で目白押しの4月。
俺は結局、本来の目的を違え、ひとりと同じ高校を選んでしまった。
「ぁ、そ、その…‥。本当に、私と同じ学校でよかったの、ゆーくん……」
「ああ、もちろん。お前のことを放って置けなかったんだよ」
そういうと、申し訳ないのか、元気がなくなりしょげる一方で、耳を赤らめるひとり。
俺の後ろに隠れ、俺が引き離そうとしても、必死に抵抗する結果、彼女は俺から離れない。
本当は俺は都内の成開高校という、日本有数の新学校に通うつもりだったのだ。
模試もA判定で、合格はほぼ間違いなかった。
成開高校は、毎年東大進学者数が200名前後いるという、バケモノ高校である。
そのために俺は後藤家で居候させてもらっていたのだ。
だが、俺はそれを蹴ってひとりと同じ下北沢の高校に進学した。
――ひとりを放って置けなかったのだ。
親父からはもちろん怒られたが、俺に怖いものはない。
なぜなら弁護士資格がありそれでバイトを始める予定だ。
弁護士は難関資格だけあって、時給1万円はザラだ。
浮いた時間でバンドや楽器の練習をすれば問題なく、それが滑ったとしても生きていける。
――まだ中学生だが、完璧な人生計画だ!
俺はそんな風にワクワクしてたが、ひとりは中学校卒業式で顔が死んでいた。
でも俺と一緒に、卒業式の看板の前で少しだけ笑っていてくれたことが嬉しい。
もちろん、それは家族にしか分からなかったし、俺にしても僅かにしかわからなかった。
そうして、中学を卒業した俺たち。
高校に2時間かけ通学し、初めての高校にワクワクが高まっていく一方で、
――ひとりの顔は絶望に溢れ
――死んでいった。
本当にひとりは大丈夫なのか……?
何も知らない人が見たら、体調不良なのか心配過ぎて声をかけてしまうレベルだ。
そうして、学校に着くも、
――案の定クラスは別クラスだった。
掲示してあるクラス分けの表を見た直後、ひとりの顔から生気は失せ、
「ァ、ァヒャァアアア〜〜〜〜〜!!!」
と、奇声をあげ、早速目立ってしまっている。
このままじゃ入学早々ヤバいやつ認定されてしまう、とそそくさと離れようとするも、
「ヒィャアアアアアア!」
と奇声を上げ、俺から引っ付いて離れようとしない。
見捨てるわけにもいかず、しょうがないのであやしながらクラスまで一緒に着いていき、ショートホームルームの時間まで俺は彼女をあやし続けた。あやし続けると、だんだんとひとりは落ち着き、奇行が落ち着き、常人と佇まいが大差なくなる。
だが、奇行種状態のひとりを見られると、俺まで巻き添えを喰らって切なかった。
教室を去る間際、別クラスの人たちから、奇妙な目で見られたのは言うまでもない。
――ああ、さらば俺の高校生活
学力が並の高校らしい、勉強漬けじゃない華やかな高校生活を望んでいたが、早速俺はキチガイ認定されそうになった。
――――
ホームルームが始まる直前、俺はとある場所へ電話をかけている。
学校周辺の下北沢にあるライブハウス、スターリーだ。
たまたま駅のタ○ンワークで見つけた、ライブハウスのアルバイトだ。
何より『高校生可』というのがいい。
時給こそ安いものの、売れているバンド、売れないバンド等々、さまざまなバンドを見れる職場だ。
期待しかない!
何より、今売れているアニソン&ロックシンガーのL●SAはライブハウス出身で、ライブハウスの下積みを経て成功したのだ。
そこには、数々の売れたバンド、売れないバンドのライブを見てきての結果、下積みがあるだろう。
だから、例え時給何百円の世界でも、やる価値があると思っている。
正直、放課後は弁護士事務所でのアルバイト(もう内定済み)と、ライブハウスのアルバイトで高校生活は充実する気しかしない。
スリーコールで若い女性らしき人が電話に出た。
酒でやられたのか、それとも寝起きのせいなのか、分からないが声音から女性は不機嫌そうだった。
だが、久々にくるアルバイトの応募らしく、『明日待っている』と嬉しそうに言われたのは働く先として高評価だ。
GuuGLEを見ると、最近営業開始したらしく、開業日が一年以内となっている。
新しいバイトとして入り込みやすいのは期待が持てる。
早速明日面接、ということで楽しみだった。
放課後、ひとりに明日バイトの面接だと話したら、この世の終わりのような顔をしていた。
ムンクの叫びみたいで、『ああ……、人間って本当にこんな顔するんだな』とある意味尊敬してしてしまった。
あまりの奇行種っぷりに、他クラスに別れ話だとおもわれたのは、余談だ。
またしても高校始まって直後、俺の株が下がりそうだ!!
――どうしてこうなった!
――――――――
1時間目と2時間目の間の休憩時間、俺は隣の席の女子に話しかけてみることにした。
「は、初めまして……」
ヤバい!どもった!
――気づいたらひとりの癖が俺に移っている!!
だが、隣にいる女子は気にした様子はない。
「初めまして、嘉多郁代です♪ 一年間、よろしくね!」
隣にいる赤髪の女の子が陽気に話してくれる。ネイルを右手と左手の両方伸ばし、煌びやかなラインストーンを散りばめている。マニキュアも下地に塗ってあり、キラキラと輝いて見える。
オシャレだ……。
「北見くんだよね?テレビで見たよ!最年少弁護士なんでしょ!?すごいね!」
「ありがとう、努力した甲斐があったよ……」
喜多さんは俺を誉めそやしてくれる。
マスコミに持ち上げられても大して嬉しくないが、同級生に認めてもらえるとやっぱり嬉しい。
些細なことだが、こんなに可愛い子に褒めて持ち上げてもらえるなんて……!弁護士になった甲斐もあったというもの!
「でも、弁護士資格って何かやらかすと、取られちゃうんだよね。再試験の権利も数年間は無いし、なくなったら死しかないよ」
「でもよっぽどのことがないと、ないんでしょ?」
「うん」
「なら大丈夫だよ、そんな悪さするような風に北見くんは見えないもん」
「喜多さん……!」
喜多さんのその優しい言葉に、東京に来てあまり友達を作ってこなかった俺は、喜多さんの優しさに打ち震えそうになる。
しかも喜多さんは、見てわかるオシャレ女子。地方出身の俺と比べると、完璧に垢抜けた東京人、喜多さん。そんな彼女が垢抜けない俺を持ち上げてくれる。
――それが嬉しかったし、気持ちよかった。
中学の時にこっちに転校してから、皆受験勉強で忙しそうだったし、ずっとひとりとセッションばっかりしてたから友達はできなかった。
だから、ひさびさに出来た同年代の友人に感動し、喜多さんの明るさオーラに感動しているところで、
――やつはやってきた。
「ゆ、ゆーくんは渡さなィァアアアアア!ァアアアアアアアアアア〜〜〜〜〜!!!」
謎の雄叫びと共に、俺のクラスにやって来て、俺をどこかへ引っ張りさろうとするひとり。
「や、やめろ……!初めて同年代の友達ができそうなんだ‥‥、や、やめ……!」
「ァアアアアアアアアアア〜〜〜〜〜!!!」
ひとりは雄叫びをあげ、俺を引っ張り続ける。
助けを求めようと隣にいた喜多さんに目を向けると、
「……北見くん、よっぽど彼女さんに愛されているのね。ごめんなさい、話しかけてしまって……」
と、心を閉ざし、興味を無くし、見ないふりをしていた。
気づくと、俺の教室は静まり返り、俺以外の40人ほどは新学期始まって早々の修羅場に興味津々だ。
――瞬間、俺の青春が音を立てて崩れ落ちる音を聞いた。
動揺した俺は気が抜け、俺はひとりに引っ張られ、
――隣の席に頭をぶつけ、
――気づいたら保健室にいた。
ひとりは2コマほど授業を休み、ずっと俺に謝り続けてくれた。
根は悪い子じゃないのだが、奇行がすぎる……。
許してささっと自分のクラスに帰らせる。
ひとりのクラスまで、彼女の奇行と噂が伝わっていないといいのだが……。
痛みが戻り、昼休みにクラスに戻った瞬間、暖かかったクラスの空気は再び冷たく、冷ややかなものとなる。
「喜多さん、さっきはごめん……」
「い、いいの、気にしないで……」
そう言って、よそよそしく、目線も俺と合わせてくれない喜多さん。
雰囲気から、私に話しかけないでオーラが凄まじい。
――終わった……
――俺の高校生活は初日にして終わった……
そう思っていたが、放課後、同級生の男たちがカラオケに誘ってくれた。
今日、何組かに分かれ、男女一緒にカラオケに行くらしい。
――放課後に同級生とカラオケ!
青春らしいイベントが来たことを嬉しく思うも、
「隣のクラスの彼女さんも一緒に、ね……?」
と気まずそうに他の女子に言われる。相当気を遣われているらしい。
話をしていたところで、
「あ、ゆーくん、いっしょに……帰ろ……?」
とまたひとりが登場する。
カラオケに行くことを話すと、ひとりは「ヒッ!!」と叫び声を上げて、俺の後ろに隠れる。
ひとりは嫌がったが、これはチャンスだ!ひとりのコミュ障をなんとかできるかもしれない!
なんとかひとりを説得し、皆でカラオケに行く。
テレビが1台、そしてマイクが2本置かれた10畳ほどの薄暗い部屋に8人ほどでやってきた。
すると、タンバリンが置いてあるので、皆の選曲に合わせてタンバリンを本気で叩く。
膜の貼ってない、ド●キで売ってるミニシンバルしかついていない安物のタンバリンだが、タンバリンを持つとついついにやけてしまう。
皆の音楽に合わせて、盛り上げるように伴奏していく。
ラテンな音楽には跳ねるリズムを、8ビートのロックには裏拍で合わせ、ポップスには4分音符で合わせ、時折効果音のようシンバルをいれる。
すると、皆、俺を尊敬する眼差しで見るようになった――
…………
……
…
というのは大嘘で、ひとりと同じ奇行種に対する目で見るようになった。
考えてもみよう。
――中学卒業時点で司法試験を突破できる才人だが、
――メンヘラ彼女を抱えており、
――タンバリンは異様に上手い同級生
完全に奇人変人の類だ!!!
周囲の俺を見る目が、どこか変な視線へと変わるのはすぐだった。
学校では隣の席の喜多さんは、ひとりに誤解されないよう、このカラオケではあえて俺と対角の席に座っている。
目を見るも、合わないようさりげなく逸らされている。
ひとりはひとりで、
『YO! 成人式はハカマ! 俺たちずっと湘南の仲間! 永遠の仲間! 湘南の海サイコー! 地元サイコー! ラリってサイコー!』
と、絶対思ってもいない地元バイタリティーあふれるラップソングを入れてきた。
いや、それはいいんだが、俺たちはたしかに神奈川に住んでるから許されるかもだが……。
ここは東京だぞ、ひとり!
思わず頭を抱えるが、ひとりは一人の世界に入ったのか、俺にドヤ顔をしている。
こういう時のひとりはそうだ。以前までの奇行種のような振る舞いが落ち着いたと思ったら、最近は勝手にひとりの世界に入り、悦に入っている。
俺に出会ってから、『奇行種ひとり』はこれでも少なくなったらしいのだが。
……現実逃避はやめよう。話を戻そう。
――下北沢という東京の中でもトップレベルのオシャレな地で、
――地元愛の湘南ソングを東京出身者の前で歌うひとり。
……胃が痛い。
穴があったら入りたい。
ひとりを連れてきたのは失敗だったか、と思うも、冷めた空気にひとりも間違いに気づいたようだ。
歌い終わり、俺と同じく落ち込んだ様子のひとり。
肩を抱いて慰めてやると、俺に寄りかかってきた。
周りはしらーっと冷たい眼差しで俺たちのことを見ている。
そうして、一部は盛り上がったが、俺とひとりは敗北を味わったカラオケ大会は無事終わった。
皆、これからの高校生活に期待を寄せ、和気藹々としているが、俺は奇人変人、もしくは珍獣を見るような目で皆から見られている。
「北見くん、お疲れ様! 彼女さんもよろしくね!」
そう言って俺からダッシュで去っていく喜多さん。
このクラスカラオケで印象的だったのが、喜多さんの歌だった。
明るく、どこにいても目立つ彼女は、『華』がある。
華というのは、誰でも持っているわけではない。
例えば、大手アイドル事務所のセンターがテレビでは地味だとしても、舞台に立ったら全てがその人の引き立て役になる場合がある。
――その人にしか目がいかず、自然とステージの中心になる人。
これが、『華(はな)』と呼ばれるものだ。
――常人になくてスターにあるもの
喜多さんには華がある。
いつか……俺と一緒にバンドとか、やってくれないかな。
そうした淡い思いがあったが、本当にやることになるとは、この時の俺は思ってなかった。
――翌日の放課後
俺は下北沢スターリーというライブハウスに来ていた。
地下室に通じる扉は薄暗いため、入口からして入りづらいが……、時間は約束の4時半ぴったりだ。
俺は初めての普通のバイト先ということで緊張に震えているが、意を決して重い扉を開く。
中に入ると、ピアスを明け、髪を濃い紫色に染めた病み系メイクの女性が入り口で作業しているようだった。
「はじめまして、今日アルバイトの面接にきた北見です」
「お待ちしてました。いま店長を呼んできますね〜」
そうして数分後、俺は改めてバイトの面接を受けている。
目の前には金髪長髪の店長、目は吊り上った切れ目でなんだか雰囲気が怖い。
俺が提出した履歴書を目の前で読んでいると、とある項目に引っかかったようだ。
――所持資格欄に弁護士資格が書かれていることに――
「君最近ニュースで出てた最年少弁護士だよね、どうしてウチの店に? 正直弁護士を雇い続けられるほど、うちは儲かっていなんだけど?」
「ただのアルバイトとして雇ってもらいたいです。それにライブを見て下積みがしたくて……。」
「ふーん……? 週何回来れるの?」
「弁護士事務所のバイトもしてて、週3回か4回なら」
そう言って、店長は訝しげにしながら、当たり障りのない質問をしていく。
しかしそれもすぐ終わり、沈黙が続く……。
…………。
……。
…。
正直、気まずい……!
落ちたか、なんて思いつつも、店長の答えは予想もしない答えだった。
「北見くん、君おもしろいから採用。でも弁護士じゃなくて普通のバイトとして扱うから」
「はい、ありがとうございます!」
面白いから、という理由での採用は初めて聞いたし、釈然としなかったが、初めてのライブハウスでのバイト。
これから面白くなりそうだ……!
「って訳で、今日からよろしく」
店長はそう言って、さっきの女性を改めて紹介してくれる。
先のピアスの多い病み系メイクの女性がPAさんだったようだ。
彼女に教わりながら、清掃を覚え、ドリンクを覚え、受付を覚える。
時頭がいいのか、即戦力扱いされたのが嬉しかった。
そうして、何事もなくスタッフとして無事に今日のイベントを終え、終演後の清掃をしていると、
――紺色のショートヘアの同年代ぐらいの女性と、
――その他のバンドメンバーで
――終演後に喧嘩しているのを聞いてしまった。
あっという間に口論はヒートアップし、死ねだの、一緒にやってられるかだの、下手くそが!と言った罵詈雑言が、防音環境が整ったリハーサル部屋すらも飛び越え、俺の耳に入る。
すると、リハーサル室の扉が開かれ、
「じゃあ、私抜けるから……!」
その一言と共に、藍色の髪をした美人な女性が出てきた。
思わずばったり出くわしてしまう。
「ぁ……、お疲れ様です」
「……………………」
――気まずい。
だが、女性はベースケースを抱えたまま、無言でライブハウスを去っていった。
殺気だっていたが、同様に酷く落ち込んでいる様子だった……。
俺は思わず、気落ちした儚げな雰囲気の美人な女性を追いかける。
「あの、ちょっと待ってください!」
ライブハウスの前、街灯と店舗の照明が道路を照らす吉祥寺の商店街にて、俺は思わずその女性を呼びかけていた。
「…………なに?」
「これを……、もしよろしければどうぞ」
そう言って、先ほど自販機で買ったばかりの暖かいココアを渡す。
東京の4月はまだ寒い。
「……もらって、いいの?」
「何があったか知りませんが……、元気出してください」
弁護士の先輩から、辛い時には暖かいモノの差し入れをしてやれ、と聞いたことがある。
暖かいものを飲むと、ホッとして安らぐのだそうだ。
逆にカフェインを出すな、とも。カフェインの効果で過敏になり神経質になるそうだ。
なんでもカフェインは麻薬と成分が似ているのだとか。
トラブルの最終防波堤である弁護士事務所は、実際気が立っているお客さんが多い。
それに、見るからに落ち込んでいる人を見すごすのは、俺の主義に反す。
――弱者を守る盾となれ
親父の言葉が俺の脳裏をよぎる。
俺と彼女は互いを知る間柄ではない。
でもそれでも、彼女が寂しそうで、今にも消えてしまいそうに見えた。
「ありがとう……」
ココアを受け取り、それを大事そうに抱える彼女はどこか、儚げでこのままどこかへ投身自殺してもおかしくない雰囲気だった。
しかし、それでもココアを抱える姿は嬉しそうにしており、一口、口をつける。
まだ東京は寒く、息が白くなっていた。それでも暖かいココアを飲み、直後に息を吐いて白い息を楽しんでいる様子の彼女は、落ち込んではいたが、少し楽しそうだった。
本当にささやかだけれども、
――彼女を支えることができたようだ。
そうしてココアを飲むと、彼女は無表情のまま、
「この借りは必ず……」
と言って、去っていった。
その足取りは、自信満々な様子だった。
元気を取り戻してくれたらしい。
「よかった‥…」
そうして、後を見送っていると、後ろから虹夏さんが追いかけてきた。
「北見くん、店長がサボってないで働けって!」
「すいません……」
彼女はこのライブハウスのアルバイトの先輩、伊地知虹夏(いじちにじか)先輩だ。
店長の妹とのことだったが、明るい金髪のポニーテールが歩くたびにふわふわと揺れてかわいい。
虹夏先輩の後ろについて歩いてバイト先まで戻っていると、ふと気になったので聞いてみた。
「ああいうこと、ってよくあるんですか?」
「ライブ直後にバンド解散ってこと? 私も一年ぐらいしか働いてないけどたまにあるよー」
虹夏先輩は何てなさそうにいうが、『音楽性の違い』という奴は俺の想像以上に根深いらしい。
「……でも、本当は私がリョウを慰めようと思ったのに、北見くんに取られちゃった♪」
虹夏先輩は、どこか笑顔で言う。
話を聞いていると、バンドがやりたくて、リョウさんを誘いたかったのだそうだ。
ちなみに北見くんは楽器は何をやっているの?と、世間話のように聞かれたので、タンバリンです!とドヤ顔したら虹夏先輩は爆笑していた。
なんでだ……。
タンバリン、いい楽器じゃないか……。
顔が赤くなっていくのを感じるが、それもまた虹夏先輩のツボに入ったらしい。
さらに笑われてしまった。
だが俺はこの時はまだ知らなかった。
――この後、もう一つ修羅場が控えていることを
――――――――
後藤家に夜11時ぐらいに帰ると、ひとりがむすーっと、こちらを見ていた。
「……セッション」
「すまん、バイトを始めたんだ。明日も早いし、もう寝ないとな」
俺がすまない、と言って間借りしている自室に戻ろうとすると、ひとりは珍しく俺の制服のネクタイを締め上げてくる。
俺は両手をあげ、降参のポーズを示すも、ひとりは全く動じない。
ひとりは的確にじわじわとネクタイを締め上げてくる。
ネクタイの結び目を掴み、帯の裏側を手前に引いて締めるたびに、俺の呼吸は阻害され、「きゅぅ……」と情けない声が出てしまう。
――脳に酸素が送られず、意識が遠のく…………!
そうして彼女は勢い余って、俺を和室にそのまま押し倒し、――バタン!と、大きい物音が家を揺らした。
それでも俺を離さないひとり。
彼女の長いピンク色の前髪が俺の顔にふわっとかかり、防虫剤の匂いと、
女の子のいい匂いがした――
すると、ドタバタと階段を駆け上がって、バタン!!と勢いよく襖が開けられた。
「ひとりちゃん!何が……、あった…………の……………………」
ひとりのお母さんは俺たちの光景を見て、動きを止めてしまった。
彼女の眼前には、
――押し倒し、押し倒される年頃の男女
「そうよねぇ♪ ひとりちゃんも高校生だものね♪ ごゆっくり……」
「お母さん、ちが……!」
ひとりは呼び止めるも、お母さんは襖を静かに締め、二階から降りていった。
「………………………」
「………………………」
気まずい俺たち。だが、ひとりのお母さんは再び戻ってきて、小声で襖越しにささやく。
「コンドーム、ここに置いておくわね♪」
気を使うように、優しく諭すように、俺らに話すひとりのお母さんだったが、
「お母さん、違う!違うの〜〜!」
とひとりは再起動し、真っ赤になりながら1階へ降りた母親を追いかけた。
俺はネクタイを緩めようとしたが、締められすぎて酸素に意識が届かず、
――そのまま意識が落ちた。
――――――
翌朝。
俺とひとりは朝食を共にしているが、出てきたのは赤飯、うなぎ、とろろ芋、カキフライ、と『精』のつくものばっかりの、ちぐはぐな献立だった。
――誤解を解くにはまだ遠いらしい。
「おかあさん!なんで、きょうのあさごはんはへんなの〜?」
後藤家の二女、ふたりが無垢な質問をする。
「お姉ちゃんの恋愛を応援するためよ♪」
「おねえちゃん、こいびとできたの?」
「ウグッ!」
お母さんの答えが良く分からなかったのか、ふたりちゃんは姉のひとりに質問する。
だがそれがクリティカルダメージだったのか、むせるひとり。
慌てて水を渡すと、
――テーブルの向こうから力強い拳が俺の肩を掴む
――ひとりのお父さんだった
「悠くん、妻から聞いたよ。今後について、学校から帰ってきたら一緒に話そうじゃないか。ひとりの将来について……」
「………はい」
ひとりのお父さんの指は、俺の肩を粉砕せんばかりに力強く握っている。
万力のような力強さでギリギリ握られ、正直、痛む。
――俺の高校生活は始まったばかりなのに、
――これから先、苦難が続きそうだった
(続く)
なんで二次創作なのに、12,000文字もあるんでしょうね……?
(筆のノリの良さに困惑)
感想評価、お待ちしてます!