――俺たち
――私たち
『入れ替わってるーっ!?』
*
ある日の夏休み。
俺たちは夏祭りに行き、神社の階段でひとりが転び、俺はひとりを庇って抱きしめるように階段を盛大に落ちた。
「いっでぇ…………!!」
「大丈夫、悠くん!? ゆ………く………ん……
——ひとりの声が遠くなる。
ガツガツと頭と背中をぶつけ、ひとりを庇い抱きしめて……。
気づいたら踊り場で意識を無くしていた。
だが、ひとりも俺よりは軽傷であるが意識を失い気絶していたらしい。
そうして、同じく意識を無くしたひとり、俺、意識が戻ったのは同時だった。
――胸に感じる何かの重み。
――普段とは違うキュッと布で締まった股間。
――体中に『女性らしさ』があった
――女性らしく、丸く大きい胸。
――そして柔らかい肉付き
——前髪から見えるピンク髪
そして、何より驚いたのは、
――俺自身が、
――目の前に入っていること……!
目の前の俺(ひとり)が驚いている……!
「悠くん、私たち……、どうしたら……」
「あわわわわわ……」
――俺たちの波乱万丈の夏休みが始まった。
*
「俺たち、本当に戻れないのかな……」
「……………」
「ずっと、このままなのかな……」
「わ、私は、いいよ……」
「えっ?」
動揺する俺を横目に、俺の中に入ったひとりは言う。
「だって、悠くん、弁護士資格持ってるでしょ? だから、私、ちょっと働いてずっとあとだらだらしてれば……」
とひとりはニチャァと破顔する。
「ひとり……、俺のことそんな目で見てたんだな……」
あまりのショックに、祭りだからかその辺りに置いてあったゴミ箱の中身を取り出し、自然とすっぽり収まってしまう……。
体に染みついているせいか、とても居場所として心地いい。
まるで、『もとから収まっていたか』のようだ。
俺の体のように、収まりがいい……
「俺、生まれ変わったらカタツムリになりたい……」
——嗚呼、現実逃避には心地いい……
——聞いてください
——『恋人にATMだと思われていた男のエチュード』
「嘘!冗談だから、戻ってきて!悠くん、お願い〜〜〜っ!」
あれからひとりから謝罪と説得を受け、俺はこの現実を受け入れることにした。
女物の浴衣がスースーしていたのは忘れられない。
そうして、二人で神社から手をつないで家に帰ることにする。
すると、いつもの癖からか、大股で歩いてしまうと……、
「ゆ、悠くん! 大股は、ダメェ!!」
ひとり(俺)の珍しい大声にびっくりしてしまう。
『男の癖』で早く帰りたいがために大股歩きしてると、周囲がびっくりしている。
ひとりが俺の肩に手を回し、小声で囁く。
(太ももが、見えちゃうからぁ……!)
(す、すまん……)
ひとりも、浴衣の内ももが見えてしまうのは恥ずかしいらしい。
俺もひとりの尊厳を守るため、歩幅を小さくする。
ひとりの内ももを人に見せたくない、と俺にも「男としての独占心」が出てきた。
恋人同士ではあるから、その権利は俺にもある・・・!
しかし考えてみると、浴衣を着て、歩きづらい下駄を履いて、歩幅を制限して歩かないといけない女性の労力は大変だ……!
ひとりはひとりで、歩く際にブランブランと揺れる俺の股間に戸惑っているようだ。
そうしたらまさかの行動に出た。
——自分の股間をつかみながら歩いてやがる……!
——周りからの奇異の視線が痛い
自分の股間を掴み、歩くさまは変質者のようだ……!
その中身はひとりとはいえ、外見は『俺』なのだ!
勘弁してくれ!!
冷や汗がダラダラと止まらない。
「ひとり……!」
「なっ、なに……?」
慌てて説明する。
――男は股間を掴んで歩かないことを……!
説明を聞くと、ひとりは真っ赤になって、ごめん……、と逆に堂々と歩き出した。
その様子を見て、ほっとする俺。
しかし……俺は憂鬱になってきた。
肩が猛烈に重い気がする。
……何かに憑かれているんだろうか。
何故だかわからないが、とにかく死にたくなってきた……。
目の前全部が暗い……、ギターで売れなかったら高校中退……。
「生きていてごめんなさい……私は貝になりたい……」
「しっかりして、悠くん……」
珍しくひとりが俺のことを励ましてくれる。
これがひとりの生きている重みだったのか……。
「ひとりって、知ってたけどすごいやつだったんだな……」
「で、でへへ……、そ、そんなこと…………、あるかも?」
改めてひとりに尊敬の念を送る。
「俺はこんな重みに耐えられない……」
見えないし、何故だか分からないが、肩のあたりに確実に『ナニカ』いる。
ひとりに支えられながら、俺たちはタクシーで帰宅した。
ひとりは俺の財布から、タクシーを呼び、俺の財布から払う。
何故か知らないが、知識として、ひとりのあらゆるものの場所が俺には分かる。
彼女も同じく、分かるのだろう。
俺たちは後藤家に帰った。
その後の重大なイベントに遭遇するとも知らずに。
*
家の姿見の前にいるのは、ピンク髪の前髪越しに見える、背があまり大きくなく、華奢な俺。
手を見ると、左手の指先だけ硬く、いつもより小さく見えるひとりの手。
——ひとりはこんなに小さい指で、
——あんなすさまじい演奏をしているんだな
俺は改めてひとりに尊敬の視線を送るが、ひとりは初めての男の体に浮かれているようだ。
特に少しではあるが、俺より身長が高いのが嬉しいらしい。
ヘンテコなことはあったが、ひとりの体が怪我が無くてよかった。
顔に傷がついてしまったら、本当に申し訳なくなっていたところだ。
「ひとり、ごめん……、トイレ行きたくなってきた」
「えっ!?」
「そ、その……、トイレ、してきてもいいか? お前の……、カラダで……」
「だっ!? ダメダメダメダメダメぇっ!」
ひとりのあまりの拒絶にショックを受ける。
「お、俺に漏らせって言うのか……」
「ち、違うよ、違うってばぁ〜〜」
ひとりは泣きそうになりながら俺に事情を説明する。
ひとりは俺にカラダを見られたくないらしい。
恋人同士、セックスすらしているのにと説明しても、「女心のわからない変態!」と罵られてしまった。
女心は不可解だ。
幸い、お母さんがひとりの浴衣を着付けた後、今晩から後藤家は皆タヒチに旅行に行っている。
「大丈夫、この家には悠君とひとりちゃん、しかいないから『いっぱい楽しんで』ね〜♪」
「ぐぬぁ……!(血涙)」
血涙を流すお父さんとお母さんは対照的だった。
「いっぱい楽しんで」
意図は明白だ。
――ひとりとエッチしても構わないのよ?
――むしろいっぱいシて♪
――お母さんの考えることはよくワカラナイ――
何かの間違いで俺がひとりを妊娠させちゃってもいいの?
……この家にはふたりきりだ。
作為的なものをとても感じるが……。
――年頃の娘を男と一緒に残して心配ではないのだろうか。
——それとも、俺が後藤家から信頼を得ていると安心すべきなのか
考え事をしてると、慌てたひとりが駆け込んでくる。
「わ、私が悠くんのおまたを拭くから!悠くんはアイマスクして!!」
「えっ!?」
「お、お願いします! なんでもしますからぁ〜〜〜〜〜〜〜〜!! 私の裸だけは、見ないでください〜〜〜〜っ!!」
ひとりが居間で俺に土下座する。
俺(ひとり)が土下座する姿勢を見るのはなんだか滑稽だが、今はそれどころではない。
俺の尿意も限界だ。
そうして、俺とひとりは後藤家のトイレに入る。
俺がアイマスクさせられて。
「じゃあ、し、してあげるね……」
「よ、よろしくお願いします……!」
気まずいような、気恥ずかしいような空気が流れる。
俺は目隠しをしたまま、浴衣を脱ぎ、トイレに座る。
だが……。
「ゆ、ゆうくん、そっちじゃないよ……、こっち」
「お、おう……」
と、ひとりに介護してもらってのトイレだ。
普通に恥ずかしくて、顔から火が出そうだ。
「じゃ、じゃあ、いくぞ……」
「う、うん……」
——ちょろろろろ……
小さい音のはずだが、緊張のせいもあり、トイレという狭い部屋のせいもあり、大きく排尿音が鳴り響く。
女のカラダでするお花摘み、というのはなんだか困惑していた。
排尿が終わり、尻に伝う尿をひとりが拭き取っていく。
「ひゃぁいっ!」
「ご、ごめん、くすぐったい……よね……」
緊張のあまり敏感になってしまう。
そうして、パンツも履かせてもらい、アイマスクを外そうとしたところ、
「ダメダメダメ~~~~っ!!!!」
「!?」
「い、今は絶対外さないで……」
「わ、分かった……」
「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無妙法蓮華経……」
俺の中にぞわぞわと恐怖が走る。
肌は鳥肌となり、頭が真っ白になる。
——なんで俺はひとりと同じトイレで目隠しされながら、俺は念仏を唱えられているんだ?!
恐怖と混乱から動けないでいると、20分ほど経って(本当に20分か?体感時間だから混乱しすぎている)、ひとりはやっと……、
「アイマスク、外していいよ」
「お、おう……」
や〜〜っとアイマスク外す許可が出た。
そうすると、ひとりはそそくさと俺に背中を向けながら、前かがみになってトイレを出て行った。
「ちょ、ちょっと待て!ひとり!」
「ひゃ、ひゃい!」
「今のうちにお前も済ませておくんだ……」
「ゆ、悠君でもそれはいやぁ~……!」
俺は動揺して気づかなかったが、同じくトイレさせようとしたら、ひとりは男のサガか勃起していた。
——俺はみないことにした……
——そしてトイレがその日は小便臭かったのだ。
——おそらく、「前かがみでトイレをする」か「抑えながら用を足す」という概念がないので、こぼしてしまったのだろう……
——寝る前、イチャイチャせず、珍しく気まずかったのはいうまでもない
※
翌日になっても俺たちは変わらなかった。
——もとに戻らなかったのだ。
俺たちは相談の結果、ひとりのお母さんが以前霊媒師さんが知り合いと言っていたのを思い出した。
「霊媒師さんに相談しよう……!」
「わ、わたしはこれでも……大丈夫。……えへへ……こんなに肩が軽くて、高校中退しなくていいって思ったの初めて~……!」
「ま、マジで……?」
「うん!」
普段のひとりからは考えられないくらい明るい。
「俺はぜ〜ったい嫌だ!元に戻りたい……!」
思わず涙が出てくると、ひとりは急にキョドりだす。
「おっ……、お、お、お、落ち着いて……」
「ひとりが落ち着いてくれ……。まずひとりのお母さんに連絡して、霊媒師さん呼んでもらわないと……」
「あっ、すぐ返信きた!…………でも霊媒師さん、二週間修行に行ってて連絡取れないらしい……」
「ってことは……」
「うん」
――二週間もこのまま!?
あまりの絶望に目の前が暗くなる。
でも僕らは学生だ。やることがある。
「とりあえず、学校行こう!」
「お、おい待て、ひとり……!」
「悠くんも早く着替えて~!」
ひとりにセットされながら制服を着ていく俺。
彼女はトランクス一丁で下着が済むことになぜか感動していた。
「絶対、ジャージは着た方がいいから…!その方がロック女子だから…!」
「嫌だ!絶対嫌だ!」
問答を交えつつも、俺たちは学校へ着いた。
「でね~、最近セカイノハジマリのサブスクが~……!」
「Daywishってシンフォニックメタルが~…!」
思わずガバっと立ち上がると、こちらと目が合う。
「あれ、後藤さんも好きなの…?」
「うん、よければ私も話聞かせてよ」
「もちろん!珍しいね~後藤さんがしゃべるの!」
※
悠くんが私の体を使って、私が普段しゃべれない女の子たちと話している頃、私は見知らぬ男子に絡まれていた。
「おい悠、今度、お前の彼女の友達紹介してよ、俺も彼女欲しい。純平たちには紹介したらしいじゃん!俺にも頼むよ〜!一生のお願い!」
「昨日のMytube 急上昇みた?」
「俺の親父と叔父が墓で揉めてるんだけど、相続に詳しい弁護士だれか紹介してくれ…」
悠くんは面倒見がいいのか、それとも単にゆすられているのか、コミュ障の私には区別がつかない。
でも、それでも人に頼られているのはわかる。
半分イジリみたいなところもあるけど、私の恋人がこんなにも人に頼られているんだ、と思うととてもうれしくなった。
「お、おい…大丈夫か? なんかすげえニチャァって顔してるけど…」
「お前、熱でもあるんじゃないか? 今日いつもと違くない?」
「おい!悠がなんか地べたで溶け出したぞ!?」
※
なんやかんやあったが、学校はひとまず終えることに成功した。
今日はバイトも休みだ。
……問題は、これから起こる。
「さすがに二日風呂入らないのはまずいよな…」
「う、うん……」
「じゃ、じゃあ、今日は風呂、入るぞ……」
「あ、はい……!」
いつも以上に、放課後の俺たちは緊張していた。
俺はアイマスクをさせられ、ひとりがひとりの体を洗うことに。
それは全然問題なかった。
自分の体だからだ。
…しかし。
「私…こんなに体、柔らかいんだ…」
「おっぱい見てると、どきどきする……」
「なんで、私…、私…!」
ひとりに洗ってもらうのは思いの他気持ちよかった。
——相変わらず目隠ししながらという条件であったが
時折ひとりは俺の体を不必要に触り、
「ふひ……ふへへへ……」
と怪しい声を出しながら俺の体(ひとりの女体)を触る。
「ひっ……」
ゾワゾワと俺の体を触るひとりに、思わず恐怖から声が出てしまう。
思わずアイマスクを取ると、
――性欲に塗れた俺の顔があった
「ひぃっ……!」
「…………優くん……、かわ、いいね……。お姉さんといいコト、シヨ 一緒に悠クンのことも、食べちゃいたいナ〜 (笑)✋ナンチャッテ 」
中身がひとりなのはわかっているが、
――ガワが俺なのがとても怖い。
――なんで好き好んで自分に犯されないといけないのか……!
「ひ、ひとり、落ち着け……! おっさん構文になってるぞ!」
「大丈夫だよ、優くん、気持ちよくしてあげるから……❣️☺️」
「そういう問題じゃない……!」
完全にひとりは俺の女体(ひとりの体)を見てのぼせ上がっている。
「おっ、落ち着け!」
「ひぃっ!つめたっ!」
思わず手元にあったシャワーをぶっかけて俺は逃走する。
「はぁーっ……!はぁーっ……!んっ……、ゴクリ」
すっぽんぽんのまま、ひとりと俺の部屋まで逃げてきたから廊下と畳が水浸しだ。
しかしそんなことを気にする余裕はない。
近くの毛布で体をふき、生乾きのまま押入れの中に入り込んだ。
もうカビ臭いんだ。
――これ以上カビ臭くなろうと知ったことか。
※
「あれ〜? なんか今日は悠ちゃんがイチャついてない?どうしたの??」
STARRY横の練習スタジオにて。
俺たちはいつも通り、ついたつもりだが、なんだがギクシャクしていた。
「悠とぼっち……、倦怠期?」
「あんなに仲が良かった二人が倦怠期なわけないじゃないですか!」
――未だに喜田さんには俺たちが入れ替わっていることを伝えられていない。
何も知らない喜田郁代さん(15歳)
頼む……。そのままでいてくれ……!
「ぼっちちゃんは普通だよね?」
「はい」
ひとりの中身である俺は声を出すが、
「やはり……、ぼっちじゃない……!? 我々は何者かに電波を浴びせられて幻影を見ているのか?」
「先輩流石にインターネットの見すぎです!」
「キラキラSNS大好きな喜田ちゃんに言われても……」
さすが結束バンドの面々。
俺たちが入れ替わっていることに一瞬で気づいた!
――あっ、を挟まないだけでバレるなんて……!
「あっ……、違うんです。いつも通りです」
「ぁっ……!」
ひとりが声を出そうとするが、俺が慌ててボードでひとりの口を塞ぐ。
未だに喜田さんには俺たちの関係と、俺の女装がバレていないのだ。
喜田さんは俺のことを未だ【両親の交通事故がトラウマで喋れない!!】という激重(嘘)エピソードで通してしまっているのだ!
公開が遅くなればなるほど、俺たちがバレた際の関係修復は難しくなるのだが……、未だに喋れていない。
ひとりに俺のいつものボードを筆談で書かせる。
「(私たちはいつも通りなので……!)」
「そう?ならいいのだけれど……。困ったことがあったら相談してね?私もできることなら、悠ちゃんの力になりたいから……!」
喜田さんの眩しい笑顔がいつも以上に刺さる。
眩しい!眩しすぎる!!
これがひとり補正か……!?
そうして、その日はバンドもバイトも何とか成し遂げることができたが、いつも以上にへばっていた。
一方、ひとり(体は俺)は、いつも以上にスイスイとバイトをこなしており、その光景はいつものと他からは変わらなかったようだ。
「なんか今日悠がおかしいみたいだが、そんなことはないようだな……」
「そうですね〜……。始まるまでは挙動不審だったみたいですが……、今では何にも問題ありませんね」
「店長とPAさんは何も気づいていないのが幸いか……」
思わずひとりゴチるが、俺の苦難はまだまだ続くのであった。
明日、美智代さん(ひとりの母親)の紹介で霊媒師さんを連れてきてくれるらしい。
不安だ……。
霊媒師??
確かにひとりと入れ替わると言うのは只事じゃないが……。
――あの階段での出来事は死を覚悟したし……。
階段で転んで死ぬのは、長い階段ならあり得ることだ。
でも、霊媒師さん???????
と明日の情報整理をしていたところで、ひとりがやってきた。
※
「ぁっ……、ゆ、悠くん……。今大丈夫?」
私は、あれ以来ずっと後悔に苛まれていた。
――悠くん(女の体の私)を襲ったこと
あの時の悠くんの顔が忘れられない。
――私を恐怖する目
あの時の私の性欲の異常さが頭から離れない
――男性として激しく!
――炎のような熱さで欲情した私。
だけど、同時に思った。
――悠くんが私を大切にしてくれていたこと。
――私を女の子として丁寧に扱ってくれているのを実感した。
性欲だけじゃなく、私を一人の女の子として見てくれたこと。
その上でコミュ障の私を好きと言ってくれ、獣のような性欲があるはずなのに!私のことを優しく抱いてくれた。
信用は丁寧に積み上げられていたのに、
――私が全部ぶち壊してしまったのだ。
だから私は謝らないと……!
悠くんに……、全身全霊をかけて!
悠くんは私と一緒に暮らしている二階の和室にいる。
襖を開ける手はブルブルと震えが止まらない。
「……でも!」
私が!私がこの関係を治さないと……!
私はいつものコミュ障が悠くんのおかげで治りつつあることは実感していなかったが、
――この時はまだ実感していなかったのだ……!
※
「悠くん!!」
「うぁあっ!?」
ひとりが勢いよくドアを開けるものだから、思わず冷静沈着な俺でもビビってしまった。
「は、話があります。……………ごめんなさいっ!!!」
「……って、うわぁっ!?」
綺麗な入室からのスタイリッシュ土下座。
さっきから驚いてばかりだ。
弁護士事務所で、債権回収とかやらされた時に見た時以来の、綺麗かつ流麗な土下座。
しかも俺の体でやられるとなるとマジでびっくりする。
「わ、私……! 勘違いしてた……」
「……お、おう」
「悠くんになったら、なんか全部上手く言ってたし……、でもそれは悠くんの性格や実績、信用の積み重ねであって……、私の実力じゃないんだってこと」
「それに……、浮かれてたの。今までの人生リセットできるかも、転生逆転チャンスじゃないかって……」
「でも、それは……!私じゃない!確かに、コミュ障で友達の一人もいない私だけど……。今私が使っているのは、悠くんが積み重ねてきたもの。………お風呂の一件はごめん。私、悠くんの積み重ねてきたもの……、あそこでぶち壊しにしちゃうところだった」
「それに、男の人の体になって思った。私って大切にされてたってこと……。本当に気づいたの」
――だから、本当にごめん。
ひとりが額を床に押し付けたまま、悔悟の言葉を口にする。
俺は今まで俺の体で獣欲を押し付けてくるひとりが怖かったが……。
――ひとりの言葉を聞いて嬉しくなってしまった。
ちゃんと、反省してくれたこと。
俺の獣欲に似た性欲を、彼女という向けていい相手とはいえセーブしていたこと。
「ひとり」
「うん……」
「俺は許すよ……。たとえ、明日霊媒師さんが来て…………。俺たちの体が上手く元に戻らなくても……。俺はひとりとして生きることで覚悟を決めてたし、お前の手も最悪借りられないかもって思ってた」
「………うん」
「でも、俺とお前で………、今度こそ一緒に生きていこう……! ひとりの言葉を聞いてて、胸が熱くなったんだ……」
「うん……、うん……!」
ひとりは駆け出すと、俺に抱きついてくる。
「うわっと」
「あ、あ、あ、ごめん……」
「全然平気……」
ひとりは俺を男のパワーのままに押し倒す。
俺は女らしい貧弱さで素直に押し倒されてしまった。
互いに胸が熱くなる。
ドキドキする。
体が熱くて、興奮しているのがわかる。
でも、そこにあるのは男女のそれではなくて、互いに相手を思いやる気持ちだ。
――これが、夫婦になるってことなのかもしれない。
胸が熱く込み上げてくる。
「ひとり、何回でも言う。……俺はお前が好きだ」
「うん……、私も」
俺の少女らしい声も、ひとりの男らしい声も、全く気にならなかった。
相手を思い遣ってる心遣いが互いに感じられる体。
俺とひとりはその晩、二週間ぶりに同じ布団で寝た。
その晩、肉体関係はなかったが、俺の中で欠けていたカケラを取り戻せた気がした夜だった。
○
「初めましてね。お母さんの紹介で参った霊媒師の金城花枝(きんじょうはなえ)よ。今日はよろしくね」
「よろしくお願いします」
「よ、よろしく……、お願いします……!」
改めて霊媒師さんがやってきた。
50代の老年にさしかかった女性で、濃い口紅に強いパーマのショートヘアで、柄物をきており、見るからに大阪のオバチャン、と言う印象の女性だった。
「あらま!あらあらまあまあ!こんなことってあるのねぇ〜。霊媒師30年やってるけど、入れ替わりが起きるなんて……、映画以外で見たことないけど、本当にあるのねぇ〜」
と感心しきりで、一瞬で全てを見抜き、余計な一言も多そうなおばちゃんだった。
だが、手際はよく「ちょっと待っててね……!」というと、あっという間に部屋に神棚を設置し、俺とひとりを禊で着させるような白の和服に着替えさせると、
――何を言っているか分からない祝詞を唱え始めた。
目を瞑って横になるよう指示される。
「…………!」
静寂の中に唱えられる、騒々しい祝詞――
ひとりは何かに怯えるようにギュッと手を繋いでくる。
「すまん、ひとり、痛い……」
「ぁっ、ご、ごめん……」
そうすると、自然に互いに緊張してることがわかり、
「ふふっ……、私たち……、緊張してるんだね」
「そりゃあな。人生の一大事だし……」
「でも……、これで戻らなくても、私、大丈夫だよ」
「うん……俺もだ……。二人で、一緒に生きていこう……」
「あらあら、おばさん、お邪魔よねえ……」
「QWERTYうĪōp@!?」
「そ、そんなことないです、こちらこそ失礼しました」
「おばちゃん、頑張っちゃうわねぇ……!」
――そこからの記憶はない。
気づいたらおばちゃんは、勝手知ったる我が家とばかりに俺たちが目覚めるまで、居間でお茶を飲んでいたらしい。(どうやら美智恵さんの古い知人で招き入れたこともあるらしく、お茶の位置まで完璧に把握してた)
そして、美智恵さんがすでに報酬を用意してくれていたらしく、俺たちが目覚めると帰っていった。
「結婚式、呼んでちょ〜だいね〜♪」
「は、はい……」
命の恩人たる金城さんを断れるわけない。
俺たちの結婚式のゲストは誰よりも早く1枠埋まってしまったのだ!
50代の初老のおばちゃんの手によって。
※
俺たちは男女の体に互いに入っていたせいで、一週間ぐらいは馴染まなかったが、ようやく元に落ち着いた生活が戻ってきていた。
「悠くん!」
「ひとり」
学校でも隙があればイチャつく傍迷惑なカップルとなっている。
周りの目は白かったり、憎たらしさが混じった目線もあったりするが……。
「後藤さん、昨日のMステーションみた〜?」
「う、うん……、見たよ」
「後藤さん的にはどのバンドが推しなの?」
「緑黄色世界!」
「そ、即答だね……。さすが後藤さん」
ひとりはあれ以来進歩を遂げている。
人類が月に行く成果を思わせた――
手前味噌だが、俺という精神安定剤もあるのだろう。
それに、俺がひとりの体に入っていた時に、音楽の話で割り込んだのも正解だったのかもしれない。
あれから俺は相変わらずぼっちだ。
たまに話しかけてくる友人もいなくはないが…。
ひとりがやらかしたのかもしれないが、元々こうだった。
俺とひとりは、元々この学校で浮いていた。
でも、ひとりが馴染んだことで、俺は嬉しくなってしまった。
それだけでいい。
それだけでいいのだ。
俺のことなんてどうでもいい。
そう思っていたら。
――悠ちゃんいる?
と喜田さんが入ってきた。
俺はその時、振り返ってしまった。
――だから騙されたのだ。
――気づかなかったのだ。
――俺が騙されていたことに。
「……やっぱり、悠ちゃんって北見君だったのね……」
「〜〜〜〜ッ!?」
「私のことやっぱり騙してたんだ! 同じバンドの仲間だと思っていたのに! この薄情者!!」
「喜田さん!?」
喜田さんはダッシュで逃げた。
俺は追いかけようと立ち上がるも……
俺の手を握って離さない人が一人。
「ひとり……」
「……悠くんは私だけのもの」
――絶対に離さない。
その絶対零度の眼差しに、思わず背中がブルル、と震えてしまう。
新たな修羅場発生の予感がした。
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