(ヤれる……後ちょっとでヤれる……)
まだ冷え込む東京の春の夜。
北見くんをバイトに送り出した後、PAのアタシは有頂天になっていた。
――夜型勤務ッ!
男に会えるはずもなければ、仕事柄出会う男は『バンドマン』。
『社会の最下層の男』ばかり。
そんな中に降りてきたひとりの天使。
――北見悠くん。
『最年少弁護士』で職場で同僚。
『弁護士』と言う婚活市場において最高級の獲物!!
時給1万円と言う魅力!
私の時給の2〇○○円とは比較にならないほどの給料とり!
雲泥の差だ!!
パクッと行かない手はない。
しかし、何事にも準備は必要だ。
少しづつ……。
少しづつ……。
「ふふっ……ふふふっ……!」
胸の高まりを覚える。
同時に繰り広げられる脳内妄想。
――弁護士との婚約。
――プロポーズは●●ズニーランドでの●●デ●ラ城で
――帝都ホテルでの大々的な結婚式
――専業主婦としての未来。
――タワマンでの快適ライフ
――子供も2人ほど欲しい……
今の職場は気に入っているし、ヘッドハンティングしてくれた店長には申し訳ないのだが……。
薔薇色の未来に、年甲斐もなくワクワクしてしまう。
だが、私は気づかなかった。
――彼に奇行種の近しい女性がいることに。
ちなみに、女装北見くんに口説いた『男』とそのイベントは店長に出禁とされた。
ウチは女ばかりだから、スタッフに口説いてくる客が出禁になるのは嬉しい。
だって面倒なんだから、しょうがない。
話を戻そう。
あと少し、あと少しなのだ……。
――――――
高校生アルバイトにおけるライブハウスの営業開始は遅い。
高校が終わったらすぐさまスターリーへ直行。
4時半にドリンクの搬入やビールサーバー清掃、そして店内清掃が終わった後、店長のお姉ちゃんに声を掛けられた。
「なあ、虹夏。給料出してやるから北見くん連れてけよ。バンドメンバー募集で路上ライブするんだろ?」
「ええ!? だって彼、タンバリンだよ!?」
「アタシのお古のパーカッション渡すから、連れてってやれ」
「急にどうしたの?」
「なんか最近、北見くんおかしいだろ……」
「ああ……」
アタシは思わず遠い目をしてしまう。
彼はバンドマンらしい佇まいになっていた。
『持たざるもの』『社会不適合者』『素寒貧』、それらの表現がバンドマンは似合う人が多い。
そして彼もその言葉が似合うほどに、どんよりと陰鬱に。
しかも、目がギラギラしてきたのだ。
爆弾テロや放火テロ、自爆テロをやる、と言われたら納得してしまう雰囲気になりつつあるのである。
「確かに、心配だね」
「だからお前のバンドメンバー募集の路上ライブに一回でも連れ出してやれ。お古のパーカッションをやるし、給料も出してやるから。彼の気分転換にもなるし、お前も刺激になるだろ」
「いつもありがとう、お姉ちゃん」
「ふっ……」
私が感謝すると、お姉ちゃんはいつもニヒルに笑う。
照れ隠しなのかもしれないが、いつもこうだ。
そうして倉庫からパーカッションを渡してくるお姉ちゃん。
LORANDという浜松にあるメーカーの一品の、デジタルハンドパーカッションだ。
トイレのフタのようなU字型をしており、その中に大きく作られたボタンが13個、叩きやすいよう平べったく円形に配置されている。
コンガのようなアフリカンな打楽器から、ティンパニーのようなオーケストラの打楽器、そしてK-POPのような打ち込みでしか出せない低い重低音まで出せる、音色がよりどりみどりの楽器だ。
「これならきっと、彼も喜んでくれるよ!」
「この楽器なら、バンドメンバーとしても受け入れてもOKだろう?」
「?? もちろん。タンバリンはロックバンドじゃ流石に……。パーカッションということなら」
私がそういうと、お姉ちゃんはニッコリしている。
「なんでお姉ちゃん嬉しそうなの?」
「いやぁ……、できれば虹夏と北見くんとは末長く、関係性を持って欲しいなあ、なんて……」
「?? 普通のアルバイトの同僚だけど……」
私がそう言うと、お姉ちゃんはこれみよがしにため息をつく。
「そうじゃねえ……。お前、バンドマンて、金がないの知ってるだろ。高校生には分からんかもしれないが、弁護士は結婚するのにいい相手なんだ」
「はあ……」
弁護士。
その仕事は知ってはいるが、内容までは詳しく知らないので、思わずおざなりな答えが出てしまった。
「いいか、後で弁護士の時給を調べておけよ」
そう言ってお姉ちゃんは去っていく。
そうして、バイトがひと段落した後で、弁護士の求人をググってびっくりしてしまう。
――い!ち!ま!ん!え!ん!
思わず目が¥マークになってしまう。
「すごい……。弁護士ってこんな儲かるんだ……」
そして、調べているうちに超絶難関資格であることを知ってしまう。
「げえっ……! 平均合格年齢29.3歳……!?」
あまりの未来で想像ができない。
しかも普通は4年生大学の法学部を出た後、さらに法科大学院に2年行くらしい。
ストレートならその時点で24歳だ。
そこからさらに5年近く弁護士浪人をして勉強を続ける………!?
――意味がわからない
――浪人生活を想像しただけで気が狂いそうだ……!
勉強が苦手なアタシには絶対無理な未来っぽかった。
「でも、バンドで成功するよりは現実的なのかも……」
横でモップがけをしてきた彼が急に魅力的に見えてしまう。
その考えに頭を振る。
――相手の職業だけで相手を見る、それって嫌なやつじゃん、私!
頭をふり、嫌な考えを追い出し。
彼を見る。
彼はすっかりこのスターリーにも馴染み、丁寧に、そして熱心に仕事をしてくれる。
――もし、その熱意と情熱が、
――バンド活動として成熟したら
きっと無上の未来が待っている。
そして、私は知っている。
――彼は女装した方が魅力的なのだと。
――男らしくない角ばってない骨
――華奢なスタイル
――その辺りの女子より小顔で、化粧ノリのいい顔
「……………弁護士入りのガールズバンド、ありだな」
多分、話題性にも事欠かないし、金欠にならない気がする。
申し訳ないことに、下心を抱えたままの私は彼をバンドに誘ってみることにした。
――あとで後悔することになると知らずに
――――――
いつも通りの放課後、スターリーで開演前の清掃をしていると、虹夏先輩が声をかけてくる。
「今度さ、『結束バンド』ってバンドをやるんだけど、メンバー募集のために路上ライブやるんだ! ベースとドラムだけだと寂しいからさ、女装して入ってくれない?」
「嫌です」
俺が即答すると、虹夏先輩はふざけているのだろうが、スマホに女装コスプレした俺を表示させ、ドヤ顔で見せつけてくる。
「……答えは?」
「やらせてください!やらせていただきます!」
「それでよろしい!」
俺がやけくそ気味に答えると、虹夏先輩は満足そうだ。
しかも何故かお店のデジタルパーカッションをプレゼントしてくれるのだと言う。
――俺は早速それに夢中になった。
叩けば叩くほど音が出るし、何より音色のプリセットが豊富で、KPOPからアラビアンまでよりどりみどりなのだ。
俺はこれを叩いた瞬間、早速気に入ってしまった。
心の底から感謝の気持ちが飛び出す。
「ありがとうございます!虹夏先輩!!」
<伊知地虹夏side>
「ありがとうございます!虹夏先輩!」
と彼が言うと
「………ッ!」
急に耳が赤くなり、鼓動がバクバク言ってしまう。
元々、彼は仕事熱心で真面目で、まっすぐなのだ。
彼のまっすぐな眼に射抜かれると、私の下心が多少あったことが恥ずかしくなり、申し訳なくなってしまう。
思わず、そっぽを向いてしまう。
しかしそっぽを向いたことに後悔してしまう。
――変に思われないだろうか。
「……そ、それっ! 大事にしなさいよねっ!」
緊張からか、声も強い調子が出てしまった。
「もちろんです!ありがとうございます!」
「でも、バンドは女装だからね」
そう言った途端、彼は耳が垂れた犬のようにしゅんとしてしまった。
なんだかその様子が可愛く、愛おしく、面白かった。
――――――
<side:北見悠>
最近、喜多さんの様子が変だ。
とにかくぼうっとしているし、授業にも身が入っていない様子だ。
放課後熱心に遊ぶ日もあれば、放課後何もないまま外をボーッと眺めている日もある。
だが、俺から話しかけるのは憚られる。
…………というかもう諦めた。
ひとり程では無いが、学校に友達はいないし、すっかり浮いた存在となってしまっている。
唯一の役目はクラスカラオケに行った時にタンバリンを叩くのと割り勘した時、カラオケ代が安くなる要員としてカウントされている。
うっすらと聞いてしまったのだが、ついたあだ名が『ガチタンバリン奏者』らしい。
………………。
うう。
学校やめようかな。
ひとりも最近似たようなことを俺に漏らすことが多くなった。
俺は学校を辞めてもなんとかなるが、ひとりはそうは行かないだろう……。
俺が養うか……。
でも、ひとりはギターにしか興味を示さない気がする。
しかしひとりのお母さんは、何故か俺にひとりのGPSの所在地アプリを入れてくれるようになった。
母親に信頼されていても、
――男としての俺に、興味なんてないのかもしれない。
――こないだも、押し入れに二人っきりだったのに、
――ギターとタンバリンをかき鳴らしてるだけだった。
…………俺とは?
…………男とは一体?
…………女装の方が求められる男とは?
頭を振り、悪い考えを頭から追い出す。
隣からチラチラ見ると、喜多さんは俺とは違った様子で、何か悩んでいる様子。
――俺が力になれるといいが、
――でも、
――『ガチタンバリン奏者』なんてアダ名を付けられた俺とは、
――関わり合いになりたく無いだろう……。
――――――
翌日、虹夏先輩とリョウ先輩と下北沢で合流した。
これから路上ライブでメンバー募集をする。
――もちろん、俺は女装でだ。
「今日は一言も喋らなくていいから」
と虹夏先輩の言。
「君はビジュアルを求められてる」
とリョウ先輩の言。
うぅ……!いつか俺の演奏を認めさせてやる……!
あれからひとりと昼休みと押し入れで練習を重ねた。
ひとりにハンドパーカッションをバイト先の先輩にもらった、と告げた時は、
――ひとりは何故か奇声を上げながらブリッジをし始めた。
「ヴァ!ヴアアアアア!! オンナ! オンナノニホイガスル!!!」
と、アダルトゲームのオークみたいなことを言い出した。
加えてブリッジをするものだから意味がわからない。
それに女の子なんだから、人前で股間を突き出すんじゃありません。
男のさがとして、少しドキドキしてしまう。
親戚としての色眼鏡はあるかもしれないが、ひとりは普通にしていれば可愛いのに、この奇行のせいで人生を100%損している気がする。
それに、いくら階段下のデッドスペースとはいえ、奇声をあげるものだから、ひとりを庇おうとすると、『ああ、またいつもの奇行種カップルか……』と、職員学生一同に白けた目で見られた。
――もうこの学校には、
――俺の安寧の場所はないらしい。
周りからの白い目を思い出し思わずブルッと震えてしまう。
「おーい、悠ちゃん、大丈夫?」
コクコク、と首を振り肯定する。
『北見くん』だと女装バレしてしまうので、気づいたらスターリーでのあだ名が悠ちゃんになってた。
俺も愛嬌があって気に入っている。
――女装用の名前だという点に目を瞑れば
気を取り直して、携帯用アンプをおき、デジタルパーカッションに接続する。
「今日のキーはAね」
「……」
俺は無言で頷く。
キーは移動ドと呼ばれるもので、通常のドレミファソラシドがC。
Aなら移動ドの音、つまり基本となる音がラの音になる。
俺はデジタルパーカッションのキーをAに設定し、リョウ先輩、虹夏先輩と気ままに叩き続けた。
――――――
私のベースが引っ張り、悠のメロディー付きのパーカッションが装飾し、虹夏のドラムが基礎となる。
――やっぱり合奏は、楽しい。
最近入ったアルバイトの悠は、最初こそタンバリン奏者だったが、元から才能があったのか、それとも日々練習を続けていたタンバリンとデジタルパーカッションの相性がいいのか……。
楽器を持ち替えても、なんら足を引っ張ることはなかった。
初めて半年ほど、と言っていたが、それでも一日6時間近くはやらないと出ない演奏の渋みだ。
素人は叩くたびにニュアンスが違くなりがちだが、正確に音のニュアンスを叩き分けている。
ただ、今日は主メロディーが彼の叩くハンドパーカッションのカウベルや、ハンドパンと呼ばれるアンビエント音楽に使われる、幻想的な音程を持つ楽器主体なので、ちぐはぐ感は否めない。
加えて、メロディーのチョイスの素人加減も。
でも、
「……半年にしてはよくやる」
私と虹夏は目を合わせると、思わずニヤッとしてしまう。
――これはいい拾い物をしたかもしれない。
――高揚感、絶頂感、幸福感
全ての幸せな感情が私の背筋を流れ、身体中に浸透していく。
あまりの幸せに鳥肌が立ち、周りが見えなくなっていく。
――音、それも
――音楽だけに集中されていく
私はこの集中感が好きだ。
何も考えなくていい。
そうして、30分ほど下北沢の路上で演奏していると、とある来客があった。
赤髪の、制服を着た、私たちと同年代ぐらいの女子高生だった。
――――――――
「アタシを!バンドメンバーに入れてくださいっ!!」
とある女子高生の大声にかき消され、セッションは突然打ち消された。
誰も演奏しておらず、中途半端なところで演奏が止まる。
だが、そんなことを知ってか知らずか、女の子は必死な様子でこっちを見る。
…………よく見たらウチの高校の制服だ。
……よく見たら俺と同学年のリボンの色だ。
よく見たら、俺の隣に普段座っている――
「〜〜〜ッ!」
思わず声が出そうになってしまう。
――喜多さんだ!!!
間違いない!!
溢れ出る陽キャオーラ!!
お洒落なネイル!!
普段見慣れた顔!!(勝手にチラチラ見てるだけだが……)
――喜多さんがなんでここに……!
バクバクする心臓を抑えて声が出ないようにしつつ、バンドリーダーともいうべき虹夏先輩がサッと俺の前に立ってくれる。
「君、楽器弾けるの?」
「はいっ!」
「アタシたち、ギターボーカル探してるんだけど、もしかしてギターだったりする?」
「はいっ!」
「よかったぁ〜〜〜♪ じゃあ今度からよろしくね、お名前は……?」
「喜多、郁代です♪ 『喜多ちゃん』って呼んでください❤︎』
――えっ!?
――マジで!?
――本当に加入するの!?
動揺する俺をよそに、早速こっちに来る喜多さん。
「かぁいいい〜〜〜〜っ♪ お名前はなんていうんですか?」
「…………」
「照れてるところも可愛い〜〜〜〜♪」
喜多さんは俺の顔をまじまじと見てくる。
前髪の長いウィッグが幸いした。
俺の鼓動はいつバレないか、心配で心配でバクバク言いっぱなしだ。
緊張から赤くなったのを、照れていると勘違いしてくれたのが幸いだ。
それに俺が女装していることがバレたら、
――ガチタンバリン奏者というキモいあだ名に、
――『女装野郎』という絶対に回復不可能な印、
――『社会的死』の焼印が押されてしまう。
「ごめん、その子、喋れないから」
とリョウ先輩が俺のカバーに入ると、
「カッコいい〜〜〜❤︎ 」
と、アンニュイでユニセックスなリョウ先輩に夢中になった。
危機を回避し、ほっとしてしまった。
とりあえずその場は10分ほど演奏を聞いてもらい、ロインを交換して、次回の練習日を決めておいた。
――仕事用に2代目ケータイを契約してた昔の自分に感謝するしかない。
――身バレせずしてすんだ。
だが、潜在的リスクを抱え込んでしまったのは同じだ。
いつまでもこのままの状態ではどうしようもない…………。
俺が辞めるか、それとも辞めてもらうか…………。
だが、転機は意外と早く訪れた。
――――――
いつもの放課後。
スターリー横のリハーサル室にて、俺たちは練習をやっていたところ、喜多さんは現れなかった。
「練習に来ないね………、あの子……」
普段明るい虹夏先輩が、珍しく愚痴っている。
今日は持っているドラムスティックを全て折ってしまい、不運も重なったせいか、しょげているようだ。
せっかく現れたギターボーカル!
そんな喜多さんが練習に来ないのだ。
心なしか、皆落ち込んでいる。
ビジュアルもいい!歌(カラオケ)もいい!(ただし歌の良さを知っているのは俺だけだが)
そんなニューホープが連絡は付くが来ないのだ。
落ち込む、というものだろう。
学校の喜多さんは、ギターを始めたのかネイルはバッサリと左手だけ辞め、暇さえあればどこかにベースケースを持って隠れている。
なぜベース?とも思ったが、もしかしたらあれにギターが入っているのかもしれない、と淡い期待をしている。
ベースの方がケースが長くて大きいので、ギターを入れている人もたまにいる。
スターリーでそういう演者がたまにいるのだ。
しかし、現れないとなると、代役を探す必要があるのだが……。
「来てくれると思いますか、虹夏先輩?」
「うーん……、連絡が付くからやる気はあると思うんだよね。音信不通になったらさすがに首にするけど」
俺たちはライブの日程が決まってしまっていた。
今更後戻りはできない。
だが、来る来る詐欺をしている喜多さんに俺は話しかけられない。
話しかけたら女装がバレる!
――――そうして、結局喜多さんはライブ当日に音信不通となってしまう
――――――
4月も末となり、だんだん暖かくなってきた夕方。
スターリーで虹夏先輩は取り乱していた。
「やばい、やばいよ!!」
いよいよ喜多さんと連絡が付かなくなったらしい。
俺は結局、女装だとバレるのが怖くて喜多さんに話しかけられなかった。
喜多さんからしたら、意味不明だろう。
可愛い、と思っていた女装メイドのパーカッションが実は、学校で隣に座っている男子だなんて。
――俺だったら失神してしまう
「ギター! 代役探さないと! リョウ、知り合いいる!?」
「私の友達は虹夏だけ」
「ぁ゛〜〜〜〜〜〜ッ! 今だけはその言葉聞きたくなかった!」
虹夏先輩は体をくの字に曲げ、苦悩の叫びをあげる。
彼女はこっちを見たが、不意に目を逸らす。
「なんで俺には聞いてくれないんですか……」
「だって悠くん、女装だって周りに言えてないじゃん……」
「…………………………」
図星を突かれて何も言葉が出てこない。
そう、俺は両親にも、居候先の後藤家にも、ひとりにも、俺が女装野郎だと言えていないのだ。
むしろ言わない方がいいのかもしれない。
もし言ったなら、最高裁判事まで上り詰めた堅物の親父には卒倒されてしまう。
あまりに虹夏先輩が取り乱し、飛び出しギターを探しに行こうとしていた。
言いたくなかったが止むを得ない。
「…………普段、俺とセッションばっかりしてる親戚がいるんで、その子を呼びます」
「ッ!? その子ってことは……、女の子!?」
「はい」
俺も覚悟を決める。
これも、俺を強制ながらバンドに誘ってくれた恩人である虹夏先輩のためだ。
スマホを持ち上げ、電話をかける。
3コールほどで彼女が出た。
――俺の親戚の、
――後藤ひとりだ。
「…………ぁっ……、もしもし」
「もしもし、俺だ。悠だ」
「ぁっ……………、どうも…………」
いつもより余所余所しい。
普段一緒にセッションしてる相手だというのに、電話にも慣れていないのか……。
さすが親に15年友達がいないと言わせるだけある……。
「一生の頼みがあるんだが………」
「…………ヒッ!」
「今日、ライブハウスでギターを弾いてくれないか……?」
「ムリムリムリムリムリムリムリムリデスゥッ!!!!」
――プツッ!ツーツーツー……
――あいつ、切りやがった……!!!
俺は思わずスマホを握りしめるも、そこには通話時間30秒、と無慈悲な数字が出ているだけだった。
虹夏先輩は『この世の終わりだぁ!』と叫び始め、リョウ先輩はそしらぬ顔だ。
俺は女装姿のまま、タクシーを呼び、ひとりに持たせているGPSの現在地へ向かう。
そこは近所の公園だった。
ブランコに座り、黄昏れているひとりがいた。
俺はタクシーを飛び降り、声を掛ける。
「ひとり!いいから来てくれ! お前が俺には必要なんだ!」
「〜〜〜〜〜〜〜ッ!」
俺が強引に手を取ると、ひとりのギターを持ち、待たせていたタクシーに飛び乗る。
ひとりの手は緊張からか、汗ばんでいたが
飛び乗った時も、気づいたら手を握りっぱなしだった。しかし……、
「お客さん、女同士なのに熱いね〜」
と言われると、ひとりは冷静になったのか、ヒッ!!と恐怖の声を上げながら、俺から手を引っ張り剥がした。
だんだん手のひらから熱が薄れていく、ひとりの熱に、もどかしい思いがした。
もっと、ひとりの熱を感じていたいのに……。
それにしても反応がショックだ。完全に不審者に手を握られたときのそれだった。一応、親戚なのに……、と心が痛む。
ライブハウスに着くと、お金を払ってすぐ飛び降りた。
ひとりはぐずったが、俺が強引に連れていく。
こいつの実力が最高なのは!俺が知っているんだ!
今こそ、強引だし俺の我儘でしかないが、役に立ってほしい!
そして、ひとりが変わるきっかけになれば……!
スタジオに到着し、本当に新しいメンバーを連れてきた俺にびっくりしている虹夏先輩とリョウ先輩に改めて紹介する。
「俺の……楽器仲間の後藤ひとりです!」
と紹介したところ、
――ひとりは気づいたら可燃ごみの箱に入っていた。
「……………………」
――ただ、紹介に失敗した恥ずかしさだけが、
――俺の身を焼き焦がしていく
いいねくれ〜〜〜〜(BODZILLA)
ハリウッド版ゴジラ、嫌いじゃないんです(少数派)