らぶこめ・ざ・ろっく!   作:朝比奈小町

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【閑話】廣井きくりルート編

 

 

五月の夜、まだまだ肌寒い中、六畳一間のコンクリート作りの部屋で、きくりさんが俺に迫ってきている。

 

「アタシ、これでも学生時代は人気者だったんだから……!」

 

俺は後ずさる。

思わず脳裏に思い浮かべるのは、後藤家のお母さんだ。

――すっかり彼女がボスとして

――刷り込まれている

――ボスの言葉は絶対だ

――そのボスが絶対にNGだと言っている

 

その次に、

――後藤ひとり

――俺のいとこだ

――俺はまだ彼女に踏み込めていないし、

――彼女も俺に踏み込んでいないが……。

 

――少しは意識し合う関係になっている。

 

だから、絶対この場は回避しないといけない。

 

「酒!ドラッグ!セックス! さあ、バンドマンとして一皮向けよう!!」

 

そうして、俺にのしかかってくる廣井きくりさん……!

 

とんでもない夜が始まってしまう――

 

――――――

春も麗かで、湿度の低く快適な時期、ゴールデンウィーク。

新宿で路上生活者向けの炊き出しボランティアに参加していると、配膳の列に並んでいた謎の女性から声を掛けられた。

亜麻色の髪のスカジャンの女性だ。

まだ少し寒いはずなのに、なぜか下駄を履いている。

 

「あれぇ〜〜? 君、こないだ会った人じゃん……!」

「……? どちら様ですか?」

「ほら、警察署で!」

 

警察署……、留置所のことか??

俺この人の刑事弁護なんてしてたっけ?

 

と失礼なことを思いながら記憶をほっくり返していると、

――脳髄に電撃が走った。

 

「あ〜っ! こないだの!」

 

そう、ひとりとこないだ警察署に行った時に遭遇したお姉さんだ。

 

「こないだは大変だったね!! 私は横で寝てただけだったけど、気まずさが伝わってきたよ。何もなくてよかったね〜!」

 

「その節はどうも……」

 

俺は炊き出しボランティアから一瞬離れ、二人で列を離れる。

 

「これも何かの縁だからさ、今度一緒にご飯でも行こうよ。私、廣井きくり、ヨロシクね」

 

その顔はアルコールなんて微塵も入っておらず、普通にいいお姉さんの雰囲気を醸し出していた。

なんでこんな美人なお姉さんが、炊き出しの列に並んでるのかよく分からなったが、俺は全然気になってなかった。

――この時は、まだ。

 

学校に友達がいないせいか、『美人な大人の女性と食事ができてラッキー!』ぐらいの気持ちでいた。

 

「いいですよ。何かの縁ですし」

「やったぁ〜〜!!」

 

俺はこの時何も分かっていなかった。

廣井きくり、彼女のなんたるかを。

 

――まだ、この時は。

 

――――――

「ただいま帰りました」

 

「お帰りなさい、悠くん」

 

すっかり心地よい天気となったゴールデンウィーク。

奉仕作業が終わり、後藤家に帰宅すると、後藤家のお母さんが挨拶してくれる。

すると、早速二階からドタバタと音が聞こえ、いつものピンクジャージのひとりが降りてくる。

 

「悠くん、おかえり!」

 

「ああ、ただいま、ひとり」

 

俺は玄関で靴を脱ぐ間も無い。

ひとりはすぐさま俺に抱きつき、背中に腕を周し、スーハー……と正面から俺の匂いを嗅ぎまくっている。

あれからひとりは俺がソロで外出すると、すぐさま抱きついてくるようになった。

 

曰く、俺の匂いを嗅ぐと落ち着くとか、離れたくない、とか……。

 

その……

 

――他の女の匂いがしないか、とか……。

 

やっていることは束縛のキツい彼女なのかもしれないが、俺とひとりはまだ……、そう言う関係ではない。

俺もやぶさかではないのだが……。

互いに意識してしまっているが、どうにも踏み込めないでいる。

 

ひとりはかわいい。

その辺の石ころでは無い。

磨けば光る、ダイヤの原石だ!

……でも俺にだって欲はある。

 

――ひとりがクソダサジャージを辞めて、

――もっと美に気を遣ってくれる人になったら……!

とか!

 

――ひとりがもっと奇行を抑えてくれたら……!

とか!

 

――虚空を見ながら言う独り言を辞めてくれたら……!

とか!

 

思ってしまうのだ。

でも俺の要求は高いのだろうか……?

 

それに周りにいる女性が特に美人すぎる。

特にPAさん。

あの大人の魅力に惹かれている自分もいる。

包容力、と言うのだろうか。

先日ライブを失敗して慰めてもらった時は、思わずドキドキしてしまった。

 

身勝手なのは承知している。

でも惹かれてしまう自分もいるのだ。

 

そんな俺の考えをよそに、俺の胸でスーハーしているひとり。

彼女の柔らかく大きい胸が俺の腹に当たっている。

彼女の柔らかい感触にドキドキしてしまう。

股間に血が集まる気配があるが、必死になって抑える。

 

ひとりの巨乳が俺に押し当てられるだけなら、胸熱な光景なのだが……。

 

彼女の目は、大きく完全に瞳孔が開き、ラリっており、他人が見たら完全な薬物中毒者と勘違いする表情をしている。

汗一つ描かず、目がかっぴらいていた状態で俺を見つめている。

正直怖い……。

背中から冷や汗が出ている。

 

外でこの状態だったら、通報されて警察署へ連行、尿検査されてもおかしくない状態だ……。

勢いだけで誤認逮捕されてもおかしく無い。

 

最近、ひとりがメン●ラ化と言うか、俺に依存してきている気がする。

特に家では離れない。

……俺がいなくなっても、彼女はやっていけるのだろうか。

しばらくひとりの気が済むまで好きにさせておくと、またギターの練習に戻るのでそっとしておくことにする。

 

それに彼女は最近、お母さんに注意されたのか、押し入れに籠ることは少なくなったこともあり、防虫剤の匂いはなりを潜めている。

彼女の使っているシャンプーも変わったのか、優しい石鹸の香りになった。

そのせいか、最近ひとりに抱きつかれると以前よりもドキドキしてしまう。

 

そして最近、美容院行きをついに決心したのか、今度俺と美容院にいく予定だ。

彼女の母親譲りのピンク髪は綺麗なんだから、もったいない、と俺とお母さんに説得されて、いくことになった。

 

勉強も積極的にするようになった。

教えてても、なんだか上の空だが、やらないよりマシだ。

だが、教えても手応えをあまり感じないあたり、どこかひとりも浮ついているのかもしれない。

 

相変わらず俺の胸でスーハーしていたひとりだったが……。

突然、Zガ●ダムに乗っている主人公がニュータイプに遭遇したような顔で、ひとりが急に覚醒する。

心なしか、敵エスパーパイロットと遭遇した時に鳴る『キュピピピピィン!!!』と効果音が聞こえた気がした。

 

「この匂いは……、女! しかもバンドメンバーじゃない!!」

 

俺の胸に当てていた顔を上げると、ひとりは俺の目を見る。

 

「……だれと会っていたの?」

「いや、本当に炊き出し作業を……」

「バンドメンバー以外の女と会ったでしょ……」

 

ひとりはバンドメンバーの匂いを嗅ぎ分けているのか、と努力の方向性に残念さを感じたが、顔には出さないように言う。

――俺の顔に出ていないか心配だ。

そういえば先日はバンドメンバーそれぞれのご家庭から布切れをもらい、それを嗅ぎ分けていたのを見てしまったのを思い出した。

努力の方向性が間違っている……!

 

「いやぁ、この間俺の大変申し訳なかった早とちりで警察署にお世話になってしまっただろ? その時、俺らの横で眠っていた人とたまたま会っちゃってな……。何かの縁ってことで、ご飯に行くことに‥‥」

 

「私もッ!!!! 絶ッッッッッッッッッッッ対に!!!!!! 行くから!!!!!!」

 

「お、おう…………」

 

ひとりのいつも以上に強い圧力に、思わずうん、と肯いてしまう。

家の中だと無敵なのか、すごく大きな声だ。

すると、ひとりのお母さんが台所から玄関までやってきた。

 

「悠くん、……分かってるわね? ひとりちゃんのこと」

「分かってます。門限までにひとりを返します」

「違うのよ、そうじゃないのよ……」

 

すると、ひとりのお母さんはその細腕からは想像させない圧力で俺の肩を掴み、ミシミシを音を立てて握り始める。

 

「………分かってるわね?」

「ァッハイ……」

 

何も分かっていないが、頷かされてしまった。

 

「分かっているならいいのよ」

 

そう言って、再び台所へ戻るひとりのお母さん。

 

俺はまだ靴も脱いでいないのに、俺に抱きつき動かないひとり。

 

なんだったんだ……、一体……。

 

――――――

「今度きくりと食事に行くんだって?」

 

放課後、いつも通りSTARRYでバイトをしていると、店長から声をかけられた。

 

「はい」

「あいつは酒癖悪いから注意しろよ〜……。それにたかってくる」

「はぁ……」

 

見た感じ、そんな悪い人には見えなかったが、どうやら店長は先日の廣井きくりさんと知り合いらしい。

バンド仲間ってほどではないが、以前より知り合いだったらしい。

 

「困ったらアタシを呼べ。アタシはあいつの扱いに慣れてる。ついでにロインだけじゃなくて電話番号も渡しておくな」

「ど、どうも……」

 

なんか店長が異様に優しい。

そんなにやばい人なのか、廣井さんって?

 

俺は疑問を抱えつつ、店長が電話番号を教えてくれた。

怖さに恐れ慄きつつも、廣井さんが指定したもんじゃ屋さんが楽しみだ。

 

――――

昼間は暖かいが夜は肌寒い五月。

廣井きくりさんとの食事に、なぜかピンクジャージのひとりもついてきてる。

浅草という観光地で『クソダサピンクジャージ』。

正直浮いている……。

横で歩いていて恥ずかしい……、がひとりは俺の腕にしがみつき、離そうとしない。

まるで依存しているカップルのようだ。

都内に出るので、俺もそこそこにお洒落をしているのだが、ピンクのジャージのひとりが全てを台無しにしている。

――通りすがる人の目線が痛い。

 

「お! おお〜〜〜! 北村くんのかわいい彼女さんだねぇ。 そういえば警察署で会ったよね?」

「彼女はいとこの後藤ひとりです。この人が前に話した、たまたま遭遇した廣井きくりさん」

「ぁっ……。ど、どうも……。……………私がッ!後藤ひとり、ですッ!」

 

ひとりのしょんぼりした発言からの大声、耳がやられそうだった。

なんできくりさんに威嚇するように自己紹介する……?

きくりさんは『ワッハッハッハ!元気な子だねぇ!』と鷹揚に笑っているからいいものの、俺はいつもとの違いにびっくりしてまう。

 

挨拶を済ませると、慣れた様子でお店に入るきくりさん。

どこか既に酒臭い……。

 

「いぇい!店長、やってるぅ〜!?」

 

やってますよ、いらっしゃい!と店長に挨拶され、案内されることもなく勝手に座るきくりさん。

この浅草のお店、もんじゃ焼き屋さんはきくりさんのお勧めとのことだった、どうやら常連らしい。

周りから、もんじゃと油の焼ける香ばしい香りが漂ってくる。

香りだけでもう美味しそうだ、胃が空腹アピールしてくる。

俺たちの共通点は楽器だ。

 

彼女はベースをやっているらしく、今日は楽器の話題が楽しみだった。

 

――――

1時間後、きくりさんとリズム隊の話で盛り上がってしまった。

 

「やっぱり、ベースとドラムの掛け合いが大事なわけ! そこにパーカッションって上物リズムが入ると一気に曲が華やかになるわけよ! アタシは君のいるバンドが羨ましいな〜!」

 

「ありがとうございます! わかってくれる人がいて嬉しいです! パーカッションって『いてもいなくても変わらなくない?』ってお客さんから軽視されがちで……」

 

「わかってないね、その観客! 私だったらベースで叩いちゃうなー! 『ぽむ』ってね!」

 

「絶対そんな音でないですよ!」

 

どこのバンドも、低音パートと打楽器勢が仲がいいのはバンドあるあるだ。

不文律と言ってもいい。

しかも、きくりさんはアルコールが入り上機嫌だ。

俺が飲んでいるのはソフトドリンクだが、すごく場は盛り上がっていた。

 

だがそこで、俺の横に座っていたひとりが気まずそうにしている。

加えて、ますます俺の腕を抱えて近くなった。

 

居場所がないのだ。

俺はたまにひとりに話題をふるも、ひとりは俺の腕を組んで『うん』『はい』『いいえ……』

としか言わない……。

全然話が盛り上がらないのだ。

――これがガチの陰キャ……!

知ってはいたが、確かに連れてくる側も、連れてこられる側も辛い。

 

ましてや、見知らぬ人との外食だ。

ひとりは緊張して、縮こまり、もんじゃ焼きをひたすら突き、食べるだけのマシーンになっていた。

 

そうして、また1時間が経過した。

――――――

「私ッ! 私がッ! 後藤ひとりですからッ!!!」

 

ひとりは謎の宣言を廣井きくりさんにする。

その後、ニチャアと顔を笑顔にする。

……勝利宣言なのか?

別に俺はきくりさんとは、なんらそう言う関係ではない。

相変わらず行動理由がよくわからない。

ひとりに十分な現金を持たせてタクシーに乗って帰らせた。

つまらなそうにしてて申し訳なかった。

タクシーに乗るとき、彼女気が少しだけ休まっていそうなのが幸いだった。

 

――――――

「うぇっぷ……、アタシ酒呑みすぎたかも……。気持ち悪くなってきた……」

 

と、気くりさんは立ち上がろうとするも、酩酊しているのかフラフラしている。

 

「大丈夫ですか?」

「ヘーキヘーキ!いつものことだから……!」

 

そう言って立ち上がることのできないきくりさんだったが、だんだん顔が青ざめ、前後にフラフラし始める。

 

俺はとりあえず、「お冷やをお願いします」と店員さんに頼むものの、きくりさんのフラフラは遂に加速し始め……、

 

――鉄板の上にゲ●った。

 

先まで笑顔で料理を作っていた店長が、急に険しい顔になった。

 

――胃酸の匂いが鉄板に焼かれ、店中に酸っぱい異臭を振りまいていく。

――さっきまで食べていたもんじゃが戻され、再び熱々のもんじゃが鉄板で出来上がる。

――店にいた店員と客全員の、絶対零度の視線が俺に集まる。

 

……いたたまれない。

気まずい、……非常に気まずい!

 

きくりさんはそのまま横になり、スヤァ……と気持ちよさそうに寝ている。

 

「う、うわぁ…………」

 

STARRYの星歌店長が言っていたのはこれか。

正直ドン引きだ……。

俺がひとり勝手に合点していると、もんじゃ焼きの店長さんに肩を叩かれた。

 

「君、今後一切出入り禁止ね」

「………はい」

「あとこれ請求書。その鉄板もう使えないから弁償してね」

「……………………」

 

俺が弁償するのか……。

俺が頭を抱えている横で、廣井さんはスヤスヤと気持ちよさそうに寝ている。

スマホを人質にATMに走り、お金を下ろすと店へ戻る。

 

すると、会計直後、店を放り出された。

俺は店長と周りにいたお客さんに心の底から謝罪をした。

ついでにデザートを各テーブル分払っておいた。

……本当に申し訳なかった。

お客さんたちがデザートで気を直してくれることを祈った。

 

「寒い……」

「グガァ〜〜〜………」

 

いびきをかいて寝ている廣井さん。

五月の夜はまだまだ寒い、今日は底冷えしそうな寒さだった。

嫌なことがあったせいか、寒さが心の真にまで染みる。

酒癖が悪いと聞いていたが、まさかこんなに悪いとは思わなかった。

浅草で観光地のせいか、大通りまで行くと流しのタクシーがいっぱいいる。

俺は手を振って止めるも、皆、廣井さんの泥酔の様子を見てスルーしていく。

だって……、ゲ●吐いて服が汚れてるもんな。

俺だって載せたくない。

 

…………マジで困ったぞ。

本当に困った、どうしようもない。

女性だからその辺のゴミ捨て場に捨てて帰るわけにもいかない。

それに申し訳ないと思いつつ、財布を勝手に見させてもらったが、住所の書かれた身分証が無いので最寄駅方面の電車に乗せることもできない。

 

どうするかな……、と思ったらポケットに星歌店長の電話番号があったのを思い出した。

 

今日はSTARRYが定休日だ……。

お休みのところ申し訳ない、と店長に電話をかけた。

 

――――――

「こいつ、簀子巻きにして東京湾に沈めてしまおうか……」

 

電話したら本当に星歌店長が車で来てくれた。

きくりさんに慣れているのか、親愛の証だと信じたいが、言っていることが物騒だ。

 

今は暖房の効いた店長の車で、伊地知家に向かっている。

俺は彼女がいつリバースしても構わないように、エチケット袋を持ち横で付き添っている。

無論、座席にブルーシートを敷いてだ。

 

店長に彼女の財布に身分証明書を入っておらず住所が分からないことを伝えると、

 

「こいつ、頻繁に酔って財布を無くすし、酔って無くすの分かってるから身分証を持って歩かないんだ」

 

「酷い負のスパイラルですね……」

頭が痛い……。

 

「しかも酒を飲む時は、『幸せスパイラル』って言って上機嫌なんだ……。おまけに……!」

 

店長が舌打ちしながらアクセルを踏む。

都内の道路に慣れているのか、スイスイと追い抜いていく店長の車。

 

「家賃を滞納して、結構な確率で強制引越しさせられるから、住所が頻繁に変わるんだ。だからアタシも本当の住所を知らん」

「うわぁ…………」

 

思わず再びドン引きしてしまう。

確かに、賃貸人の家賃滞納で相談に来る大家は多い。

そうした場合、大家負担でより家賃の安い家を見つけてきて、『滞納分チャラ・引越し費用大家持ち』で合意させて強制引っ越しさせるのだ。

大体の場合、『滞納した家賃チャラにしてくれるし、家賃が安くなるし、引越し費用を持ってくれるなら……』とごねずに引っ越してくれる。

そういう不良債権は『損切り』した方が大家的にも楽なので、それを勧めている。

しかし、敷金はほぼ100%の確率で使い切り、むしろ足りないが払える能力は大体そう言う人たちは持ってない。

結果、大家側で出費してしまうので、運が悪かったと大家側が諦めているのが実情だ。

低所得層向け不動産は持ってはいけない、というのが通例だ。

自分で修理したりして表面利回りの改善を目指すとか、生活保護者を入れさせて逆に安定させる、と言った目的でなければ、低所得者向け不動産は運営してはいけないのだ。

俺は弁護士事務所のバイトで学んだ案件を思い出す。

 

幸せそうに寝ている姿は、美人なのだが、いかんせん酒癖が悪すぎる。

――俺はこの時、『本当の廣井きくり』を知った。

――酒癖が悪い残念美人である。

――ただし、ベースが上手いらしい……

 

店長曰く、結束バンドよりも全然売れているらしい。

だからすごい人なのだろうが、………典型的なロックミュージシャン、だ。

 

そうして、酒とゲ●の匂いを我慢しつつ、下北沢のSTARRYの入っているビルについた。

鉄筋コンクリートのこの建物の上に伊地知家のお部屋があるらしい。

車を降りると、なんとそこには虹夏先輩がいた。

 

「アタシ、車駐車場に置いてくるから、それじゃ」

と言って、廣井きくりさんを置いて星歌店長は去っていった。

 

「お姉ちゃんが飛んでった時はびっくりしたけど、本当に悠ちゃんがいる……! なんだかお店以外で会うの、珍しいね!新鮮だね! ……ところでその女性だれ?」

 

「店長と俺の知り合いの廣井きくりさん。潰れちゃって、ゲ●っちゃって、でも住所が分からなくて、しょうがないから店長が連れてきてくれた」

 

「えっ!? 今からうちで預かるの!? ちょっと待ってて……!」

 

と寒い中放置される。

虹夏先輩だって驚きだっただろう。

どうやら星歌店長は虹夏先輩にも何も言わず飛び出したようだ。

準備があるのもしょうがない、だって女性の部屋に入るんだもの……。

 

5分後に、虹夏先輩はやってきてくれた。

「入っていいよー」

 

――――――

虹夏先輩に建物の上層階に連れられお家にお邪魔させていただく。

物置らしき空き部屋にブルーシートを先に引いた後に、廣井きくりさんを下ろした。

 

「悠ちゃんも大変だったね、お疲れ様」

「ありがとう、虹夏先輩」

 

虹夏先輩が俺の服に着いたゲ●を雑巾で嫌な顔せず、拭き取ってくれる。

 

――彼女が天使に見える。

 

『地獄で仏にあう』という言葉は虹夏先輩にこそふさわしい。

彼女に拭かれるたび、疲れまで拭われたようでとても癒された。

ここは極楽浄土か……。

俺が感動して見つめていると、

 

「ん?」

 

と首を傾げる虹夏先輩。

 

「虹夏先輩が天使に見えます……」

 

その姿は純真無垢で、可愛かった……。

金髪にサイドポニーが、彼女の活発な雰囲気によく似合っている。

俺が涙を流しながらそういうと、

 

「ちょっとなになにー!? バンドメンバーを口説かないでよー」

 

と笑いながら流す彼女。

 

本当に可愛かったし、申し訳なかったのだ。

気づいたら俺の服に廣井きくりさんのゲ●が移ってしまっていたのだ。

しかもその後処理を伊地知家でやってもらっているのだ。

申し訳なくてしょうがない……。

後で菓子折の一つでも持って伺わなければならない。

虹夏先輩には悪いが、このゲ●がついた服は帰ったら捨てよう、そうしよう。

 

「ちょっとお水汲んでくるから待ってて」

 

そうして、虹夏先輩が部屋を去ったの知ってか知らずか、きくりさんはむくっと起き上がった。

 

「あれ……? ここどこ……?」

「もんじゃ焼き屋さんを追い出されて、今星歌店長のお部屋にいます」

「じゃあいっかー!」

 

何がいいのか。

俺が立て替えた請求書分の金を払えと思うも、彼女はさっきまで潰れていたのが嘘のように、急に動き始める。

 

――そうして、

――急に俺に覆いかぶさった。

 

「酒! ドラッグ! セックス! バンドマンなら、この流れはそれしか無いね!」

 

「無い無い無い無い!! 絶対無いです!!!! 大体ドラッグはしてないでしょ!」

 

「ドラッグは流石にしてないけど。……えぇ〜〜!セックス はいいじゃん!減るもんじゃ無いし……!それに、アタシだって、だれでも良いわけじゃ無いんだよ……! 学校で浮いてたから、ここまで気を許した異性は君が初めてだし……。美人なアタシと部屋で二人きりなの……、嬉しく無いわけじゃ無いでしょ?」

 

そう言って、俺に酒臭く、ゲ●臭い息を吹きかけてくる。

 

「んちゅ〜〜〜❤︎」

 

美人な顔が近づいてきて興奮するが、同時にゲ●の酸っぱい匂いが近づいてきて、吐き気がしてきた。

 

「悠ちゃんお待たせ〜〜! お水、持ってきた……、よ……?」

 

さっき水を汲みに行った虹夏先輩がタイミング悪く戻ってくる。

 

「……ごめんね、ここ、アタシんちなんだ! そういうのは他でやってね!」

 

声こそ明るいものの、目は死んでいる虹夏。

俺ときくり先輩は家から蹴り出された。

 

「悠ちゃん、誰でもよかったんだね♪ さっきのアタシのこと、『天使に見えます』って言ってくれたのは嘘だったんだね♪」

 

「違います! それは本当で! きくりさんのことは誤解なんです!!」

 

「下北沢、ホテルいっぱいあるから心配しないでね♪」

 

言葉こそ陽気なものの、雰囲気はトゲトゲしい。

バッタン!と途轍もなく強い音で扉が閉められ、鍵も掛けられる。

チャリン、とチェーンロックまで掛けられたのが音から確認できてしまって切ない。

上着もなく寒いまま、着のみ着のまま放置され、ブルブルと震えてしまう。

このままじゃ凍える。

必死にインターホンを押すも、音量を下げられてるのか無視される。

俺ときくりさんは寒空の中、途方に暮れてしまった。

 

――10分後、星歌店長が帰ってきた。

 

「遅れてすまんな、ついでに買い物してて……。ってお前ら何やってるんだ?」

 

ガクガク震えていた俺は事情を説明する。

『酒!ドラッグ!セックス!』と言って俺を押し倒したきくりさん、拒否したがのしかかられた俺、そしてそれを見た虹夏先輩。

そして店長はきくりさんの酒癖が悪いのを知っているせいか、一瞬で理解してくれた。

 

「すまんな、コイツが……」

 

星歌店長は、力一杯のアイアンクローできくりさんを締め上げ、持ち上げている。

――片手一本で人間を浮き上がらせている

――俺は人間の本気をみた気がした。

 

「ゔぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!!」

 

きくりさんは痛いのか精一杯叫んでいる。

彼女には悪いが、今日は散々迷惑をかけられたんだ。

内心ヒートアップしてしまう。

――いいぞもっとやれ。

 

すると、そのまま店長はきくりさんを蹴飛ばす。

彼女はゴロゴロとコンクリ製の階段を転がり、踊り場の壁に衝突して止まった。

 

「寒空の中、頭を冷やせ。黙せよ、廣井きくり」

 

――まるでBLEA●Hの卍解シーンみたいだ。

普段クールな店長が怒気を込めていうと怖い。

……怒らせないようにしよう。

 

そしてそう思った反面、男前な様子がカッコ良かった。

俺は男だけど、少しキュンとしてしまった。

 

「きくりが迷惑かけてすまんな……。入ってくれ……」

「ほんとうにすみません、ありがとうございます…‥」

 

店長が声を掛け、虹夏先輩にチェーンロックを外させる。

中に入ると、虹夏先輩がむすーっと怒りを露わにこちらを見ていたので、精一杯誤解だったことを伝え、夜遅くにお邪魔していることを謝った。

 

――星歌店長の助言もあって誤解を解くことに成功した。

 

「もう! 悠ちゃんは誰にでもいい顔使いすぎなんだから、自覚してよね!!」

 

と、プイっと横に向きながら俺に言う。

その耳は心なしか紅潮していた。

本当に素直に「ごめんなさい」と心から謝罪すると、今度は……

 

「う、嘘! アタシも言いすぎたから……、こっちこそごめん……」

 

と、虹夏先輩はしょんぼりしていた。

 

それを見た星歌店長はマグカップを床にガッチャーン!と盛大に落としていた。

…………さっきまでの店長はどこに行ったんだ?

 

彼女の目は心なしか虚だった。

 

――――――

翌日の早朝。

いったん家に帰ってから学校に行こうとしたところ、土下座したまま固まっているきくりさんを見つけた。

店長は舌打ちをし、虹夏先輩は白けた目で彼女を見ていた。

俺たちは彼女に反省文を書かせ、俺が建て替えた弁償分の借用書まで書かせた。

 

「もう二度としましぇん……」

 

涙を流し、寒さのせいか舌が回っていない彼女。

俺たちは彼女が十分反省しているのを悟り、開放した。

 

後日、また出会うことになるとも知らずに。

 

――――――

家に帰ると、ひとりがすぐさま俺に抱きついてきた。

「昨日は寂しかったんだから……」

「すまん……」

そうして、俺の胸に顔を埋めると、

 

「ヴァアアアアアアッ!!!!!」

 

と叫び出した。

突然の奇行と叫び声に驚いていると、

 

「虹夏ちゃんの匂いがする!!」

 

「あ、ああ……。昨日は伊地知家にお邪魔させてもらったんだ……」

 

「アアアアアアィイイイイイイッ!!!!!」

 

ひとりが動揺から奇声を上げ出す。

「ち、違うんだ、ひとり! 何もなかったんだって……!」

 

俺はそう言うも、ひとりはブリッジをしたまま、廊下を四足歩行で駆け出して行った。

………………。

…………

……。

――ブリッジで四足歩行

どう見てもエクソシス●のそれだ。

奇行から恐怖が湧き立ち、ゾワゾワと鳥肌が立ってしまう。

どこかお祓いにでも一緒に行ったほうがいいんだろうか……。

 

恐怖から慄いていると、バタンと扉が開き、

…………

……

――後藤家の真の主が降臨した。

――ひとりのお母さんだ。

 

「悠くん。あなた、わかってるっていったわよね?」

「はい……」

「そこに直りなさい」

「え、でもここ玄関……」

「私の質問には『はい』か『YES』よ」

「はい……」

 

そうして俺は冷たい石造りの玄関で正座させられ、こってりしぼられた。

――外泊したこと

――他の女の家に行ったこと

 

それらを謝罪し、乾いた雑巾のように絞りに絞られた後、ひとりのお母さんはやっと機嫌が良くなった。

すると、思いついたようにひとりのお母さんは言った。

 

「今ね、いいこと思いついたの♪」

「…………」

「今度、悠くんとひとりちゃんで『横浜デート』行ってきてもらうから♪」

 

――え……?

 

すでに俺はひとりと奇行種カップルとして認識されているが、

――お洒落タウン横浜でも奇行種カップル伝説が始まってしまう気がした。

 




本当は喜多ちゃん加入編をやる予定だったんですが……。
筆が進んでしまい、廣井さん√を進めました。

ASMRの原稿をやれ!!!!(憤怒)

作者のエネルギーになるので感想評価待ってます!!
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