ファーストライブ直後です。
「私、この子の親になって、リョウ先輩の娘になりたい!!」
4月下旬の春のうららかな頃。
メイド服の俺、虹夏先輩、そしてリョウ先輩の前で赤髪の少女は宣言していた。
彼女は俺のクラスの隣にいる喜多さん。
——そして、喜多さんはPAさんにいつも気合い入れてメイクされた俺に気づいていない。
——いつもとなりで接している同級生の男子だというのに
だが、俺も話すことは出来ない!
話しだした瞬間、『女装を生業とする奇形男子』になってしまうからだ。
沈黙を保ちつつ……、成り行きを見守る。
この春、新たなバンドメンバーが再び結束バンドに加わることになると知らずに。
————
数日前、いつもの朝。
ひとりに腕をつかまれながら、俺たちは学校へ登校していた。
ピンクジャージの女子生徒に依存される高校生にして、弁護士資格を持つ彼氏の『『奇行種カップル』』。
それが周りからの俺たちの認識だった。
だが、そんなものは一ヶ月ほどもすれば慣れっこだった。
そうして、クラスへ向かい、ひとりは俺と別れることなく、俺のクラスへ向かう。
俺が座席に座ったのを見計らうと、安心したように彼女は俺の上に座った。
「ふぅ…………」
まるでこれから茶でも飲みそうなくらいに落ち着いている。
だが、周囲の目線は痛い。
男子からは、『入学早々イチャつくカップル』として目の敵にされ、女子からは『隣のクラスのヤバい女子を連れてくる迷惑男子』として認識されてしまっている。
まだ入学して一ヶ月なのに、この扱い。
ひとりの太ももは暖かくて心地よく、男としての煩悩を誘い、教室なのに股間に血が集まりムラムラしてくる。
だが煩悩と視線のせいで、俺は針のむしろに座っているイメージだった。
最近ひとりは石けんからボディーソープをお母さんおすすめのものに変えたのか、近くにいるだけでバラの香りがして、どうしても女性らしさを意識してしまう。
しかし、そんな俺の懊悩に気づかず、ひとりはなぜか隣の喜多さんに視線チラチラ向け、何かムズムズしているようだ。
そうして、いきなり首を90度右に急に傾け、
「ギッッ!タッッ!ボッッ!」
と叫び始めた。
「「「………………」」」
突然の奇行にクラス中の視線が集まり、俺は再び背筋が凍る思いをした……。
皆、彼女の奇行をなんとかしろ、と俺に視線を向けてくる。
だが、10数年間熟成されたひとりのコミュ障っぷりを舐めちゃいけない。
そんなもの、治るのだったらとっくに直っている。
俺如きがどうにかできるものではない。
だが皆の視線が痛い。
……ここは針のむしろじゃ無い。
——地獄だ。
————
「そうなのね、ギターボーカルを探していて……」
俺がひとりの通訳をすると、喜多さんは神妙に頷いてくれる。
喜多さんの歌唱力は折り紙つきだ。
ひとりは『私ナイスムーヴしたでしょ?褒めていいよ?』と言わんばかりに、ニチャァと顔を崩すが、俺は心配だった。
俺が普段女装でバンド活動しているのは結束バンドの面々しか知らないのだ。
――新たなトラブルを背負う予感があった。
それに俺は喜多さんが結束バンドに入ろうとした結果、ライブ本番に来ずにドタキャンで逃げ出した経緯を知っている。
俺としては前科がある分、あまり賛成じゃなかったが、思い返すと喜多さんがライブ数日後気が抜けたようだったのは、彼女なりに反省していたからなのだろう。
そして、せっかくひとりが、なけなしの勇気をだして、喜多さんを誘ったのだ。
俺はひとりの頑張りを潰したくない!
——例えガールズバンドのフリをした男がひとり混じっているバンドだとしても
俺の考えを横目に、ひとりのビッグマウスは止まることを知らない。
EDMバンドだの、夜通し踊り狂うパリピバンドだの無茶苦茶言う。
俺たちはオルタナティヴロックだったはずだが……?
調子にのるひとりはいつものことなので放置することにした。
そして、放課後3人連れ立ってSTARRYへ行くことに。(ちなみに俺はバイトするとは言っていない。ひとりの付き添い、といったら納得してくれた)
だが、下北沢に降り立った途端、喜多さんの顔が青くなり、冷や汗を書き始めた。
「あ、あの……北見君、こっちの方向って……」
「ひとりは、STARRYってライブハウスでバイトしていて……」
そう言って歩きだそうとすると、喜多さんは急に駅に踵を返す。
「っ!? ご、ごめんなさい、私、帰りますね……」
と言った途端、向かい側から虹夏先輩がやってくる。
「ぼっちちゃん、とりあえずエナドリ買っておいたよ!」
本当にひとりはEDMパリピバンドのフリをするつもりだったのか。
気づいたら虹夏先輩はエナドリを抱えたままこちらによってくると、
「逃げたギターッ!!!!」
と叫び、逃げだそうとした喜多さんを捕獲した。
————
STARRYにたどり着き、帰るフリをして俺はいつものメイド服になる。
もうすっかり手慣れてしまったせいか、メイクも上手になってしまった。
そうして、俺が持ち場であるドリンクコーナーの搬入に入ると、入り口付近にいる3人は相談していた。
何でも、喜多さんが謝り、皆それを受け入れているようだ。
ほかのメンバーが何も責めない様子なので、俺もほっと安心してしまった。
すると、喜多さんが更衣室に戻り、余っていたナースのコスプレをして戻ってきたようだ。
普段よりも今日は忙しく、店長も人手が欲しそうだった。
————
そうして、メイド服姿でドリンクサーバーでビールの洗浄をしていると、喜多さんがこっちに来る。
どうやら幸いなことに、俺が女装している事実に気付いていない様子だった。
輝くようなまばゆい笑顔でこちらにやってくる。
「今日お手伝いさせていただく喜多です。よろしくお願いします♪」
「…………」
俺も何か言いたいが、言った途端女装がばれる…………!
ドキドキしながら愛想笑いと会釈をしていると、リョウ先輩が割って入る。
「この子、昔ご両親が交通事故で亡くなるところを間近で見てしまって……。それ以来、重いトラウマからかしゃべれないの。だから、優しくしてあげて……」
「そ、そうだったんですか!? 知らなかったとはいえ、申し訳ないことを……」
喜多さんは純真無垢故、リョウ先輩の虚言に騙されてしまう。
そして、さらっと嘘をつくリョウ先輩もリョウ先輩だ。
——勝手に他人に重いエピソードを付与しないで欲しい……!
しかし、女装がばれたら『社会的死』な俺にとってフォローは感謝だ。
俺はたまたま手元にあったメモで筆談する。
『ドリンク教えるから見てて』
「はいっ!分かりました!」
そうして、喜多さんは飲み込みが早く、15分も教えたら、何も教えることが無くなってしまった。ふとひとりに眼を移すと、モップで床を磨いていた。
だが、こちらを見て落ち込んでいる様子だ。
ひとりは覚えが悪い、要領のいい喜多さんを見て、凹んでしまったのだろう。
なんだかやさぐれていた。
あとでフォローしておかないと……。
そんなひとりを見ているからこそ、喜多さんの明るさがより際立つ。
お店が開くと、すぐさまドリンクチケットを換えにくる人と、終演後に換えようとする二択に別れ、二人で一時のピークを裁く。ひとりは受付の手伝いやPAさんの手伝いをさせられている。
そうして、ライブが始まると、
——喜多さんは目を輝かせた。
——きらめくスポットライトの光景
——反射するシンバル、ギターの弦
——そして、なにより圧倒的なバンドの輝きと、
——観客達の熱量と
——全てに圧倒されていた。
普段そんなに喜多さんと付き合いの無い俺でも分かる、見とれていた光景だった。
——バンドに憧れていると言ってもいいかもしれない。
今日のバンドはノルマの500パーセントは最低限でも呼べる人気バンドだ。
STARRYの定員もほぼ満員。
そこを熱量と活気と勢いでいっぱいにする人気バンド。
恋では無い、憧れ、渇望感、自分もなりたい!そういった気持ちが横にいる喜多さんから見て取れる。
ステージに憧れる今日の喜多さんはとても輝いて見えた。
————
終演後、ドリンクのクローズ作業をしていると喜多さんが語りかけてくる。
「……、私、逃げちゃったじゃない? 先輩達のいた結束バンドから。あなたのことも覚えてるんだから……。メイド服姿でパーカッション叩いてて、上手だなぁ……、って思ってたの。あのときは迷惑かけちゃってごめんなさい」
俺はしゃべれない設定なので、首を横に振って『大丈夫』とメモに書いて筆談する。
しかし、喜多さんはひとり喋る。
「私、無責任だなって。自分のことが、ほんとイヤになっちゃった……。結束バンドの先輩達も、あなたも本気でやっているのがあの路上演奏から伝わってきた。なのに……、逃げ出しちゃってごめんなさい。私、死ぬほどあの日自己嫌悪してたの……。あ、あはは……。ごめんなさい、私の独りよがりだよね」
『全然大丈夫、後藤さんのおかげでなんとかなったから』
「で、でも……!」
俺は喜多さんの手を取り、人差し指の皮を揉む。
そこにはギターかベースの練習でしか厚くならない指の皮があった。
間違いなく、喜多さんは練習していたのだ。
『逃げることは恥ずかしいことじゃ無い。問題はそこから向き合えないこと』
「向き合えないこと……?」
『テストと一緒。間違いの直しのほうが大事』
『間違いの直しをしないやつ』が世の中多すぎるが、喜多さんは直すチャンスがまだある!
それに、喜多さんが一生懸命だったのは今の指の皮の感触で分かった。
——真面目に練習しないと指の皮は厚くならない!
『まだ、間に合う。一緒にやっていこう』
「……ライブ当日に逃げちゃう、こんな私でも受け入れてくれるの?」
『もちろん』
喜多さんは『華』がある。
『華』とはステージ上で、全ての客から視線を集められる才能のある人のことだ。
スーパースター、トップアーティストになるために必ず必要な才能。
ひとりの不協和音すら使いこなすギターの音楽的才能は突き抜けていて素晴らしいが、結束バンドがさらなる高みへと至るためには、それ以外の材料が不足している。
俺はSTARRYでアルバイトをしていて、感じていた。
その点、喜多さんの華やかさ、明るさ、美人さ、雰囲気、そういったものは全て『華』として才能を持っているように思う。
結束バンドがさらなる高みへ至るには彼女が必要だ。
『華』の才能を持つ彼女が——
『あとで改めて結束バンドのメンバーとしてみんなに推薦する』
「……どうして、そこまで私のこと、受け入れてくれるの?」
ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛〜〜〜〜!
言いたいがいえない!
実はクラスカラオケで喜多さんの歌が上手くて聞き惚れていたことがあるなんて……。
バンドに入ってくれたら、なんて思ったことがあるなんて……。
——言えない!
——間違っても言えない!
——女装している俺と喜多さんは、
——『今日が初対面の設定』なのだ!!
『声が出せない私を受け入れてくれたから……』
苦し紛れにリョウ先輩が作った設定を演技しながら筆談すると、喜多さんは眼を涙ぐませながら抱きついてくる。
「〜〜〜〜っ!」
喜多さんは俺の(リョウ先輩が)勝手に作った重いバックグラウンドに共感したのかこちらを抱きしめてくる。
喜多さんはバックグラウンドに感極まっているようだが、俺は嘘で塗り固めた設定のせいか、罪悪感が猛烈にすごい……。
「あなたのこと、まだ何も知らなかったね……。お名前、教えて頂戴」
『悠ちゃんと呼んで』
喜多さんは俺に満面の笑みで言う。
「よろしく、悠ちゃん……!」
——————
「私、この子の親になって、リョウ先輩の娘になります!」
喜多さんは終演後のSTARRYで宣言していた。
どうやら虹夏先輩はリョウ先輩から『嘘設定』を聞かされているらしく、こちらを同情した眼で見ていた。
俺は心苦しいので、さっと目を逸らす。
そうして、なんやかんやあって改めて結束バンドに入ってくれることになった喜多さん。
喜多さんは俺を気に入ったのか、俺がメイド服姿で帰る際も腕を組んで放そうとしなかった。
そして、その反対側にはなぜかより俺にくっつくひとり。
………最近気づいたが、下北沢ではメイド服で歩いていても、気にする人は多くない。
下北沢はサブカルチャーの街なのだ。
歩いているだけで変な奴らはいっぱいいる。
俺はそのうちの一人として認識されているようだった。
いや、眼を逸らすのはやめよう。
今、俺を巡って喜多さんと、ひとりが争っている。
周囲からは仲のいい女子高生三人が腕を組んでいる様子にしか見えない。
しかし、後ろでリョウ先輩は笑いを必死にこらえているし、虹夏先輩は俺のフォローなのか、喜多さんの気を引こうとしているものの、上手く出来ていない。
喜多さんは結局笑顔で俺に話しかけてくれる。
だが、反対側にいるひとりからの圧がすごい。
——負の圧が。
その日、俺と喜多さんは結局駅で別れた。
俺は結局駅の多目的トイレで着替えることになる。
————
結局、昨日はひとりをフォローしてよしよし、って抱き寄せながら寝ていたせいで、興奮とあやした労力で寝れなかった……。
だが、いつものように一人に腕をつかまれクラスにつくと、喜多さんは先日までの気が散っていた様子とは異なり、どことなくニコニコしていた。
ひとりはいつも俺の膝の上、そして背中を押し当てるように座るのだが……。
喜多さんの陽気に気付いたのか、今日は反転して、俺と真向かいに座り、俺の肩に手を乗せる。
まるで、俺がこっそりAVで見るような対面座●のようだ……。
そして、ひとりは俺の肩に手を乗せ、
「ぇへ……、ぇへへ……」
とうめき声をあげながら俺のことを見つめている。
瞳孔が開き、見開いているため、まるでヤクザ系ゲームに出てくる三下のようだ。
無造作なロングヘアーが三下感を加速させている……!
そしてその現況となった喜多さんは、隣りでニコニコしながら授業に向けて予習している。
陽のオーラと陰のオーラのギャップがすごい……!
——俺はこの瞬間、
——新しいカルマを背負ったことを自覚した……。
結束バンドは新しい局面を迎えた。
期待も高まるばかりだ!
そして、ひとりの依存が強くなっていくのも俺は感じていた……。
評価と感想お待ちしてます!!!
作者のエネルギーになるので何卒……!
https://syosetu.org/?mode=review&nid=302723
最近、ASMRをだしたので、活動報告に書きました❗何卒
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=291412&uid=280820
私事ですが、喜多ちゃんと同じGibson のLes paul junior買っちゃいました……
(もうギター5本もってるのに、頭おかしい……)