ひとりは俺を押し倒し、手に持った包丁で横一文字に俺の腹を掻っ捌く。
――その手には、俺の――――があった
「ああ、赤いキラキラが綺麗……。これが悠くんの、なんだね……」
――不思議と痛みは、ない
「嬉しい……!この胸がいっぱいになる気持ち! これが、これが! 『愛』なんだね……!」
ひとりは恍惚とした表情で、俺から取り出した――――を見やる。
月光が窓からそそぎ、ひとりを美しく照らす。
まるで月光に愛されているようだ。
その光景はとても神秘的で、魅力的で、同時に狂っていた。
俺は脱力していく。
既に手の先から感覚がない、段々と寒気が強くなる。
失った――――だけは何故か暖かい感覚があり……。
そうして、俺は…………。
「ひあぁあっ!?」
慌てて飛び起きると、ひとりと俺が同衾するベッドだった。
同じ毛布で寝ていたせいか、起きるとひとりのボディーソープの香りがした。
女性らしい香りのせいか、無防備に寝ているひとりがいつも以上に魅力的に見え、襲いたくなる獣欲の衝動に駆られる。
彼女は気づくと俺のパジャマの上着の中に頭を突っ込んで寝ており、その手は俺の背中に回されていた。
……どうやったらそんな姿勢になるんだ。
背中とお腹からひとりの女性らしい体温が伝わってくる。
――だが、悪夢の原因は明らかにこれだった。
俺のムラムラは股間に集まっており、ちょうど彼女の胸元あたりに当たっているが、目覚める気配はない。
今みた夢の悪寒でドキドキするし、股間に溜まるムラムラをひとりに当ててしまったことでも、違う意味でドキドキしている。
——罪悪感と背徳感が凄まじい。
……俺は今、ひとりに欲情している。
この感情にだけは慣れない方がいいのが分かる。
最近悪夢を見ることが多いから、なんだか休まらない……。
しょうがないから勉強でもするか……。
………
……
…
翌朝、起きた瞬間のひとりは寂しそうで泣きそうな顔をしていたので、ぎゅっと抱き締めると、俺のことを締め付けるように抱き締め返してきた。
「悠くんは私だけのものだからね……」
と耳もとでささやくひとり。
目に輝きがない。
声音も冷たく、どこかしら排他的なものを感じる。
俺はブルっと、怖気に似た寒気を感じた。
ひとりの体温は暖かくて心地よいが、俺の背筋は冷えていく一方だ。
最近のひとりはどうにもおかしい。
……いや、俺がおかしいのか……?
※
最近、喜多さんが悠くんにイチャついているのが私はモヤモヤしていた。
この気持ちがわからない……。
家だと二人きりで幸せなのだが……。
ベッドも一緒だし、悠くんが寝たのを見計い、背中から抱きつく。
すると、男の子にしては華奢で柔らかい筋肉を感じれて好きだ。
抱きついて頬擦りして、むふーっと一呼吸すると、悠くんの匂いが胸いっぱいに感じられて幸せな気持ちになる。
胸が満たされ、脳汁が滝のように出て気持ちいい……。
まるで変態のようだが、とても止められない。
むしろ、加速する気すらしている。
冷静になるために、結束バンドのことを考える。
喜多さんはボーカルとして参加してくれてありがたいし、喜多さんが加入してくれたおかげで、結束バンドは先月のインストライブとは比べ物にならないほどクオリティアップした。
悠くんが私の前に立ってくれているおかげで、お客さんの視線が気にならないから、私もギターヒーローに近い腕前と行かないまでも、以前よりレベルアップを実感している。
心なしか、PAさんや店長さんからの好意的な視線も感じている。
先月よりもバンド全体が成長しているのは明らかだ。
……このまま順調に行けば、『高校中退』も夢ではない、と思わせるほど成長している。
だが……。
昼休みの空き教室は毎回こうだ。
「Fコードができないっ!! ……これ本当にギターよね?」
「あっはい、間違いなくギターです……」
悠くん、私、喜多さんで空き教室でギター講座が始まっていた。
悠くんはリズムを合わせるためにタンバリンを持っている.
喜多さんは悠くんにどんな感情を抱いているのだろう。
そればっかり気にしてしまう。
だが、これも結束バンドのため。
一番楽器が上手じゃ無い喜多さんの上達こそが、結束バンドの上達に最も近い。
だけれど……。
――私だけの悠くんを誘う必要はあったのかな、喜多さん。
考えるたびに、黒いモヤモヤした感情が私の中で渦巻き、頭が冷えていく……。
でも、これはバンドのため!結束バンドのためなんだ!
私は自分にそう言い聞かせ、喜多さんに根気よくギターを教え続けた。
※
なぜかひとりと喜多さんのギター教室に俺も同席している。
「北見くんも、彼女さんと離れたくないでしょ?」
とニッコリした笑顔で言われそれでおしまいだ。
キターンと彼女が輝いた気がした。
俺はなんともないが、俺の上に座るひとりが目を手で覆い隠していた。
すると俺が『悠ちゃん』としてもはやSTARRYの名物のメイドになったのを知っているひとりは冷たい目でこちらを見ている。
ひとりとしては、喜多さんとの関係を断ってほしかったようだ。
俺はひとりに友達を増やしてほしかったが、1人ではハードルが高いだろう、と思ってOKしたのだ。
……それがまさか裏目に出た。
俺は横で二人に合わせてタンバリンを叩きながら、一緒に基礎練をしている。
――ひとりの負の圧が高まる。
――俺の胃がキリキリと痛む。
――喜多さんは関係なく笑顔だ。
ひとりが俺のことを見つめているのを、単に熱愛カップルだからだと思っているらしい。
むしろ羨ましそうに見ているようだ。
…………どうしてこうなった?
胃がキリキリと痛むのを抑えながら、3人で練習に励んだ。
胃薬を飲む。
弁護士事務所の先輩が無茶振り案件を振られる度に飲んでいた胃薬が、気づいたら俺の常備薬になっていた。
――この先は地獄の予感がした
――でも見ないことに俺はするのだった。
実際、合わせてみる際には、リズムがあった方が息が合うし、5人のバンドのうち3人で合わせてみると、俺はリズム隊だしほぼバンド練習みたいなものだ。
しかし実際の全員練習では、ひとりが俺のリズムに合わせてしまうので、そこがチグハグになっている。
ドラムこそがバンドの中心だ。
パーカッションは上物のギターやボーカルと役割が近く、楽曲の装飾的な役割が多い。
リズム感は虹夏先輩の方が上なので、そっちに合わせたほうがいいのだが……。
結局、虹夏先輩&リョウ先輩のグルーヴ、俺&ひとり&喜多さんのグルーヴでぶつかってしまう。
「……皆、虹夏に合わせて。バンドサウンドの中心はドラムなんだから」
リョウ先輩は俺らに対して注意している。
「ぁっ、はい……すいません」
「ごめんなさいっ!」
『ごめんなさい』
ひとり、喜多さん、俺の順で謝っている。
あれから店長やPAさんに与えられたメイド服で俺はバンドをやっていた。
喜多さんにも言い出せていない。虹夏先輩は俺を白い目で見るし、リョウ先輩は笑いを堪えている。
もうすっかり喜多さんもバンドに馴染み、俺が女装と言い出せないままバンドは進んでいる。
しかも、喜多さんは優しいからか、何かしら常に俺に気をつかってくれる。
「悠ちゃん、何か私に伝えたいこととか、ミスとかあったらどんどん言ってね!」
「パーカッション上手だよね、どこで覚えたの?そのシンセっぽい打楽器音がEDM感があって、イケててカッコイイわ!」
「悠ちゃん、今日のメイド服かわいいね!どこで買ったの?えっ、私物なんだ!かわいいね♥」
喜多さんは何かと俺を気にかけてくれるせいか、その度にひとりの負の圧が高まっていく。
圧が高まる度に背中と胃がチリチリと痛む。
こうして、内部に問題を抱えながら練習は進んでいった。
――――
「悠ちゃん、お金無いから今日おごって」
「OKです、じゃあいつもの定食屋で]
いつも通りバイトとバンド練が終わり解散すると、俺はリョウ先輩にたかられていた.
たかられていてもOK、と言いたくなる魅力がリョウ先輩には有る。
「ゆ、悠くん……!」
ひとりが小声で話しかける。
(リョウさん、お金返さないよ……!)
(大丈夫、そのつもりでおごってるから)
お金を返す返さないなんて、大した問題では無い。
「バンドの作曲担当が栄養不足の方が問題だよ、それにリョウ先輩も成長期なんだし……」
「…………………」
ひとりは不満そうだ。ほっぺを膨らまし、不満アピールしている。
俺はそれが微笑ましかった。
結束バンドの面々にもたまにしか笑顔を見せないひとり。
そんな彼女の一面を知るのは俺だけなのだ。
男としての独占心が湧き上がってくるのを感じる。
——でもリョウ先輩にはいっぱい食べてもらわなければならない。
そうして俺はリョウ先輩が定食屋に入り、注文したのを見計らい、先に支払って外へ出た。
腕にはひとりがいつも通りにくっつき、ジャージ姿で密着している。
だが、バンドとしての問題は積み上がったままだ。
俺のグルーヴとリズム感を直さなければならない……!
————
バンドとしてのチグハグ感に問題を感じた俺は店長に相談していた。
「リズム感が虹夏と合わない?」
「はい……」
この間、練習して指摘された事実を、店長に相談する。
「お前の練習量が足りん」
「そう、ですよね……」
圧倒的格上のドラマーの虹夏先輩。
一緒に演奏している分、その実力差は嫌というほど分からされる。
しかし、バンド練、STARRYのバイト、弁護士事務所のバイト、学校と休まる暇がない……。
「特別な成長を成し遂げるには特別なことをするしか無い。……お前、虹夏と土日は12時間ドラム練習しろ」
「えっ……」
「貯金貯まってるんだろ?」
「はい、それはまぁ……」
弁護士バイトでかなり貯まっている。
たまにSTARRYを休んでも問題ないくらいにだ。
しかしこれはいざ来るであろう、結束バンドのアルバム制作に使いたいと貯金したお金だ。
ただそれでは店長に申し訳ない上、他バンドを見て俺の成長の糧にすることが出来ない。
それを伝えると……、
「お前は考えすぎなんだよ。インプットとアウトプットのバランスが大事なんだ」
「……っ、はい!」
さすが店長。
売れっ子バンドを見てきただけ有って、アドバイスのレベルが違う。
——『インプットとアウトプットのバランス』——
言葉の重みが違いすぎる。
「こないだウチに、きくりつれて来たからうちの場所分かるだろ? 土日に少なくとも1日12時間虹夏と合わせ続けろ。楽器は1週間で12時間の鍛錬より、1日12時間のほうが伸びるぞ。これは元ギタリストとしての助言だ」
「……分かりました」
「早速今週末からやれ」
店長は俺と虹夏先輩というバイト要員がいなくなっても回せるように……。
と思って見回してみたが………なってはいない。
残されたのは喜多さん、リョウ先輩、ひとり、PAさん、店長だ。
………ギリ行けるか?
特にリョウ先輩は目を盗んではサボりがちだし、ひとりは未だドリンクすら一人で回せない。
むしろ喜多さんのほうが早いくらいだ。
それでも俺は店長を信頼し、不安を抱えたまま、土日に虹夏先輩の家へ突撃した。
ちなみに店長はキリキリ舞だったらしい。
申し訳ない……。
――――
……最近家に帰ると、ひとりの様子がおかしい。
「ねえ、悠くん、一緒におそろいのタトゥーシール、貼ってみない?」
「私も……はっ!は、恥ずかしいけど同じメイド服にしたら、姉妹に見られるかな……? 姉妹コーデってやつ……えへへ……。悠くんと一緒なら恥ずかしくない……、かも……、なんちゃって……」
「お母さんにこれで悠くんとお買い物行ってらっしゃい、ってお金貰っちゃった……。一緒にイイォンに買い物に行こ……?」
と見たこともないニヤけた顔をしながら、俺を遊びに誘うひとり。
だがそれでも遊びに誘うのはイイォンだ。
しかも決まって専門店じゃない方で服を買いたがる。
遊びに誘ってくれるのは嬉しいが、正直ダサ……、いやなんでも無い。
俺はそれを嬉しく思いながらも、ひとりと一緒に最近遊んでたりしている。
だけどせっかくだし、ひとりとお揃いのジュエリーを買った。
ネックレスだが、大粒のアメジストがついており、ひとりが気に入ったので、その場で掛けてそのままお会計した。
俺たちが高校生カップルに見えるらしく、店員さんは終始ニコニコとしていた。
ひとりは「ぐへへっ……、ぐへへ、ぁふぅ……」と謎の声を出しながら、ずっとアメジストをいじっている。
——嬉しそうでよかった。
——今はひとりの笑顔が俺の幸せだ
それでもひとりと帰ってくると一緒に押し入れでセッションしていたりする。
だが、どことなく彼女の情緒が不安定だ。
それが俺には心配だった……。
*
STARRYの上の我が家に悠ちゃんがお姉ちゃんの勧めで特訓に来ていた。
ドラムを8ビートで叩き、電子パーカッションの悠ちゃんがそれに合わせる。
心地いいリズムの共鳴がヘッドホン越しに鳴り響く。
向かいの悠ちゃんを見ると、笑顔だ。
二人でひたすらドラムをメトロノームに併せて叩き、所々で互いにアレンジを入れたり、ソロを入れたりしている。
ドラムソロは違いに個性が出る。
悠ちゃんはEDM感が出るし、私はオルタナティブ感が出る。
悠くん(ちゃん)が加入してから結束バンドは飛躍的に高まった.
実際、ぼっちちゃんからずっと怨念のこもった目で見られているが、合宿の甲斐はある。
1日12時間もドラムを叩くと疲れもするが、心地よい疲労感があった。
「ふぅ、疲れたね。休憩しよっか。麦茶でいい?」」
「はい、ありがとうございます、お母さん」
冷蔵庫を開け、二人分のコップを出し、麦茶を注ぐ。
……ん、お母さん?
悠ちゃんを見ると、顔が紅潮し、耳まで真っ赤だ。
「あれぇ〜〜〜? 私をママだと勘違いしちゃったのかなぁ?」
「す、すみません……」
悠ちゃんは最近どこか疲労困憊気味だ。
いじるとすぐ顔を真っ赤にするからイジり甲斐がある。
正直イジってて面白い。
私はフローリングに正座すると、手招きする。
「こっちおいで?」
悠くんは私の向かいに座る。
「そうじゃなくて……、こう」
横に座らせ、そのまま私の太ももに乗せてあげる.
近くで見るとあからさまだが、目にクマができてた。
バイトの掛け持ちに、通学2時間、バンド練習に自分の楽器の練習、それに勉強。
よっぽど忙しいのだろう。
そのまま私の膝の上に優しく倒してあげる.
「虹夏先輩……?」
「まあまあ、いいからいいから」
そうして倒すと、悠くんが下から見つめあげる形になる。
「疲れてるでしょ?ほら……、私でよければ膝貸してあげるから、……寝て♪」
「すみません……」
私の太ももの上で、すぐさま、うつらうつらとする悠くん。
その顔はどこか大人びているが、中性っぽくてどこか可愛らしかった。
私が髪をすくと、すぐ寝ちゃった.
「ふふ……、かわいい寝顔」
男の子にここまで気を許したことは無い。
何でか考えてみたが分からなかった。
でも、悠くんなら気を許せる。
悠くんのことを考えていると胸が温かくなる。
——普段バイトを一生懸命やる悠くん。
STARRYでかなり助かっている。
でもそれだけじゃない。
他のバンドから、結束バンドのために吸収しようと必死な姿も好感が持てる。
——お金に頓着がない悠くん
正直どうかと思うが、リョウにたかられても嫌な顔せずにおごり続けている。
『彼女は作曲担当だから、リョウ先輩には常にエネルギッシュでいてほしいんです。
それに何より、大切なバンドメンバーには健康でいて欲しい。それだけなんですよ……』
彼が恥ずかしがりながらはにかむ姿は印象的だった。
その中性的な笑顔に少しキュンとしてしまったのは内緒だ。
先日は路上生活者向けの炊き出しに参加していたと言うし、博愛精神が強いのだろう。
彼の頭から伝わる暖かい体温が心地よい。
——正直無防備に寝てる姿に心が私の心も休まって
そうして私も気付いたら、壁に背中を預け……、
——私も寝てしまっていた。
*
——とても心地よい眠りだった。
日頃、ひとりに獣欲の混じった性欲を感じてしまい、葛藤と罪悪感を感じながら寝ている俺からすると、虹夏先輩の包容力はすごく心地よかった。
太ももは温かく、虹夏先輩の慈愛が伝わってくるようだった。
そのせいか久々に心地よく寝れた。
家のベッドよりも落ち着くかもしれない。
目が覚めると、俺の頭の下にはソファーのクッションが敷かれてて残念だったが……。
「ご飯出来てるよー、食べていくでしょ?」
と虹夏先輩が台所から笑顔で声をかけてくれる。
金髪に生成り色のエプロンが似合っていて、本当に天使のようだ。
こんな奥さんがいたら幸せに違いない。
時間をみる。
6時だ。
店長たちはライブが落ち着いてから一旦食べに戻るから、9時ごろ戻ってくるらしい。
……それまでは虹夏先輩と二人きりだ。
そう考えると少しドキドキしてきた。
オシャレなガラステーブルに乗せられたお料理たち。
今日のメインはどうやら肉じゃがだった。
フワッとした湯気と共に、出汁と醤油の優しい香りが漂ってくる。
ジャガイモと人参、それぞれを口に入れると、噛むたびにほろほろとほぐれ、優しい味わいが俺を癒す。
疲れた体に良く沁みた。
心地よい空間と食事に、体力気力共に回復するのがよく分かる。
「虹夏先輩、いい奥さんになれますよ。俺が保証します!」
「そ、そっかなぁ……」
虹夏先輩は照れている。
普段バンドのリーダーとして見せる虹夏先輩も、今日見せてくれる虹夏先輩の包容力も、どっちも虹夏先輩のいろいろな側面が見れて楽しい。
だが、俺は侮っていた。
――ひとりのまかり間違った行動力の高さを
※
STARRYの店長として、私はアルバイトの監督をする義務がある。
しかし……。
ぼっちちゃんはバイトのときも、同居人の悠くんと一緒にいないと明らかに気が散っている。
集中してと注意しようかと迷っていたが、今度は急に、
――フロアの後ろでブリッジしだした……!
まるで映画エクソシストのようだ。
ゾワゾワとした寒気が私を襲うが、他の客の目もある。
幸い、ライブが盛り上がってる最中だからか、他の客は気にした様子もないが、止めなければならない。
「トリカブト、ヒガンバナ、バイケイソウ、コバイケイソウ……」
「落ち着け、ぼっちちゃん!営業中だぞ!」
「ツヨキタケ、クサウラベニタケ、テングタケ、ニセクロハツ……」
ぼっちちゃんは発作を起こしてるのか、毒キノコや毒草の名前を連呼し、ブリッジは辞めたが目が胡乱になっている。
「だから落ち着けって……!」
私が肩を押さえると、ぼっちちゃんは急に直立した。
「う、うわぁっ!」
「待っててね、悠くん……、今助けに行くから………!」
そういうと、バイトを放り投げ、急に店の外へ出ていった。
ゾワリと悪寒がする。
……虹夏に連絡しないといけない気がしてきた。
慌てて、虹夏に連絡する……。
……が!
「繋がらない……!」
私は慌てて、ぼっちちゃんを追って、店の上の自宅へ直行する。
「あっ!ちょっ……!店長、どこへ……!」
PAちゃんの言葉も何のその、私は虹夏を助けるべく自宅へ駆け出した。
――絶対に何かが起こる予感がした。
※
ピンポーン、とインターホンがなると、カメラの目の前にはぼっちちゃんが立っていた。
桃色の前髪で表情は見えない。
「ぼっちちゃん、今開けるねー」
――今のぼっちちゃんの状態を確認せず、
――扉を開けたのが間違いだった。
扉の鍵を開けると、玄関の横で私を通り過ぎ、ぼっちちゃんは台所へ直行。
肉じゃがに使った包丁を手に取ると、
――その手で悠くんに踊りかかった。
「私も死んで一緒に死ぬ!安心してぇっ!」
「うわぁあああっ」
悠ちゃんは突然の凶行に腰が抜け、ぼっちちゃんが馬乗りになる。
そうして、包丁を胸の中心に振り下ろすと、ガチン!と硬いものがぶつかる音がした。
ぼっちちゃんは、我に帰ったのか、呆然としている。
すると、私の横を疾風のような金髪が駆け抜けた。
――お姉ちゃんだ。
「ぼっちちゃん!やめろ!落ち着け!」
「で、でも悠くんが……!」
お姉ちゃんはぼっちちゃんを押さえつける。
彼女の非力な腕じゃ振り解けないようだ。
悠ちゃんは腰が抜けたままだ。
包丁で裂けた私服の下から、大粒のアメジストのペンダントが見えた。
「ぁ……」
ぼっちちゃんはその後シクシクと泣き始めた。
※
私には悠くんしかいないのだ。
15年生きてきて初めて出来た友達。
親戚以上、恋人未満の関係。
悠くんは私の人間関係の全てだ。
彼がいたから、結束バンドでも、緊張や人前が苦手なのを抑えて演奏できる。
彼がいるから私は前進出来る。
彼との生活が幸せいっぱいで……。
幸い、お母さんもお父さんも(お父さんは血涙を流しているが)私の恋を応援してくれている.
——私には悠くんだけ。
——それだけでいい。
——それ以外になにもいらない。
でも……。
――そばから悠くんがいなくなる。
――そう思った途端、
——私の目の前は真っ暗になった。
そして、悠くんと虹夏ちゃんが急に特訓し始めたのを悟った途端、私はいてもたっても居られなくなった。
気づいたら悠くんを押し倒し、胸元に包丁を刺していた。
――止められたのは偶然だった。
刺した。
やってしまった。
でも、他の女の人に取られるくらいなら……。
——悠くんを殺して私も死ぬ——
私の中の天使と悪魔、両方そう告げていた。
でも、そう思ったけど、最後には彼のプレゼントが止めてくれた。
――お揃いで買ったアクセサリー
――アメジストのペンダント
その石言葉は、
――真実の愛
初めて悠くんに買ってもらったアクセサリー。
嬉しすぎて家に帰ってずっと眺めたり、しゃぶったりしていた。
そうしているうちに、石の意味を知りたくなり、
――この言葉を知った
——真実の愛
…………このネックレスが止めてくれたのだ。
私の凶行を。
――彼を愛憎から殺したならば、
――それは多分、
——真実の愛ではない。
私は気付いたら悠くんの上で泣きじゃくっていた。
「私をひとりにして置いてかないでよぉ……」
「……すまん、ひとり」
※
ひとりが俺の膝の上で泣きじゃくっている。
その様子はまるで子供のようで、俺が守ってやらねば、という義務感に駆られる。
だが同時に、俺の中でモヤモヤ、フワフワしていた感情が確固たるものに変わった気がした。
そうして、俺は――
――気づいたら、ひとりの唇に、
――俺の唇を重ねていた。
目の前のひとりが動揺しているのが、俺が目を瞑っててもわかった。
「ヒャァ……!」
虹夏先輩は照れ臭そうに声をあげ、
「……」
店長は無言で見守ってくれているのが分かる。
唇を離すと、唾液が糸を引いて俺の膝に落ちた。
ひとりは放心しているが、どこか嬉しそうに涙を流している様子だった。
「…………悠くんを殺そうとした私を、許してくれるの?」
「もちろん……。俺が優柔不断でごめん」
「…………あのアメジストが無いと、悠くん死んでたんだよ?
――それでも許してくれるの……?
ひとりは緊張した様子だ。
俺はひとりを抱きしめて応える。
「もちろん。俺はひとりを傷つける奴を許さない、って思ってたけど……」
――俺が傷つけてたみたいだ……。
――ごめん。
そういうと、ひとりは俺の胸で泣き出した。
ひとりの体温が温かった。
その心地よさが、俺とひとりは結ばれたのだと実感する。
あのあと、店長と虹夏先輩には謝罪した後、一緒にひとりと帰った。
――ひとりが勝手に俺の腕に抱きつくのではなく、
――俺がひとりの肩に腕を回して
5月の夜は寒い。
冷えないように上着をかけてやると、嬉しそうにまたキスをねだるひとり。
周囲の視線は痛かったが、俺の心はひとりと結ばれて幸せすぎて、気にならなかった。
※
自宅に帰る。
すると、ひとりのご両親は俺たちを一瞬見遣った後、空気を読んだのかそのまま下がっていった。
――俺とひとりは部屋にこもり、体を重ねた。
――夜から朝まで、ずっと。
――何回愛し合ったか分からない。
――気づいたら、二人とも疲れて寝落ちしていた。
純粋な与えあう愛がそこには有った。
心地よい幸せ。
互いの全てを恥ずかしながら見せ合い、認め合い、
——全てを互いに肯定した。
*
朝起きたら俺とひとりは、裸で抱き合っていた。
朝日が登る時間だ。
藍色の夜空と、橙色の朝日のコントラストが美しい。
――夜明け前より、
――瑠璃色な光景
たまに勉強に熱中しすぎて徹夜してしまうことがあったが、俺はこの光景が好きだった。
窓を眺めていると、ひとりも俺が起きたのに気づいたのか、布団から抜け出てくる。
「おはよぉー……」
「おはよう」
ひとりの肩を抱き寄せる。
裸特有の人肌の温もりが気持ちいい。
同じことを思ったのか、ひとりも破顔する。
「……幸せだね」
「ああ……」
ひとりは俺と結ばれてから初めて穏やかな顔をしていた。
――隠キャ
――孤独
――承認欲求
そういった内なる欲望を認めつつも、戦ってきたのだ。
——後藤ひとりは、
——それらに折り合いを付け、
——認めさせるべく、努力してきたのだ。
長く、辛い時間だったに違いない。
そんな彼女が、穏やかで幸せそうな気持ちをしているのが、俺にはとても嬉しかった。
心なしか少し猫背も治り、血色のいい明るい顔をしている。
首をコトン、と俺の肩に預けながら彼女は言う。
「これからも、末永くよろしくお願いします」
「ああ、こちらこそ、よろしくお願いします」
俺たちは新しい門出を迎えた。
以前までのふわふわした関係とは違う、
——幸せいっぱいの門出を。
*
「先日は申し訳ありませんでした!」
PAさんや店長に菓子折を配り、STARRYでマッハでスライディング土下座する俺。
梅雨のせいか、湿っぽい空気がするが、恐らくそれは原因では無い。
先日の刃傷沙汰のせいだ。
それを生暖かい目で見るPAさんと店長、それに少し未練っぽい目をしている虹夏先輩。
我関せずのリョウ先輩。
ちなみに喜多さんは呼ばれていない。
…………まだ俺が女装メイド服を着るヘンタイであることを話せていないからだ。
心苦しいが……、しょうがない。
「『雨降って地固まる』ってヤツか。刺すまで愛してくれる女なんて、早々いないんだからな、ぼっちちゃんのこと大事にしろよ」
店長は俺らのことを心配してくれる。
自分の家で修羅場が繰り広げられたのに、何て優しい人だろう。
そしてひとりはなぜか——嬉しそうにしていた。
「ぇへへ……」
「ぼっちちゃんは褒めてないから……。危うくアタシと虹夏の家で殺人事件が起こるところだったんだから、反省して……」
「……すみません」
だがひとりは間違いなく成長しているのだ!
猫背は少しずつ治り、言葉の最初に『あっ』をつけなくなった。
虹夏先輩に先日報告したら、一瞬だけ後ろを向いて、『今は見ないで!』って行って走り去った。
後日、「あのときは逃げちゃってごめん、気持ちの整理が付かなくて……」と再び俺に言葉をかけてくれたのが、虹夏先輩のまっすぐさだ。
優柔不断な俺にはそのまっすぐさが目映い。
とても気高く見えるし、でも家庭的な彼女の魅力に、虹夏先輩に惹かれてしまったのも事実だ。
だが、俺がひとりを大切にしなかったから、中途半端な関係だったから、ひとりに刺された。
俺はこれからひとりだけを背負って生きていくのだ。
ひとりに何かあったら俺が養う覚悟でいる。
……虹夏先輩との仲は時間が解決してくれることを祈ろう.
それに、同じ結束バンドの仲間だ。
多分、前向きに答えをだしてくれるはずだ。
俺はそう信じてる。
少なくとも一緒にやってきた時間は僅か1−2ヶ月と短い時間だったが、とにかく濃密な時間だった。
俺たちは……仲間のはずだ。
俺は、……仲間を信じたい!
「悠ちゃん、深刻な顔してるけど、……結束バンドを追い出さないよ」
「……いいんですか?」
「もちろん」
虹夏先輩はありがたいことに肯定的だった。
お人が出来ている。
天使だと言われたら間違いなく俺はうなずき、啓示と信じて付いていくだろう。
リョウ先輩が入り込む。
「悠ちゃんのパーカッションも、その財政状況も結束バンドには不可欠な状態。今度、弁護士相談1時間1500円を回数券でバンドグッズで売り出そう」
「おい」
虹夏先輩がリョウ先輩にすかさずチョップを入れるが……、
「分かりました」
俺の一言で結束バンドのグッズに『法律相談券』が加わった。
一時間1000円で相談出来る。
安い!
…………そしてこれがまさか結束バンドのグッズとして一番うれるのは、この時の俺は知らなかったのである。
*
家に帰ると、俺はひとりを抱きしめた。
「ひゃいッ!」
驚きのあまり声を上げる彼女。
「いざとなったら、俺がお前のことを養うから……」
「うん……、ありがとう……」
ひとりは心底嬉しそうに俺を抱きしめ返してくれる。
——心なしか、家のリビングでハイタッチがきこえた気がした。
そうして俺たちは、
——家族公認のカップルとなった
胸から幸せがあふれ出てくる。
もう二度とこの気持ちを手放さないと、俺は誓って彼女にキスをした。
次回を書き始めてるので、そんなに遅くならないと思います。
評価をください❗❗❗❗❗❗❗❗❗❗
https://syosetu.org/?mode=rating_input&nid=195215
ぼっちちゃんと結ばれましたが続きます!!!
(間話)
文字数増やす癖を止めたいです……。
尊敬してる作家が瀬戸口廉也先生で、模写している影響か無限に増えますね……。
もっと短く書きたいです。
そしたらもっと早いスパンで投稿できるのに……。