(ふっ、後藤の可愛さを
って思ってるに違いない
Chapter1 石塚太吾と後藤ひとり その1
その時、俺は雷鳴に撃ち抜かれた。
親が離婚して、家に居づらくなった。13になったばかりの時だ。
親父がリストラに合って、キャリアウーマンやってた母親との関係が悪くなって、離婚。
俺はお袋に引き取られた。
母親はますます仕事にのめり込み、俺は多めの小遣いを与えられて放置気味。
平気なふりをして、自由を謳歌しているようなふりをして、追い詰められ、自棄になっていた。だからと言って分かりやすく不良をするほどの度胸も動機もありはしない。
中二に進んだと同時に転居転校。友達どころか顔見知りもいない。独り行く当てもなく放課後や休日、誰もいない校舎で時間を潰していた。
彼女のギターを聞いたのはそんな頃だった。
後藤ひとり
変わった名前のそのままに、教室ではいつも一人でいた女だ。
唐突にギターを持ってきたり、突然机に出店の如くCD広げたりと、悪い意味で目立っていた彼女。
秋、文化祭の振り替え休日。黄昏時の、まだ解体されていない屋外ステージの上。彼女はエレキギターをかき鳴らしていた。
11歳まで習い事でピアノをやっていたので、多少は音楽が分かる。
弾けてはいるが、そう上手いわけではない。
だが、なぜだろう。シビれた。
エレキの旋律が、リリックが、雷鳴のように駆け抜け、俺を貫いた。
弾き終えた後藤は何かに怯えるように、しかし同時に期待するように周りを見渡した。
反射的に俺は隠れてしまった。
後藤は俺の存在に気付かないまま、そそくさと逃げるように帰っていった。
なぜあの時声をかけれなかったのか?咄嗟に隠れてしまったのか?
考えた結果、俺は思った。
「俺には、何もない」
親が離婚し、不貞腐れ、ただ漫然と時間を潰す。
そんな何も持たない俺が、あの雷鳴のような旋律を持った彼女の前に立つのは、恥ずかしい。
思春期男子のつまらない見栄だと思うが、だが大事なことだとも思った。
「後藤の前に立つのに、ちょっとは格好つけたいな」
その日の夜、部屋をひっくり返してキーボードを掘り出した。
11歳以来、弾くのをやめていた指は、意外なほどによく動いた。
練習用の譜面を取り出し、弾きまくり、気づけば朝になっていた。
「―――よし、これで行こう」
徹夜明けの回らない頭で、中二の俺は、音楽を始めることを決めた。
3ヵ月練習して、路上デビュー。
最初の一回目は警察に注意され、次から母親に頼んで許可申請をとった。
春の頃には立ち止まってくれる人が出始め、SNSにもフォロワーが増え、
「今日も暑い中、精が出るな。この後、かき氷でもどうだ?おごるぞ」
7月の頭。バンドに誘われた。
声をかけてきたのは、新宿のライブハウスの雇われ店長。彼が目をかけている高校生バンドへのお誘いだ。
中3だと言ったら驚かれたが、
「その年でそれだけ引けて作曲までできるとかマジかいな!?
っていうか来年進学なら新宿の近所の学校――ってよりうちの高校に進学してくれればええやん!ラッキー!」
バンドリーダーがぐいぐい来るので、半ば流されるように加入した。
だが悪い気はしなかった。
自分が、人様に言える何かを手にしたのだと、そう思えた。
夏の間は、ライブ巡りだ。
イベントで対バンをして、狂ったように練習と作曲をして、ひたすらバンド漬けの毎日だった。
「いや、最低限勉強はしろ」
バンドリーダーを殴り倒して勉強時間を確保してくれた店長のご厚意がなければ、高校進学も危うかったかもしれない。ついでにリーダーの進級も少し危なかった。
ともあれ、俺の所属したバンド。
俺は中学の文化祭でバンドを披露した。
学校に頼んで、特例としてバンドメンバーも招くことを許され、ライブを決行。
手前味噌だが、最高に盛り上げれたと思った。
ステージの上から見た観客の中に、後藤の姿もあった。
ああ、あの日の雷鳴よ。
俺は、君に向き合えるだけのものを握ったぞ。
そう思い、確信し、改めて後藤に話しかけよう。
そう決意した翌日だった。
1年前と同じように、しかしそれ以上の雷鳴が、再び俺を貫いた。
忘れた機材を取りに寄った代休の学校。
夕暮れの、片づけられる前のステージの上、去年と同じように彼女は立って、エレキギターをかき鳴らしていた。
その旋律は、より鋭く、より深く、より巧みで―――去年より俺をシビれさせた。
後藤のギターは上達していた。必死に練習し、場数を踏んだ俺よりもはるかに。
練習量だけではないだろう。どこかで場数を踏んでいるはずだ。
だがどこで?
あの技術でバンドを組むなりしていれば、流石に耳に届くはずだ。
ひょっとしたら、ネットで動画でも挙げているのか?
わからない。
だが、一つ確信したことがある。
これは、アンサーだ。彼女から、俺への。
なにせ、彼女がステージ上でかき鳴らしたメロディは、俺が文化祭でやったカバー曲と同じものだった。
『もっとイケるでしょ?登ってきなよ』
彼女はきっと、そう言ってるのだ。
きっと1年前のあの日、俺が彼女の演奏を聴いていたのを、気づいていたのに違いない。
そして今も、どこかで俺が聞いていると、確信して弾いているのに違いない。
「――遠いなあ」
後藤がこそこそと、逃げるように去った後。物陰で座り込んだ俺は、悔しさをかみしめながら、つぶやいた。
それから半年。中学卒業まで、俺はまたバンド漬けの日々を過ごした。
「いや、本当に少しは勉強しろ。教養は音楽に出るぞ」
もちろん、店長の指導の下、最低限の勉強は忘れずに。
危なげなく、バンドリーダーと同じ高校にも受かり
「これで高校でも後輩やな!アンパンと午後ティー買ってこさせるで!!覚悟しーや!」
とウザ絡みしてくるバンドリーダーをかわしていた時だった。
「―――そういえば、学園祭の後、声をかけると言っていた彼女はどうなった?続報は聞かないが」
店長の何気ない質問が、バンドの先輩達の興味に着火した。
「えなになになに?カノジョおんの!?ガッコに?アカン俺引き裂いちゃった!?地元遠いヤン!遠距離恋愛!?どーして言ってくれへんの!?え?カワイイ!?どこまでいった!?ちゅーした!?ねえねえ!?」
リーダーが特にうるさかったが、他のメンバーも似たり寄ったりだ。
観念して、白状する。
中二の秋に彼女のギターを聴いたこと。
それに触発され、音楽を始めたこと。
今年の文化祭の後に、もう一度彼女のギターを聴いたこと。
音楽に込められたメッセージに打ちのめされ、時期尚早として、話しかけてないこと。
それらを語り終えた後、バンドリーダーが
「―――いや、単にヘタれて話しかけれてないだけやん」
ブチ殺してやろうかこいつ。
「そもそも、アンサーであるというのは気のせいである可能性が高い。
実際に顔を合わせたわけでもないのにその後藤君が、君に演奏を聞かれていたと確信するとは考えにくい。
また、今年の文化祭の後に彼女の演奏を聴くことになったのは偶然によるものであり、その偶然を利用して彼女が君にメッセージを送ったと考えるのは、少々論理性に欠ける」
店長、論理的に否定しないでください。
あの後冷静になって考えて、自分でもそーじゃないかなーって思ってたんです。
「ともあれ!卒業式って来週やったっけ?
このままじゃアカンて!ガッコー離れたらもうノーチャンスやぞ!」
ではどうしろと?
「告る一択に決まっとるやろ!!!!」
そんな無茶な。
「いや。恋愛感情に限らず、基本的に人間の関係性の進展は、接する頻度や時間に比例する。
卒業までに最低限、定期的に会える状況を作らなければ、彼女と関係を結ぶことは極めて難しくなるだろう。
定期的にその後藤君と接点を持つために、最低でも『彼女に興味がある』ということを伝えなくてはならない。その点、告白というのはあり得る選択肢だ」
だから理論的に追い詰めないでくださいってば。
とはいえ、店長が言うのももっともだ。
告白は無理でも最低でも連絡先を交換しないことにはどうしようもない。
よし。大丈夫。イレナンの活動は順調。作詞作曲も評価を得てるし、演奏だって、彼女ほどではないが上達している。
いける!いけるぞ!
気合を入れた卒業式。
お袋は来なかった。だが好都合だ。
卒業証書を片手に校門で、後藤の姿を探し―――
「先輩!第二ボタン下さい!!!」
という後輩達の群に襲撃された。
女生徒中心だが男子生徒も多数。十重二十重の人垣根。
ここでロックンローラーらしく
『退けろ豚共!』
と一喝して通り抜ければいいのだが、そこまでなり切れてない俺は
「ああ、どうぞ」
「ごめんね、もう、ボタン、ない」
「サイン?あ、いいよ」
と、終始流されるままに対応。「先輩かわいいー」とか言われた。やかましい。
ようやっと抜け出して、気を取り直し、改めて後藤を探して―――
―――いない?
「後藤さん?―――ああ、あの子。家族と帰ったみたいよ?
連絡先?え?あ、そういえば知らないなあ。ってか、クラスの誰も知らないんじゃない?」
後日、クラス女子の中心になってる子に尋ねたが、彼女も、そして彼女が言う通り他のクラスメートも、誰も後藤の連絡先を知らなかった。
学校に問い合わせても、個人情報の保護を盾に教えてもらえなかった。
「あー……どんまい?」
あのウザいバンドリーダーすらも気遣うような勢いで、俺は凹んだ。
5月頃。未だに立ち直れず、その思いをダウナー系の曲として出力しつづけていた頃、
「すまない。ちょっとこのライブハウス、行ってみてくれないか?下北沢なんだが」
店長が、そう言ってチケットを差し出してきた。
「知り合いの店で、彼女の妹がバンドデビューするらしくてな。
サクラとして呼ばれた」
「ほーん、Starry……ああ、伊地知の姐さんとこの……。店長は行かへんの?」
「―――すまん、急用ができてな。寝過ごした酔っ払いを山梨まで迎えに行かなくてはならなくなった」
「山梨て……またきくりさん、えっらい所に……店長も彼氏やってて大変やなあ」
「誠に遺憾ながら、惚れた女だ。仕方ない。
というわけで頼んだ。そこの失恋小僧の気分転換くらいにはなるだろう」
と、そんな流れで俺はリーダーと連れ立って下北沢に向かった。
わずか数キロの距離だが、東京は距離のわりに広く、雰囲気はガラリと変わる。
より純度の高い、音楽の街。
その一角にある、上の階がアパートになっている半地下のライブハウスがStarryだった。
「ち~っす!代理できました~!うちの店長、アル中介護で来られへんです」
「アイツらまたか」
ここの店長の女性に、リーダーが挨拶しているのを尻目にフロアに。
ギリギリのタイミングだったのか、演奏はすぐに始まった。
ロック中心にまとめられたライブが始まる。
体の芯に響くドラム。深く響くベース。そして―――エレキギター。
ギターの旋律を聴く度に、耳はつい、あの日の雷鳴を探してしまい、そして落胆する。
違う。あの旋律は、彼女だけのものだ。その彼女は、いない。
卒業式の後、俺は少ない伝手を使って後藤を探した。
音楽関係はすぐに手詰まりになった。そもそも1年以上、後藤がどこかでギターを弾いていないかとアンテナを張っていたのだ。今更引っかかるはずもない。
地元の学校に進学した知り合いに当たったが、後藤らしき女性とを見かけた情報もない。どこか遠方の高校に進学したのだろう。
最早手詰まりだ。
いい加減、忘れて振り切らないといけないんだがなあ……。
そう思いながら、ステージも見ずにぼーっとしていた時だった。
「なんやアレ?」
リーダーの言葉につられ、ステージを見る。
そこにはギターとベースと
「完熟マンゴー?」
のダンボール箱。
人が入りそうなサイズのその中には、気配的に実際人が入ってるようだ。
「斬新なパフォーマンスやなあ」
『初めまして!結束バンドでーす!』
「名前も斬新やなおい!」
リーダーが突っ込みを入れる中、結束バンド――後から聞いた話だと、ここの店長さんの妹さんのバンドらしい―――の演奏が始まった。
そして―――三度、あの雷鳴が、俺の体を貫いた。
演奏はボドボドだ。
不安げで、ミスも多い、技術ではなく、バンド慣れしていないことが丸わかりの、冴えないギターの音色。
しかしその旋律に、癖に、確かに聞き覚えがあった。
後藤ひとり
俺が憧れ、探し求めていた雷鳴が、ステージの上でかき鳴らされていた。
「ちょ!おい!待ちぃや!―――あ、スンマセン伊地知の姐さん!なんやウチのツレ、あのマンゴー仮面の知り合いらしくて―――」
ライブの後、リーダーをほっぽりだして俺はバックヤードに走った。
扉を開ける。
いた。
後藤ひとりだ。
唐突に踏み込んできた闖入者である俺に、後藤を含め結束バンドのメンバーは、驚きと警戒、そして不審の視線を向けるが、だが構わない。
これはチャンスだ。
音楽の神か、恋愛の神か、どちらかは知らないが与えてくれた天祐だ。
無様でもなんでもいい。逃がさない。
とはいえ、何を言えばいいか?
逡巡の後、口から出た言葉は
「よ、後藤。久しぶり。ギター、こっちで弾いてたんだな」
口から出たつまらない、しかし無難な言葉に、我ながら失望と、しかし同時に安堵を得た。
うん、これでいい。
いきなり告白炸裂とか論外だ。
流石に顔ぐらいは覚えてくれているはずだし、ここから話を膨らませて最低でも連絡先を―――
「ぇ、あの……誰?」
―――後藤ひとりの口から零れた無慈悲な言葉に、俺は膝をついた。
つづく
おまけ
ぼっち@中学 「ぶ、文化祭のステージで演奏できた!
こ、これで人気バンドに一歩近づいたぁっ!
(ハッ)ひ、ひょっとしたら今の演奏を偶然通りかかった
大物Pが聴いててそのままメジャーデビューしたり……!?
デュ、デュフフフフフッ……!」
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