いっそ伏線にしようかとも思いましたが、結局『柳』から『柊』に修正することとしました。
「魔境か……?」
スマホアプリを片手に、
場所は下北沢の一隅。地下に続く階段の入り口。
「喜多がライブするっていうSTARRYって、ここで間違いない、よな?」
スマホを持つのと反対の手にあるチケット。そこに書かれた文字と、階段の奥にぼんやり光るネオンサインは同じだ。
その時、遠雷が響いた。
天候は嵐。唸るような風と、曇天の暗さが、階段の奥にあるライブハウスの不気味さを一層強め、彩人がそこに踏み入ることをためらわせていた。
彩人はロックバンドというものに、あまりいい印象を持っていない。彼の両親や親戚の影響だ。
切っ掛けはよくある話だ。従姉が大学で音楽に、ロックに嵌り、道を踏み外した。
折角入った大学にもろくに通わず、音楽と酒浸りの日々。就職もせず、今も酒浸りのまま、バンドマンを自称して自堕落な生活を送っているという。実家からは勘当状態で、彩人もここ数年会っていないし、親戚の中でも腫物あつかい。
そういうわけで、皆実家においてもその一族の中においても、バンド、特にロックは良いものとされていない。そんな中で育った彩人が、ロックというものに良い印象を持つはずもなかった。
その彩人がなぜSTARRYのライブチケットを持っているかというと、それは喜多郁代という少女が発端だ。
幼馴染、というほどには付き合いは深くないが、ただの友人というほどには浅くもない。
中学の頃、3年間ずっと同じクラスだった。
喜多は性格も明るく、容姿も学業にも優れ、運動もできる人気者の、いわゆる陽キャ。彩人は喜多程に明るいというわけではないが、社交的で性根が真面目で、成績も悪くない、部活のバスケ部でも活躍する、いわゆる教師受けのいい優等生。
学校行事などでは、二人セットでクラスのまとめ役などをやらされたものだった。
高校に上がって、流石に4度目の偶然は起きず、クラスは別になった。
「残念だったね、皆実。喜多と別のクラスで」
同じ中学出身で4年連続喜多と同じクラスになった佐々木にからかわれたが、別に気にしてはいなかった。気にしてないったら気にしてなかった。
そんな高校生活が始まってすぐ、彩人の耳に気になる噂が入った。
「喜多さん、学外のロックバンドに入ったんだって」
彩人は心配した。
3年の付き合いで知ったことだが、喜多は意外と奇矯な振る舞いをすることがある。
下の名前の“郁代”と呼ばれると過度に恥ずかしがり
「私の本名はキタキタですよ~」
と壊れたり、林間学校でSNSと遮断された時は、
「こんな長い間放置してたら炎上したり、登録解除されるかも」
と禁断症状を起こしたあげく、電波の届いていないスマホを見ながら
「あはは、いいねがこんなに」
と、軽い幻覚を見たり。
(ひょっとしたらリア充じゃなくて、無理してリア充ぶってるキョロ充なのでは?)
喜多の女子グループの輪の外から、そんな風に心配する。それが彩人のポジションだ。
そして、その冷静な観察眼が、一つの懸念を持った。
(喜多ってギターとか弾けたか?)
少なくとも中学を通じてそんな話は聞いたことがない。もし弾けたとしたら、あの喜多がSNSで披露しないのはおかしい。楽器演奏など、Viewもいいねも稼げるネタなのだから。
気になって、4年連続の喜多のクラスメイトとなった佐々木に尋ねてみれば
「リョウってバンドメンバーの人に一目惚れして、思わずギター弾けないのに参加決めたんだって」
という真相が飛び出てきた。
納得と同時に、心配の度合いは一気に増した。
バンド募集でそんな素人をいきなり加入させるとは、まともなバンドじゃない。少なくとも、真面目に音楽活動をするつもりはないのだろう。
つまりファッションバンドだ。
そしてファッションバンドなんてする連中の目的など、見え透いている。
女を引っ掛けるためだ。
(そのリョウって男の毒牙に喜多が……っ!)
なんとか止めなくては!
焦る彩人だったが、その情報を得た翌日に、事態はさらに急転した。
「バンド、逃げてきちゃった」
何とか取っ掛かりを、と喜多にバンドについての話を振ったら、見たこともないほどに気落ちした様子で、喜多が答えた。
「憧れてた先輩目当てで、ギター弾けるって嘘ついてバンドに入って、取り繕うために必死に練習したけど全然弾けなくて―――ライブ当日になって、逃げちゃった」
「それは、その……酷いな」
「ううううっ」
彩人は何とコメントしたらいいかわからず、結果として死体に鞭打つような言葉しか口にできなかった。
いくらなんでも、酷過ぎる梯子外しだ。
昨日までは殺意すら抱いていたリョウとかいう男に、彩人は一転して深い同情を覚えた。
だがそれはそれとして安心した。
「まあ、そのバンドの人達には悪いけど、喜多がそういうのやめてくれて良かったよ」
「彩人くん、本当にロック嫌いだね」
「だって、ガラ悪いだろ。どう見たって」
彼らの通う秀華高校は下北沢に近い。バンドマン達を見かけることがある。彩人自身、偏見だとは思うが、それでもバンドマンという人種に好印象を抱けない。
「そんな人ばかりじゃないけどな……」
そんな彩人に、喜多は少し悲しそうに笑った。
ところが、話はそこからさらに展開した。
喜多が後藤という生徒に、ギターを習い始めたのだ。
後藤ひとりは彩人のクラスメイトだ。話したことはないが、名前は知っている。
一言で言うと、ヤバい陰キャだ。
休み時間もずっと一人でいるのは、まあまだいい。昼休み、空き教室や階段の下の物置スペースに潜り込んで一人飯をするところを目撃されるが、まあ、個人の自由だ。
だがそれに上乗せで、突如百面相をして独り言をつぶやいたかと思うと、突然悲鳴を上げたり、顔面を崩壊させたり、謎のギターの弾き語りを始めたりなど、どうにも正気とは思えない。
なお一人飯や独語、弾き語りなどは、後藤ひとりことぼっち的には、誰にも見つからないようにやってるつもりなのだが、何せ狭い学校でやってることだ。みんな見て見ないふりをしているだけである。
ともかく、クラスメイトはおろか最近では全校生徒から『1年生のヤバいゴなんとかさん』として、ある種の怪談のように少しずつ名が知られつつある女。
それが後藤ひとりだ。
その女に、喜多がギターを習い始めた。気になって喜多に話を聞くと
「逃げたバンドにもう1回、入り直すことにしたの」
今度は全て打ち明けて、逃げないつもりだ、という。
久々に見た陰りのない喜多の笑顔。
「あ゛、あ゛、あ゛、ば、バスケ部、陽の精鋭……っ!」
一緒にいた後藤が何故か慄きながら死にかけていたが、まあ、彼女はそう言う種類の妖怪なんだろう。
梅雨になり、バスケの地区大会が終わり、中間考査が終わり、夏になった。
放課後の空き教室から響くギターの音は、少しずつ淀みない物になり―――同時に、喜多の奇行が増え始めた。
後藤の名前を呼びながらゴミ箱を覗き込んだり石をひっくり返したり。
二つ一組のものを見るたびに 「婚約者なんだ」 と虚ろな目でつぶやいたり。
廊下で棺桶に収まった後藤に話しかけたり
異音――人類の出せる声とは思えない――を出した後藤に対して、急にヒューマンビートボックスの真似をしたり。
「ほとんど後藤関係じゃないか」
いや、その後藤も結局はロックバンド関係者だ。
やはりロックにかかわると碌なことはない。
「やっぱり喜多を、ロックバンドなんかやめるように説得しなくちゃな」
夏休み前、彩人は改めて決意した。
佐々木がチラ見せしてきた、リョウって男の写真が予想外にイケメン――マッシュルームヘアにピアス、スーツ姿――だったから、というのは関係ない。ないったらない。
夏休みも翌日に迫った日、来月やるライブの話になった時に、彩人は改めて喜多に説得を試みた。
その結果――喧嘩になった。
原因は彩人にあった。
彩人の説得に、曖昧に笑ってのらりくらりとかわす喜多。埒が明かずに苛立ちが募り、つい強い口調で結束バンドのメンバーを批判した。
それが喜多の逆鱗だった。
「バンドのみんなのこと知らないのに、馬鹿にしないで!」
普段から周りとの和や空気を過剰なまでに気にする喜多が、眉を立てて声を張り上げる。
「そりゃたしかにリョウ先輩は計画性無くてお金にだらしなくていい加減なところもあるし!
虹夏先輩も勢い任せの行き当たりばったりで思慮分別に足らないときもあるし!
後藤さんは奇声や奇行にことかかないし、たまに笑うと大体不気味だし、人の目を見て話してくれないし、虚言癖もあるし、服のセンスとかも死んじゃってるし、ぶっちゃけ明らかに不審者だけど!!!」
「ちょっと待て!俺が想定してたのの数倍酷いんだが!?」
「とにかく!みんなのこと何も知らないくせに馬鹿にしないで!」
そう言って喜多が彩人に突き出したのは
「チケット!来月、ライブするから見に来て!それで、彩人くんが間違ってること、証明してみせるから!」
「あ、お、うん」
勢いに飲まれてチケットを受け取り
「千五百円!」
「あ、お、うん」
抵抗もできずチケット代を巻き上げられた。
それから夏休み。
彩人が所属するバスケ部は都大会でベストエイトまで進み敗退、3年は引退。
ウィンターカップに向け2年生主導の新体制の下、練習に励む日々が続いた。
その合間合間、友人伝手に喜多の女子グループと遊びに出かける誘いがなんどかあったが、彩人は夏休み直前の件の気まずさゆえに、部活を理由にそれを避けた。
部活漬けの日々が過ぎ、夏休みも後半となり、そして―――
「やってる、よな?電気ついてるし」
階段を下り、STARRYの扉を前にしてなお、彩人はまだまごついていた。
台風が来たことで、チケットを買った喜多の友人達は軒並みキャンセルした。
彩人もそれに倣うかとも思ったが
「――悪いこと言っちゃったし、約束したしなあ」
彩人は基本、生真面目な少年だ。勢いに任せてよく知りもしない喜多のバンドの仲間を悪く言ってしまったことを気にしていたし、流される形であるとはいえ、ライブに行くとも約束した。近所住まいでもあり、物理的に行ける以上、行かないという選択肢はなかったのだ。
だが同時に、生真面目ゆえに今までの人生で縁遠かったライブハウスという物と、ロックに対する悪印象が、押せば開く扉を巨大で分厚い壁に見せていた。
まごつく彩人の後ろから、別の客がやってきた
「あれ~?あの~ひょっとして今日、閉じちゃってますか?」
「あ、いえ!その、やってる、とは思うんですが」
背後からかけられた声に、しどろもどろで答える彩人。
振り返ってみれば、来たのは20台頃の女だった。キャミソールワンピースの上にスカジャンを羽織った、下駄履きの女。美人ではあるが……
(うわ、酒臭っ!)
なんと、まだ昼だというのにかなり飲んでいるのか、アルコールのにおいを漂わせている。
やはりロックやバンドにかかわる人間に碌なやつはいない。
と、思った彩人は、彼がそう思う原因になった彼女の面影を、その女の酒で赤く染まった顔に見出した。
いや、面影どころではない。
記憶より大人びてはいるが、目元も、口元も、編み込みしたサイドテールまでもそのままだ。
「きくり、姉ちゃん?」
酔っぱらいの女――5年以上会っていなかった従姉の廣井きくりは、
「――――?あ、ああああっ!あーくんじゃん!!」
緩んだ笑顔で細めていた目を見開いた。
STARRYの扉が蹴破られるかのような勢い開かれ、客が二人入ってきた。
「ぼっちちゃん!来たよ~!」
と、すっかり出来上がった状態の廣井と、
「がっ、ぐ、ぐぇ」
彼女に、首を小脇に抱えられた彩人だ。
彩人の身長は180㎝近く。それが平均的な体格の廣井にヘッドロックを決められた状態なのは、姿勢的にひたすらキツイ。
「あ、お、お姉さんと……?」
「彩人くん!?どうして、っていうか誰!?」
意外な人物の組み合わせに、それぞれと知り合いのぼっちと喜多は疑問符を浮かべる。
「え?おまえ、ぼっちちゃん目当てに来たの?あとそれ、誰?」
「あ~ん?そだよ~ぼっちちゃん目当て~。
あとこれはあーくん!従弟!そこで久々にばったり出会って拾った!
すっかり背も伸びて逞しくなっちゃって!
部活なんかやってる?」
「ば、バスケ部で、……は、なせ……」
「ところでセンパイ!打ち上げやるんでしょ!居酒屋もう決めた!?」
「へぶっ」
酔っ払い特有の移り気で、床にポイ捨てされる彩人。
「彩人くん、大丈夫?」
「あ、ああ……酷い目に合った」
心配そうに駆け寄る喜多。彩人は首筋をさする。
喜多はそんな彩人を嬉しさと、そして困惑の混ざった表情で見る。
「来て、くれたんだ。ロック嫌いだって言ってたのに……」
「約束したからな。
それに、証明してくれるんだろ、俺が間違ってるんだって」
「―――うん!」
満面の笑顔で、頷く喜多。
久々の彼女の笑顔に、彩人もまた笑顔で返してから―――
(さて―――こいつらが、結束バンドか)
改めて、喜多と一緒にいた面々を見る。
結束バンドの情報を、彩人はほとんど知らない。喜多以外のメンバーで知っているのは後藤と、そしてあとは『リョウ』と『ニジカ』というメンバーの名前だけだ。
バンドやロックについて否定的な彩人に、喜多は殆どバンドのことをしゃべらなかったし、結束バンド自体が、生まれたてほやほやで、口伝手でもネット上にも情報が落ちていない。
一応はバンド公式アカウントはSNS大臣の喜多の手で運営されているが、完全に喜多の美容アカと化している。
彩人が結束バンドのメンツを見るのは、ほぼ初めてだ。
だが、立ち位置と雰囲気、そしてチラリと佐々木に見せてもらった写真から、彩人は確信した。
(こいつが、リョウって奴か)
向かう。
失礼にならない範囲で、しかし舐められないように。
口元には笑顔で、だが眉は立て、心は試合でマンツーマンをする時と同じ戦闘態勢。
彩人は、後藤の側に立っていた彼に言った。
「はじめまして。喜多の友達で、あと、後藤のクラスメイトの皆実彩人っていいます
いつも二人が、世話になってます」
言われた、マッシュルームカットのいかにもバンドをしているといった風体の少年、石塚太吾は思った。
(まさかこいつが―――後藤の動画のコメントにあった、バスケ部の彼氏なのか……っ!?)
皆実彩人と石塚太吾。二人の少年の間に、無言の静寂と一触即発の緊張感が満たされた。
―――なお、その緊張感と誤解は数分後には解消され、後々まで散々ネタにされることとなるのだが、その時の少年たちには、知る由もなかった。
つづく
実は喜多ちゃんの彼氏が今のところ一番難産だった。
だって脳内で何度シミュレートしても、喜多ちゃん普通に彼氏作って普通にいちゃつくだけで、一向にお話にならないんだもの。
楽しんでいただけたら幸いです。
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