ろっきんがーるに恋する男子   作:詞連

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気付けば男子とは言い難い年齢の奴ら率が高い件


Chapter12 ろっきんがーると男子達 その1

 悪天候でも、STARRYに客が少しずつ集まってきた。山田リョウの婚約者、海野敦もその一人だ。

 春のライブに行けなかった敦は、今度こそはと意気込んで、STARRYの扉をくぐる。

 そこで彼が目にしたのは、床に蹲るリョウの姿だった

 

「リョウさん!?」

 

 それを見た敦は、血相を変えて駆け寄り抱き上げる。

 

「リョウさん、一体何が……」

 

 敦の腕の中、顔を赤くし浅い息をつくリョウは、フロアにいる別の人物を指さした。

 それは高校生と思われる少年―――皆実彩人だった。

 スポーツ刈りの彼は、耳まで真っ赤にした顔を両手で抑え、地面にしゃがみ込みながら

 

「いっそ殺せ」

 

 とうめくように呟いた。

 その声を聴いた瞬間、リョウは

 

「---ぶっ!」

 

 と一瞬耐えた後―――

 

 

 ―――敦は、大声で笑い転げるリョウという、珍しいものを見ることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「相変わらず素っ頓狂なことになってんな、お前のバンド」

 

 ライブの前に瀕死になったリョウに、同じく恥にて瀕死となった彩人という少年。

 そんな混沌としたSTARRYに入ってきたシュンは肩をすくめる。

 

「あ、シュン!来てくれたんだ!」

「おう。流石に客0とかなったら気の毒だからな。来てやったぜ、感謝しろよ」

「ハイハイ、ありがとうございまーす」

 

 憎まれ口のシュンに、同じく憎まれ口を笑顔で言い返す虹夏。

 その顔が、次の瞬間にはまるで小さな子供のような満面の笑みに変わった。

 新たに、STARRYに入ってきた人物を見たからだ。

 

「お兄ちゃん!」

「やあ、虹夏ちゃん。見に来たよ」

 

 それは、彼女の義兄の天海恭弥だった。

 

 

「恭弥、もう飛行機の時間じゃないのか?」

「台風で欠航になったんだ。替えの便は明日」

「ヤッタ!台風様様だね!」

「さっきまで台風で凹んでたくせに現金な奴」

 

 嬉しそうに恭弥の腕に抱き着く虹夏と、肩をすくめる星歌。

 二人に挟まれた恭弥は、シュンのほうを向き

 

「や、シュン君。ひさしぶり。背、伸びたね」

「……ッス」

 

 少し視線をそらして、シュンは答えた。

 

 シュンは、恭弥が苦手だった。厳密には、最近苦手になってきた。

 嫌い、ではない。虹夏ほどではないにしろ、シュンにとっても恭弥は幼い頃から知っている相手で、面倒も見てもらった、兄のような存在だ。好意も敬意もある。

 だからこそ、思春期になり虹夏への思いを自覚した今。その背中の大きさや、向けられる虹夏の表情の違いが、少年のルサンチマンを刺激する。

 しかも、それだけなら嫌うなり疎むなりで済むのだが―――

 

 

「シュン君」

 

 目上に対しては失礼な態度のシュンに、恭弥は気にすることなくいつもの穏やかな笑顔で

 

「いつも虹夏ちゃんのこと、気にかけてくれてありがとう。頼りにしてるよ」

 

 頼りにしている―――兄のように思っている、尊敬する人からかけられた言葉は、少年の自尊心に心地よく響く。だが同時に、その程度で絆されるなという安っぽいプライドや、恭弥に対して子供っぽい態度しか取れない自分へのさらなる劣等感も首をもたげる。

 そんな複雑に矛盾する少年の心は

 

「……ッス」

 

 結局、こんな無愛想な対応として出力されるのみである。

 

「どしたの、シュン。さっきから」

「なんでもねえよ。それより、そろそろ時間だろ、さっさと準備しろよ」

 

 そう言うと、シュンは逃げるように距離を取り、壁に寄りかかってスマホをいじり始める。

 

「なによ、一体……」

「ガキにもいろいろあんだよ。ほら、シュンが言った通り、そろそろ時間だ。早く準備しろ」

 

 星歌に尻を叩かれ、虹夏も楽屋のほうへと向かう。

 

「じゃね、お兄ちゃん!楽しんでってね、頑張るから!」

 

 そう言って立ち去る虹夏と、難しい顔でスマホをいじるシュン。

 

「ったく、二人ともまだまだ子供だな」

「でも、同じ頃の俺たちよりは大人って気もするよ」

「そうか?」

「そうだよ」

 

 方や怪訝そうに、方や楽しそうに、保護者達は顔を見合わせた。

 

 

 

 

 

 

 

 結束バンドの出番の直前になって、入ってきた客がいた。

 Exoutの店長の高清水律志だった。

 

「あ、りっくん!」

「きくり?君がこっちに来てるのは珍しいな」

「こいつ、ぼっちちゃん目当てで来たんだと」

「ぼっち、とは?」

「あーほら、お前んとこのバンドの石塚って子が熱上げてる」

「ああ――いじめはよろしくないですよ、伊地知店長」

「いじめじゃねえよ」

 

 などと言い合いながら、星歌ときくり、そして律志は、ステージから離れた一番奥の壁に並んで陣取る。

 

「で?お前は?お前こそ珍しいじゃん」

「春の時の埋め合わせと、あと、石塚が気にしてる後藤という子の演奏に興味がありまして」

「お前もぼっちちゃん目当てかよ」

「あれ~、りっくんもぼっちちゃんに興味があるの?

 だよね~わかる!あの子は上がってくるよね~!よっ!お目が高い!」

「いや、一度も演奏を聞いたことがないからそれはわからんが」

 

 などと大人が話すうちに、ステージが整っていく。

 

 

 

 

 

 

 フロアの真ん中程、所在無げに立つ彩人に、石塚が話しかけていた。

 

「―――じゃあ、後藤は付き合ってるバスケ部とかいないんだな」

「だから知ってる限りだといない、って言ってるだろ。

 つか、お前も後藤のこと知ってるんだよな?ならあの後藤が男と付き合うとか女子みたいな真似できるわけないのはわかるだろ」

「いや、けど後藤って、美人だし、かわいいし、綺麗だし……」

 

 一切の冗談の色を感じさせない石塚の言葉に、彩人は察する

 

(あっ、こいつも頭おかしい人(バンドマン)だ)

 

 後藤といい、再会した従姉(きくり)といい、この石塚という奴といい、どいつもこいつも狂人だ。

 さっき爆笑しくさったリョウとかいうのも、なんかどっかヤバい雰囲気を感じる。

 やはり喜多を説得して、ロックから足を洗わせよう。

 

 と思ったところで、一つ、彩人はちょっと気になっていたことを思い出した。

 

「じゃあ、石塚。結束バンド――っていうか、喜多と後藤って、上手いのか、ギター。特に後藤とか」

 

 謎の弾き語りを耳にしたことはあるが、平素の後藤を見ていると、彼女がギター、それもロックなんてものを弾いている様を想像できない。

 

「喜多さんについては、知らない。ただ初心者ではあるけど、ちゃんとオーディションして通ったらしいし、大丈夫じゃないか?

 後藤については―――ギターは凄く上手いけど、まだライブは、どうだろう」

「どうだろうって、どういうことだよ?」

「そうだな……」

 

 石塚は少し考えて

 

「バスケ部、だったよな」

「ん、ああ」

「例えばさ、ドリブルもできて、シュートも上手い、けれど一度も試合をしたことがない人がいたとして、その人はすぐ選手として起用しても、活躍できるか?」

「あー、なるほど?ずっと一人で練習してたから、他人と合わせることが極端に苦手なのか」

 

 その説明で、彩人の中で、後藤のイメージとギターが、ようやくつながった。

 

「楽器って、楽譜通りに正確に弾くだけじゃないんだな」

「そういうジャンルもあるが、ライブ、特にロックやジャズは違う。

 まあ、実際は聞いてみたほうが早い。――始まるぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして、ライブが始まった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1曲目が終わり、ぼっちは焦っていた

 

(このままじゃだめだ……)

 

 1曲目は惨憺たるものだった。

 肩に力が入りすぎた不安定な虹夏のドラム。らしくない、ミスの多いリョウのベース。初心者の喜多は不調のリズム隊に引っ張られ歌もギターも、せっかくの練習をまったく生かせてない。

 ぼっち自身も、みんなに合わせられず、いつもよりももたついた演奏しかできなかった。

 

 (このままじゃだめだ……)

 

 観客は白けている。

 リョウの婚約者の敦さんは、拍手してくれたが、それが却って一層空気を冷やすありさまだ。

 せっかく来てくれた、チケットを買ってきてくれた二人も、残念そうな、裏切られたような顔をしている。

 喜多さんの友達――実は自分のクラスメイトらしいが、覚えてない。だってバスケ部とか、直視したら目玉が蒸発する―――も、白けたような、失望したような顔をしている。

 

 (このままじゃだめだ……でも)

 

 なんとかしたい。けどわからない。

 『何をしていいか』 ではなく 『それをしていいか』 が、わからない。

 ダメで、変で、コミュ障で、プレッシャーに弱くて、臆病で、嘘つきで、そんな自分が、踏み出していいのか、わからない。

 怖くて、ステージの上で立ちすくむぼっち。

 

 

 ―――その時、視線を感じた。

 フロアの真ん中。石塚だ。

 彼の視線に、覚えがあった。

 オーディション前、セッションの時だ。

 

(――次、後藤の番)

 

 無言でくれたパス。

 

(自信、持ってもいいぞ、後藤)

 

 あの日の朝にもらった言葉を、ピックのように握りしめ―――

 

 

(このままじゃ嫌だ!!!)

 

 

 ―――鉄を弾く。

 

 

「―――――――!」

 

 

 

 

 

 

 

 ―――ぼっち・ざ・ろっくが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 MCを切って、突如始まったぼっちのギターソロ。

 客以上に、虹夏達は驚いた。

 それは予定外のことであったからでもあるがそれ以上に

 

(―――ぼっちちゃん、上手い)

 

 音が違う。

 今までの、普段の演奏が、まるで重りや鎖でがんじがらめだったかのように思えるほどに、深く、軽く、鮮やかに、重く。フロアをギターが、ぼっちの演奏が支配する。

 ソロパートが佳境へと差し迫った時だった。

 目が、バンドメンバーたちをとらえた。

 猫背のまま、長い前髪の隙間から。

 昏いブッシュの中から、獲物を狙う虎のような、獰猛な眼光。

 それに追い立てられるように、あるいは強引に引き込まれるように、

 

 

「―――――!」

 

 

 演奏が始まる。

 ぼっちの走り気味のリードに、リズム隊が追うように合わせ、安定した。

 安定したリズムの上に、喜多のギターと歌が乗る。

 ともすれば、他三人の演奏に、喜多が遅れそうになるが

 

(後藤さんが……)

 

 喜多に目を合わせ、喜多を救い上げるようにフォローした。

 

 

 オーディションの日以降、ぼっちは演奏中、積極的にメンバーと目を合わせようとして、失敗してきた。

 目が合うと、合わせるどころか緊張感で、かえって演奏がダメになる始末だった。

 だが、今日は違った。

 必死だ。

 すでに限界いっぱい。どうにかしなくてはという追い詰められた感情が、緊張すらも意識の外に追いやっていた。

 ぼっちが支えてくれることを信じ、喜多はサビまで歌い上げる。

 そして、アウトロのギター。

 ふり絞るように、叩きつけるように繰り出されるぼっちのギターフレーズ。

 追い上げるメンバー。

 

 

 そして―――印象的な残響を残し、2曲目が終わった。

 

 

 当たり前のことだが、観客は増えない。

 いくらいい演奏をしたところで、箱にいる人以上の拍手も、称賛も生じない。だが、

 

「ちょっといいじゃん」

「ね」

 

 少ない観客全員から起こる、称賛の声と拍手。

 その演奏は、確実にその場にいる全員の心をつかんだ。

 

(え?あれ?え、えっ、え?)

 

 さざ波のように寄せられる静かな拍手の中で、ぼっちは混乱していた。

 必死で、ただただ必死で、演奏中のことなど覚えていなく、半ば記憶が飛んだ状態だ。

 縋るように背後、虹夏の方に振り向く。

 その視線に気付いた虹夏が、飛び切りの笑顔でサムズアップをしてきたので

 

「???」

 

 とりあえず、ぼっちもまた親指を立てた。

 

 

 

 

「それでは三曲目―――」

 

 

 

 

 

 

つづく

 

 




石塚君との練習の分、原作よりちょぴっと成長しているぼっちちゃん という設定。

この作品で好きな組み合わせは?

  • 後藤ひとり・石塚太吾
  • 伊地知虹夏・柊俊太郎
  • 山田リョウ・海野敦
  • 喜多郁代・皆実彩人
  • 廣井きくり・高清水律志
  • 伊地知星歌・天海恭弥
  • 大槻ヨヨコ・大河内頼光
  • PA・マスター

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