(居酒屋って少し楽しいかも)
注文したマチュピチュ遺跡のミシシッピ(以下略)改めフライドポテトをチマチマ食べながら、ぼっちは思った。
喜多の注文のオシャレさと自分との落差に当てられてダメージを受けたり、近くのサラリーマン達の身の上話でダメージを受けたり、そこから連想された『バンドが当たらなかった未来の自分』にダメージを受けたりと、それなりに
(なんも喋ってなくても、なんかみんなの輪の中にいる、って感じがするし)
見れば、大人組は酔いが回り、未成年組もそれに飲まれる感じで、テンション高めに会話が弾んでいた。
「PAさんって元はEXoutに勤めてたんですか?」
「あれ?虹夏には言ってなかったっけ?」
「店長が、って紛らわしいか。伊地知さんがSTARRY開く前、マスターの勧めでEXoutでバイトして、そこでライブハウス経営のノウハウを勉強してたのよ。そこに私もいて、引き抜かれたの」
「高清水君とマスターさんには本当にお世話になったよ。ありがとうね。っていうか、大丈夫?お水、飲むかい?」
「あー……ありがとうございます、天海さん」
「お、回復してきたねぇりっくん。もう一発、いく?」
「やめろ。次は本当に帰れなくなる。あー、それで、なんだったか……。
そう、マスター……オーナーだ。オーナーの紹介で雇ったんだ。オーナーも人が良すぎる。給料払って、勉強の機会を与えて、設立までも世話した挙句、優秀なPAまでつけて送るなど……」
「あれ?私はマスターに『高清水君にお願いされたんだが』って言われたんですけどー?」
「……記憶にない」
「マジかよ……。ちっ、勝手なことしやがって」
「お姉ちゃんも高清水さんも、捻くれてるなあ」
「え?店長も高清水さんも、親切で素敵な人だと思いますけど?」
『頼む、やめてくれ……』
「ヒャヒャヒャヒャッ!いいぞキタちゃーん!センパイとりっくんを浄化しちゃえー!」
(うん、いるだけで、リア充になった気になれる)
会話は疲れる。怖い。そもそも出来ない。
けれども居酒屋なら問題ない。だって喋らなくてもいいんだもの。
飲み物片手に適当に頷きながら、談笑している人達の近くにいるだけで、それに参加しているって雰囲気になれる。
居酒屋、凄い。居酒屋、最高。居酒屋 いず マイホーム。
などと、思っている間にも会話は進む。
「お姉ちゃん。さっきから話に出てるマスター?オーナー?ってどんな人」
「あん?ああ、Exoutとか、他にもいろんなバーとか喫茶店とか、いろんな箱もってるオーナーがいるんだ」
「オーナー自身はお茶の水でレコードカフェのマスターしてるので、大体はみなマスターと呼んでいる、というわけだ」
「マスター、すっごく格好いいんだよ?ロマンスグレーっていうか、ナイスミドルっていうか」
「ジジ専」
「違います-。私はマスター専ですー」
「にゃはははっ!PAちゃんホントにマスター好きだよねえ」
「ええ、好きですよ?そういう廣井さんだって高清水さんのこと大好きだし、店長だって旦那さんにぞっこんじゃないですか」
「まあねえ~」
「あ、お姉ちゃん照れてる~」
「うっさい」
「俺も星歌にぞっこんだけどね」
「だからうっさい!つか、なんでとうに結婚してる私がいじられんだよ?
こういうのは、今まさに付き合ってるか、付き合い始めの連中がされるもんだろ。
喜多ちゃんとか、ほら、ぼっちちゃんとか」
「はぇ?」
油断していたぼっちに、流れ弾が飛んできた。
ポテトをかじっていたぼっちが反応する間もなく、追撃が入る。
「そーいえば……今日も来てたよね、石塚く~ん」
というのは虹夏。幻覚だろうが、頭の上に猫耳が見える。
「は、へ、あ、いや、その……」
ぼっちは気づいていなかった。
陽の輪の近くにいるということは、その重力に捉えられ、いつその中に取り込まれるともしれない、陰キャにとって極めてリスキーな行いであるということを。
酔っ払いたちに、ぼっちは散々に弄ばれた。
「だって!ダジャレみたいでしょ!来た~行くよ~だなんて!アハハハハッ!」
標的がぼっちから喜多に移り、彼女が下の名前コンプレックスを拗らせてぶっ壊れた頃、ようやく現世に戻ってきたぼっちは、虹夏の姿が見えないことに気付いた。
そういえば、スマホに着信があって、外に出ていたっけか?
「ちょっと、トイレ」
少し遅いなと心配したぼっちは、虹夏を探して外に出た。
探すまでもなく、虹夏は見つかった。
店の前、出てすぐの所で、まだ通話をしていた。
「―――へぇ、珍しいじゃん。シュンがそんな風に素直に褒めるなんて。
ううん、ありがと。―――じゃ、そろそろ。お休み」
優しげな笑顔でスマホを切り、
「ごめん、待たせて。なんかあった?」
「あ、いえ。ただ、結構戻って来ないからちょっと……あ、の、今の、シュンくんから、ですか?」
「うん。めずらしく素直に褒めてたよ、ライブのこと」
「あ、はい、その、よかった、です?」
「ははは、なんだそりゃ」
ぼっちの少しズレた返答に笑う虹夏と、つられて笑うぼっち。
その二人の間を、ゆっくりとした風が流れる。
台風一過の晴れた夜空。夏の終わりの夜風には、昼の暑さを感じない。
「なんか、もう夏も終わりって感じだねえ」
「そうですね」
居心地の悪くない無言。
店内から漏れ聞こえる喧騒。
ライブの疲れもあって頭の芯は重く痺れ、けれど目は冴えている。
(酔っぱらうって、こんな感じなのかな?)
ひょっとしたら場の空気に当てられて、実際酔っぱらっていたのかもしれない。
そのためか、ぼっちは普段なら絶対自分から言わないような話題を口にした。
「虹夏ちゃんは、好きな人、とかいるんですか?」
「へ?」
不意打ちの質問に、虹夏は一瞬あっけにとられたような表情をしてから、それに続けて、少し意地悪そうに笑った。
「なになに?さっきの仕返し?」
「あ、いいいいえ!その、あの!つい、出来心で、決してそのような……」
「アハハハハッ!いいよいいよ!ぼっちちゃんもそういうの、やっぱ気になるか!女の子だもんね!
―――うん、奇行が過ぎて、時々忘れそうになるけど」
自分自身でもなんでそんなこと聞いたのかわからず慌てるぼっちに、虹夏は一瞬、真顔になってから。
「そうだなあ……。
まず、さ。私の初恋ってお兄ちゃん、恭弥さんなんだよね」
「ぇっ?」
衝撃の事実に、一気に妄想の世界に飛びそうになるぼっち。
それを虹夏がインターセプト。
「あーっと!あくまで初恋!幼い日のほろ苦い思い出!って奴だから!
姉妹が一人の男を争っての愛憎乱れたサスペンスとかじゃないから!」
「そ、そうなんですか。よかった……」
「一瞬でも本気でそんな風に思ったんかーい。
……まあ、それでね。そんな流れだから、好みもお兄ちゃんみたいなタイプなわけなのよ」
「は、はあ」
ぼっちは、店長の夫である天海恭弥の人物像を脳内でまとめる。
そこから考えられる虹夏の理想の男性像は……
「大企業に勤めて、外国語とかバリバリ使いながら、世界中を飛び回る……」
「そういうんじゃなくて」
「えっと、じゃあ、その、穏やかで、優しくて、とか?」
「んー、まあ、それもあるけど……」
少し、自分の中の曖昧なイメージを吟味するように悩んでから、虹夏は言った。
「できる範囲で全力なところ、かな」
「できる範囲、で?」
「うん。出来る範囲、できる限り、で」
虹夏は、夜の空を眺めながら
「確かに、さ。イケメンで、お金持ちで、なんでも叶えてくれる石油王!みたいなカレシがいたらいいな、って思うけどさ。
けどそれよりも、不器用で、お金持ちじゃなくても、自分でできる範囲で、全力で愛してくれる、そんな人の方が、私は好きかな」
実は、と虹夏はちょっと自慢気に
「私、結構告白とかアピールとか、されるんだよねー」
「どぅぇっ!?」
驚くぼっち。だが同時に
(そりゃそうだよ!虹夏ちゃんカワイイし!優しいし!お洒落だし!いい匂いするもん!)
と納得する。
一方の虹夏といえば、自慢げな表情から一転、ヤレヤレといった風な表情に変えて
「でもどいつもこいつもダメダメでね~。
STARRYの手伝いやバンドで忙しい、って雰囲気出すだけで、脈なしだ~ってすぐ手を引くし。
告白するにしても『試しに』とか『その場のノリで告ってみました~』みたいな、予防線張りまくり。
男なら全賭け、全力でこーい!って思うわけよ。
―――だって、逃げ道作って、言い訳を先に用意して、なんて、自分でできる全力の告白じゃ、ないじゃない?」
本気で告白するなら、そんなものもなく、全力で当たってくるべきだ。
「お兄ちゃんはお姉ちゃんに対して、いつも全力だった」
受験や就職で、離れることもあった。
今も仕事の都合で、すぐそばで支えているわけじゃない。
星歌の望むことを、全て叶えられたわけじゃなかった。
でも―――
「自分にできる範囲で、お姉ちゃんのためにできることを、全部やってくれてた。
まあ、たまに無理し過ぎたこともあったみたいだけどね」
「あ、あの……けど、それって、その、なんていうか、かなり」
「わかってるって!あんな大当たり彼氏様がそこら辺に転がってるわけないってくらい!
けどさ……せめて告白くらいは、できる限り、全身全霊でして欲しいじゃん!」
虹夏は、ちらりとスマホを見て
「そうしたら、ちょっとはグラっと来るかもなのにな」
「?あ、あのそれは、どう、いう?」
「なんでもなーい」
その視線と言葉に対するぼっちの問いを、虹夏は笑って遮ってから
「それより……人にここまで語らせたんだから、ぼっちちゃんもちょっとくらい教えてよ。
石塚君の事、どう思ってんの?」
「んぐぅっ!」
「おおっと、奇声や死亡芸で逃げるのはなしだよー。
ささっ!石塚君の事、どんな風に思ってるのか、お姉さんに言ってみなさい」
距離を詰めてくる虹夏。進退窮まるぼっち。
「ぅぅぅぅぅ……っ」
「んんー?」
追い詰められた果てに、ぼっちはついに観念した。
いつもよりもさらに俯き、猫背になりながら
「わからない、んです」
本音が口から零れた。
「誤魔化す、とかじゃなくて。
本当に、本当にわからないんです、なにも」
生まれてこの方、ぼっちは狭い人間関係の中で生きてきた。
両親と、妹と、犬。それが持っていた人間関係のバリエーション。
幼稚園から中学まで、クラスメイトはクラスメイト以上の存在でなく、友達なんていなかった。恋や恋人などといったものは、物語の中の、架空の概念のようなものだ。
「私、コミュ障で、陰キャで、ぼっちで……。
友達とか、友情だってよくわかんないのに……。
そんなのに、恋とか言われても、わかんないです、よ……。」
それは、クオリア問題にも似ていた。
生まれてからずっと、真っ白な部屋で生きてきた人間がいたとする。彼女は『赤いリンゴ』なるものがこの世にあることは聞いていたが、赤という色すら見たことがない。そんな彼女が、赤いリンゴを初めて見た時、それを『赤いリンゴだ』と分かるものだろうか?
友達や友情すらもまだわからず、家に虹夏と喜多を招くというだけであれだけ空回っていた彼女だ。それが『彼に恋をしているのか』など問われて、どうして答えられるものだろうか?
「正直、石塚君が私をどう思って、どうしてこんな良くしてくれるかわからないし……。
それを、どう思えばいいかも、どう思ってるかも、もう、私自身よくわからなくて……その、わかりま、せん。
ごめんなさい……」
まるで、授業で教師から簡単な問題を当てられて、けれども一切わからなかった時のような、そんな惨めさをぼっちは感じた。それと同時に、恐怖も。
つまらないと、思われただろうか?駄目な奴だと、失望されないだろうか?
虹夏の反応を怯えて待つぼっちに、虹夏は―――軽い感じで言った。
「そ。じゃあ、『わからない』でいいんじゃない?」
「――え?」
顔を上げる。そこにはいつもの、明るくて優しい笑顔があった。
「『わからない』ならその『わからない』がぼっちちゃんの石塚君に対する本当の気持ちだよ」
「い、いいんでしょうか、それで」
「いいに決まってるよ!だって、ぼっちちゃんがどう思うか、って話でしょ?
なら、感じるままが正しいよ。正解とか、間違いとか、そんなのない」
石塚君には、ちょっとかわいそうな話かもだけどね、と虹夏は思ったが口にはしなかった。拗れそうだし。
「たださ、一つだけ確認。
その『わからない』は、イヤな『わからない』かな?」
言われて、ぼっちは思い出す。
石塚と(ぼっちの主観では)初めて会った時の事。
電車で偶然鉢合わせして、話したこと。
オーディションの朝のセッション。
「……いや、じゃ、ないです」
「そっか。じゃあやっぱ『わからない』のままでいいよ。
いつか、その『わからない』の名前が分かるようになるまでは、ね」
「……はい。その……ありがとうございます」
少し、胸が軽くなったぼっちは、虹夏に礼を述べた。
夏の空の下、涼風と、無言と、喧騒が過ぎる。
居心地のいい空気の中で、虹夏が、思い出したかのように唐突に。
「あのさ!今日の演奏見て気づいたんだけど―――ぼっちちゃんがギターヒーロー、なんでしょ?」
打ち上げが終わり、三々五々に解散となった。
リョウの迎えに敦が来て、廣井は『二次会だ!』とふらつく律志とまだ飲み足りなかったPAを引っ張り夜の街へ。廣井としては星歌や恭弥を誘いたがったが、恭弥の明日の飛行機が早いことと、虹夏やぼっちを早く帰さなくてはならないことを理由にそれを断った。
ぼっちは星歌達に駅まで見送られ、そこで別れ、今、電車待ちのホームにいる。
「バレたけど、良かった……」
人気のないホームで一人呟く。
思い出すのは居酒屋の前での虹夏との会話。
ギターヒーローであることはバレたが、失望されたり、黙っていたことを攻められたりはしなかった。
それどころか
「ぼっち・ざ・ろっく、かぁ」
悪くないフレーズだ、と思った。
自分のロックを、響かせる。それを良しとしてくれる人がいる。
自分のロックを、自分のありのままの感情を―――
「『わからない』でもいい、か」
最近の自分を悩ませていた、石塚への感情。
まだ名前も知らない、よくわからないこの感情も、しばらくはこのままで、ありのままでいいのだろう。
「――あ、石塚君からロイン入ってる」
スマホを見ると、ちょうど彼からのメッセージが入っていた。
演奏の後、いつの間にか消えてしまった石塚。
(なんか用事でもあったのかな?―――演奏がダメ過ぎて失望して帰ったとかじゃないよ、ね。うん、そんなことないよね!)
少しビビりながらロインを開くと、そこにはライブへの好意的な感想。
1曲目に関しては励まし中心。最初だし、出だしに躓くことはあるというフォロー。
2曲目のリカバリーと3曲目については、控え目な言葉ながらも、絶賛の内容。
「くふっ、うへへへ」
1分前までビビっていたぼっちが、すぐ鼻を高くしてご機嫌になる。
やっぱり石塚君は良い人だ。褒めてくれるし、親切だし、優しいし、話聞いてくれるし……
「話……」
一人のホーム。静かな夜。
普段のぼっちなら何も思わなかっただろう。
だが、ついさっきまで居酒屋での打ち上げの中にいた彼女には、普段よりもずっと寂しく感じられた。
なので、
「ちょっと『わからない』まま、ロールしてもイイよね」
彼女をスマホを起動した。
『もしもし』
「あ、ああの、ご、後藤、です」
『ああ、うん。こんばんわ。その――何か用?』
「あ、その、用、って程では。なんといいますか……その、声が聴きたくて」
『――――』
「すすすすみません!なんか迷惑っていうか、キモいですよね!良く知らない相手なのに!なんか、本当に!い、今から切腹してお詫びを……!」
『いや、別に、迷惑とかじゃ、ない。……えっと、罰ゲームか、何かか?打ち上げの余興とかで』
「あ、いえ、打ち上げは終わって、今、帰りで、電車待ってて……。その、ひ、暇だったので。ご、ご迷惑だったでしょうか?」
『いや、俺も暇だったから。新幹線乗ってて』
「新幹線?あ、あの、どこに?」
『秋田。鬼フェスって知ってる?そこで明日、出番なんだ』
「あ、し、知ってます。東北で開かれる大きなフェスだって。その、凄いですね」
『そう、知ってるのか。そっか。その、良かった』
「―――それに比べて、10人くらいしかお客さんがいないライブで盛り上がってる私なんて……」
『……そんなこと、言うなよ』
「……?石塚君」
『俺は、良かったと思う。あのライブ。
特に2曲目のギターソロ。痺れた。聴けて、あのライブのあの瞬間にいれて、本当に良かったと思ったんだ。だから、そんな風に、言わないでくれよ』
「あ、そ、そのごめ――――ありがとう、ございます」
『ん』
「あ、あっ!電車、来ました!切りますね!」
『そうか。その、気を付けて。じゃあ』
「じゃ、じゃあ、また!」
人のまばらな、終電間際の電車。
ぼっちは、まるで全力疾走でもしたかのように荒い息をついて、座席に座る。
手には、通話終了したばかりのスマホ。
通話時間は一分足らずだが、ひょっとしたらライブより疲れたかもしれない。
胸の中では心臓はバクバクとビートを刻み、頭の中ではあの『わからない』感情がぐるぐる巡っている。
(けど、なんか、イヤじゃないな)
窓から月が見えた。
夏の夜の、少し歪んだ月。
(石塚君も、見てるのかな)
一方の石塚は、月を見ていなかった。
新幹線のデッキで、壁にもたれかかりながら、
「―――驚かすなよ。わかってやってるんじゃないよな、後藤」
スマホを握りしめ、真っ赤な顔で呟いた。
月など見るほどの、余裕はなかった。
つづく
ファーストライブ編終了!
次は文化祭編だがどうすすめるか。
アニメ版を見ながらちょっと考えるので、少し投稿に間が空きます。
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PA・マスター