Irrational/Numbersのリーダー、大河内頼光。
関西出身。根明のお調子者のギターボーカル。しかしそのイメージと裏腹に、その生活はストイックだ。
起床は朝四時。実家である寺での生活そのままである。
「最初実家出たときは、夜ふかしとかしたろ!って思ってたんやけど……夜起きてても、することあらへんやん」
練習用にスタジオを押さえるにしても朝の方が都合がよかった。バイトで仲良くなったスタジオ主から 『掃除してくれるなら』 という条件で、開店前に特別に貸してもらえたりするからだ。
それに引きずられ、イレナンの他のメンバーも
「イヤでござる!拙者!リアタイ視聴を諦めるのはイヤでござる!」
と、抵抗していたジョージが
「夜明けのコーヒーと共に摂取する録画した今期の
と朝型生活に堕ちたのを以て、全員朝型となった。
閑話休題
頼光は、桶一杯の水で身だしなみを整えてから朝食(手作りと惣菜半々。味噌汁と米だけはマスト)を摂り、その後15分ほど座禅を組む。
「ホントは経の一つでも上げたいんやけど、ガチめに苦情来よったからなあ」
未明にどこからともなく聞こえてくるお経は、近隣住民的にかなり怖かったらしい。
座禅を終えてからは、その日による。
前述したようにコネで確保したスタジオで朝練をしたり、学校の課題や予復習をこなしたり、店長の勧めで始めた読書を嗜んだり等。
だが、夏休みに入ってからは大体予定が固定されていた。ランニングである。
「声出しは体力が基本やし」
夏休み前は休日限定だったが、夏休みに入ってからは日課になった。
近所、戸山公園を時間を決めて適当に。今は30分くらい走り回ってから、インターバルを置いてからまた走って帰宅というのをメニューにしている。
「おはようさん!」
「お姉さん、今日も精が出ますねえ!」
「よう、気合入っとんなあ!大会近いんやろ、気張りや!」
大学生や、近所の主婦、近くの中学の運動部。すれ違う面々とも顔なじみになってきた。相手の方も気さくに声をかけてくる頼光を 『ロックバンドしてるくせ健康的な、やたら愛想の良いお兄さん』 と認識し、声を返し、あるいは頼光より先に声をかけてくる。
「袖触れ合うも他生の縁。―――あと、こういう草の根の宣伝が地味に効いてくんねん」
生来の性根半分、バンドリーダーとしての打算半分。
20分くらい走り、そろそろ帰りのルートも考えようかといったところで、ここ数日で、新たに顔なじみになった人物が寄ってきた。
厳密には、前からの知り合いだったが、最近ここでも見かけるようになった、だ。
「ヨヨコちゃん、おはよーさん」
並んできた小柄な影は、
「……フンッ。ついてこないでよね」
そっぽを向くとダッシュを仕掛けてきた。
徐々に離れていく背中を見て
(これ、ついてかんかったら、拗ねるかこっそり泣くかするんやろなあ、きっと)
肩をすくめて、頼光はその背中を追って足を速めた。
イレナンを辞めるかもしれない。
頼光の話を聞いてしまったヨヨコは悩んだ。
別にあいつがやめるのはあいつの勝手じゃない!
ここまで来てバンドやめるなんてもったいない!
あんたが言っていった「行けるところ」ってここで終わりなの!?
頭の中をぐるぐる回る感情と思考の果て、ヨヨコは決心した。
「問い詰めてやるわ!……次に会った時に!」
わずかにヘタれて、その場で聞かずに後日に回したのが、尾を引いた。
祝勝会の後、頼光はFOLTになかなか顔を出さなかった。いろいろなライブハウスやイベントに、引っ張りだこだったからだ。
未確認ライオットへの優勝のためにイレナンがとった戦略の一つが 『とりあえずいろんなところに顔を出す』 だった。
コミックバンドをやってた頃のコネなどを駆使しして、あらゆるところに顔を出す。その際に 『未確認ライオットでグランプリ獲って有名になったら、ここでもっかいライブしますから』 という約束をするのが定番だった。
そして実際グランプリを獲り、その督促が舞い込んできた、というわけだ。
未確認ライオットから1週間経ち、半月経ち、1か月経って、しかしヨヨコが頼光と会う機会は巡ってこなかった。
FOLTに顔を出してはいるらしい、と知ったのは店長の銀次郎からの情報だ。
「頼光ちゃんならこの間、来てたわよ」
「それっていつですか、店長!?」
「つい昨日。実家に行って来たって言って、お土産おいていったわ。マメな子よねぇ」
テーブルの上には有馬せんべいの箱が置いてあった。
どうやら、会えないのはタイミングのせいでもあるらしい。
どうするか……
「普通に会いに行けばいいじゃない」
「それじゃあまるで私があいつに会いたがってるみたいじゃないですか!」
「会いたがってるじゃない」
「違います!会いたいのと、会って済ませておきたい用事があるのは違うんです!」
店長は面倒くさそうに
「じゃあ“偶然”会いに行ったら?頼光ちゃん、最近朝は走ってるみたいよ」
「ゼヒュ―――――――――ッ‼
カヒュ―――――――――ッ‼
ウォェッ‼――――ウボェ……」
夏の終わりの早朝の、涼やかな風が通り抜ける公園の一角で、芝生に横たわったゾンビがいた。生前の名前は大槻ヨヨコ。
彼女の横にスポーツドリンクを買ってきた頼光が膝をつく。
「ゆっくり深呼吸な?落ち着いたらこれ飲みぃや?な?」
「ヒュ―――ア、リ―――ゼヒュ――オカネ――」
「奢ったるからええって。それよか、なんでそんなんなるまで全力ダッシュすんねん。健康のためのジョギングで命削るとか笑い話にもならへんよ?」
「ヒュ―――余計―――ゼヒュ――な、お世話――――よっ!」
死体から人間に復帰して、ヨヨコはもらったスポーツドリンクを手に取る。
喉を鳴らして飲むヨヨコを見て、
(なんか話があるけど、意地張って言い出せんとかやろなあ)
そんなことを考えていた。
ヨヨコとジョギングで会うようになったのは、ここ1週間程のことだ。
出会った初日、彼女は後ろから追いついてきて頼光の隣に立ち
「ハァ……ッ!ハァ……ッ!
ボ、ボーカル……ッ!わぁっ……!体力ッ、資ほンガ……ハァッ!
このく、ふぅっ!とう……ッ!ぜん……ッ!うおぇっぷっ!」
「立ち止まって話そか?」
その日は息が整った後
「覚えてなさい!次は負けないわ!」
「ジョギングは勝ち負けとかとちゃうで~」
なぜか捨て台詞を残して帰っていった。
その2日後、筋肉痛が抜けたヨヨコがまた来た。
今度は待ち伏せ。前を歩くような速度で進んでいた彼女に声をかける。
そのまま追い抜いたと思ったら、ヨヨコは急に速度を上げ、頼光のやや後ろの位置から
「この前は後れを取ったけど、あれはたまたまよ!」
声をかけて、そのまま伴走。
「あー……無理してついてこんでも……」
「別に、私と同じコースをあんたが偶然走ってるだけよ」
このまま家にでもついてくるつもりやろか?と懸念した頼光だったが、それは杞憂だった。
5分程後、ヨヨコは坂道を登れずダウンした。
「お、覚えて、なさいよぉ……」
「風呂でちゃんとマッサージせーよ?それだけで大分ちゃうからな~」
またも捨て台詞を残し、膝をがくがくさせながらヨヨコは帰っていった。
そしてまた数日おいて、今日だ。
今度はヨヨコ先行で、頼光がそれについて走っていくという形になった。
ルートは平地中心で、コンセプトとしてはどこかをゴールに設定するか、あるいは一定以上離して勝利宣言でもするつもりだったのだろう。しかし、ピッタリ一定距離を突いてくる頼光より前を維持するだけで10分足らずで体力が尽き、ゾンビとなった。
そのゾンビがスポーツドリンクを飲み干すのを見ながら、頼光は考える。
(多分、なんや聞きたいことかお願いしたいことがあるんやろな)
ヨヨコとの2年来の付き合いと、ここ数日の言動を照らし合わせて考えると
(俺に話しかけたいけど、しばらく会ってないせいか、話したい内容かなんかが理由で気まずいんやろ。
で、とにかく話しかける話題が欲しくてランニングしている俺に突っかかり、勝負を挑む。そんで勝って、自分の価値なり有意性なりをアピールしてから会話に入りたい。そない思っとるんやろなあ)
ほとんど図星であった。
なぜ頼光がこれほどヨヨコの思考をトレースできたかといえば
(
完全に子ども扱いである。
ともあれ、頼光の予想は大体当たっていた。
人心地ついたヨヨコは、唇を噛む。
(ランニングでいい感じに話題を作る作戦は失敗ね……)
1回目は普通に追いつくだけで体力切れ。
2回目は持久力で勝ってアピールする目的で待ち伏せして、これまた体力切れ。
そして本日3回目は先行して一時的にでも大幅に差をつけてやろうとしたところ、『ついてきなさい』という言葉通りピッタリついてこられた結果、プレッシャーに負けてペースを乱され、無事墜落。
(……よく考えれば普段から走ってる男相手に勝てるわけないじゃない!吉田店長にしてやられたわ!)
足で勝負してこいなど一言も言っていない吉田店長に内心で濡れ衣を着せて、ヨヨコは頼光を見る。
「もう具合はええ?大丈夫?吐き気とかせーへん?」
笑顔で気遣ってくる頼光。
その快活な、ヨヨコに言わせれば何も考えてなさそうな笑顔が、癪に障る。
(バンド、やめるかもって瀬戸際なんでしょ!何でこいつこんなニヤニヤできんのよ!
っていうか、そもそもその話、どうなってんのよ!)
イレナン解散説。8月頭にそんな噂が流れた。
祝賀会での頼光の言葉を耳にしたヨヨコ以外の人々が発信源で、その後SNS上に流れた
『未確認ライオットまで走りっぱなしだったのでちょっと充電期間を置きます』
というイレナン公式アカウントのコメントが論拠になった。
なおその風説は、充電期間と言っておきながら、いろいろな箱でライブを続けるイレナン達の活動そのもので搔き消えた。
しかしその言葉を直接聞いたヨヨコの不安は、消えることはなかった。
(けど……私、聞いていい立場なの?)
そもそもそんなに親しい間柄ではない。立場にしても、活動年数はヨヨコの方が1年上だが、現状における実力も人気も頼光の方が上だ。
それなのに、バンドを続けるか否かというデリケートな、しかも実家を継ぐかどうかというプライベートな要素まで絡んでくる問題に、口を出したり無遠慮に尋ねたりして良いものだろうか?そんな資格が、自分にあるのか?
遠慮や気おくれが、ヨヨコの口を重くする。
手元のペットボトルを睨んでしばし。
そして結局
「―――っ!覚えてなさい!次は―――」
といつもの捨て台詞を残して去ろうとした時だった
「ちょい待ちぃ」
立ち上がろうとした手を握って、引き留められた。
頼光だ。
彼の方を向いたヨヨコの目の前に、3本の指が立てられる。
「俺の3連勝や。負け分、払ってもらおか?」
「はぁ?」
「ランニングで3回勝負仕掛けたんはそっちやろ?
それに3連勝したんだから、一つくらいお願い聴いてくれてもバチは当たらへんて」
「ハンッ、かけっこで勝ったから言うこと聞けとか、小学生じゃあるまいし」
割と似たようなことを考えていた自分を棚に上げ、鼻で笑うヨヨコ。
そんなヨヨコの様子を無視するように
「という話でヨヨコちゃんに命令!―――俺に聞きたいこととか、言いたいこと。あんなら言ってくれへんか?」
「っ……何のことよ」
驚きに言葉を詰まらせてから、眼をそらして言うヨヨコ。
その丸わかりの態度を、しかし頼光は指摘せず
「ん?ちゃうん?なんや、言いたいこととか、聞きたいこととかあるから、朝も早よからこないとこまで来てると思うたんやけど?勘、外れてもうたかな?」
すっ呆ける頼光。気まずげなヨヨコ。
ヨヨコが何も言いださず、しかもいつもの捨て台詞を残して立ち去ろうともしないの確認してから、頼光はつづけた。
「ま、言いにくいこととかやったら、無理に言えとは言わんし、言ってもしゃーないこととかもあると思う。
せやけど、口にしたらそれだけで楽になることもあると思うんよ?
だから、俺のことはお地蔵さんかなんかと思ってでもいいから―――何悩んでるか、教えてくれへん?
お願いします」
そういって、軽く頭を下げた。
悩んでいる相手の話を聞いてやるのに、なんでこちらが頭を下げなくてはならないのか、とは頼光は思わない。悩んでいる相手の話を聞いてやりたい、と思っているのは自分であり、つまりは自分の欲だ。
そして、悩んでいるのにそれを相手が口にしないのは、相手の中に悩みを口にできない理由があるからだ。それがどんな物かはわからないが、悩みを抱える労苦よりも重い、あるいは大切なものなのは間違いない。
自分の欲で、相手が重く、大切に思っている物を曲げさせて、話させようとしているのだ。ならばお願いし、頭を下げるのは当たり前のことである。
僧としての師である父や祖父の教えに則り、ヨヨコの言葉を待つ。
さらりと、夏風が草の葉を擦る音がする。
「……やめちゃうの?」
その音に紛れるほどの小さな声がする。
「……本当に、バンド。
Irrational/Numbers、やめるの?
実家を継ぐって?本当?
―――やめないでよ!」
ヨヨコが、必死の表情で言う。
「私は―――あんたに、あんたたちに追いつきたい!そう思ったの!目標にしたのよ!
追いついて!並んで!追い越して!魅了したい!
あの時!未確認ライオットであんたが私にしたように、私があんたを魅了したい!
……そう、思ったの。思ったのに……」
声が途切れる。
頼光が顔を上げていた。
思いの丈を全てぶちまけ、肩で息をするヨヨコと、それを静かに見つめ返す頼光。
「少し……実家の話、しよか」
実家。頼光が継ぐべき物の話。
居住まいをただすヨヨコ。頼光は、ゆっくりと語りだした。
「そやな。まず……行方不明になってた兄貴がタイの歓楽街の外れで尼僧になって発見されたところから……」
「待って」
普段のジト目で、ヨヨコは頼光の語りを遮った。頼光は不満そうに
「……ヨヨコちゃん。今、結構カッコイイ雰囲気やったんやけど?」
「それぶち壊したのはあんたじゃない!情報量多いわよ!尼僧になった兄って何!?」
「それも一からちゃんと説明するから、聞ぃてぇな!な!本邦初公開!大河内頼光、半生を語る!やで!」
いつもの雰囲気に戻りながら、頼光は自分の実家のことを話し出した。
兵庫県の都市部から少し離れた山の麓あたりに、頼光の実家があった。
実家は寺だ。檀家も多く末寺もある、それなりに由緒正しい仏家だ。
そこの次男として生まれた頼光は、兄の頼信共々自然と僧侶を目指すようになった。
生真面目で責任感もあり容姿も学術にも秀でた兄は、門徒や檀家からも期待された跡取りだった。
その兄が、伝統である『俗世行』を行うこととなった。
俗世行とは、大河内家に伝わる修行の一種だ。
大河内家には、次のような家訓がある。
『娑婆を知らずして、豈に仏道を説かんや』
「世間俗世も知らねぇ箱入り坊主が、どうやって俗世で暮らす衆生に道を説くってんだ、仏道ナメんな、っつーこった」
というのが住職である祖父の言。
この家訓に従い、大河内家出身の僧は、十代から二十代くらいにかけて、寺から離れて社会生活を送ることが義務付けられている。
「なるべく“俗”な生き方しろよ?
寺の外に出ただけで寺でいんのと似たような生活してたら、またやり直しな」
爺様、流石にそれはロックが過ぎるとちゃう?
と、風狂全開な祖父から、父の方に目を向けると、人のよさそうな丸顔に、穏やかな表情を浮かべた父が
「いやあ、懐かしいな、俗世行。とーちゃんも色々あったで?
冒険、スリル、仲間達と友情。良い思い出やし経験にもなった。
ま、ちょっと痛い思いもしたけどな?」
と言って、小指が掛けた四本指の手を見せて、照れながら
「こないな言い方すると、なんや指輪物語みたいやな」
とーちゃん。フロドはそないごっつい仁王様の彫りモン背負っておらへんがな。
あと、それじゃあ毎年の節目節目に挨拶に来る、いかついスーツのおっちゃん達はアレか?旅の仲間か?
ともあれ、祖父や父の脅しとも応援ともつかない話を聞いた上で、15歳の兄は世間に出た。
選んだ進路は、全寮制の進学校。
そこで学業においては上位。部活は書道部で、いくつか賞を取った。優秀な生徒として卒業。大阪の良い大学の人文学部を受験。合格した。
順風満帆な、どこに出しても恥ずかしくもない立派な寺の跡取りだ。
檀家も、末寺の僧達も、皆それを喜び、祝福し――――爺様がブチ切れた。
「どぉぉこが俗世行だテメェ!寺にいんのと変わらねえじゃねえか!?舐めるのも大概にしろやっ!!!」
兄を寺に呼び戻し、入ったばかりの大学に休学届を出させて、2択。
「選べ、頼信。
酷い二択もあったもんだ。
不安げな13歳の頼光に対して、もっと不安であっただろう兄、頼信は、しかしそれを感じさせない気丈な笑顔で
「タイに行ってくる。あそこは仏教の本場。学べることはあるはずさ」
そう言ってタイに旅立った兄は、1か月後、
『本当の自分が見つかったかもしれない』
という手紙を最後に、タイの首都バンコクで消息を絶ち―――
「1年半後。俺が中3の秋頃、バンコクの歓楽街の外れの寺で、尼僧をやってるところを発見されたんや」
「だから何があったのよ」
「色々や。話すと長くなるからまた今度な」
ビザが切れて送還された兄だった姉。
ド派手に変わったその姿に、寺の僧達は腰を抜かし、兄に秘かな想いを寄せていた檀家の娘さんは卒倒した。
困惑や失望、あるいは軽蔑など、決して良いとは言えない視線やざわめきの中、しかし元兄の姉は、その増設された胸を張り、威風堂々と祖父と父の前に進み出た。
「よう、派手になったじゃねえか。頼信」
「今はヨリーよ。久しぶりね爺様。おかげさまで人生楽しいわ」
「そうかい。―――進むべき道、説くべき道は見つけたか?」
「……まだまだ。ほんのその始まりが見えたくらいよ」
「はンッ!謙遜すんな!その歳で十分大したもんだよ。俺なんぞ、半世紀以上も坊主やってて、まだ道半ばにも来ちゃいねえ。
……俗世行、完成だ」
「おかえりなさい、頼信。―――立派になったなあ。こういう方向は、予想外やけど」
と、住職である祖父とその後継者である父に認められ、兄改め姉は家に戻った。
が、そこでめでたしとはならなかった。
後継者問題である。
「私、下まで工事しちゃったから、子供出来ないわよ。
あと復学して卒業するまでは日本にいるけど、大学出たらタイに戻るわ。
バンコクに少ないけど世話しなきゃならない信徒の子達、残してきちゃったんだもの」
まず兄が寺の相続を放棄。
「ああ、道を説かねばならん人らがいるなら仕方あらへんなあ、ヨリー」
「だな。ガキつくれねーなら後継者問題も面倒だ。ってことで頼光、お前が寺継げ」
次代住職と現住職のシームレスな認可により、あっさり後継者問題自体は解決した。
次なる問題は、間近に迫った頼光御曹司の俗世行である。
「門徒や檀家共が 『今度こそまともなところで』 とかうるせぇが、必要なら黙らせる。――
「とーちゃんの知り合いの“会社”の人に話してもええよ?」
「タイもいいわよ。お世話になったお店に紹介してあげる」
頼光は思った。アカン、と。
俗世行のお題として、何かしら祖父らを納得させる“俗なこと”を言い出さなければ、
つか、いくら何でもこいつら全員ロックに過ぎ―――
「せや!ロックや!」
「―――ちゅーんが、俺がロックすることになった理由や」
「……なんか、凄く
「しょーもないことあるかい!こっちは人生と小指とチ●コかかっとんねんで!」
「わ、悪かったわよ」
珍しく憤る頼光に、ヨヨコは気圧された。
話しながら歩く二人は、もうじき公園の外に出るところだ。
空気は早朝の涼やかなものから、残暑を感じる夏の大気に変わりつつある。
「ま、それでな。後はヨヨコちゃんの知ってる通り。なんやかんやバンド組んで、未確認ライオットでグランプリとって、それ引っ提げて実家に報告に言ったわけや」
「……それで、どうなったの」
「もうちょいロックを続けてもいいか、って聞いたら、ぶん殴られた」
息をのむヨヨコに、頼光は笑って
「『人に自分の道を問うような奴が他人に仏道説けるか!俗世行、続行だ!』って怒られたわ」
「それって……!」
「ああ、イレナン、もうちょい続けるわ」
不安そうだったヨヨコの顔に、満面の笑みが浮かび、
「―――まっ、良かったじゃない。目障りがいなくならなくて残念だわ」
自身の表情に気付いたヨヨコは、慌てて普段の、不機嫌そうな表情に改める。
だが、それでも口元や目元には、笑顔の残滓が残っている。
「なんやねん!さっきは『イレナンは私の目標なんですぅ、やめないでー』って泣いとったのに」
「なっ!?ないて、泣いてないわよ!ってかそんな変な言い方してないわよ!言いふらしたらぶっ殺すわよ!」
「え~、どないしよ~。あん時のヨヨコちゃん可愛かったしなあ~」
「このっ……!」
殴りかかろうとするヨヨコと、からかいながらその手をいなし、避ける頼光。
そうしていると、ランニングの疲れが出たのか、ヨヨコの足がもつれる。
「っと」
咄嗟に支える頼光と
「……!」
支えられたヨヨコ。
至近距離で合う目と目。
「な、なによ」
「―――いつかは、やめるよ。バンド」
ヨヨコを抱き留めた頼光は言う。その言葉にヨヨコは身を固くする。
「なんでよ」
「俺のなりたい未来は、やっぱ坊さんやねん。
ロックも好きやし、イレナンの仲間も、他のバンド連中も、店長達もみんな好きやけど、それでも人生の目標は、ちゃうねん。
だから早けりゃ25くらい、遅くとも30前にはイレナンも、ロックも終いや」
「……ロックは本気じゃないってこと?」
「いや、本気やで?」
「だったらっ――――」
「本気やから80年分を10年間に注ぎ込む」
ライブの時の歌のように、頼光の言葉が強く響き、ヨヨコの心をつかんだ。
「俺、100まで生きるつもりやから残りの人生80年ちょいや。
その80年でやるはずのロックを、この10年間に詰め込む。
一生分のロックを、この10年にギッチギチに詰め込む。
せやから―――覚悟はええか?」
ヨヨコを立たせて、頼光はいつもと違う、少し挑発的な笑顔で
「もしも俺に追いつきたかったら、死に物狂いで追って
こちとら8倍速で生き急いでんねん。ランニングで追いつくより、めっちゃハードやで?」
「……上等」
ヨヨコも、笑顔で返す。
いつもの挑戦的な、常に一番を、トップを目指す、睨みつけるような表情で
「そっちこそ、簡単に追いつかれないでよね」
「わかっとるって」
頼光は歩き出し、その数歩後ろをヨヨコもついていく。
わずか数歩。だが絶対的な距離。アドバンテージ。
悔しいが、今はそれを認めよう。認めた上で、挑み、乗り越えよう。
そして目指すのだ。
ヨヨコの夢。それは有名な海外フェスのトリを飾ることだ。
その夢に少しだけ追加ができた。
フェスの最前列。ギターボーカルの正面。そこに彼を呼ぼう。
根明で、人付き合いも口も上手くて、気遣いもできて、誰にも好かれるような、自分と正反対の彼。
けれど自分と同じで、ロックに全力で、必死に上を、先を目指す彼。
彼を魅了するのだ。
最高のステージで、最高の演奏で、彼を心をつかむのだ。
「いつか海外フェスで大トリを飾った時、アンタ、最前列キープしなさいよね」
「そん時、チケットは奢ってくれるん?」
「いいわよ!その頃の私は大ロックスターなんだから!」
未来のロックスターたちは、足早に夏の街へと踏み出した。
つづく
大河内頼光のキャラは結構設定という立ち位置が変遷したキャラです
最初はきくりのお相手ポジを考えていたので、ベースの酒呑童子→源頼光。そこから捻って源氏でも摂津ではなく河内→大河内。みたいに連想したのが始まり。
バンドも頼光四天王でそろえる予定でしたが、そこまでやるときくりとの関係性が強くなりすぎるからなし。で、その内きくりのお相手に高清水を生成。
その後は喜多ちゃんのお相手ポジを想定していましたが、組み合わせとして今一なのでリストラして、彩人君を生成。
最終的に浮きゴマのままにしておいたところ、大槻ヨヨコの彼氏役に丁度良さそうと天啓が降りてきて今の形になりました。
なお外見は175cm以上、180cm弱で割と細マッチョ。頭は
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