ぼっちは焦っていた。妹であるふたりの絵日記を見てしまったからだ。
『お姉ちゃんはすごいと思いました!』
この部分だけ見れば、姉を尊敬するかわいらしい妹だ。しかしながらこの『すごいな』が何に対してかといえば
『夏休みの間、ずっと家でギターの練習を続けるお姉ちゃん』
である。
「ぉぉぉぁぁぁぁっ……」
絵日記の、友達と遊びに行くふたりと、それを家で見送るぼっちの図。
絵日記の中のぼっちが、笑顔のままで現実のぼっちに歌いかけてきた
『楽しい楽しい夏休み♪ずっとギターと一緒だよ♪
一日練習10時間♪家族とすらも会話なし♪
ふたりはお出かけ楽しそう♪私も誰かを誘おかな?
ううん無理無理不可能さ!だってボッチはボッチ虫♪
キャハハハハハハハハッ!』
クレヨンで描かれたぼっちが、ふたりが、ふたりの友達が、ジミヘンが、そして絵日記の中にいるはずもない結束バンドのメンバーが、ぼっちを囲んで嗤う。哂う。
「ぼっちちゃんごめんね~忙しくてかまってあげる暇ないんだ~」
「というか、バンド仲間ってそういうのじゃないから」
「え~?後藤さん、遊んでくれる人いないんだ~」
「おねーちゃんえらーい」
「ワンワン!」
「仕方ないよ。だってあなたは、ワタシナンダモノ」
『きゃははははははははははははははははははははっ!
キャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!
キャハハハHAHAhaAAAAAAAAHAHHAHAHHAHAHAH!』
「うわあああああああああああああああああああああっ!」
「おかーさーん、お姉ちゃんが変ー」
「いつものことでしょー」
そんな、いつもと変わらぬ後藤家の、のどかな夏の午後。
日付はすでに8月25日。早いところではすでに新学期が始まっている。ぼっちの通う秀華高校は8月いっぱい、31日まで夏休み。
残すところはすでに一週間を切っていた。
「予定は、空けてる。うん、空けてるんだ。空いてるんじゃないんだ。全然違うんだ」
必死に自分に言い聞かせるぼっちだが、それが虚勢であることは薄々、というかしっかり理解していた。
しかしながらぼっちはそれに縋るしかない。
『予定を空けておいて、誰かが誘ってくれるのを待つ』
この他力本願な手段に縋るしかないのだ。
ん?自分で誘えばいいだろ?とな?
できるわけがないじゃない。だってぼっちなんだもの。
スマホの登録画面を見つめる。その少ない登録数が、垂らされるかもしれない蜘蛛の糸の本数だ。
「誘ってくれる可能性があるのは、虹夏ちゃんか喜多さんが濃厚。リョウさん、は独りが好きな人だし望み薄であとは……」
『石塚』の文字で、ぼっちの動きが止まる。
「どうなんだろ」
畳の上で仰向けになりながら、ぼっちは誰となく問う。
最後に彼と話したのは、打ち上げの夜。電話越しだ。
なんてことのない会話だったが、
「んふ、ふへへっ」
思い出すだけで、ちょっと胸が温かくなり、頬が緩む。
「おかーさーん、おねえちゃんがまた変ー」
「今日は多いわねえー」
家族の心無い声も効かない。効かないったら効かない。
「そういえば、今どうしてるんだろう」
秋田の鬼フェスの後も、方々に呼ばれて忙しくしている、という話は聞いた。
なんでも不確定だかラリアットだかいう賞を取って、そのおかげでイレナンは今、ちょっとしたフィーバー状態にあるらしい。
スマホでイレナンの公式アカウントを開く。
『(*≧д≦)やっとお礼ライブ巡りおわったー。_(。_°/ もう死ぬ・・・』
ドラムの士則が主に担当しているSNSによると、しばらくライブはなし。バイトと休養、そして練習に充てるとのことらしい。
だったら、ひょっとしたら、もしかしたら!暇になった石塚君が誘ってくれるかも!
(おいおい、大丈夫か私?男子と出かけるとかデートでは?リア充では?)
など思いながらSNSの履歴を眺めていると……
『TVデビューヤッタ━━ヾ(*≧∀≦*)ノ━━!!!ま、地域のケーブルTVなんだけどね( •́ .̫ •̀ )』
という、書き込みと、オーチューブへのリンクを見つける。
「そういえば、石塚君のバンドやってるとこ、見たことなかったっけ?」
そう思ってタップ。
地域の情報を紹介するタウンニュースのワンコーナー。数分程度の内容だった。
そこでIrrational/Numbersが、新宿で活動中の新進気鋭のロックバンドとしてやや大仰な煽り文句と共に紹介されていた。
リーダーのギターボーカル、西から来た快男児、大河内頼光。
日本の水で育ったブラックソウル、ジョージ・モリス。
現役の高校生モデルにしてベーシスト、百澤綺斗。
実はひょうきん者?月の如き静かなる麗人、ドラムの陶士則。
そして―――
『メンバー最年少。バンドの曲の殆どを手掛ける天才キーボーダー、石塚太吾くんです!』
『どうも。応援ありがとうございます』
ファストフード店の店員が浮かべるような0円スマイルの石塚。
いかにもインタビューとかされ慣れてる雰囲気。
「いいなあ」
ぼっちの口から思わず零れる本音。
ケーブルテレビのローカル番組とはいえテレビに取り上げられたこともだが、
「私なら、こんな風には無理だろうなあ……」
よくやるMステ妄想では、ぼっちは大御所ギタリストのような対応をする自分をイメージする。だが今回の場合、画面の中にいるのはリアルでよく会う知り合いだ。自然と想像内の自分もリアル寄りになる。
『結束バンドのリードギター!天才ギタリスト後藤ひとりさんです!』
『あ、はい、どうも。すみません。こんな無価値な存在を公共の電波に垂れ流して……』
ファーストフード店においてある可燃ゴミ用のゴミ箱に嵌った自分。
いかにも根暗な陰キャの雰囲気。
「いやいやいや!自信を持て私。ファーストライブは成功したし、バイトもだんだん慣れてきた!
もし今こんなインタビュー受けることになってもゴミ箱はない!完熟マンゴーで済むはずだ!」
強がりながらも、心が叫ぶ。プレッシャーキツイ、と。
今のぼっちの夢は、売れて高校中退。最低でも高卒時点で就職しなくて済む程度には売れていることだ。
その最低ラインが石塚達だろう。
つまり、彼らが目標。それは演奏だけではなく、あのインタビューなどへの対応もだ。
「……いや、インタビューとかより、まず演奏もっと上手くならないとなあ」
不意に、ぼっちが妄想からリアルに戻った。
動画の後半。イレナンの演奏パート。オリジナル曲を1コーラス分。
イレナンの演奏を見て思うのは
「……ギターの腕は、負けてないんだよね―――ソロで
イレナンのギターパートは、それほどでもない。
リードギターのジョージの腕前は、確かにプロの水準を満たしているかもしれないが、ギターヒーロー状態のぼっちより、明らかに劣っている。
大河内に至っては
「歌ってる時、あんまり弾いてない、よね?」
基本はリズムギターに徹しているが、サビなど盛り上がるところでは、歌に集中するためか完全にギター放置。その間は石塚かジョージがその役を担っている。
そのリズムギターも、そこまで褒められた腕前ではない。
「演奏に関して言えば、ギターヒーローとしての実力を発揮できれば問題なさそう、かな」
そう思うと、少し気が楽になった。
夢は、夢ではない。叶えられる現実なのだ。
メジャーデビューして高校中退!そのためにもギターヒーローとしての実力を発揮できるようにもっと練習を―――
「……あれ?ギターヒーローの動画、最後にあげたのいつだっけ?」
同じ頃、石塚は真剣な表情でベンチに腰を掛けていた。手にはスマホ。画面はロイン。
場所は新宿の西の外れ。公園の東屋だ。
この公園は近くに行きつけの音楽スタジオがあり、コンビニも近い。
練習が終わった後のバンドミーティング、という体裁の雑談の為によく使う。
そして今日も、イレナンのバンドミーティング(仮)が行われていた。
「本日のお題は 『石やんがヘタれて後藤ちゃんを遊びに誘えない問題!』 でっす!」
頼光のよく通る声が公園に響く。
ちなみに、ファミレスなどではなくこのような屋外でバンドミーティングを開く理由は、この頼光の声のデカさである。
それは兎も角
「鬼フェス終わって!ライブ巡りも終わって!体が開いたのが昨日!
ところがこのヘタレは一晩経っても、ロインの一文、電話の一本すら送れておらん!」
「いや、昨日は疲れてただけなんで」
「なら起きてから今までの間に送れたやろ!?」
「朝6時からさっきまで練習してたんで」
「もう!言い訳ばかりして!おかーちゃん、あんたをそんな風に育てた覚えはありません!」
「いつの間にタイに行って帰ってきたんですか?」
絶好調の頼光に、視線すら向けずに石塚が返す。
目はスマホから離さない。
「今、誘う文面考えてるんで、放置して話してもらって構いませんよ」
「このお題の主役が何言ってんねん」
「主役とはいっても目的は、俺のことイジって遊ぶのが目的じゃないですか?
つまり俺が何をしなくても話は進むでしょ?
ここで無抵抗にメール打ってるんでどうぞお好きに」
「つれへんなー。なんかこー、俺らにして欲しいこととかあらへんの?」
「そうですね、黙ってくれると嬉しいです」
「石やんのそういう容赦ないとこ、嫌いやないで?モットモット!」
無視。
「と、言うわけで、勝手にイジっていいってお墨付きが出たわけやけど、何や意見のある奴、おるか?」
手を上げた人物がいた。ジョージ・モリスこと森須定治だ。
頼光と同じ18歳の高校生だが、身長185㎝、体重100㎏近い固太りの巨漢であり、腕を組んで座る姿は、かなりの威圧感がある。
その彼が、そのイメージとは似つかぬ口調で
「拙者思うに―――
『(((壊゚∀゚)))ァヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!ジョージは初っ端から飛ばしてくるなあ( ´∀`)』
「つか、そういうお前とて、なんばガールズん子らと一緒になった時、めっちゃキョドって意識しとったやん」
「あれはトキめいていたのではござらぬ!秘儀・日本語分からん外人の物真似したのにやたら構ってくるギャル共にビビってただけにござる!」
「日本語分からんフリに頼るのはもうやめぇや。みんなもうお前が日本語ネイティブなん知ってて、外人のマネはただのキャラ付けちゅーかネタでやっとると思われてんで?」
即座に話が脱線する頼光とジョージ、そして士則。
その傍ら、先ほどまで黙っていた男が立ち上がった。
百澤綺斗だ。
長いまつ毛と彫りの深い顔立ち。少し小麦色に焼けた肌。士則とは逆の、太陽のような美形だ。
彼は足跡が一直線に並ぶように、踏み出す足のかかとが、反対の足のつま先の延長線上に来る歩き方―――いわゆるモデル歩きをして、石塚の前に立つ。
それから、前髪を手櫛でかきあげるようなポージングをして
「イッシー、文面に困っているね?そんな君にアドヴァイスを授けよう」
「結構です。グラビアやファッション誌の謎ポエムは今日は不要なので」
曲や歌詞を作る時、綺斗に相談すればやや耽美や厨二の風情はあるものの、貴重なアイデアを貰えることがある。だが今回のは普通のメッセージだ。お呼びではない。
しかし断ったはずの綺斗は引き下がらない。
今度は左手を腰にやって、人体の全身をS字構造を強調するかのようなポーズをとり
「まあそう結論を急ぐなよ、イッシー。デートのプランは決まってるのかい?」
「……今日の多摩川の納涼花火に」
「今日!?急すぎへんか?向こうにも都合があるやろ」
「そう、ですかね」
「……いや、ありだね」
断言した綺斗。彼はまた別のポーズをとり
「ドア・イン・ザ・フェイスの一種さ。
軽い感じで 『今日、花火大会があるけど、二人で一緒にどう?』 とでも誘い給え」
そこで綺斗はポージングを変え
「それでYESを貰えれば良し。Noと返ってきても、そこから『他に空いてる日はないか?』と遊びの誘いに展開するのさ」
『(゚ω゚;)キ、キラトの癖にまともなプラン、だと?*゚Д゚)ハッ さては偽物!』
「いや!あの数文ごとにポージングを変えるウザさ、本物にござる!」
肩を竦めてポージングを変えるキラト。
それを見て石塚は思った。
(相変わらず視覚的にうるさい人だけど、この意見は珍しくまともだ)
「じゃあ……」
そう言って、石塚はロインにメッセージを送った。
「居場所が……ネットから私の居場所がなくなる!」
同じころ、ぼっちは焦って撮影の準備をしていた。
久々に見た自分のアカウント。
登録者数は目に見えて減り、コメントも失踪認定や登録解除宣言がチラホラと。
ぼっちの数少ない自尊心、自己肯定の論拠が、崩壊しかけていた。
「動画を今日中に……!撮影……の前にちょっと練習した方がいいな。今からちょっと練習して、何パターンか撮影して、動画編集して……!」
すでに午後。日は傾きつつある。今日中に上げるとしたらそうそうのんびりはしていられない。
……まあ、数か月放置していたのだから、いまさら数日放置したところでどうということはないだろうが、そこは気持ちの問題だ。
機材を出して、曲を選んで、楽譜をDL販売サイトで……などとやっていると
「ロインにメッセージ?こんな時に……!」
見れば送り主は石塚
『久しぶり。今夜、多摩川で花火あるんだけど、暇なら二人で、どう?』
普段はロイン一文送るにも一々悩むぼっちだが、今日は焦燥感に追い詰められていたためか、珍しく即決で
『無理です。ごめんなさい』
と手短に返信。
さて、それより今は楽譜選びだ。スマホの画面を再び楽譜のDL販売サイトに戻す。
「よし。この曲……は青春ソングだからやめてこの曲に!あとはこれを購入してコンビニで印刷して……!」
石塚が膝から崩れ落ちた。
何事かと思って石塚が手に握ったままのロインを覗き込むイレナン面々。
スマホ画面には
『久しぶり。今夜、多摩川で花火あるんだけど、暇なら二人で、どう?』
『無理です。ごめんなさい』
「後藤ちゃん、きっつぅ……」
『石塚と二人は無理、かぁ(ノω<;)』
「やはり
「ふっ……適当なこと言ってごめんなさい」
美しい程の直角お辞儀で謝罪する綺斗に、石塚は蚊の鳴くような声で
「いや、まだ、その、用事があって無理って意味かもしれないし」
「『かもしれない』って言うとるあたり、自分でもそう思えてないって自己申告しとるようなもんやないか」
言われていよいよ瀕死になる石塚。
その時、再びロインの着信が鳴り――――
その少し前、
「うん。いくら急いでたとはいえ、あの文面だと石塚君に失礼かもしれないし」
撮影の目途が立ち、少し冷静さを取り戻したぼっちは、石塚に追伸を送ることにした。
『ギターヒーローの動画の撮影で忙しくて、今日は夜まで手が離せません。
誘っていただいたのに、申し訳ありません』
「送し……」
と、ボタンをタップする直前。ぼっちは止まった。
数秒の静止後、
「にへへっ」
と笑い
「あああ、いやいやいやいや!」
と頭を振り
「けど、だけど……うううううっ!」
と、頭を掻き毟る
「おかーさーん。お姉ちゃんがまた変ー」
「やっぱりお祓いした方がいいのかしらー」
そんな百面相を一通りした後、胸に手を当てて
「―――うん、わからないけど、イヤじゃない」
そう呟いて、文章を追加。
『明日以降なら予定を開けてますので、お誘いしていただけると嬉しいです』
ぼっちからの追伸を見て、石塚は復活した。
同じく覗き込んでいたメンバーも沸き立つ。
「よおおおしっ!まだある!目はあるで石やん!」
『ヤッタ-☆└(゚∀゚└))((┘゚∀゚)┘ヤッター☆』
「この女子、悪女の臭いがするでござるよ。やはりはやめておいた方が無難でござるぞ?」
「ふっ!僕の策に抜かりはなかったな!―――で、イッシー。当然第二の矢は用意しているんだろうね?」
「そうですね」
少し迷った後、石塚は返信を送った。
『ごめん。明日から俺、バイトとかで埋まってて。夏休み明けてからまた何か機会があったら』
「……ですよね。うん。売れっ子バンドだもんね。
こんな芋ジャージを誘うなんて、一度あるだけで奇跡的なことですよね。分かってました。
うん、これでよかったんだ。よく考えれば花火で男子と二人とか、普通に破裂して死ぬし」
口ではそう言いつつも、千切ってしまった蜘蛛の糸をやっぱり惜しかったと思いながら、ぼっちは撮影の準備を再開した。
その日は失った夢をテーマにした曲を撮影、アップした。
真に迫る演奏と、久々のギターヒーローの投稿ということで、結構な再生数を稼げた。
ぼっちの自尊心が、少し回復した。
「このヘタレがあああああああっ!なんでそこでそうなんねん!」
「だって、ここでまた断られたら、今度こそ精神が死んでたんで」
8月末の公園に、新進気鋭のバンドマン達の、年相応なバカ話が響いていた。
つづく
ぼざろロス、今から恐ろしい。
文化祭編以降、どうしようかなあ。
2期アニメが来るまで休むか、原作だけ参考にして進めるか……。
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伊地知星歌・天海恭弥
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