ひょっとしたら後で章の区切りを変えるかもしれません
「あっ、うまく撮れてる」
「おー、いいねー。これ、イソスタにあげるの?」
場所は江の島。名物のたこせんべい屋の前に、結束バンド一行+αがたむろしていた。
そのαであるシュンは、たこせんを手にぼーっと、メンバーの一人を見ていた。対象はもちろん虹夏、ではない。
「あっ、今日はありがとうございました。お疲れさまでした」
猫背でうつむき気味にたこせんべいをかじりながら涙を流しているぼっちである。
シュンの目はぼっちの、さらにその胸元に向けられている。
思うことは一つ。
(デカかった)
STARRYを出発する際、意識を失ったぼっちの運搬役を押し付けられたシュンは、彼女を背中に担いだのだが、
むにゅん
「ぉおう?」
人生において、あまりなじみのない感触が背中に来た。
いや、ひょっとしたら赤ん坊の頃は日常的に触れていたかもしれないが、物心ついてからはほぼ初めてだ。
(いや、た、確かに。ジャージの上からわかる程度にはあったけどよ……)
ジャージにもいろいろある。スタイルを強調するぴっちりしたのやオシャレのも。だがこいつが身に着けているのは、厚手でダボっとした芋ジャージだ。
その厚手の布の上からも存在が確認できるそれが、布越しにシュンの背中に押し付けられている。
(惑わされるな、俺!相手は妖怪ピンクギターだぞ!)
などと自分を叱咤するも、背負った時、座った椅子から起こす時、肩を貸す時、その度に思春期の少年の触感センサーがビンビンとその感触を拾い上げ、シュンの脳に報告する。
落ち着け、落ち着くんだ俺!まず現実は認めろ。この妖怪は妖怪だが実は女だ。それもよくよく見れば確かに結構美人かもしれない。だが、所詮は妖怪だ。
確かに腰も手足も細いし、そのくせ太ももとかはしっかりむっちりしてるし、あ、実は結構いい匂い?香水?コロンか?学校の派手目の女子がつけてる甘ったるい感じとは違う、ビターな感じのシックな芳香が……
(だから惑わされるな俺ええええっ!)
等々。ぼっちが海を見て再起動するまでの1時間半。シュンは延々と懊悩し続けた。
そんなこんなで現在。
「次は江の島ですよー!」
「えぇ……」
「あっ、はい」
キターンと張り切る喜多を先頭として、彼女に引きずられるようにリョウとぼっちが続き、最後尾にシュンと虹夏。
先行3人と距離が離れたところで、虹夏がシュンに近づき
「さっきからぼっちちゃんのこと、見過ぎじゃない?」
「がっ、な、なんのことだよ!?」
耳元でささやかれた言葉に、上ずった声で返すシュン。
そんなシュンを、虹夏は、普段からは考えられないような冷たい目で
「……えっち」
「―――っ!」
精神的ダメージをシュンは何とか耐えきった。石塚なら膝から崩れ落ちていたところだろう。
だが耐えるのに精一杯で、『運べって言ったの虹夏だろ』等といった反論を思いつく前に、虹夏は身をひるがえして駆け出して行った。
「おーい、待ってよー!」
追いかける先の3人に向ける声に、先ほどの険は感じない。追って行って蒸し返すのも封じられた。
「畜生、今日は厄日だ」
トボトボと、シュンはついていく。
「シュンのばか」
虹夏が零した小さな言葉は、誰にも拾われず、波の音に消えていった。
そんな甘酸っぱめの青春模様と同時刻、石塚は深刻な顔で彩人に言った。
「後藤に会うのが気まずいから、何か良いアイデアが欲しい」
「悪い、意味わからん」
「実はこの前……」
かくかくしかじか、と話すのは先日のロインでのやり取り。
「―――というわけで、何かこう、気まずくならないような、良いアイデアはないか?」
「今のどこに気まずい要素があるんだ?」
「……いや、だって、折角『予定は開けてる』って言ってくれたのに」
「実際予定があって断ったんだろ?なんでそれで引け目を感じるんだよ?」
実は直前の『無理メール』で精神力が削れて誘えず『用事がある』と偽った、とは流石に石塚も言えなかった。
「つーか、用事で合えなかったダチと偶然バイト先とかで会うとか、テンションあがるだろ、普通」
「?なんで?」
「いや、なんでって、ほら、『お!偶然じゃん!』みたいな?」
「……?」
ピンとこない石塚に、戸惑う彩人。
陽の民族と陰の民族。異文化コミュニケーションの難しさの実例がそこにあった。
「ともかく、店長がシラスの餌にされないためにも、喜多にロイン送るぞ」
「じゃあ、俺のことは伏せて……」
「どうせここ来たらバレるのにか?」
「これに入って顔を隠せば」
と取り出したのは、完熟マンゴーのダンボール箱。
「どこにそんなのに入って人前に出る奴がいるんだよ」
人前どころかステージに上がった人物がいるのだが、彩人はそれを知らない。
「今更だけどよ。石塚、お前、後藤の事、好きなのか?」
「……なんでみんな、そんな直ぐに気付くんだ。後藤は気づく素振りもないのに」
「
基本的に、石塚は太々しい。積極的に波風を立てるわけではないし、周りに適当に合わせる程度の社会性はあるが、その内面は傍若無人といってもいい。他人に何を言われても、自分で必要と思わない限り、完全にスルーするタイプだし、親しくなれば言動に遠慮が無くなっていく。
ただし後藤ひとり相手だと、過敏なほどに彼女の行動に影響される。
(こんな普通じゃない石塚見れば後藤だって気づく……いや、後藤の前だと常に“普通じゃない石塚”がデフォルトで、“普段の石塚”を知らないのか?
それに、後藤ってどう見てもコミュ障だし……)
それは兎も角
「悪いけど、もうロイン送った」
「!?」
「あっ、返信だ。相変わらずレス早いなあ。
来るって。今エスカレーターで江の島登ってるらしい。降りた頃に迎えに行くぞ」
「お、おま……。ご、後藤は何て?」
「いや、喜多からの返事だけ」
「そ、うか……。彩人、結局、俺は後藤に会った時、どんな感じで行けばいいと思う?」
彩人は、こいつ後藤が絡むとマジで面倒くさいなあ、と思いながら、
「『やあ、偶然だね』とか適当に言っておけよ」
「それでいいんだろうか?」
「おまけに『会えてうれしいよ』とでもつければ喜ぶんじゃね?」
「彩人、お前、それ、喜多にも言えるか?」
「なんでそこで喜多が出てくる」
「彩人は喜多が好き、というか気になってるんだよな?」
「……石塚、お前、なんで後藤以外に関しては、そう鋭い上に無遠慮なんだ」
彩人は、こいつ後藤が絡まなくてもマジで面倒くさいなあ、と思いながら、
「まー、確かに、気にはなってる」
「告白したり付き合ったりしないのか?」
「10秒くらい前の自分に言ってみろよ、それ」
彩人は頭を搔きながら
(まあ、こいつには言ってもいいかな)
石塚は、他人だ。学校や部活のコミュニティの外の人間だ。
なら、普段あまり言えない愚痴や本音を、ちょっとくらい漏らしてもいいだろう、
「……グループ内での空気でさ、前にちょっとトラブって、そういうの、ダメなんだよ」
「実は中学の頃、グループ内で付き合った子達がいたんですよ」
同じ頃、エスカレーターに乗りながら、喜多が話していた。
「最初は上手くいってたんですが、付き合いだしてから相手のいろんな所が見えるようになってから上手くいかなくなったらしくて。
それですぐに別れてればまだ良かったんでしょうけど……」
「同調圧とか、友達の手前、別れたりするのが空気読んでないみたいで気まずくて、とか」
リョウの推測に、喜多は頷く。
「貯めこんじゃったせいで、最後は大爆発して、酷いケンカ別れになって」
それだけで済めば、まだ良かったのだが
「その二人、結構人気者っていうか、グループの中心、みたいな子達だったから、まあ、いろんな方向に飛び火しまして。クラスどころか学年全体が険悪な感じに……」
人気者同士の破局でそれぞれの支持者で二分、という単純な話ではなかった。
人気者は妬みも買う。立場を変わってやろうという敵もいれば、さらにそれに敵対する者もいて……。
「1学期のことで、何とか夏休みに入ってクールダウンしたんですが……7月は地獄でした」
喜多の陽のオーラが反転したかのような、とんでもない闇のオーラ。
心なしか、エレベーターが進む速度も遅くなった気がする。
(ここはブラックホール)
(地雷踏み抜いたかあ)
(ブラック郁代。いや、喜多サンブラックと名付けよう)
(面白がってる場合かよ)
一名除き、沈痛な面持ちの面々の様子に気付いた喜多は、慌ててあえて明るい表情を作り
「に、二学期になったら落ち着きましたよ!
恋愛自粛!みたいな雰囲気になってましたが、クリスマスの頃にはみんな裏でちゃっかり彼氏とか作ってましたし!……約束したんですけどね、作ったら報告するとか……」
「おーい、いくよー。また重力崩壊してるぞー」
「ハッ!ま、まあそんな感じで!友達同士での恋愛ってのはちょっとー、っていうのがありまして」
「あー……確かに、友達同士で色恋沙汰になって、は、後々色々面倒くさそうだよねぇ。
バンド内恋愛もトラブルの元、っていうし」
「そう、だなあ」
げんなりとした顔の虹夏と、思い悩むような表情のシュン。
「そういうわけで、彩人くんとは、ちょっとそう言うのは考えないようにしてるので……」
「おーけー。そういうことなら、ね」
「はい。なので―――ここは後藤さんと石塚君の話にしましょう!」
笑顔で矛先を変える喜多と
「はへぇ?」
完全に油断しきっていたぼっち。
「実は彩人くんのバイト先に、偶然石塚君もいるみたいなんですよ!」
「え、ホント?偶然!」
「な゛っ!?」
手を叩く虹夏と、異音を発するぼっち。
「石塚って、イレナンの?この間、テレビに出たって聞いたな」
「ケーブルテレビの情報番組だっけ?」
「すっごいよねえ。秋田の鬼フェスにも呼ばれたんでしょ?」
「はい!同い年の知り合いでそんなに活躍している人がいるって、なんか不思議な感じですよね。―――ね?後藤さん?」
と、喜多がぼっちを向くと、
「あ、あわ、あばば、つ、つる、吊るされ、火あぶり、処刑……」
「ぼっちちゃんの顔がまた崩れてる」
「ご、後藤さん!どうしたの!?」
「……やっぱ気の迷いだよな、うん」
何かを確かめるように頷くシュン。
そこで丁度、エスカレーターの連結点にまで到達。
行動不能になったぼっちを、シュンは虹夏の視線を気にしながら、胴体に触れないように脇道に寄せて、
「ぼっち、石塚となんかあったの?」
踏み込んだのはリョウだった。
「吊るすとか、火あぶりとか、ただ事じゃないしねえ」
「何かあったの?後藤さん?」
「あっ、はい。その実はこの前、花火に誘われて……」
『えっ?!』
衝撃の事実!ぼっちは夏休みずっとお一人様状態ではなかった!
そのことに、シュンを含めた全員が言葉を失い
「それでその、ちょっと予定があったので、断ってしまいまして」
『はあああああああっ!?』
更なる衝撃の事実。ぼっち、石塚を振っていた!
最初に食い付いたのは喜多だった。目を輝かせながら
「いつ!?どんな風に!?どんな感じで!?」
「え、えっと、一週間くらい前です。ロインで、今日、花火大会があるから二人でどうだ、って。
けど、その日は、ちょっと用事があって無理で……」
「ぼっち、毎日予定空けてたんじゃないの?」
「た、たまたま、その日は急な用事ができたんです。い、いやあ。残念だったなあ、えへ、うへへ」
「んで、その、吊るされるとか、火あぶりとかは何なんだ?」
シュンの問いに、『男子に誘われたけど用事があって断った私』というシチュエーションでやや自尊心を増大させていたぼっちが、一気に萎んだ。
「……石塚君って、今を時めく大人気インディーズバンドじゃないですか?
そのお誘いをぼっちで陰キャの私が断るとか、どう考えても処刑されるとしか」
「いや、流石にない、んじゃないかなあ?」
けれども、火力強めのファンとかがいるかもしれないしなあ、と虹夏は思った。
他方、喜多は目を輝かせた状態のまま
「他の日とか、誘ったり、誘われたりしなかったの?」
「あ、よ、予定を開けてることは伝えたんですが、今日以外は忙しいから無理、と」
「バンド活動も忙しいだろうからね。石塚、今日もバイトで海の家に来てるんでしょ?」
「はい。4日前からずっと、昼前から夕方までだそうです」
「イレナンって売れてんじゃないのかよ?」
「お姉ちゃんも人気バンドだったけど、いつもお金ないって言ってたっけなあ」
なかなか世知辛い。バンドで成功してリッチマン、という夢をぼっち程ではないにしても夢想する少女たちはため息をつく。
いや、今はそんな暗い未来を考える時ではない。それよりも、目の前に転がってるぼっちのコイバナだ。
「石塚君って積極的なのね。ライブ以来のはずなのに、いきなり二人でデートに誘うなんて」
「デッ!?あ、そ、その、それは違うと思います。私なんか、デートになんて……。
あ、あと、ライブ以来では、ないです」
「ライブの後、どっかで石塚くんと会ったの、ぼっちちゃん?」
「あ、いえ。直接会ったんじゃなくて、その、打ち上げの後、帰り道で電話で」
「石塚からかかってきたの?」
「いえ、その私から」
ややテンパり気味のぼっちは、その意味を自覚することなく、何でもないような口調で
「なんか、石塚君の声、聞きたくなって」
沈黙。少しまばらになってきた蝉の声と、観光客の遠い喧騒。
急に押し黙った4人の様子に、ぼっちは少し不安そうに首をかしげる。
4人は目くばせをした後、代表として喜多が、恐る恐る
「それ、石塚君にも言ったの?声が聴きたくなった、って」
「あ、は、はい」
「そう―――ちょっとタイム」
ぼっち以外の4人は素早く円陣を組み
「どう思います?」
「ぼっちのこと?石塚の事?」
「両方です」
「ぼっちちゃんは無意識じゃない?恋愛とかそういうの、まだ疎いっぽいし」
「石塚の方は?」
「そら死んだろ。俺だって虹――もしも!もしも好きな女とかがいて、そいつから夜に『あなたの声が聴きたくて』なんて電話かけられたら、よ」
「まあ、死ぬね。その死んだ脳味噌のまま、花火デートに誘って断られた、と」
「けどその後は後藤さん、予定空けてたんですよね。なのに用事があってデートできないって」
「本当に外せない用事だったのか、高度な恋愛ゲームの駆け引きか……どっちだろ?」
「ヘタレただけだね、石塚だし」
結論は出た。
円陣を解いた四人はぼっちを見た。知らずに自ら荷馬車に飛び乗った食肉用の家畜を見る目だった。
びくっとするぼっちに大して喜多が
「後藤さん、ちゃんと責任取ってあげないとダメよ」
「えっ、そ、それは、そのどういう……」
「そういう所だぞ、妖怪ピンクギター女」
ぼっちに対する評価を少し改めながら、シュンはため息交じりに言ったのだった。
つづく
当方、ぼっちちゃんは魔性の肉体を持つ派です。
というか、芋ジャージの上からでもある程度女性的なラインが分かるって相当では?
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PA・マスター