『皆実君!シフト時間外にごめん!ちょっと教室に来て!』
文化祭1日目。彩人のクラスの出し物はメイド・執事喫茶だ。1日目はメイド喫茶で女子が主体。男子は裏方。彩人は裏方業務の休みに、部活仲間と一緒に文化祭を巡っていた。電話が来たのはその最中だった。
『イレナンの石塚君が、皆実君のこと呼んでるの!知り合いなの!?』
「え?あ、まあ、友達だけど」
『嘘!マジ!?なんで知り合いだって言ってくれなかったの!?』
興奮状態の電話相手と、後ろから聞こえてくる黄色い悲鳴。
「え?アイツそんな人気だったの?」
『そうだよ!とにかく早く来て!』
通話終了。どうしたのかと問う連れに
「なんかクラスに知り合いの石塚……Irrational/Numbersってバンドやってる奴が来て、俺のこと呼んでるみたいで」
「嘘だろ!マジ!?なんで知り合いだって言ってくれなかったんだよ!?」
同じような反応をされた。馴れ初めなどを聞かれそうになったが、今は呼び出し中だ。
「悪い!ちょっと行ってくる!後でな!」
急ぎ足でたどり着いた教室。女子達のやや浮ついた雰囲気の中、アイツはいた。
優雅にコーヒー(インスタント。同じ内容の名前だけ違うメニューが多数ある)を飲んでいる。
周りを見れば、客の中にも石塚が“あの石塚”だと気付いたらしい者がいて、スマホを向けていた。
注意すべきかと思ったが、石塚当人がどこ吹く風と無視しているので言いづらい。
(いかにも慣れているっていうか、芸能人って感じなんだな)
バイトの時はもっとこう、変人だが身近な気がした。しかし今は有名人特有のオーラ的なものを感じる。
「彩人、こっちだ」
石塚が声をかけてきた。それだけで女子の一部が小さく騒ぐ。
少し気後れしながらも、だが無視するわけにもいかない。対面の椅子に腰かける。
「よう。遊びに来てくれたのか?」
彩人は努めて自然になるように心がけて話したが、自分でもどこか上ずったような気がしてならない。
石塚はそれに気づいたか、気づかないか、はたまたどうでもよいと感じているのか。とにかく全く変わらぬ表情で
「ああ、確かにお前の顔を見に来た、というのもあるんだが……」
そこで言葉を区切ると、少し声を潜め
「……それで、メイド服姿の後藤は?」
「当店ではそういう指名制度は用意しておりません」
あ、こいついつもの石塚だ。彩人は少し安心しながら応えた。
結局、ぼっちのシフトまで文化祭を見回ることにした二人。
連れ立って歩くと、秀華生徒からの視線が刺さりまくり、5分に1回くらい
「あ、あの!サインください!」
と呼び止められる。
「ごめんなさい。人が集まっちゃうと迷惑になるから。
明日のライブの後、時間を作るからサインはその時に」
愛想笑いで対応する石塚。海の家でのバイトの時も思ったが、
(普段の時と比べてなんというか、普通だなあ)
と、彩人は少し感心する。
やはり石塚なりに外面というか、そういうのは気にするのだろうか。と尋ねたら、
「面倒だけど、そう言うの怠るともっと面倒になるから」
経験があるのか、すこしげんなりとした感のある表情で言った。
どうやら石塚としては、キャーキャー言われるのはあまり好まないらしい。
などと、人に遮られながらなかなか巡れないでいると、
「えっ、何?」
「コスプレ?すっご」
などというざわめきが、進行方向から聞こえてきた。
それを石塚が
「あ、丁度いい」
と言って足を速める。
「何が丁度いいんだ?」
彩人に答えず、石塚は廊下の角を曲がる。ついていった彩人は、ソレに出会った。
一言で言うと、パリコレだ。
赤と青のツートンカラーのスーツはスパンコールまみれ。足にはシルバーのチェーンがら螺旋状に巻かれている
上半身、スーツの下は何もなし。スーツ直着で程よく鍛えられた胸板と腹筋が見える。
首元には髑髏モチーフのネックレス。さらに肩に派手なファーストールを下げている。
まるでお笑い芸人のような取り合わせだが、着ている当人がめちゃくちゃ派手な美形で、しかも自信満々であるため、妙に様になって見える。
そんな人物は、ポージングをしながら
「やあイッシー!用事は済んだかい!」
やけに通りがいい声でこちらに、というか石塚に話しかけてきた。
思わず逃げたくなる彩人に対し
「いえ。シフトじゃなかったみたいで。今は友達と暇つぶしに見て回ってる所です」
「ならばいっしょにどうだい?」
「是非」
マジかよ!?と彩人は石塚を見て、さらに周りを見渡す。
周囲には遠巻きに人垣根ができており彩人達、というかパリコレ男(仮称)に視線やカメラを向けている。
「さあ、行こうか!イッシー!友人くん!」
キランッ!という音が聞こえそうな笑顔のパリコレ男。
流石に断って逃げ出せるような空気ではなかった。
パリコレ男―――百澤綺斗がモデル歩きで道行かば、人の海が二つに割れる。
まるでモーセの出エジプト記のような光景を、彩人は後ろから、俯き加減で眺めていた。
周りから聞こえるのはシャッター音と、見物人たちのざわめき
「ねえ何あれ」
「カッコイイ、のか?」
「あれってイレナンのキモザワじゃね?」
「ああ、明日ライブする」
「カッコイイ、けどキモい」
「キモいけどカッコいいよね」
「あのキモいセンスを堂々と貫くところがカッコイイ」
など、大半は綺斗が話題だが
「一緒にいるの、キーボードの石塚じゃね?」
「それと……誰?」
「あ、バスケ部の皆実じゃん」
「知り合いなのかな」
同行する石塚と彩人にも、視線がバシバシ刺さりまくる。
彩人はどちらかと言えば陽の側の人間である。バスケ部でも目立つ方であり、注目されることには慣れているし、嫌いではない。
だがこんな上野のパンダ状態は流石に羞恥心が勝る。
石塚はどうしているのかと、俯かせていた視線を隣に向けると
「他の人らはどうしたんですか?」
「ステージの下見が終わった後、ライコウは生徒会の友人や校長へ挨拶に行った」
「マメですよね、そういうところ」
「ジョージやノリは人混みが嫌いだからと帰ってしまったよ。残念だ」
「まあ、そこはいつも通りですね」
と、綺斗の斜め後ろ位を、平気な顔で歩きながら雑談していた。
「おい、石塚」
「何?」
「何って、平気なのかよこの状況」
綺斗が、向けられたカメラにポージングで応えている隙に、小声で問う彩人。
石塚は何ということもなさそうに
「別に。むしろ注目が綺斗先輩に集まるし、綺斗先輩に話しかけてくる根性ある奴もあまりいないから、呼び止められなくて快適だし、問題ないだろ?」
「ま、まあそうだけどさ」
さっきまで5分毎に呼び止められていたのが、今ではすいすい進む。
だがその代償は、先導するパリコレ男と一緒くたにされて注がれる好奇の視線だ。
「他人にどう見られるかとか、実害なければどうでもよくないか?」
「他人つってもここ俺の学校なんだが!?」
「?同じ学校の他人ってだけだろ?」
「……お前、本当に人に興味がないんだなあ」
やはり、バンドなんてやってる奴らは、どいつもこいつも頭がおかしい。
「おーい!イッシー!アヤト!お化け屋敷、入っていかないかい!?」
少し先で、大声でこちらを呼ぶ綺斗。
彩人は頭を抱えながら、市場に引かれる仔牛のように、とぼとぼと向かっていったのだった。
1時間程で、校内引き回しの刑は終わった。
途中、お化け屋敷で腰を抜かした綺斗を担いで運び出すなどのトラブルはあったが、概ねヒソヒソ噂されて写真を撮られるだけで済んだ。
(学校生活的には割と致命傷だがな!)
しばらくいろいろ噂されたり
などと凹みながら教室に戻ると、
「喜多と……結束バンドの?」
「彩人くん、実は……」
「メイド服着せたらぼっちちゃんが、恥ずかしがって逃げたんだって。石塚君達も探すの手伝って!」
虹夏の言葉に、真っ先に反応したのは綺斗だった。
「任せ給えよお嬢さん!さあ、イッシー、アヤト!迷子の子猫ちゃんを探しに行こうか!」
張り切る綺斗はもちろんのこと、後藤関係である以上、石塚は当然頷く。
「……わかった」
校内引き回しの刑、延長。
項垂れながら、彩人も一緒に探すことにしたのだ。
「無意識に嘘をついて逃げてきてしまった」
校舎裏。じめっとくらいゴミ捨て場側の出入り口で、メイド服のぼっちは丸まっていた。
「こんな格好、バンドのみんなや石塚君に見られるとか恥ずかしすぎる……っ!」
こういうのは喜多さんや虹夏ちゃんみたいなかわいい子が着るからイイネがもらえるのだ。自分なんかが来てもイイネどころか低評価、いやグロ画像として動画削除からの垢バン、挙句に『この世にクソみたいな存在を生みだしたで賞』で死刑に処されること請け合いだ。
「こんな時は現実逃避しよう。ネットの世界に逃げ込もう」
スマホでオーチューブを立ち上げる。見るのはついこの間、テストの点数が高校始まって以来の高得点(50点以上)だったことにテンションを上げた勢いでアップした動画。
「やっぱり私の動画のコメント欄は暖かい。優しいコメントしかない」
スクロールしていくうちに、一つのコメントに目が留まった。
『ギターヒーローさんがインディーズの曲って珍しいですね!
原曲調べたら原曲の方もかなり良くって、ついこのIrrational/Numbersってバンドの曲、大人買いしちゃいました!』
浮かれていた気持ちが、少し沈む。
「……やっぱり、凄いよね。石塚君達って」
今回、ぼっちが上げた曲は、イレナンの曲だった。
曲名はimaginary solution。それをギターソロをマシマシに編曲して弾いたものだ。
ぼっちの動画の隣、おすすめ動画としてその曲を歌ったイレナンのライブ動画がある。
音量を絞って、再生してみる。
「―――上手い」
思わず、口から零れた。
リーダーの頼光の圧倒的な歌唱力と、それを支える演奏。
個々の演奏技術については、結束バンドもそこまで負けてないと思う。ただバンドとして総合力を見た時、明らかに差がある。
しっかりお互いの演奏を聞きあって、やりとりし合い、補い合い、高め合っている。
結束バンドと、特に自分との明確な差。
「これが私達と同じステージで歌うのかぁ……」
公演プログラムによれば、午後のトップバッターがイレナン。自分達はいくつかの出し物を挟んで大分後だ。
だがそれでも、同じステージに立つ以上、比較されることは避けられないだろう。
下手な演奏をしたら、腐った卵とか石とかを投げられる。
そして審問官みたいなのが出てきて言うのだ。
『下手な演奏で空気を冷やしたので退学!ただし喜多さんは可愛いので無罪とする!』
「そ、そんなあああああっ!」
などとコンクリートの上で悶絶していると
「ほら、いましたよ後藤さん」
「おー」
「うわゃっ!」
背後から声をかけられ、思わず変な悲鳴を上げるぼっち。
振り返り、反射的に正座をしながら見上げると、そこにいたのは喜多達結束バンドメンバーだった。
代表するように、頭になぜか葉っぱをつけた虹夏が
「ぼっちちゃーん、クラスの子心配してたよ」
どうやら彼女達は、クラスの人達に言われて自分を探しに来ていたらしい。
流石に申し訳なくなったぼっちは、
「ぁ、ゃ、すぃ……」
すみませんと言おうとしても、突然のことで声が出ない。
「ホントにナメクジがいそうなところにいた」
「ゴミ箱とかタンクの中、探した甲斐がありましたね!」
少し呆れた風なリョウと、いつもの笑顔の喜多。
「見つかったって石塚君達にも連絡しないと」
「い、石塚君、来てるんですか?ステージは明日じゃ」
「下見と、あと遊びに来るって言ってたじゃん。メイドぼっちちゃん、楽しみにしてるみたいだよ」
「え?あ、はい?」
石塚君が?私のメイド服姿を?笑いものにするため?いやいや、石塚君は優しいからそんなことしない、と思う、たぶん、きっと。けどならどうして?
首をかしげるぼっちに
「これは……」
「石塚君、可哀想」
「え?な、何か変なこと、言いましたか?」
「いやいや、それでこそぼっち」
「まあ、いいや。早く戻ろう」
よくわからないが、逃げることはできないようだ。
「はいぃ……」
ぼっちは観念して頷いた。
「随分時間がかかったんスね」
「ごめんごめん!いろいろ寄り道しちゃってさ」
そのしばらく後、メイド喫茶で待っていた男子達に、女子組が合流した。
とはいっても、ぼっちはそのままシフトに入り、入り口で看板を持っている。
その扉越しにちらちら見える後姿を、石塚はガン見していた。
「石塚」
「なんだ」
「見過ぎ。ってかせめてこっち見て返事しろよ」
しぶしぶといった風に、石塚はテーブルについた面々の方に視線を戻し
「それで、何ですか?俺は後藤を見るのに忙しいんですが」
「ぼっちちゃんのこと好きだなあ、石塚君」
「けど見ちゃうのもわかりますよねー」
「そうだね!彼女は磨けば光る素材だ。姿勢や表情をトレーニングすれば読モの仕事くらいは誘ってもいいかもしれないね」
「ギャラはいかほどで!?」
綺斗の言葉に食い付くリョウ。
虹夏は、目が和同開珎になっているリョウを宥めながら
「けど、なんか秀華、妙にイレナンファン多くない?」
「確かに言われてみれば……」
虹夏の言葉に石塚も違和感を思い出す。一般客と秀華生の間に、イレナンに対しての反応に明らかな差があった。
「去年秀華で
「そういえばなんで秀華の文化祭に出るの?ノリさんが秀華のOBとか?」
イレナンメンバーでは、士則が最年長で今年19の社会人だ。
喜多の予測に対し、石塚は首を横に振る。
「そうじゃなくて、頼光先輩が……」
と言った所で、入り口側、ぼっちのいた方か
『すみませんでしたああああっ!』
という声。目を向けると
「ああっ!ぼっちちゃんが世紀末的風貌の人達を土下座させてる!」
「何やったんだあいつ……」
呆れる彩人と無言で立ってぼっちの元に駆け寄る石塚と
「おーい、チバちゃんシゲちゃんなに土下座して……へ?後藤ちゃん?ちょ、どないなっとんのや」
よく通り、聞き覚えのある関西弁が、廊下の方から聞こえてきた。
「ま、とりあえずそう落ち込まんと。変顔して突っ立ってる女子高生の口から謎の生き物が出てきてそいつにメンチ切られたら、誰だってああなるて。
ほら、可愛いメイドさんに癒されて元気出そ?な?
―――ってことでみんなお待たせ!石やんとキモやんが迷惑かけとらへんかった?」
席について項垂れる世紀末コンビを慰めてから、頼光は虹夏達のテーブルに戻って来た。
「えっと、大河内先輩、あの人達ともお友達で?」
「ん、おお、そやで。前ちょっと縁があってな」
なんてことがない風に言う頼光に、虹夏は若干引き気味。
一方の石塚はぼっちウォッチを再開しつつ
「先輩。なんでイレナンが秀華の文化祭に出たのか聞きたいそうですよ」
「おん?ああ、そのことか」
ちゃっかり説明を押し付けた石塚。一方の頼光は、これまたなんてことないように
「まあ、特別なことないねん。
去年、ここの生徒会に友達出来てな。頼んだら舞台に乗せてくれることになったから出たってだけ」
「なるほど」
と納得したのは喜多で
「えっと、それだけですか?もっとこう、深い関係とか……」
納得できなかったのは虹夏とリョウ。
虹夏の疑問に頼光と喜多は
「え?せやから友達がおったって言うたやん?」
「それで頼んだら出られることになったからライブをした、っていうのに、何か問題が?」
「これが極まった陽キャか……」
「友達だからって縁もゆかりもない文化祭ステージに出場申し込みとか、強いなあ」
陽キャ側だが常識人成分も高い彩人が関心半分、呆れ半分といった風に言う。頼光は肩をすくめて
「袖振り合うも他生の縁、やで?
まあ、多少無理筋やってのは理解してるけど、あん頃は未確認ライオット目指してたから、文化祭みたいな美味しいのは、無理にでも喰っておきたかったんや」
「美味しい、ですか?」
「ま、その話は長くなるから―――ごとーちゃーん!注文ええかー!?」
虹夏の疑問は脇に置き、頼光はぼっちを呼ぶ。
忘我の彼方から帰還したぼっちは、慌ててテーブルの方に駆け寄り
「ご、ごごご、ご注文は!?」
と聞いてきたので
「後藤ひとり、持ち帰りで」
「石やん」
スパンッ、と、石塚の後頭部に関西人によるツッコミフルスイングが入った。
「ぇ、へ?あ、あの」
「後藤ちゃん、ちょっと待って。こいつ少しバグっただけやから。他の子の注文先に聞いたって」
「は、はあ」
「けど石塚君が暴走するのもわかるなあ」
虹夏はボッチのメイド服姿を改めて眺める。
白い肌に細身。しかし胸は大きくスタイルもいい。顔もいい。目つきは柔らかく瞳は大きく。筋の通った高い鼻。
そんなぼっちに、メイド服は良く似合っていた。
その大きな胸のサイズが理由か、他の子達とは違う胸元が開いたデザインのエプロンドレス。
恥ずかしがって握っているスカートの裾のせいで、ニーソックスと太ももの境がよりしっかり見えるようになっている。
減点ポイントがあるとすれば、警戒するような、怯えるような表情くらいだが、それすらも好みの問題だろう。
「後藤さんはこういう甘い系の服、似合いますね」
「わかるぅ。もっとジャージ以外も着ればいいのに」
「……やはりビジュアル方面で売り出すのも……」
などと女子達が盛り上がっている横で
「おい、石塚。再起動したか?」
「問題ない」
「こっち見て言えよ」
「なぜ?」
ぼっちをガン見。
「まあ、ええやん。暴走したらまた小突いたれば」
「そうですね」
対症療法を提案する頼光と、あきらめて受け入れる彩人。
「あ、な、何か頼んでください!」
「つってもオムライスとコーヒーだけだからなあ、この店」
「そなの?」
虹夏に彩人は気まずげに
「衣装代で予算が。
あと、オプションがあるとすれば……」
と言って指さしたのは、美味しくなる呪文(無料)だ。
「ほほう」
「これは」
「(ガタッ)」
怪しく目を光らせる虹夏とリョウ、そして思わず腰を浮かして、頼光に無言でたしなめられる石塚。
いやな予感というか、確実に来る災厄を知ったぼっちは、小さな悲鳴を上げたのだった。
レビュー
後藤ひとりの「ふわふわぴゅあぴゅあみらくるきゅん。オムライス、オイシクナレー」
Nジカさん「冷凍食品のオムライス」
ヤマDさん「パサついてる」
石ZKくん「卵の味わいとライスの旨味、そしてケチャップの酸味が調和した最高のオムライスだった」
頼3つくん「後藤ちゃんえらい!よーがんばった!」
キラトくん「ダメダメ後藤君!もっと自分の美しさに自信を持たなきゃ!」
AYTくん「この案が出た時は、なんかみんなハイになっててさ。明日の執事喫茶が憂鬱だ」
喜多郁代の「ふわふわぁ☆ぴゅあぴゅあ♪みらくるぅきゅん♡。おむらいすさぁん、おいしくぅ……なぁれっ!(キターン)」
Nジカさん「ケチャップの程よい酸味とソースの甘さが溶け合い、温かい家庭を感じる味に変わった!」
ヤマDさん「まろやか」
石ZKくん「ああ、うん。いいんじゃない」
頼3つくん「喜多ちゃんかわええな!最高!」
キラトくん「Excellent!!自分の魅力を理解し、最大限に発揮できている!実に良い!」
AYTくん「人類誰もがみんなお前みたいだったらよかったのにな」
喜多の魔法に目をつけたクラスメイトにより、数か月ぶりの喜多メイドバージョンが誕生したのを皮切りに、虹夏もメイド化し、リョウに至っては執事コスとなった。
STARRYのバイトで場慣れした新規メイド二人と、俺様営業により世紀末コンビ他からコアな需要と人気を得るリョウ。
喫茶店は大賑わいとなり
「後藤さん、休憩入っていいよー」
「あっ、ハイ」
その裏で、1人のメイドがひっそりとリストラされた。
「じゃ、混んできたし俺らも帰ろか?」
「ですね」
「だね」
彩人もバックヤードに回り、暇になったイレナン3人組は席を立つ。
そのタイミングで、虹夏が
「あっ、ぼっちちゃん。折角だから石塚君達を玄関までお見送りしてあげて!」
そして、すかさず頼光にアイコンタクト。
「……あ、そだ。帰る前にちょっとチバちゃんらと話でもしてくわ。久しぶりやし。
キモやんもどない?」
「そうだね!彼らの時流に靡かぬファッションには、少し興味がわいていた所さ!」
綺斗も虹夏の視線の意図を察したのか、それともただの気まぐれか、頼光に付き合うことにした。
その結果、自動的に
「あー……後藤、玄関まで一緒に、その、どう?」
「あっ、はい。その、ご、ご迷惑でなければ?」
全く以てぎこちなく、ぼっちと石塚は教室を出て行った。
「やれやれ、世話の焼ける二人だねぇ」
「あ、あの!伊地知さん?石塚君と後藤さんってもしかして……!?」
「ひーみつ!――あ、お帰りなさいませお嬢様!」
クラスメイトの追及を軽くかわして、虹夏は接客に戻った。
文化祭の学校を、石塚とメイドぼっちが歩いてゆく。
交わす言葉もなく、近くはない。連れ立って歩いてるとも、ただ同じ方向へ歩いているだけとも取れる距離感。
そのまま昇降口に来た。そこに行事全体のスケジュールが大きく張り出されていた。
2日目。個人ステージの項目に、Irrational/Numbersと結束バンドの名前が記されていた。
足を止めてそれを見る二人。
その背後を、女子の一団が通り抜けていった。
「イレナン、楽しみだね」
彼女らの会話から、そんな言葉が零れて、二人の耳に届く。
「みんなから、楽しみに、されてるんですね」
ぼっちが、口を開いた。
ここに来る途中も、石塚の姿を見た人達が口々に言っていた
「イレナンの石塚だ」
「明日のライブ、がんばってください」
「絶対、見に行きます」
それに対して、結束バンドの名前を聞いたことは、一切ない。
「すごい、ですね。私達なんか、全然で……」
羨ましい、と思う以上に、怖かった。
以前、申し込み用紙を出す前に、保健室でした妄想の焼き直しだ。
かつて想像したのは歓声を受ける虹夏とリョウ、そして喜多。それに対して、歓声の代わりに『誰だお前は』と場違いなものに対するような冷たい視線をあびる自分。
しかし今脳裏に浮かぶのは別の光景だ。歓声を受けるのは石塚達Irrational/Numbers。対して冷たい視線を浴びるのは、ぼっちだけではなく結束バンドのメンバー全員だ。
「私達なんて、誰にも期待されてなくて。そのくせ、調子に乗って文化祭に出てみたりして……」
用紙を出したのは喜多かもしれない。けしかけたのは皆実かもしれない。
だが始まりは自分だ、自分の意志、いや自己承認欲求だ。
その結果、自分がバカにされたり笑いものにされるなら、まだいい。自分の自我が消滅するだけだ。
だがそんな醜くて薄汚い物の為に、虹夏を、リョウを、喜多を巻き込んで、辛い目にあわせてしまう。そうなったらどうやって詫びればいいのか。
「私、どうして……」
うつむき、立ち止まるぼっち。
その彼女の手を
「俺が、期待している」
石塚が引っ張った。
握られた手と、大きくはないが強い声。
顔を上げると、いつもよりずっと必死の表情の彼がいた。
「俺が後藤に、結束バンドに期待してる。――それと他にも、他のイレナンのメンバーとか、廣井さんとか……」
後半、石塚は急に眼をそらし、語調も弱くなったが、何とか持ち直し
「誰も期待してないなんてことはない」
「……なんで、期待してくれるんですか?」
言われ、それでも信じきれないぼっち。
石塚は、迷わず答えた。
「ずっと夢だったから。
中2の時、後藤の演奏を聞いた時から、夢だったんだ。後藤と、同じステージで歌うことが」
「……私、バンドだとギターヒーロー、できてないです」
「それでも、夢だったんだ」
いつか、あの雷鳴と一緒に旋律を奏でる。
「今回は、一緒に演奏するんじゃなくて、ただ対バンするだけだけど、それでも夢にまた一歩近づけるんだ」
だから
「期待してる。後藤の、結束バンドのステージを。あの台風の時と同じで、期待してるし、楽しみにしてるんだ。
あの夕方の時みたいな感動を待ってるんだ」
根拠も何もない、期待の押し付け。
だが、それこそが今の彼女に必要なものだ。
誰にも期待されてないと、冷え切っていた心に、火が灯った。
「あの、ありがとうございます」
少し伸びた背筋で、ちょっとだけ前を見た顔で、ぼっちは言った。
「ステージ、た、楽しみにしててください」
「うん。楽しみにしている」
少し引きつり気味だが、確かな笑顔で言うぼっちに、石塚は頷き―――手を握っていることに気付く。
「す、すまん!」
「あ、いえ、こちらこそ」
手を放して一歩後ずさった石塚と
(急に飛びのくとか、手汗とか気持ち悪かったのかな)
と、勝手に想像して再び凹み直すぼっち。ただしその胸中に、もう明日のライブへの不安はなかった。
「じゃ、じゃあ俺、帰るから」
「あっはい、お疲れさまでした、じゃなくて!その、い、行ってらっしゃいませ、ごごご主人様」」
足早に去る石塚と、会釈してたどたどしい挨拶を向けるぼっち。
そのまま踵を返した彼女の背に、
「それと!その……!―――メイド服、可愛いと思うぞ」
そう言い逃げして、石塚は去った。
ぼっちは振り向いたが、そこにすでに石塚の姿はなかった。
「ぼっちちゃんおかえりー……どしたの?」
教室に戻ってきたぼっち。その様子が少し変だった。頬は上気し、少し興奮気味で
(まさか
何をヤッたかは知らないが、きっと何かしらヤッたのだ。
期待を込めて虹夏が訊ねると
「あっ、その、石塚君に……」
「ふむふむ!」
「ライブ、期待してるって言われちゃって……」
「ふむふむ?」
「が、がんばりましょう!明日のライブ、絶対!」
「……そだねー」
「に、虹夏ちゃん……?」
「ん?ああ!何でもない!そだね、ガンバロウ!」
言いながら、虹夏は思った。
(
……ま、ぼっちちゃんがやる気になってくれたからいっか)
顔が赤かったのも、意気込みで興奮してたからだろう。ぼっちちゃんは色白だから、そういうのすぐ顔に出るし。
虹夏はそう思い直し新たな客への対応に向かった。
その一方、教室の前で看板を掲げたぼっちは、言い逃げされた言葉について考えていた。
『メイド服、可愛いと思うぞ』
(あれ、メイド服のデザインが可愛いって意味だよね、きっと)
自分が可愛いとか、ありえない。
虹夏ちゃんや喜多さん、リョウさんだって揶揄ってるだけだ。
けれど、
(もし石塚君が可愛いって思ってくれたなら、なんて)
想像すると、また顔が熱くなって、胸にまた例の良くわからない感情がやってくる。
嫌いではなかった。
その日、少なからぬ客が 『顔真っ赤にしてカード持ってたメイドさんが可愛かったから』 という理由で入店したが、そのことを知る者はいなかった。
つづく
おまけ
夕方頃、受験に向けて勉強中のシュンのラインに、画像付きのメッセージが一つ。
虹夏 『シュン、受験勉強お疲れ!かわいいメイドさんみて頑張れよー』
なお、添付画像の内容はメイド虹夏の自撮り。シュンは1分程じっと眺めた後
シュン 『人が必死こいて勉強してる所に遊びまわってる写真おくってくんじゃねえよバカ虹夏!』
と返信し、一言呟いた。
「俺も行けばよかった……っ!」
がんばれ受験生
なおイレナンの学年、年齢は
士則 19歳 社会人
ジョージ、頼光 18歳(大久保高校3年)
綺斗 17歳 (紅山高校2年)
石塚 16歳 (大久保高校1年)
という設定です
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後藤ひとり・石塚太吾
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