石塚太吾と後藤ひとり
痛み止めの類を飲むと夢を見る。そういう体質なのだろう。
足の捻挫で貰った痛み止めを飲んだら案の定、夢を見た。
神奈川の中学校。
後藤と自分がいる。
教室で静かにしている後藤。ステージの上でギターを鳴らす後藤。ひとりで俯き加減で帰る後藤。
俺はその隣にいるはずなのに、しかし同時に無限に遠い。
記憶の中の俺は、隣にいるはずの後藤に話しかけない。
どうしてだ?
『嫌われたら困る』
それはそうだ。
あの日、あの時、後藤のギターを聞いた瞬間から、俺の世界の中心には後藤がいる。
彼女は光だ。太陽よりも峻烈な、雷光のような光。
やりたいことも、やるべきことも何もない。ポンと投げ与えられた自由という寄る辺なき牢獄を焼き尽くしてくれた、憧れの少女。
近づきたいと思う反面、もし拒絶されたらと、おっかなびっくり近づいては離れてを繰り返している。
『けれど、本当にいいのか?』
大丈夫だ。時間はある。
『本当に?』
場面が変わる。
中学の頃、クラスの中心だった女子。
彼女が言う。
「後藤さんの連絡先?知らないなあ」
あの時、光は失われた。
残された音楽に、バンドにしがみついてとぼとぼと歩いていると、再び雷鳴に出会った。
その偶然に運命を感じた。もうなりふり構わずでも、見失うものかと、そう思った。
『けれど今は足踏みしている』
そんなことはない。少しずつは進んでいる。
「チャンスの女神は前髪だけしかないんやで?」
頼光が言った。
スマホの画面だ。病院の待合で暇を持て余して眺めていたSNS。イレナンメンバー内限定の鍵アカにアップされた写真。
「後藤先生とおそろいのパシフィカ!」
「今、結束バンドのみんなとマスターの店でエルビス食べとりまーす!」
「いえーい!石やーん!見てるぅ?」
ぶち殺してやろうかこの先輩、という憤怒と、サンドイッチ食べてる後藤かわいいな、という和み。
そんな相反する感情を感じながら、画像アプリでウザイ関西人の存在を消去。
その作業中、こんなことを思った。
後藤と何か一緒に食べるとか、したことないな。
『先を越されたな、廣井さんの時と同じで』
「ファースト路上ライブも、ファーストライブ鑑賞も、ぼっちちゃんの初めては私がもらったんだぞ!」
酒臭い女がケラケラ笑いながら言う。
さらにその女が男に変わった。目元が似ている、自分と同い年の友人。彩人だ。
彩人は口角を釣り上げた邪悪な笑みで
「ヒャッハー!後藤のファースト彼シャツは、俺がもらったぜ!」
いや、これは言ってないだろ。
『だけど彼シャツというシチュエーションを奪われたのは事実だ』
それはそうだ。やはりバスケ部は油断ならない。
『バスケ部だけじゃない。後藤のクラスメイトだって文化祭のライブで、後藤の魅力に気付いているはずだ。』
文化祭ライブの後、電話で彩人と話した。
「ライブの後、後藤の、その、評判とかそういうの、どうなんだ?」
「え?あ、あー……その、アレだ。あまり本人がいないところでこういうのは言いたくないんだけど……」
「……やっぱり、大量のラブレターが靴箱破壊したり、告白待ちの行列ができたりしてるのか」
「ねーよ。そう言うのじゃなくて、なんてーか……『ロックのヤバい奴』って言われてる」
「ロックの、ヤバい奴」
「べ、別にイジメられてるとか、そういう感じじゃないぞ!なんていうか、こう、畏れ敬うって言うか、敬して遠ざけるっていうか……!」
「分かってる。ヤバいくらいギターが上手くて、ヤバいくらい美人で可愛い、ってことで高嶺の花扱いされてるんだな」
「……お前がそれでいいなら、そういう認識でいいよ」
何か含みのある言い方だったが、今の所後藤はフリーのはずだ。
『けれども、いつまでそれが続くかわからない』
……。
『彩人は信用できる。頼光先輩もだ。だけれども後藤の周りには、他にもたくさんの男がいて、つまり選択肢がある』
分かってる。
『分かっていない。分かっているなら、危機感を持って行動をしているはずだ』
分かってる!
『分かっていない!分かっているなら、あの時みたいに形振り構わないはずだ!』
分かってる!!
『そうだ!分かってるはずだ!お前が、俺がやるべきことは―――!』
目が覚める。
「―――」
寝起きなのに、頭は妙に冴えている気がする。
時計を見れば6:34。最近は頼光先輩に付き合う形で5時起きがデフォだったのだが……。
「寝坊、でもないけどな」
普段なら、朝飯の前に宿題なり予習なりを片付けるなりするための時間だが、ガッツリ寝てしまった。知らずに疲れがたまってたのか、痛み止めが効きすぎたのか。
宿題が少し残ってる。急いでやらねば……
「いや、その前に、やるべきこと、やるか」
俺はスマホを手に取った。
通話。
何度かのコールの後、
『あっ、もしもし。後藤です』
「後藤、今、大丈夫か?」
柊俊太郎と伊地知虹夏
「石塚君にデートして欲しい、って言われたんですけど、どういう意味なんでしょうか?」
ぼっちがさらりと言った言葉に、STARRYの時間が止まった。
言われたのはシュンだった。
たまたま配達に来ていたところに、珍しくぼっちから話しかけた。
「あの、実は今朝電話で、石塚君、えっと、知り合いの男子が言ってることが理解できなくて……。
多分、慣用表現?独特な言い回しか何かだと思うんですが……」
朝から放課後までずっと悩んでも答えが出ず、STARRYのバイトの時間になり、いよいよわからず問いかけたのが
「そ、その!同じ男子のシュンくんなら、わかるんじゃないかなって……。
それで、えっと……どういう意味なんですか、これ?」
「いや、どうって……」
助けを求めるように、シュンが周りを見る。
周りにいるのは、結束バンドのメンバー他、星歌とSTARRYのPAやってる女だ。
反応は主に二通り。フリーズするか、目を輝かせるか。
前者は星歌と山田だ。嘘だろ、という表情の山田と、ジュースのストローを咥えたまま完全に動きを止めた星歌。
後者筆頭は喜多だ。目をキターンとさせてぼっちとシュンを見ている。虹夏も似たような表情。PAもスマホをいじる手を止めこちらを見ている。目には楽しそうな光が浮かんでいる。
援軍もなければ退路もない。
ええい、ままよ。
「……普通に、お前とデートしたいってことなんじゃねえの?」
「ははっ、まさか。石塚君みたいな人気者がこんなロックのヤバい芋ジャージとデートだなんてあるはずないじゃないですか?きっと、デートって何かの隠語ですよね?」
乾いた笑い声をあげるぼっちの目を見て、シュンは悟る。
「―――なんか最初から様子がおかしいと思ってたら、脳みそバグってたのか」
10分後。
「ぇぇぇでででえでえええええええとおおおおぉぉぉ
ぁぁぁあああいいいいしづかあああああくんとおおおでえおおおぉぉ」
ゴミ箱の中から、人の声らしき奇妙な物音がしていた。
ようやく自分が石塚からデートに誘われているという現実を受け入れたぼっちである。
シュンと、途中から加わった喜多や虹夏の説得で、ようやく現実を受け入れたぼっちは、ゴミ箱の中ですっかりペースト状の何かになって奇妙な異音を放ち続けている。
「認識は補正できたけど状態は悪化してねえか、これ?」
「ぼっちちゃんのことだし、すぐ元に戻るよ、多分」
ゴミ箱にむかって「ひとりちゃーん!戻ってきてー!」と声をかける喜多を、シュンと虹夏は眺めていた。
零すように、虹夏が言った。
「羨ましいな」
「……石塚に、デートに誘われたのが、か?」
「ん?んー、石塚君に、っていうよりも、なんか、一所懸命な所が、かなあ」
これはあくまで虹夏の想像だが
「石塚君ってさ、ヘタレだけど、すっごくぼっちちゃんのこと、好きなんだよ」
「まあ、江ノ島の時の様子を見るに、だろうな」
「そんなぼっちちゃんが大好きで、けどすっごいヘタレの石塚君が、ぼっちちゃんをデートに誘ったんだよ。
きっと、凄く緊張して、凄く真面目で、一所懸命、命がけくらいのつもりだったんだろうな、って」
そして、それは石塚だけでなく
「そんな石塚君に、ぼっちちゃんも一所懸命、かどうかはわからないけど、とりあえず正気を失ったり液状化したりするくらいに、真剣に考えてる。
そう言うの、すごくいいなって」
恋にあこがれる年上の幼馴染。その表情にシュンは思わず見蕩れる。
「虹夏、俺―――」
と、シュンが我知らず何かを口走りそうになった、その時、
「シュンには無理だね。ぼっ乳ガン見するくらい雑念多めだし」
「っ!リョウ、てめぇいつまでそのネタ擦り続けるつもりだよ!」
かけられた冷や水に、シュンは一瞬冷静になり、次の瞬間には再沸騰。
そんな瞬間湯沸かし器のような少年を無視して
「そろそろぼっちを再起動させないと」
「あ、もうお客さん来る頃か。―――ぼっちちゃーん。いい加減人間に戻ってー」
そう言って、ゴミ箱に駆け寄る虹夏。
喜多と二人でゴミ箱をひっくり返す姿を見ながら、シュンは不承不承ながらリョウに
「わりぃ、助かった」
「後でなんかオゴれ」
「……ジュースでいいか?」
「この間、ぼっちのギター見に行った時、ベースを試奏したんだ」
「そうか、ミネラルウォーターがいいのか」
「すごく良いベースだったんだ」
「コップに水道水汲んできてやるからそれでいいな?」
「シュン」
「いいかげんしつけえよ!」
「虹夏にうっかり告白とか私が赦さん、というかそれ以前に、あっさりかわされて終わる」
「……っ」
「告るんなら覚悟キメて、命かけるぐらいの覚悟でいけ―――そしたら、多分ワンチャンあるから」
そう言って、小さく笑うリョウ。
シュンは不貞腐れたように顔を背けながら
「……ご助言どーも」
「感謝してるならあのベースを!今ならセールで……!」
「だから買わねえっつってんだろ!」
天海恭弥と伊地知星歌
『――で、日曜の午後にぼっちちゃんのデートが決まったわけだ。
その前の日の土曜に喜多ちゃんのコーデチェックが入るんだと』
「後藤さんは愛されてるね」
『単純に色恋沙汰に目がないってだけな気もするがな』
恭弥の言葉に、パソコン画面上の星歌がわずかなタイムラグを以て応える。
フカイプによるインターネット通話だ。星歌は東京。恭弥は今、インドネシアにいる。距離はあれど南北であり、時差はあまりない。
「心配?」
『まあ、ぼっちちゃんが何をしでかすかわからない、って意味では心配ではある』
「だったら、何かアドバイスでもしてあげ―――」
といったところで、画面越しに二人は顔を見合わせる。
『そういや私たち……』
「……デートらしいデート、したことないね」
一緒に出掛けたことはある、というか、高校くらいまでは大体何をするにも一緒だった。
だがそれは
『デートでは、ないなあ』
「バイトだったり、買い物だったり、ライブだったり……まず目的ありきの外出で、こう、デートって感じで出かけたこと、ないよね」
高校まではお互いを異性として認識してたかも怪しい。
逆にお互いを異性として認識した後は、二人連れ立って遊びに行った記憶がない。
『ライブハウス開くのに、全力だったからなあ』
「二人の時間を持ちたいときは、家でゆったりしてたからね。―――あ、コレ、おうちデートって奴か!」
『だとしても、出かけるデートするぼっちちゃんにアドバイス経験値がねぇことにはかわらないな』
「だね」
苦笑する二人。
物心つく前からの付き合いで、結婚までしてなお、お互いに知らないことがあったようだ。
「……次、時間ができたらさ、デート行かない、星歌」
『は?いや、いい年こいて何言ってんだ?っていうか、もう夫婦だろ、私ら。今さらデートなんていいって』
「いいじゃない。何歳だって、夫婦だって、デートにはいくものだろ?」
『だから、いいって言ってるだろ!』
「俺が行きたいんだ」
『………』
「お願い」
『―――チッ!しゃーねーなぁっ!』
不機嫌そうな声音でいう星歌。
口調とは裏腹に、荒い画面の向こうのその顔は、少しうれしそうにも見えた。
「ありがとう、星歌」
海野敦と山田リョウ
敦は困惑していた。いきなり訪ねてきたリョウが久々の不機嫌モードだったからだ。
不機嫌モードのリョウは、無言で敦を正座させると、その膝を枕にして横になる。
無言。目は合わせない。不機嫌だから。
「どうしたんですか?リョウさん」
リョウが来てから何度目かの問いだが、無言継続。
困った。料理が途中なのに。火は止めてるからいいけれど。
そんな、リョウが困っている雰囲気を察したかのように、リョウはようやく口を開いた。
「ぼっちが、石塚とデートするって」
「石塚……というと、あのIrrational/Numbersっていうバンドの人ですよね?
後藤さんのことを好きだって言う」
全てリョウからの情報だ。
リョウは最近、良く喋る。話題は結束バンドやその周辺のことだ。
今までは音楽関係の蘊蓄以外、滅多に口を開かなかった彼女が、ここしばらくはバンド仲間のことを雑談として口にする。
(つまり、リョウさんにとって結束バンドの人達は、そのくらい大切なモノということですが)
では、石塚某がバンドメンバーにちょっかいをかけたから不機嫌になっているのか?
(いや、リョウさんとしては後藤さんと石塚さんの関係を、どちらかと言えば推奨していたはず)
では一体、と考え込んでいると視線に気づいた。
リョウが、いつの間にか仰向けになり、じっと敦を見つめている。
「……石塚から、ぼっちをさそった」
「ああ、そうですか。リョウさんは普段からあまり積極的でないと言ってましたが、その石塚さん、がんばったんですね」
「うん。石塚はヘタレの癖に、がんばって自分からデートを誘ったんだ」
「?はい、そうですね」
「そう、自分から誘ったんだ。ヘタレなのに」
「?」
「―――石塚の方から、デートに誘ったんだ」
何を言いたいのだろうか?敦には皆目わからない。
そんな敦に向けるリョウの目は、普段のフラットなものから、明らかに険を感じるものに変わってきた。
まごつく敦と、睨むリョウ。
先に折れたのは、リョウの方だった。
物分かりの悪い鈍ちんめ、とでもいう風にため息をつきながら
「私はアツシからデートに誘われたこと、ない」
「―――ああ」
言われ、敦は納得する。
(自分からリョウさんを誘ったこと、ありませんでしたね、そう言えば)
いつもリョウがどこに行きたいか言い、敦がそれについていく。
ずっとそんな関係で、デートもリョウが行先を決めていた。
そのことに敦は一切不満などなかったが、どうやらリョウは違かったようだ。
「リョウさん」
「何?」
「今度の週末、どこかに出かけませんか?」
敦の誘いに、リョウは彼の顔をじっと見返して
「ヤダ、面倒」
まさかこの流れで断られるとは。
あっけにとられる敦を他所に、リョウは起き上がって
「晩御飯、なに?」
「えっ、あ、はい。今日はポトフとパン、あと付け合わせにピクルスでも出そうかと」
「じゃあ食べてく」
そう言いながら、ソファに座ると、テレビをネットにリンクさせ、動画を漁り始める。
なぜか、機嫌は良くなったようだ。
(……なるほど。具体的にどこかに連れて行って欲しいとかではなく、単純に誘って欲しかった、と)
まあ、リョウさんの機嫌がよくなったからいいか、と、敦は肩をすくめて台所に向かう。
その背中に
「―――週末、暇なんでしょ?だったら撮り貯めしといたドラマ、消化するから付き合って」
リョウが言った。普段、彼女が敦を誘う時は、大体こんな風に唐突だ。
「さっき誘って、断られたばかりなんですけど?」
「アツシが私を付き合わせるのはダメ、私がアツシを付き合わさせるのはOK」
なんたる暴君。猫の如き気まぐれ。だが
「そういうところ、好きになっちゃったんですよねえ」
「……DVDに焼いて持ってくるから」
「了解です、お姫様。―――ポトフにニンニクは?」
「がっつり」
「はいはい」
週末に、楽しみができた。
そう思いながら、敦は料理を再開した。
大河内頼光と大槻ヨヨコ
「同い年の女子とデートに行くことになったんで、いい感じのデートコースの助言が欲しい。頼めるか?」
イレナンの石塚が開口一番にそう言った。SIDEROSのメンバー達はあっけにとられた。場所は新宿FOLT。
数日前、頼光が新品のギターをもってやってきて、ヨヨコに指導を求めた。
「思うところがあってな!ちょいとギター強化月間ちゅーわけで!」
とのことだ。
「フンッ、しょうがないわね!ただし授業料は高いわよ!」
「嬉しそうっすね」
「臨時収入が嬉しいだけよ。勘違いしないで」
クールぶって言うヨヨコだが、次のレッスンの約束をした時や、帰る頼光を見送る時の表情が、それだけでないことを如実に語っていた。
「けど、それ突いたところで面倒くさいんで、ここは全員、余計なことを言わずに見守るって方針で」
あくびの提案に、楓子や幽々も同意した。
それから数日、レッスンを約束した土曜の午後。
約束通り来た頼光だったが、意外なおまけがついてきた。
「あ、石塚くんだ~」
「珍しいっすね」
「ども」
キーボードの石塚だ。
イレナンの最年少であり、あくび達と同年代の少年。
何かと騒がしいイレナンメンバーの中で物静かでクール、だが時々太々しい。そんなところが主に年上の女性から人気らしい。
「なによ、アンタも練習か何か?」
「いえ、音楽は関係ないことで、少し相談がありまして。―――本城さんにちょっと」
「え?私~?」
「む?ふーちゃんに何か?」
首をかしげる楓子と、彼女の前に出るあくび。
石塚は、彼女達の前に歩み出ると
「実は―――」
と前述のようなことを言い出したのだ。
「後藤、ってあの結束バンドの、ぼっちさんのことっすか?」
練習に行った頼光とヨヨコを除いた4人、石塚とあくび達が、テーブルを囲んでいた。
話題は、石塚のデートだ。
「はーちゃん、結束バンド?ぼっちさん?って誰だっけ?」
「この前EXoutで勉強会した時、廣井さんが連れて来たガールズバンドが結束バンドっすよ」
「後藤は、あの中で一番美人だった子だ」
「肩にすっごいの乗っけてた子ね」
「……ピンクのジャージ着た、髪の長い子がぼっちさんです」
あくびの言葉に、楓子はようやく思い当たった。そう言えば、なんか綺斗さんに話しかけられて、液体になりかけてた人がいたなあ、と。
「で、そのぼっちさんと?デートッスか?なんでまた」
「俺が誘った」
『おぉ……っ』
照れもなく言う石塚に、思わず零れる感嘆の声。
彼女らもまた個性派なれど年頃の乙女、この手の話題には大なり小なり興味がある。
「それで、どういう関係?」
「中学が同じで、後藤がギターを弾いているところを見て―――」
と、石塚が今までの経緯を掻い摘んで話す。
簡潔なレポートのような語り口だったが、バンド漬けの彼女達が欠乏していた、生の恋バナである。
興味津々、たまに歓声を上げつつ、主にあくびが相槌や、補足のための質問をしつつ話は進み……
「―――で、学園祭でライブして、人気がでつつあるのが心配になり、一気に攻勢に出た、と」
「うん。大体そんな感じだ」
「はぁ~、いいなあ。私も恋とかしたいなあ~」
聞き終えて、楓子がため息交じりに言う。
幽々は連れている呪いの人形の髪をなでながら
「で、誘ったはいいけどまさか本当に受けてもらえるとは思ってなくて、いまさらデートのプランをねって右往左往していると」
「……まあ、そうだ」
幽々の指摘にやや憮然と石塚が答えた。
「で、困り果てて相談に……けどなんで私らに?」
「頼光先輩の勧めで。実際、他に相談できそうな同年代の女子とかいないし」
「学校とかにもっスか?」
「……面倒ごとになる気しかしない」
「ああ……」
学校に熱烈なファンというか、ガチ恋勢も相応にいるのだろうな、とあくびは推測した。
なるほど、そこで石塚に意中の女性がいるというのが漏れたら
「まあ、面倒ごとにしかならんスね」
ともあれ
「けどぉ、そのぼっちさんってどんな子なんですか~」
すっかり乗り気の楓子が問う。石塚が答えるに曰く
「ギターだ」
「は?」
「ギターが上手で、ギターが好きで、時間があれば大体ギターを弾いている」
「……え、えっとそれ以外は~」
「それ以外……」
石塚が思い返すのは、夏休みのことや、文化祭の後の長電話だ。
あの時、彼女が言っていたことによれば……
「……江ノ島に、結束バンドの仲間と一緒に来てた。それ以外、夏休み中、バンドの合同練習とバイトとライブ、あとノルマのための路上ライブ以外で、外出はしなかったらしい」
「マジっすか?家で何をしてたとか……」
「ギターの練習だ。休みの日は最低10時間は練習できるから嬉しいと言ってたな」
「じゅっ……」
絶句するあくび達。
彼女達の中のぼっち像が、ヨヨコに並ぶギターガチ勢に固定された。
「……ん?ヨヨコ先輩相当なら、実はかなりチョロいんじゃないっすかね?」
「けど、デートプランって言われてもこまるかな~。何か他に、ギター以外で好きそうなものって心当たりないかな~?ないなら、CDショップめぐりとか、楽器屋さんめぐりとかになるけど~」
「音楽以外……そう言えば、星とか宇宙の動画を……」
と、その時、石塚のスマホに着信があった。
画面を見れば皆実彩人と表示されている。
「ちょっとごめん」
謝って、通話を開始。その数秒後
「……裏切ったなっ!アヤトォッ!」
石塚は激昂した。
皆実彩人と喜多郁代
土曜の午後。彩人は喜多に連れられて、はるばる金沢八景までやって来た。
目的は、ぼっちのデートコーディネートである。リョウと虹夏はバイトで不参加。男の彩人が誘われたのは、
「やっぱり男子の視点も大事じゃない?それに、石塚君のこと良く知ってるのは彩人くんだし!」
との理由だった。
とはいえ、彩人は自身も含めそもそも今回の訪問の必要性に疑問をいだいていた。
いくら後藤とはいえ女子だ。デートに向けて最低限の身だしなみは整えるだろう。
という彩人の見解に対し
「ひとりちゃんのことだから、きっといつものジャージに星型のサングラスをかけてくるに違いないわ」
というのが、ぼっち生態学の権威、喜多博士の意見だった。
いや、まさかそんなことはないだろう。
そう思いながら喜多に付き従い、後藤家に着いた彩人は、
「が、がんばりましたっ!」
と、珍しく自信ありげな後藤に遭遇した。
ゴリゴリのヒッピースタイルだった。
ヘッドバンドにサングラス。防御力でも高めたいのか、手提げかばんに無数の缶バッチ。腕にはライブのバンドが無数。
喜多の予想の当社比200%増しである。
「ひとりちゃん。お母さんが買ってきた服、着ましょ?」
「え、で、でもぉ」
「今すぐ、着ましょ?」
「ヒャイ」
喜多サンブラックの圧に負けて、奥に連行されるぼっち。
待っている間、ぼっちの妹であるふたりと飼い犬のジミヘンから
「ねーねー、お兄さん、きたちゃんの恋人?」
「わんわん!」
など絡まれるのを適当にあやしていると、
「あの、着てきました」
「……おお……」
彩人は思わず言葉を失う。
文化祭である程度はわかっていたつもりだが、なるほど、素材だけはいい。
白のセーターと、ダークカラーにピンクの差し色が入ったフレアスカート
「あとは靴とか靴下とか小物とか、今からそろえに行きましょ!
ついでに美容院で前髪とか切れればいいんだけど……」
「む、無理です!むむむむむむむむむむむむっ!」
「……まあ、また死んで粒子化されると困るし、そこは妥協しましょう」
「死ぬとか粒子化とか、意味わかんないんだけど……」
けど後藤だしなあ、と思いながら、張り切る喜多とすでに死にそうなぼっちについていく彩人。
「目指すは横浜!」
そこで勇者ぼっちの装備を整え、魔王石塚とのデートに備えるらしい。
軍資金は
「あっ、そ、その一応、ありますっ!」
とのことだった。
だが、駅に差し掛かったところで、重大な問題が発生した。
「む、無理です!わ、私みたいなコミュ障の陰キャのミジンコがこんな格好で電車とか乗ったら、法で罰せられる!」
「いや、そんな法律ないから」
「ひとりちゃーん、がんばれー」
彩人に引っ張られ、喜多に励まされ、どうにか横浜までたどり着いたぼっちだが、誰かの視線を感じる度に、あるいはすれ違うたびに、一々了解不能な恐怖に身をすくませる。
「……石塚とのデートってどこだ?」
「まだ具体的なことは決まってないらしいけど……新宿か下北じゃない?」
「無理だろ。この分だと横浜より向こうへ行くまでに、後藤、死ぬぞ」
「死ぬのはいつものことだからいいけど、そのまま列車に運ばれて行方不明になるかも」
作戦変更だ。
「私はひとりちゃんを少し休ませるから、彩人くんは石塚君に連絡して、デートは金沢八景周辺にして、ってお願いしておいて」
「了解」
ぼっちを休憩させようと、手近な飲食店に引っ張っていく喜多。休憩の為にと選んだ飲食店がスタパだったためか、ぼっちが入店の際に断末魔のような悲鳴を上げたが、コラテラルダメージとして諦めてもらおう。
彩人は石塚の番号にコール。
「もしもし、石塚?俺今、後藤の服を買いに来てるんだけど」
『……裏切ったなっ!アヤトォッ!』
「―――うん、そういう反応が来るのは分かってた」
『分かった。デート先は金沢八景周辺限定だな。あそこは中学の頃いたから、大体わかるし問題ない』
誤解はあっさり解け、デート先についての同意も得られた。
「良かったのか?」
『どちらかというと助かった。正直、デートプランに悩んでたから、場所が決まって選択肢が減るのはありがたい』
「ノープランで誘ったのかよ」
『……ほぼほぼ勢いだったから。あと、後悔したくなかったし』
「そっか」
羨ましい、という感情が彩人の胸裏に浮かぶ。
それを見透かしたように
『彩人は喜多さんに告白とかしないのか?』
「江ノ島で言ったろ。喜多は友達同士の恋愛とか、イヤがってるって」
『お前は別に嫌じゃないんだろ?』
「……無理強いしろって?」
『彼女が嫌なら普通にお前がフラれるだけだろ』
「……喜多が気を使って、好きでもないのに告白受けるかもしれないじゃないか」
『だったら彼女が付き合っても後悔せずに済むよう努力すればいい』
「―――随分、絡むじゃないか。デート取り付けて調子乗ってんのか?」
険のある声で彩人が言う。それに対して、いつもの石塚は変わらない口調で
『それもあるかもしれないけど、それよりも、俺はお前に後悔して欲しくない。
俺は、後悔しないために後藤をデートに誘ったし―――そのデートで告白するつもりだ』
電話の向こうから、何か女子の黄色い声のようなものが聞こえた。
「お前、人に聞かれた状態でソレ、言い切るのかよ……」
『他人はどうでもいいだろ?それより今はお前のことだ』
石塚は続ける。
『中学の頃の喜多さんがどうだったかは知らない。だが今の喜多さんについては多少は知ってるし、多分、中学の頃とは違うというのは分かる』
「何が違うんだよ」
『彼女は選べる。学校の外を』
中学の頃の喜多は、学校という狭い範囲が世界の全てだった。だから―――
『中学の、友達グループ内が乱れた時、逃げ場がなくて大変な思いをしたんだろ?』
だが今は結束バンドが、自分の居場所が学校以外にもある。
『たとえお前をフろうが、付き合った後に手酷く破局しようが、それで学校の交友関係が荒れまくろうが、その時はバンドに逃げ込めばいいだけだ』
「喜多がそんな無責任なこと、できると?」
『ライブは一度バックれたぞ』
「ぐっ」
『それに惚れた腫れたは当人同士の問題だろ?周囲がそれで騒ぐことにまで責任なんてない。面倒だけどな』
「その面倒ごとを、普通は重視するんだよ」
とはいえ、石塚の言うことにも一理あると思った。
「中学ん時のことを理由に喜多に告らないのは、気遣いじゃなくて言い訳だ、って言いたいのか?」
『そこまでは言ってない。喜多さんはその頃とは違うだろうし、告白されて受けるかどうかを決めるのは喜多さんであって、お前が余計な気を回す必要はないだろ、ってことだ。
その上で訊くぞ、彩人』
「なんだよ」
『喜多さんに告白しないままでいて、別の誰かにかっさらわれたとして、お前は後悔せずにいられるか?」
「―――」
『俺は後悔すると思ったから、デートに誘うことにしたし告白すると決めた』
「それでフられたらどうなんだよ?」
『凹む』
シンプルな一言に、彩人は思わず笑ってしまった。
「……ありがとな。参考にするわ」
『うん。……じゃ、連絡ありがとう。後藤にもよろしく。……手を出すなよ』
「おう」
そう言って、スマホを切る。
喜多達を待ちながら、石塚との会話を反芻する。
そうしていると、
「彩人くーん!」
喜多がいつものような笑顔で駆けて来る。
後ろには、多少持ち直したぼっちがいる。
喜多の笑顔を見て、彩人は思った。
(ああ、石塚の言った通り、もう違うんだな)
中学のあの頃、ギスギスした友人達を取り持とうと必死で、空回りし、時に傷つけられながらも、無理やり笑顔を作っていた喜多。
あの頃とは、もう違うのだ。
だとすれば
「……告ってフラれても、自分が凹むだけ、か」
それは極論だ。フる方だって気まずいだろうし、周りの人間関係にも波及するだろう。
だがそれでも、一番喰らうのは間違いなく自分だ。そう考えると大分気楽になる。
「ひとりちゃんも大分復活したし、これから……彩人くん?どうしたの?」
「……いや、ちょっとな。―――後で時間、あるか。話したいことがあるんだ」
「いいけど、何?」
「ちょっとな。それより、まずどこを回るんだ?」
「そうね、まず靴と、それからコスメ用品を」
「ひぃっ!」
そのラインナップを聞くだけで悲鳴を上げるぼっちを引っ張りながら、二人は横浜の街に繰り出した。
高清水律志と廣井きくり
日曜の朝。自宅の台所で律志は野菜炒めを作っていた。量は2人分。
米は炊けている。味噌汁もできている。
(そろそろ起こすか)
と思っていると
「ぅ~、ぉはよぉ~」
リビングのベッドの方から廣井が来る。
素っ裸にタオルケットを巻き付けて
「りっくん、おにころ~。それとぱんつ~」
「俺は酒でも下着でもない。―――酒はないぞ」
「え~!けちー!私、昨日から飲んでないんだぞぉっ!」
「そのまま禁酒してみたらどうだ?
―――それと、着てきた服は一式全部洗濯機の中だ。替えのはいつもの場所にある。
もうすぐ朝飯だ。服着てこい」
「は~い」
廣井は渋々脱衣所に向かった。
下着の上に、律志のシャツを羽織って廣井は戻って来た。
「着替えのスウェットがあったはずだが?」
「いやあ、こっちのが着心地いいし、きっくんの臭いもするし」
「……好きにしろ」
「あ?照れた?ねえ、照れた?」
「やかましい」
言いながら席に着く。
「いただきます」
と、味噌汁を一口啜った廣井は、
「ああ~、日曜の朝にちゃんと起きて朝飯食べるとか、真人間になったような気がするぅ」
「その程度で真人間になれるなら苦労はないな」
「これで酌の一本でもあれば最高なんだけどなあ」
「一瞬で真人間の道から外れたぞ」
律志は野菜炒めを箸で摘まみ上げご飯に乗っけてさっさと掻き込み食事を済ます。
食器を片付けながらまだ食べている途中の廣井に
「服が乾いたら買い物に行くぞ」
「おにころ?」
「違う。冬服だ。マフラーとか。君が今着ている服も大分擦り切れているからな」
先ほど洗濯機から乾燥機に移し替えたワンピースは、すっかり擦り切れところどころ布が薄くなっている。
「買い物行くならやっぱまずおにころ必須じゃん」
「どういう理屈だ」
「だって知り合いに、朝っぱらからきっくんと素面で歩いてるところ見つかったら、『あ、こいつら昨日エロいことしたな』ってバレるじゃん!」
酔っている時にセックスしない。酔った廣井に絡まれ、性的なネタでの
「流石に私でもさ、ちょっと恥ずかしいし」
「午前中から泥酔している姿を見られる方が恥ずべきことだと思うがな」
価値観の相違という奴である。
ともあれ
「お金ないからいかない!」
「立て替えてやる」
「そんなお金あるならおにころ買って!」
「……晩酌には付けてやる」
「ヤッター!イェーイ!」
結局折れた律志は、淹れた茶を持ってくる。廣井の分と自分の分。
乾燥機が服を乾かすまで、もう少し。
テレビをつけ、日曜朝のワイドショーを眺める廣井。そんな彼女の横顔を見ながら、不意に律志は行った。
「廣井、一緒に暮らさないか」
「―――ごめん、まだ無理。覚悟決まんない。
りっくんとこれ以上近くなっちゃうと、私、多分りっくんなしだと、ホントに生きられなくなるまでハマっちゃうと思うし」
「問題ないだろ。俺は生涯、君と一緒にいるつもりだ」
「そーいうとこ、りっくんて、お酒より質が悪いよね」
「心外な評価だ」
電子音が、脱衣所から聞こえてきた。乾燥機が止まった音だ。
廣井は立ち上がって脱衣所に向かう。
「じゃ!服着たらデート、行きますか!ちゃんとエスコートしてよね~」
さっきまでの雰囲気を感じさせない口調でいう廣井。話は終わり、ということだろう。
「またフラれたか」
冷めた茶を一気に煽る。
人心地ついた律志は、デートと言う単語であることを思い出す。
(そう言えば、今日の午後は石塚も後藤君とデートだと言っていたな)
昨日の夜、石塚を囲んだイレナンメンバー達が、助言とも妨害ともつかない意見を出し合いながら、デートプランを練っていたのを思い出す。
「大丈夫だろうか、あの二人は?」
マスターとPA
「まあ、大丈夫だとは思うんですけどねえ」
午後、御茶ノ水のレコード喫茶で、STARRYのPAがスマホを弄りながら気だるげに言った。
話題は、今頃待ち合わせしているであろう石塚とぼっちのデートについてだ。
「星歌さん達は心配してましたけど、ぼっちちゃんも石塚君もお互いのことを憎からず思ってるのは明らかですから。
デートその物に大失敗しても、時間が経てばいい思い出になりますよ、絶対」
「それは経験則かい?」
「残念ながら一般論でーす。
私の意中の人は、デートに誘ってくれたことも、誘いに乗ってくれたこともないので」
「おやおや、君みたいな魅力的な女性を袖にするとは。そんな奴、捨ててしまえばいいのに」
「そうしたいのは山々なんですけど、あまりにも魅力的すぎて離れられないんですよ」
「困ったもんだ」
そう言って、グラスを磨き続けるマスター。
PAは小さくため息をつく。
マスターがつれないのは、いつものことだ。この8年間、ずっとそう。歳の差を理由に躱され続けている。それも覚悟の上で、今でもこうして恋焦がれているわけだが、
(デート、いいなあ)
だが、ぼっち達を見て、思わず思ってしまうのだ。自分もマスターと一緒に、どこかに出かけてみたいな、と。
「私も、デート行きたいな」
小さく、誰にも気づかれないように漏らした本音の言葉。
それはレコードの音に消され、誰にも届かず消えた。
消えた、はずだった。
「よければ、どうだい?」
うつぶせのPAにマスターが一枚のフライヤーを差し出した。
「……紅茶、品評会?」
「店で出す紅茶の品定めもかねて、毎年行ってるんだ。良ければなんだが……いっしょにどうだい?」
「―――っ!行く!行きます!」
言われたことの理解に数秒。その後、PAは差し出されたフライヤーを手に取って、笑顔で言った。
ゴリゴリにピアスをつけた、ダウナー系のメイクをした女性の、童女のような嬉しそうな笑顔。
それを見ながら、マスターは思う。
親子ほど離れた歳の子相手に、私は一体何を思い、何をしているんだか。
「まったく、困ったもんだ」
柱時計が鳴る。午後二時。ちょうど、石塚とぼっちの待ち合わせの時間だった。
「お、おおお、お待たせしました!あのっ、でででデートの前に!その、ちょっとお話できませんか!?」
つづく
頼光ヨヨコパート、もっとヨヨコ成分増やしたかった……。
真第一部最終話は近日中に!