ラブソングが歌えない後藤ひとり版、出ないかなあ
午後2時、10分前。
約束の時間より少し早く、金沢八景駅の東口。壁を背にして石塚は立っていた。
小春日和の午後。日陰は冷えるが日向は海風を涼しく感じる。
「お、おおお、お待たせしました!」
待ちかねた声がした。
見ると、そこには普段と違った装いのぼっちがいた。
白のセーター。ダークカラーを基調としたフレアスカート。ピンクの差し色が印象的。
履いているスニーカーは卸したて。唇にはカラーリップが乗っているのか、いつもより少し鮮やかに見える。
いつもと違う格好のぼっちは、いつものようにおどおどしながら
「あのっ、でででデートの前に!その、ちょっとお話できませんか!?」
返事がない。
恐る恐る顔を上げて石塚を見るぼっち。
その視線の先で、石塚は固まっていた。
口をぽかんと開けたまま、ぼっちを見ている。
「あ、あの……や、やっぱり、変ですよね……は、はははっ」
ぼっちは半泣きで、卑屈な笑いを浮かべる。
私なんかがこんな格好するなんて、いくら優しい石塚君でもドン引きするに決まっている。
こういうのは、喜多さんや虹夏ちゃんみたいなかわいい子がするから良いのだ。
喜多さんは可愛いくて服とかのセンスもあるのに、どうして私にこんな格好をさせて『似合う』だの『可愛い』だの頓珍漢なことを言うんだろう?
皆実君は『石塚ならその場で崩れ落ちる程度には喜ぶと思うぞ』とか言っていたが、きっと惨めな私を気遣って言ってくれたに違いない。
私みたいなのがこんな格好をしたところで……
「可愛い」
「はへっ?」
被害妄想の海に沈みかけたぼっちの意識が、石塚の声で引っ張り上げられた。気づけば石塚はすぐ目の前にいた。
彼の顔がいつもより赤くみえるのはなぜだろう?
そんなことを考えるぼっちに、石塚は繰り返す。
「いつもの格好も悪くないけど、今日は、その、特別可愛いと思い、ます……」
照れくさそうに眼をそらす彼。
「あ、その、あ、ありがとう、ございます……」
ぼっちもなんか温かいような、むず痒いような気持になって、同じように眼をそらした。
(可愛いって、石塚君がそう思ってくれてるって、信じてもいいのかな?)
そんな風にまごまごすること数十秒。
先に非積極的な均衡を破ったのは石塚だった。
「後藤、その……なんでギターを?あとアンプだよな、それ」
石塚が指したのは、ぼっちの背と、そして手に持たれたアイテムだ。
デートには似つかわしくない、音楽用のセット。
「あ、これは、お、お話しするときに、ちょっと―――あの、一曲、聞いて欲しい曲があるんです」
ぼっちについて歩いていくと、小さな神社にたどり着いた。
コンビニのある角を入って、突き出た岬の先に短い橋と神社がポツンとあるだけの小さな島。
「あ、ここでお姉さんと会ったんです」
あまり人も来ないので、独りで落ち着くのには最適なのだと、ぼっちは言う。
鳥居の手前。
小さな階段を観客席として石塚を座らせ、ぼっちはポータブルアンプをセッティング。
きょろきょろと、自分達以外がいないことを確認した後、か細く、けれど精いっぱいに張り上げた声で
「あ、そ、それでは聞いてください!け、結束バンドで 『ラブソングが歌えない』」
そうして、ぼっちは弾き語りを始めた。
恋の歌だった。
だが、それは誰かに向けた歌ではない。
恋を知らない少女の歌。
恋が何かもわからず、面倒くさいと思いながらも、しかし恋に焦れもがき苦しみ、叫ぶ歌。
嫌だと言いながらも、ラブソングを歌いたいと願う、恋を知らない少女の歌だ。
ギターは上手い。客が石塚だけのソロ演奏であるためか、ほぼギターヒーローとして実力が大分出せている。
対して歌は、技術的には拙い。音程は合っているが声量が追い付かない。
だがその声音には真に迫るものがあった。
心の内を、感情や悩みを、全力で吐き出しぶちまけるような、掠れた声で、愛を問う歌。
叩きつけるような歌詞と、最後の一音。曲が終わった。
「はぁ……はぁ……ありがとう、ございました」
息を切らせてお辞儀をするぼっち。
石塚は拍手をしながら
「すごく良かったとおもう。曲も演奏も、それから歌も、凄く良かった。刺さる感じがした」
「えっ、あ、ありがとうございます」
「けど……」
「!?な、何か、問題が?」
やっぱり陰キャの自分が歌うとか、企画自体が大失敗だったか?
そんな風に思ったぼっちだが、石塚が指摘したのは演奏自体ではなく、
「―――ギャラリー、大分増えてるけど大丈夫か?」
ぼっちから見て左手、道路側。10人近い見物人が、二人を、というかぼっちを見ている。
「かっけー」
「何?路上ライブ?」
「練習かな?」
「てか、あの女の子めっちゃ可愛くない?」
「ギターも上手かったし、アイドルとかプロのバンドの人かも」
などなど。見れば、スマホを向けている人までいる。
「は、ひ、ほ、へ、ふ……っ!」
「―――とりあえず、逃げるか」
そう言って石塚は、左手でアンプを拾ってギターバックを抱え、右手で過呼吸気味のぼっちの手を取ったのだった。
「はぁっ……かひゅっ、ぜひゅぅ……」
「ハァ……ハァ……ご、ごめん。急がせすぎたか?」
「い、いぇ……っ、だ、大丈……げはっ!」
神社からほど近く、海沿いの高架下の石ベンチで、二人は疲労困憊と言った風に息を整えていた。
距離にして300メートルもないが、陰キャのバンドマンにとって、全力ダッシュをするには過酷な距離だ。
ぼっちが復帰するのを待って、石塚が言った。
「改めて、凄く良かったと思うぞ。あの演奏」
「あ、そうですか?結束バンドの新曲で、か、歌詞は私で、作曲はリョウさんで。つ、次のライブで完全版をお披露目する予定です」
「そっか。聞きに行く。―――今度はノルマ、貢献するから」
「は、はい。ありがとうございます!」
「それで、それが言いたいこと?」
「ぁ、ぅ、は、い、い、いいえ!その、違いますっ」
一瞬、そういうことにしちゃおうか、と思ったぼっちだが、その弱気を飲み込んだ。
言わなくちゃいけないことがあるのだ。それは、
「あの曲が……今の私の、気持ちなんです」
がんばれぼっち!と、ぼっちは自分を鼓舞しながら
「石塚君は、その、わ、私の事、好き、なんです、か?」
石塚は、江ノ島での彩人の言葉を思い出した。
『気づかない方がどうかしている』
なるほど。まあ、特に隠していたわけでもないし、バレるよな、と思った。
石塚自身にも予想外なことに、妙に落ち着いた気持だった。
今日、告白するつもりで覚悟を決めていた、というのもあるが、
(好意が伝わってたってのが、なんか少し、嬉しいかもしれない)
自分の想いが届いていないわけではなかった。そう思うと少し報われた気がする。
そんなことを考えていた石塚の沈黙をぼっちは
(あ、呆れられてる!?)
と誤解。一気に血の気が引く。
「ごごごごめんなさい!その!思い上がってました!
そうですよね!私なんて棘皮動物以下のナマコ女子が石塚君みたいなイケてるバンド男子から好かれてるとか、そんなの妄想の中だけにしておけって話ですよね!
すみません!今から入水して頭冷やして―――」
「うん。好きだよ」
海に還ろうと柵に手をかけた自称ナマコ女子に、石塚が言った。
「石塚太吾は、後藤ひとりのことを好きです」
まっすぐに、少女の目を見て、少年が言った。
少女は、乗り越えかけていた策から手を放し、ふらふらとベンチに戻って腰を掛けて
「は、はい、その、はい」
顔を赤くしてか細い声で言う。
その隣に、少年も腰を掛けた。間には、一人分程のスペース。
顔を赤くして俯いて座る少女。
同じく顔を赤くして、遠くを見るように顔を上げて座る少年。
列車の音。波の音。車の音。遠くの喧騒。
無言を終わらせたのは少女だ。
「あ、あの。い、今からすごく、自分に都合のいいこと、言います」
「うん」
「その!ひょっとしたらすごく不快に思ったり、怒ったりするかもしれないですけど、さ、最後まで聞いてください」
「うん」
静かにうなずく少年。
少女は呼吸を落ち着かせてから
「……わからないん、です。恋とかそういうの」
それは、歌の内容そのままだ
「私、高校まで独りぼっちで、友達も、家族以外に話す人とかも、いなくて。
高校になって、虹夏ちゃんに声をかけてもらって、リョウさんや、喜多さん、結束バンドのみんなが、友達ができて、すごく楽しかったんです。
それに、石塚君とも話すようになって、やっぱり楽しかったんです」
「俺も?」
「はい。石塚君は優しくて、頼りになって、話も聞いてくれて、その、話しやすくて、一緒にいて楽しいだけじゃなくて、安心できて……えっと、何言ってんだろ私?と、にかくそんな感じなんです!」
「えと、うん。嬉しいよ、ありがとう」
「あ、いえ、こちらこそ?―――えっと、どこまで言ったっけ?えっと……」
少女は混乱気味になって言葉を探す。どうにか話したいことを改めてまとめるのに、大分時間がかかってしまった。
そのことで、少年が苛立ったりしてないかと思って隣を盗み見る。
少年は変わらず穏やかな表情で、少女を待っている。
「やっぱり、石塚君は優しい、ですね」
「誰にでもじゃないよ。後藤にだけ、特別」
「特別、ですか」
「どうしたの?」
「……私、分からないんです。石塚君が特別なのか」
悲し気に、不甲斐なさそうに少女は言う。
「好きな人って、その人にとって、特別な人ってことですよね。
石塚君のことは、確かに好きなんだと思います。けどそれが恋なのか、特別な“好き”なのか、分からないんです」
虹夏と話す時も安心する。喜多と話す時も楽しい。リョウも――たまに変な言動はあるが――頼りになる。
「みんなへの“好き”と石塚君への“好き”が、同じなのか、違うのか分からないんです」
ギターを始めた時と同じだ。
最初は他の人の演奏を聴いても、表現の違いどころか、上手いか下手かすらよくわからなかった。
色んな曲を聞き、自分も弾くようになり、ようやく微細な音色の違いが分かるようになってきた。
自分の心の琴線が鳴らす音の種類が、少女にはわからない。
「だから、今の私に、石塚君の気持ちに答えることが、できないんです」
セッションと同じだ。送られた音に、正しい音を返さねば不協和音になる。
「友達としか見れないってことか?」
「ち、違くて!その!最近は、ちょっと違うかもって思って、けどよくわからなくて、だけど!えっとっ!じ、時間が欲しいんです!」
それは身勝手な提案だった。
全身全霊の、本気の少年の告白に、保留という返事を返す。
少女は思う。
何て自分は酷い奴なのだろう。なんて無様なんだろう。
だがだからこそ、せめてもの誠意として、今の自分に言える精一杯を言おう。
そう思い、か細い声を張り上げて、少女は言う。
「私は、まだ恋とか愛とかわからないけど!もしっ、もし恋をするなら、石塚君がいい!だから、待っててください!」
それが、今の少女の精一杯。
文化祭のライブの時のような、自分の呼吸しか聞こえない時間。
長かったような、短かったような、そんな間をおいて、少年は、石塚は言った。
「分かった。待つよ」
「え?……い、いいんですか?」
「うん。待って欲しいんでしょ?なら、待つ」
信じられない、という風なぼっちの確認の言葉に、石塚は再度頷いて
「まだ俺は、後藤のこと、好きでいていいんだよな?」
「あ、はい、そのす、好きでいてくれていいです」
消え入りそうな声でいうぼっちに、石塚は小さく笑って
「じゃあ、今まで通りだ」
「……はい」
まただ、とぼっちは思う。
また名前も知らない感情が胸に去来する。
この感情が恋ならばいいと思う。けれどその感情はまだ小さくて、良くわからなくて、そうだと言い切る確証も勇気も持つことができない。
(けど、いつか……)
もし、この感情が本当に恋とか愛とかいうものだったのなら
(私から、好きですって言おう)
そう、ぼっちは心に誓った。
そんな風に思いを巡らしているところに、石塚が
「後藤、それで、今日のデートなんだけど……」
「あっ、はい!そのことについてなんですが、もう一つ、言わなくちゃならないことが……!」
「何?」
「あのです、その、お恥ずかしい話なのですが……」
ぼっちは、気まずそうな愛想笑いを浮かべながら
「実は―――緊張し過ぎて、今、腰が抜けてまして……ちょっと、待ってもらえませんか?」
ああ、なんて締まらない!今すぐ精神諸共消滅したい!
そんな風に思うぼっちに、石塚は
「そっか、後藤もか」
「え?」
「実は俺も、緊張し過ぎて足が震えて、しばらく立てそうにないんだ」
少し気恥し気にそう言った。
見つめ合うこと数秒後、どちらともなく、二人は笑ったのだった。
結局、デートの予定はすべて白紙。
二人は日が暮れるまでの2時間余り、ベンチに座って過ごした。
少しおしゃべりしたり、ぼっちがギターを弾いてみたり、石塚にギターを持たせてちょっと練習してみたり、あるいはただ無言で海を眺めてみたり。
「二人でベンチに腰掛けてデート終了とか、おじいちゃんおばあちゃんの熟年夫婦か!?」
デートの報告をした二人は、それぞれ虹夏と頼光に同じツッコミを喰らったが、当人的には不満のないデートの内容だった。
そして―――
「次のライブ、がんばろ」
「次のライブ、がんばるか」
ろっきんがーると、それに恋する少年は、今日も音楽を奏でるのだった。
第一部 完
というわけで、ろっきんがーるに恋する男子、とりあえずは第一部完とさせていただきます。
原作はこの後もまだ続いていますが、とりあえず第二期を待つ感じで。
外伝的な話は投下するかもしれませんが、間隔はだいぶ空くことになります。
気が向いたら、お気に入り登録してお待ちいただければ幸いです。
ではアニメ二期と、またお会いできる日を楽しみにしつつ、お別れしたいと思います。またいつか!