難産で放置してたのを、深酒日記できくり成分補充しつつどうにか完成。
過去の投稿を修正しながらボチボチと書いていければな、と思います。
映画までにはもう何本か上げたいなあ。
あと、外伝的な位置にあるExtra Editionをまとめて、章立てを少し変更しました
ぼっちは、自身の展望の甘さを呪いながら、御茶ノ水の路地裏で息絶えようとしていた。
死因はキラキラの青春を過剰に浴びたことによる精神的なダメージだ。
御茶ノ水。音楽の街であると同時に、日本屈指の学生街。名門大学や塾、予備校が軒を連ね、そこに通う学生をターゲットとしたおしゃれな店が構えている。
通り過ぎる若者達はそれぞれの青春を謳歌して、きらきらと輝きながら今を生きている。
ああ、素晴らしきかな青春の街、御茶ノ水。
だがそこは、ぼっちのような青春コンプレックスを拗らせた者にとっては、金星の地表並みに過酷な環境である。
通り過ぎる若者達が醸し出す空気は、さながら高温高圧の金星の大気。ぼっちのインスタント味噌汁に入ってる豆腐のごとき、ちっぽけで柔な精神を跡形もなく焼き潰そうとしていた。
(ぁぁ……調子に乗って一人で楽器屋さんに行くんじゃなかった)
次のライブが決まったので、弦やら小物やらをいくつか買うついでに、楽器屋の店長さんにチケットをプレゼントしようと思い、一人で御茶ノ水へ。
バンドのメンバーも誘おうかと思ったが
「まあ、一人でも大丈夫だよね。一度行った場所だし、みんなも忙しそうだし」
と考えた自分が甘かった。
どこかの大学のオープンキャンパスか文化祭が重なったのか、前に来た時とは比べ物にならない人の群。しかもこちらは後藤ひとりがぼっちで一人。
「ひぃっ」
見知らぬお洒落な感じの街で、ひとりぼっち東京。
思わず人気のない裏路地に隠れようと小道に入ったはいいが、
「ひ、人が、陽のオーラを纏った人がいっぱい……!」
逃げられない。現実は非常である。
それでもどうにか人気のない場所を見つけ逃げ込んだぼっちだが、しかしすでに精神は擦り切れる寸前。出るに出られず立ち往生ならぬ丸まり往生。
(もう駄目だぁ……)
などと悲観していると
「あれ~?ぼっちちゃんじゃん?」
聞きなれた声に顔を上げると、
「お、お姉さん……」
「どしたぁ?」
首をかしげる廣井に、ぼっちは涙目で縋ったのだった。
廣井がぼっちを引っ張っていった先は、以前エルビスサンドを食べたレコード喫茶だった。
そこで待っていたのは、
「後藤君か?」
と、バーテンダースタイルの高清水律志―――EXoutの店長だった。
「マスターは今、紅茶の仕入れで遠出していてな。臨時で俺ときくりが入っている」
「うううっ、借金の方に無理やり働かさせられてるんだよぉ、酒もなしによぉ~」
きくりも店の奥から着替えて出てきた。彼女も蝶ネクタイにワイシャツのバーテンダースタイル。ただしエプロン付きである。
「カクテルの練習と称して、大分飲んでいた気がするが?」
律志の言葉にぼっちは鼻を鳴らす。いつもほどではないが、確かにきくりから酒精が薫る。
「こんなのでまともに仕事できるのかな?」
と、思わずつぶやいたぼっちに、きくりは
「ほい。おごり」
数分後、皿を差し出してきた。上に載っているのはホットサンド。以前この店で出されたエルビスサンドだ。
いただきますと手に取り一口齧れば
「あっ、おいしいです」
「へっへーん、そうでしょ?」
「腹立たしく口惜しく信じ難いことだが、マスターの味を再現できるのはこいつだけでな」
「ここでバイトしてた時に覚えたんだよぉ。昔取った杵柄って奴?」
「昔……あっ、お、お姉さんもアルバイトしてたんですか?」
「そだよー!私にも、今のぼっちちゃんみたいな苦しい売れなかった時代があったのさぁ。
で、その時にバイトしてたのがここ!りっくんもいたよね」
「ああ。ここの他、いくつか掛け持ちしていたがな」
「昔……」
そういえば、昔は私と同じだったって、お姉さん言ってたな。
と、ぼっちは当時の光景をなんとなく想像しようとする。だが、目の前の大人達が自分らと同じくらいの年齢の頃にどうしてたかなど、どうにも想像がつかない。
「あっ、気になる気になる?私とりっくんの馴れ初めとか!」
「えっ、あ、えっと……す、少し……」
「そっかそっか!じゃあ語って進ぜよ~う」
「……客が来るまでだぞ」
隣に座って楽し気に言う廣井と、黙ってグラスを磨き始める律志。
店内には、ローテンポなカントリーソングが流れていた。
5月。ゴールデンウィークに入って、廣井きくりはようやくそのことに気付いた。
大学デビューとは能動的な行いであり、つまり自分から何かしなくてはいけないのだと。
大学に行けば、何か変わると思っていた。
キラキラのキャンパスライフ。未来への希望や様々な出会いに満ち溢れた大学生活。
教室の隅で俯いて時間が過ぎるのを待っていた高校生活はすべて過去になり、新しい自分が待っている。
そんなのは、甘い夢想だった。
授業を選択して受けるようになり、学級というものが無くなった。その結果、『会う人』の数は格段に増えたが、つながりは高校までと比べ圧倒的に希薄になる。意識して交友を持とうとしなければ、高校までよりも深刻なお一人様と化す。
サークルに入ればまた違ったのかもしれないが、生来の根暗な性根から、今日こそは明日こそはと思って踏み出せないうちに、もう五月。サークルの勧誘も終わり、いまさらどこかに入ろうなど、とてもではないが不可能だ。
「このまま単位とって卒業して就職して……」
結婚はできるだろうか?いや、無理かなあ。根暗の陰キャだしなあ。
廣井は想像する。社会人になり、おばさんになり、老人となり、そして死ぬ。そんな人生を。
想像は容易だった。その容易さにこそ絶望した。
「つまんない」
簡単に想像できてしまうつまらない人生。
心に降り積もる絶望感と焦燥感。
そんな時、たまたまテレビでそれを見た。
ロックバンドだ。
キラキラして、派手で、刺激的で、自分とは真逆の生き方。
「これだ……!」
突発的に、廣井は家を出た。
「こうして!私はロックを始めたんだ~……って簡単にはいかなくてさぁ」
「ど、どうなったんですか?」
「決まってんじゃん!練習にくじけるどころか、楽器店に入ることすらできず挫折しかけたのさ!」
「や、やっぱり無理だぁ……」
御茶ノ水の楽器店の前に、不審な女性がいた。廣井だ。スマホで楽器店と調べて出てきた御茶ノ水のお店。その店先で、柱の陰に身を隠しながら店の中を伺っていた。
意気込んで家から出た彼女だったが、その熱量は既に半減していた。
それでも自分を鼓舞して店に入った時だった。
店員と遭遇した。
「……いらっしゃいませー」
金髪の女。鋭い目つき。低めの不機嫌そうな(廣井主観)な声。
「マチガエマシタ」
回れ右をして即離脱。
仕方がないじゃない。怖いんだもの。
だがそのまま家には逃げ帰らなかった。バンドをやろうという熱量は半減したが、つまりまだ半分は燻っている。
このまま逃げ帰れば、待っているのはつまんない人生。
生きるべきか、生かざるべきか。そんな風に思いつめながら、店の前をウロウロしていると
「あの」
と、後ろから声をかけられた。
「うひぃぃぃぃっ!」
驚いて、物理的に30センチほど飛び上がった。
「ごごごごめんなさい!あああ怪しい者じゃないです!ちょちょちょちょっと、バンドとか初めてみたいと思ったりなんかしちゃったりしてすみません私みたいなこんな根暗が―――」
「……廣井か?」
「はへ?」
自分の名前を呼ばれて、彼女は初めて自分の名前を呼んだ人物を見た。
「あ、え、えっと、た、高清水、くん?」
「……何をしてる?」
不審そうな仏頂面で、高清水律志が廣井きくりを見下ろしていた。
陰キャにも二種類いる。派手な陰キャと地味な陰キャだ。律志は前者、廣井は後者だ。
地味な陰キャとは、クラスの隅っこで縮こまっている、目立たないか、あるいは目立つ時も悪目立ちするような者を指す。
他方、派手な陰キャとは、いわゆるクールな一匹狼のことだ。誰ともつるまず、堂々として、周りからも一目置かれている。そんな漫画の主人公キャラみたいな奴。
自分とは似ているようで全く別の生き物だ。
偶然にも三年間、同じクラスだった廣井は、教室の隅から反対側の隅に陣取る律志を、そんな風に見ていた。
(それが何でこんなところに!?)
混乱してあわあわするだけの廣井。問いの答えが返ってこない律志は小さくため息をついて
「……俺はここでバイトしている。おま―――君は客か?」
「ひえっ?あ、え、えっと!?」
違います!と反射的に答えそうになった廣井だが、寸前でその言葉を飲み込んだ。
(これが最後のチャンスだ)
そう思ったのだ。
ほとんど交流がなかったとはいえ、ギリギリ面識のある相手が、偶然にも楽器店の店員。
こんな絶好球を逃したら、もう自分みたいな根暗が楽器店に、バンドの世界に飛び込むことなどできはしないだろう。
だから
「あ、あ、あの、バ、バ、バ―――バンド!してみたいんです!」
清水の舞台から飛び降りる覚悟で、廣井は叫んだのだった。
「こんな感じの出会い、っていうか再会だったわけよ」
「実は大学は同じだったが、学部は違ったし、お互い同じところに進学してたのは知らなかったからな。このことがなければそのまま顔をあわせることもなかったろう」
高清水の背中に引っ付くように店内へ。
そのまま店内に置かれたソファに案内され腰掛ける。
「伊地知サン、お客様対応入ります」
「おう。……ぷぷっ」
「なぜ笑う」
「いや、お前がまともに丁寧語使うのがいまだに時々ツボにはまる」
「張っ倒すぞアホ毛女」
高清水と、最初に入店しようとした時に見掛けた怖い女店員が会話しているのが見えた。
途中から律志の口調が荒くなり、
(そう言えば、口調、少し違う?)
滅多に、というか直接口を効いたことすらあったかどうかという間柄だが、何となく、高校の頃はもっと口調が荒かったような気がした。
記憶違いかそれとも……
「待たせた」
「ふひぅっ!?」
考えにふけっていた廣井は、唐突にかけられた声に思わず変な声を上げた。
唐突、というのはあくまで廣井の主観で、律志としては普通に声をかけただけだったのだが。
「どうした?」
「いいいいえいえ!な、何でもないです!」
変な声聞かれた!と、動揺しつつも、どうにか居住まいを直す廣井。
少し首を傾げた律志だが、追求しても仕方がないと思ったか、何事もなかったかのように
「それで、バンドを始めたい――だったな?」
「は、はい!」
「楽器は?どれがいい」
「え、えと、ギターと太鼓?のどっちか、ってことですよね?」
「……軍資金はどれだけ持ってきた?」
「えっ、えっと、4万ちょい」
「調べた上でか?」
「あ、いえ、その何となく」
「ということは、バンドを始めようと思ったのも大分唐突だったわけだな」
「……はい」
話すにつれて、段々と廣井の肩が窄んでいった。見通しが甘い、考えが甘い。そんな風に叱られているかのように感じたからだ。
(やっぱり、私になんか無理だ)
心のうちに、弱気な自分が頭をもたげる。
「―――廣井?」
「えッ―――あっはい!すみません!」
暗い思考に捕らわれていた廣井は慌てて顔を上げる。
ああ、私は何てダメな奴だろう。親身にしてくれている彼を前に別のことを考えて無視するなんて。
(私が音楽なんて・・・・・)
やっぱりやめます、と言おうとした、その一瞬前だった、
「わかった」
そう言った律志が、廣井の手を握った。
「ひょぇっ?」
いきなりの異性との接触に変な声を挙げた廣井に
「まずはバイトだな」
「―――えっ?」
その30分後。
「というわけでマスター。新しいバイトです。探してきました」
「おや、今朝言ったばかりなのに。流石高清水君、仕事が早いね」
「え?……えっ、ええ……?」
戸惑うままに、廣井は律志に引っ張られ、近くの喫茶店にやってきていた。
場所は、音楽店を出て裏路地に入ったすぐそこ。
ややレトロな店構えの、お洒落な喫茶店である。
「あの、これは一体……」
「廣井、結論から言うと、君は資金が足らない」
「……へ?」
廣井の問いに、ウェイタースーツに着替えた律志が言う。その手には律志が来ている服の女性向け、ちょうど廣井に合ったサイズが持たれていた。
「4万円あれば確かにギターやベースの他、アンプなどの小物を含めたスタートセットがギリギリ購入はできる。
だが―――楽器は、練習や維持のためにも金のかかるものだ」
消耗品はもちろん教本代。住んでる環境次第では練習のための場所代。ずぶの素人で知り合いに楽器ができる人がいない場合はレッスン料もかかることがある。
「そういうわけで今後音楽を続けるなら、バイトなりをして資金源を得る必要がある。
――確認を忘れていたが、何か現状でバイトの当てなどはあるか?」
「な、ないです」
「なら―――」
と言った所で、
「あまり強引なのは良くないよ」
横から、声が掛けられた。
カウンターの向こう。髪に少し白い色が混ざり始めた年齢の男性が、グラスを拭きながら言う。
この店に入った時に紹介された、ここのマスターだ。
マスターは廣井をカウンターの席にすわらせ、コーヒーを出してから、
「高清水君、君が親切で言っているのは分かるが、押し売りは良くない。
そこのお嬢さんも困っているじゃないか」
「……すみません、マスター」
「廣井君、だったね?びっくりしたろう。けど、彼も悪気があったわけじゃない。少し親切心が先走ってしまっただけなんだ。許してやってくれないかな?」
「あっ、その、はい」
コーヒーをすすりながら人心地ついた廣井は、改めて周りを見渡す。
連れてこられた店は、レコード喫茶、と言うものらしい。
レトロな雰囲気と装飾と、壁に展示されたレコード。そして古ぼけた、だが丁寧に手入れをされているレコードプレイヤーから、アナログ機材独特の音色で、ローテンポの洋楽が流れている。
(なんか、かっこいい……)
そんな風にぼおっとしていた廣井に、マスターが話しかけてきた。
「どうかな?私の店は」
「あっ、はい、その、か、かっこいいなって思います」
「ははは、若い子にそう言ってもらえるのは嬉しいね。
―――それで、ここでバイト、してみるかい?」
「ふへ?」
その話はもう流れたんじゃ?と思う廣井に
「人が足りないのは事実だ。個人的に音楽を志す子は応援したいと思ってるのさ」
「マスターはこの店のような喫茶店やライブハウスを持っていて、音楽業界に顔が効いてな。
音楽をやってる連中の世話を焼いたりしている。
たまに音楽に関係なく世話を焼くこともあるがな」
「そんな大したもんじゃないさ」
律志の補足に謙遜で応えるマスター。
ああ、だから音楽を始めようとしてた私を、高清水君はここに連れて来たのか。
そんな風に思いつつも、廣井は
「……けど、私なんかがいいんでしょうか?こんなお洒落なカフェとかでバイトなんて……」
「うん、確かに今は
「ひう」
「けど、何だって、誰だって最初はそんなものさ。
革靴と同じ。
そして、その為にはまず始めてみないと。
そう、変わるためには、何か新しいことを始めないと」
廣井はドキッとした。
まるで、自分を変えたいと思い、ロックを始めようとした自分の心を、見透かされ、背中を押されたような気がしたのだ。
だが、マスターの人徳のなせる業か、なぜか悪い気はしなかった。
無言で廣井の言葉を待つマスター。
廣井はしばし 「あー」 だの 「うぅぅ」 だの言いながら百面相を見せた後
「ご、ご迷惑でなければ……!」
そう、頭を下げた時だった。
「マスター!おつかれさまでーす」
入り口が開いて、人が来た。
「お疲れさま。今日も早いね」
ひょっとして、バイトの先輩になる人かな?
そう思いながら、廣井は入口の方に目を向ける。
廣井から見て少し年下か、同じくらいの年頃の少女だった。
ダークカラーを基調にしたパンク風のルージュとアイシャドー。そしてファッション。
耳はもちろん、顔のあちこちに輝くピアス。
っていうか、え?あの、舌先、割れてるように見えるんですが?
硬直する廣井の視線の先、少女はマスターに笑顔を向けていたが、廣井に気付くと急に冷たい表情になり
「は?何?」
(あ、無理です。やっぱこのお店でバイトとか無理です)
精神諸共、廣井は崩壊したのだった。
「あの、それってひょっとしてPAさん?」
「そそ。いやあ、最初は怖かったなあ」
「結局、崩壊したきくりをかき集めて再起動して、もう一度バイトに前向きにさせるまで小一時間かかったな」
その後、なんやかんやあって、結局はマスターの店でバイトすることになった廣井だったが
「今日はもう遅いし、具体的な条件とかは後日改めて話そう。高清水君、送ってあげなさい」
ということになった。
御茶ノ水駅から電車に乗る。聞けば住まいは割と近いようだ。
「ううう……あの子と上手くやっていける自信がない……」
「安心しろ。あいつ―――彼女は基本的に温厚だ。君がマスターに色目を使わない限りは」
そんな風に、取り留めない会話を続けていた中、不意に廣井が訊ねた。
「あの、高清水君」
「なんだ?」
「どうして、ここまで親切にしてくれるんですか?」
不思議だった。
高校の頃の律志は、基本的に他人と関わろうとしていなかった。それがどうして
「どうして、こんなに、バイトのことまでお世話したり、してくれたんですか?」
そのことが気になった。
律志は、僅かに迷ってから
「……変わりたいと思ったんだ」
「え?」
自分と同じ?それはどういうことだろうか?
続く言葉を待つ廣井に、律志は逆に問いかけた。
「マスターを、どう思った?」
「え?あ、えっと、その……カッコいいな、って」
「そうだろ?―――俺も、ああなりたいな、って思った」
律志とマスターとの出会いは、高校1年の冬だったという。
「その頃、まあ、知ってると思うが、俺は一丁前に荒れててな」
「あ、はい。なんか、停学とかになってた気が……」
1年の頃の律志は、本当に荒れていた。
成績はトップクラス、特に数学は断トツのトップだったが、素行が悪かった。
ケンカで停学になり、学校中で話題になったこともあった。
「まあ、その後も懲りずにいろいろ悪さをしていたんだが、ある時、マスターに拾われた」
喧嘩でボロボロになったところを、助けてもらった。
最初はあの余裕溢れる態度が鼻についたが
「何かと世話を焼かれるようになってな。―――気づいたら、ああなりたいな、と思うようになった」
余裕があって、鷹揚で、物静かで。
他人を拒絶し、遠ざけて、畏れられるのではなく、助けて、世話を焼いて、慕われる。
そんな生き方をしたいな、と思った。
「だからまあ、その為に口調を変えてみたり、マスターに倣って、おま――君の世話を焼いてみたりしてるんだが……」
律志は自嘲しながら
「付け焼刃にすらならないようなあの
――すまなかったな。バイトのこと。身勝手に巻き込んだ」
「い、いえ!その!結果的には良かったと思いますし!き、気にしないでください!
……けど、ちょっと意外です」
「何がだ?」
「……高清水君みたいな人でも、私なんかみたいなのと同じようなこと、思ったりしてるんですね」
「同じ?」
「私も、変わりたくて、音楽始めようって思ったんです」
つまらない自分、つらない人生。
それを変えたかった。変えたいと思った。
だからロックを、志した。
「なるほど、似た者同士か」
「はい」
「―――では、取引、と言うのはどうだ?」
「へ?」
「俺は君に、そうだな。最初のライブが成功するまで手を貸す。
俺にとっては、マスターのように他人に世話を焼く練習になり、初心者の君は、一応音楽界隈に詳しいサポート役をえられる。
どちらにも損はない話だ」
「い、いいんですか?」
自分にとってあまりに都合の良い話に思え、遠慮する廣井。だがその一方で、これだけおいしい話を蹴るなてとんでもない、と囁く自分もいる。
「ダメか?」
「い、いえ、その……よ、よろしくお願いします」
少し悩んだ後、廣井は律志が差し出した手を、握ったのだった。
過去話が一区切りした後、廣井はぼっちを駅まで見送った。
「こ、今度、続き、聞かせてください」
「お?ぼっちちゃん、気になるぅ?石塚君との関係の参考にするのかなぁ?」
「あっ!う、い、いえ!その……!」
顔を赤くしたり青くしたりと、いろいろ忙しいぼっちは、電車に乗って去っていった。
廣井が店に戻った頃には、まだ客は入ってなかった。
「見事に閑古鳥が鳴いてるねえ」
「とはいえ、もうすぐ混む時間だろう」
もう夕方。直に仕事上がりの常連達が入ってくるだろう。
それを待ちながらグラスを磨く律志と、カウンターに頬杖をつく廣井。
不意に、廣井の脳裏に、昔の光景がフラッシュバックする。
ああ、そう言えば、ここでバイトを始めたばかりの頃も、こんな風に過ごすことが結構あったな、と。
「ねぇ。私ってさ、変われたかな?」
「ああ。君は変わったとも。見る影もない」
「おおん?なんかマイナス評価くらったきがするなあ」
「だが、少なくとも、つまらなそうにはしていないな」
「……うん。まあまあ、楽しいかな」
少し恥ずかし気に、しかしはっきりと言う廣井。
そちらに目も向けず、グラスを磨く手を止めず、律志はつづけた。
「俺は、どうだと思う?」
「んー?りっくんは、あんまり変わってないと思うよ。―――ずっとカッコよくて、頼りになって、優しいまんま」
「自己評価としては全く至らぬ点ばかりと思っているが……まあ、その評価はありがたく受け取っておこう」
そんな風に話していると、ドアベルが鳴る。
『いらっしゃいませ』
かつてのように、今日もまた、二人は客を迎えた。
店内には懐かしいナンバーが流れていた。
つづく
深酒日記単行本化はよ