Chapter9 高清水律志と廣井きくり その2
その日、廣井きくりはご機嫌だった。
ライブが終わった打ち上げから、飲み歩いて行き倒れかけた先で、1人の新米バンドガールと出会った。
後藤ひとりという、バンドを始めた頃の自分と似た猫背の少女。彼女が見せてくれた、チケットノルマ稼ぎの為に行ったゲリラ路上ライブでの才能の鱗片。
その際に見せつけられたキラキラの青春でダメージ受けかけたり、最後のチケットを買ったら完全にすってんてんになったりなどちょっとしたトラブルもあったが、無事に(その少女にお金を借りて)どうにか新宿までたどり着いたので結果良し。
おおむね満足のいく、充実した一日を過ごせた。
こんないい日の〆には、やはり飲むしかない!
しかし金がない!
ではどうする!?
「って感じだからりっくん!ツケで飲ませて!」
新宿の一角にあるライブハウス、EXout。
店長の高清水律志は、自分の恋人である酔っ払いを、無表情で出迎えた。
「少し待ってろ」
というと、バーカウンターで手慣れた様子でカクテルを一つ作り
「ほら、プレーリーオイスターだ」
「ノンアルじゃん!っていうか生卵じゃん!」
「酔いを醒ませと言っているんだ。チェイサーもくれてやる」
と言って差し出したのは、作り置きのおにぎりと、インスタント味噌汁。
「晩酌に日本酒が欲しくなる……」
「出さん。流石にダブル太陽は決めさせないからな。
それと聞いたぞ。久々に路上、それも無許可でしたと」
「うん、ケッコー盛り上がったよ!」
「それは何よりだが、吉田さんがキレてたぞ。今のご時世、コンプライアンスだの何だの厳しい。無名ならともかく、君くらいの知名度で無許可路上とか、SNSが炎上しかねん」
「大丈夫大丈夫。飲酒ライブで何度も炎上してるもん。今更もう燃える材料残ってないって!」
「酒カスの上に燃えカスとは」
「ぷっ!さ、酒カスと燃えカスっ!ひーっひひひっ!」
律志の言い回しがツボに入ったのか、笑い転げる酔っ払い。
ひとしきり笑った後、
「で、この燃え尽きたゴミの隣に座ってる、湿ったゴミは何かなあ?」
カウンターの隣に、無言で突っ伏していた少年を指して尋ねる。
律志が面倒を見ているバンド、『Irrational/Numbers』の石塚だった。
「惚れた女に2連続でアプローチ失敗して凹んでいるそうだ」
「どゆこと?」
「意中の相手は初心者のバンドマン。
1回目の失敗は相手のライブのチケットを速攻で買って、しかもそのことを相手に報告。その結果、ノルマのチケットを石塚に買ってもらおうと思っていた相手に、逆に気を使われるという間抜けな失態をさらした。
2回目の失敗は、1回目の失敗でいじけているところに、リーダーの大河内から、『路上ライブにでも誘ってそこでチケットを売ればいい』というアドバイスをもらい、だが散々ためらったあげく、ようやく先ほど連絡をしたら 『もう売れた』 という返事をもらった、振り遅れの空振りだ」
「……別に、結果としてあいつのチケット売れたんだし、失敗ではないです」
「それは彼女の成功だ。君の意図するところを得られなかったのだから、君としては失敗だ。そもそもそれだけ凹んでいる時点で、失敗ではない、は糊塗でしかない」
好きな女子と路上ライブ、およびそれによる彼女からの評価アップなどという、彼にしては珍しい年相応の皮算用をしていた石塚は、再びテーブルに突っ伏した。
その背中を廣井はバシバシ叩きながら
「まあまあ!何とかなるって!なんか聞いた感じ、そこまで男として見られてるっぽくないし!元々の点数がないなら、そこから減点はされないって!」
更なる追撃に、さらに沈みゆく石塚。
そんな二人を尻目に、律志は食べ終わった廣井の食器を片付けながら
「きくり。今日は俺の家に泊まっていけ」
「えーっ?いきなりお誘い!?照れるなあ!っていうか、傷心中の石塚くんの前でそれとか、ちょっと酷くない?」
ニヤニヤからかうように笑う廣井に、律志は彼女が店に来た時にしたような、冷めた表情を向けて
「傷つけたくないのであえてストレートに言うが―――臭い」
「―――はっ?」
「確かに、ちょっと、っていうか、大分臭いますね」
石塚も顔を上げ、鼻を鳴らして顔を顰め
「なんか、ホームレスっぽい風の……」
「み、妙齢の女性のフレグランスになんてことを……」
「夏場にライブの後、酒飲んで路上で夜越して、その後さらに一日中ほっつき歩いていた奴にフレグランスなんぞあるものか。
一応飲食店として申請している身としては、入店を拒否したくなったくらいだぞ」
「~~~~っ」
流石の廣井も20代の女性だ。異性からの体臭指摘は堪えたのか、アルコール以外の要因で顔を赤くする。
「金がないなら銭湯も無理だろう。俺の家でシャワーでも浴びて、下着も変えておけ」
律志の家はEXoutの徒歩圏内にあるマンション(風呂付き)だ。
廣井の自宅も徒歩で行ける距離だが、こちらは風呂なし。
「鍵をとってくる。ちょっと待ってろ」
そういうと、律志は奥の方に引っ込んだ。
そんなに匂うかな、と、自分の服を嗅ぐ廣井と、頬杖をついて座る石塚。
日曜の夜9時。今日のライブは7時までで終わり、スタッフのステージを片付ける音と、スタジオから誰かの練習する音色が聞こえる。
不意の空白の時間に、石塚は前からちょっと気になっていたことを尋ねてみた。
「廣井さんは、店長と同棲とかしてないんですか?」
「ん~?ナニナニ?少年は大人の恋愛事情が気になるか~?」
「介護するなら一緒に住んでいた方が店長も楽でしょ」
「人を何だと思ってるのかな~」
「アルコール中毒患者でしょ。
なんか下着とかも置いてるみたいだし、廣井さん、そもそも自宅にあんまり帰ってない風だし、むしろなんでまだ同棲、つーか、結婚しないのかなって」
「ん~」
廣井は悩むようなそぶりを見せてから
「―――実際さ、私って、りっくんと別れるべきなんだよ」
「は?」
いつものように、へにゃっとした笑い顔から飛び出た突然の言葉。
戸惑う石塚に廣井は、テーブルに突っ伏しながら
「りっくんさ、すごくいい男じゃん」
「まあ……そっすね」
「背ぇ高くて~、体もがっしり引き締まってて~、顔はちょっと怖いけど。
あと、仕事もできるし~、料理や家事もちゃんとしてるし~、頭もいい。
あ、知ってる?もうすぐ博士号とれるんだって!工学博士だって。すごいよね~」
指折り数えて、廣井は律志の良いところをあげていく。
EXoutの雇われ店長である高清水律志は、かなりハイスペックな人間だ。
昼は大学の学芸員。夜はライブハウスの店長。専門は音響工学。
「性格もいいしさ。こんなちゃらんぽらんな私を見捨てないし、EXoutやここら辺の近所のバンドの子らの世話も、むっつり顔しながらでもちゃんと焼いてるし、慕われてる」
「―――俺らも、世話になりっぱなしですしね」
「でしょ。ホント、すごくいい男なんだよ。
―――私みたいなのには、勿体ないよ」
石塚が初めて見る、自嘲する廣井。
「……酒、切れてるんですか?」
「だってりっくんお酒くれないし、おにごろも全部飲んじゃったもん」
「酔ってない廣井さんってこうなるんですね」
そう言った石塚は、廣井との付き合いが1年近くになるはずなのに、酒が抜けた姿を見たのは今日が初めてという事実に、若干驚く。
それは兎も角
「てことは――いつか振るために、距離とってる感じですか」
「りっくんのこと振るとか、無理に決まってるよぉ」
「?え、それじゃあ……」
「いつかりっくんが愛想つかせてこっち振るのを待ってるんだよぉ。幸せスパイラルキメながらさあ!」
「仮に振られるとした場合、主な理由はその幸せスパイラルだと思うんですが」
面倒くさい人だなあ。と思う石塚。
その面倒くさい女の恋人はまだ来ない。鍵を取りに行くついでに、何か作業でもしているのか。そう思ってバックヤードの奥の方を覗き込んでみると、奥の方に律志の姿が見えた。彼の他に二人の人影がある。
EXoutを拠点にしているバンドのメンバーだったはずだ。
「なんか、トラブってんのかなあ」
「ちょっともめている、っていう噂はありますね、あそこのメンバー」
などと言っていると、律志はその二人に謝る動作をしてから、こちらの方に小走りで来て
「きくり。待たせたな。帰ったら先に寝てていいぞ」
「りっくんは?」
「少し遅くなるかもしれん。鍵はスペアもあるからかけてていい」
そういうと廣井に律志は鍵を押し付け、再び揉めていた二人の方へと足早に去っていった。
「ホント、面倒見がいいよねぇ、りっくんは」
呆れたように言う廣井に石塚が
「廣井さん―――振られるのを待つなんて、無駄ですよ」
「……なにさ」
「店長って、面倒くさいのが好きなんですよ、きっと。
例えば、俺達イレナンとか俺以外みんな、ヤバイレベルで変人ぞろいじゃないですか」
「そうだねぇ。他のメンバーもみんなそう言ってるねぇ」
「そんな俺らを店長は嫌な顔―――は、まあいつもしてますが、それでも見捨てないで面倒見てくれてますし。
そう考えれば、俺ら全員を足した以上に面倒な、世話の焼きがいのある廣井さんを、店長が見捨てることはないと思いますよ」
「……生意気」
「いてっ」
少しすねたような、照れたような顔で石塚にデコピンする廣井。
確かに生意気だったかもと思った石塚はそれを甘んじて受ける。
意外と痛かったデコピンの後をさする石塚に
「というわけで、生意気の罰として、お金貸して」
「酒代渡したら、俺も怒られるんですが」
「そーじゃないって!
―――まだ空いてるスーパーあるからさ。苦労性の彼氏さんに、夜食でも作って待っててやろうかなって思って」
そう言って、面倒くさい女は笑ったのだった。
なお、石塚が貸した金は、冷ややっこの塩辛乗せ、焼しいたけ、あぶりイカ、もろきゅうなどに変化。
夜遅く、自宅に帰った律志が目撃したのは、
「このラインナップなら飲むしかないでしょ」
と、それらをつまみに隠しておいた洋酒をパカパカ飲む、まだ風呂にも入ってない、ご機嫌なアル中女の姿だった。流石に怒った。
つづく
おまけ
ぼっち@ロイン 「チケット全部売れました」
虹夏 (お父さんとお母さんと、あとは石塚君が3枚かなあ)
りょう(両親と、あと石塚が3枚だな)
喜多 (ご両親と、石塚君が3枚よね、きっと)
アニメに追いつきつつあるので、ちょっと更新速度落とします。
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後藤ひとり・石塚太吾
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伊地知虹夏・柊俊太郎
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廣井きくり・高清水律志
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伊地知星歌・天海恭弥
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