オウライ屋……グランゼドーラ城下町の大通りから少し外れた路地の片隅にその店はあった。木造で、あまり大きな店構えではない。
《万事 仕事 請け負います 店主カーシャ》
と、書かれた店の前の看板は、真昼の陽を受けて反射している。
その看板を眩しそうに見ているエルフの少女。紫がかった髪を、2つの大きなリボンでツインテールに束ねている。
「ここだぁ……」
エルフの少女は呟き、そろそろと店の扉を開けた。
「ごめんください……」
か細い声を出し、中へ入っていき様子を窺った。
玄関の前にはテーブルと長椅子が置かれており、さながら大衆食堂のようである。ここが依頼人の待合室なのだろう。ただし、今、待ちの客は誰もいない。
奥の正面にカウンターがある。順番がきた依頼人が、ここで店のスタッフに仕事の依頼をするようだ。そのカウンターの後ろに部屋が2つある。1つは扉に《STAF ONLY》と書かれているので、従業員の支度部屋か何かだろう。もう一つの扉には何も書かれていない。
カウンターでは、店員らしいドワーフの中年男が一人、うつ伏してうたた寝をしていた。
エルフの少女はカウンターの前まで足を進め、
「あのう……」
と、中年のドワーフへ声をかけると、ドワーフの男は、跳び上がるように目を覚ました。
「あ、お客様。これはこれは失礼しました。私、当店の番頭をあずかっておりますグリケスと申します。
お客様、ラッキーでしたよ。今日は珍しく他のお客様がいらっしゃらないので、待ち時間なしにご用向きをお伺いできますよ。
それでは、まずはお客様のお名前をお伺いしてよろしいでしょうか?」
「あ、私、リンナっていいます……」
「リンナ様ですね、リンナ様は当店のご利用は初めてでいらっしゃいますか?」
「まぁ、初めて……なんですけど……」
リンナがそう言いきる間もなく、
「そうですか、それでは簡単に当店のシステムをご説明させていただきますね。
まず初めに、看板にあったとおり、当店は、仕事の請け負いを生業とする店でございます。
仕事の内容は様々でして、魔物の討伐、護衛や調査など多岐に渡っております。
もちろん、冒険者様の旅のお供、助っ人なんかも請け負っております」
グリケスは、一気にまくし立てたかと思うと、
「ですが!」
と、唐突に体をのめり出してきた。
へっ!?、リンナは一瞬たじろぐ。
「アストルティアで広く知られている《冒険者の酒場》との違いは、《冒険者の酒場》はご自身の目的に合わせて自分でお仲間を探さなければなりませんけど、当店はご希望の仕事内容をおっしゃっていただければ、こちらで、その仕事内容に合ったベストな人材をチョイスし、ご依頼の仕事を遂行いたします。当店には数多くのベテラン・スペシャリストが在籍しており、お客様の期待を裏切ることは万に一つもございません!」
ドヤ顔のグリケスの目。リンナはその視線を気まずそうに外し、上目遣いに、小声で絞り出すように喋り出した。
「あのう……お仕事の依頼じゃなくてですね……」
「……⁉」
「私を、こちらで雇ってもらえないかと……」
「はぁ、当店のスタッフとして働きたいということですか?」
「ええ……まぁ……」
グリケスは少しの間、黙して考え込んでいたが、
「えー、私にはスタッフ採用の権限はなくてですね、全て店主のカーシャが面接をおこなって採用することになっております。
あいにく、店主は、今、不在でございまして、そういう事でしたら又日をあらためてお越しいただけますか」
と、諭すようにリンナに語りかけた。
「いつ、ご店主さんにお会いできますか?」
リンナが弱々しく尋ねる。
「すみません。店主のスケジュールは、関係者以外にはお教えできないことになっております。それに……大変失礼ですが、リンナ様のご年齢ですと、経験や技能の点で、当店のスタッフとして働くのは難しいかと……」
「やっぱり、そうです……よね……」
「……申し訳ございません」
店内に停留する重苦しい空気。それを吹き払うように、
――ガチャッ
と、店の玄関の扉が開き、
「ただいま戻りました」
気品のある、又、どこか威厳を感じる声が店内に響いた。
「あ、女将さん。お帰りなさいませ」
グリケスが軽く頭を下げて言った。その下げた頭の先、玄関へ目を向けるリンナ。
思わず目を見開き、ハッ!と息を呑む。
開いた扉から入ってきたのは、声のイメージとは程遠い大柄な魔物、リザードマンであった。一瞬リザードマンと目が合う。
リンナはすぐさま目をグリケスに戻し、
「て、店主のカーシャさんって……トカゲさんなんですか?」
と、見開いた目のまま小声で尋ねた。
「は~っ⁉、そんな訳ありますか!
ゲラは、……あっ、《ゲラ》って言うのは、あのリザードマンの名前なんですが……あれは女将さんの仲間モンスターですよ。用心棒みたいなもんです。よくご覧になって……」
グリケスは呆れたように言いながら苦笑した。
リンナがもう一度扉の方を見ると、ゲラが開いた扉を押さえており、店主のカーシャらしい人が入ってきた。人間の女性である。
長身で、濃紺に艶めく漆黒のロングヘアー。少し若作りしている感もあるが、落ち着いた雰囲気の、大人の色香が漂う美人である。
カーシャは、ゲラへ軽く礼をして、
「あら、今日はお客様、少ないのねぇ……」
と言いながらゆっくりカウンターに近づいてきた。
「いらっしゃいませ。お嬢さん」
カーシャがリンナに微笑みながら声をかけた。そこへグリケスが、
「いや、女将さん。この娘、仕事の依頼で来たんじゃないんですよ……
実は、うちのスタッフとして働きたいらしんです」
と、困ったように言った。
リンナは肩を落として俯いている。
その様子を見たカーシャは、少し思案した表情をしたが、
「まぁ、お話だけでも伺いましょ。こちらへどうぞ」
とリンナを、カウンターの奥、何も書かれていない方の部屋へ促した。
「はい」
希望の光が差したのか、リンナは嬉しそうに奥の部屋へと入って行った。
が、その様子を見たグリケスは渋い表情を見せていた。
奥の部屋に入ると、目の前に応接用のソファとテーブルがあり、間仕切りで遮られたさらにその奥には店主であるカーシャの仕事机があった。
「どうぞ、お掛けになって」
サーシャがリンナにソファを勧める。
「失礼します……」
リンナがソファに浅く腰かけた。
「まず、お聞きしたいんだけど……どうして、あなたはうちの店で働きたいと思ったのかしら?」
「誰かを助ける仕事がしたいと思っているんですけど、ここはいろいろな仕事を引き受けるお店だって聞いて、それで、このお店だったら私でも出来る仕事があるんじゃないかと思って……」
「そう……あなた、なにか特技とか、他の人より優れている能力とかって持ってるかしら?」
「いや、特にはないんですけど、強いて言うなら、回復魔法と補助魔法を少々……」
「ん~、じゃぁ……これまで魔物とかを討伐した経験とかはあるかしら?」
「いや、一度もありません……っていうか、戦闘はあまり得意ではない……っていうか、好きじゃないっていうか……」
そう答える途中から、リンナはカーシャから目をそらし俯いている。
「厳しい事言って申し訳ないけど、それだと、うちの店で仕事するのは難しいわね。
確かにうちの店は、色々な仕事を請け負っているんだけど、そのほとんどは、討伐や護衛といった仕事依頼なの。だから、戦闘が苦手だと、あなたに振れる仕事はかなり限られてしまうのよ。
それに、多少の回復魔法と補助魔法が使えるぐらいで、お客様の期待に応えられるかというと……」
「初めは、安くても構わないんで、見習いやお手伝いとして働かせてもらうっていうのもダメでしょうか?」
「ごめんなさい……未経験者を雇って、現場で経験を積ませたり技術アップさせるような余裕は、うちにはないのよ。新人を教育したり指導するノウハウもね……
だから、あなたが十分な経験を積んで、高い技術を身につけたら、また来てもらえるかしら」
リンナは黙り込んでいる。本当は『じゃぁ、どうすれば経験が積めるんですか?どうすれば高い技術が習得できるんですか?学校で学ぶお金のない人は、どこかに雇ってもらって、そこで一から学んでいくしかないじゃないですか!』と反論したかっただろう。
だが、その気持ちを懸命に呑み込み、コクッと頷いた。そして、
「分かりました……お時間をいただき、ありがとうございました」
と、社交辞令的な常套句を発するのが精一杯だった。