「それは大変だったわねぇ~。でも、あなたが無事で安心したわ……」
「ご心配をおかけして済みませんでした……」
オーライ屋の店内で、女将のカーシャがリンナから今回の一件に関して話を聞いていた。2人はテーブルをはさんで客の順番待ち用の椅子に向かい合って座っていた。
ここにはゲラはいない。リンナをここへ送り届けた後どこかへ行ってしまったようだ。もう自分の役目は終わったのを解っているのだろう。
今、リンナは、事の一部始終をカーシャに話し終えたところだった。
「怖い思いもしましたけど、いろいろと貴重な経験をしたと思ってます」
「ふふっ、そうね……」
「あと、これを……今回のお礼です。半分減っちゃいましたけど……」
そう言って、リンナが、竜神の刺繡が施されたペノンの巾着袋を差し出した。カーシャはかぶりを振り、
「あなたから正式な仕事の依頼は請けていないわ。だからこれは、あなたがいただきなさい……」
と、リンナの手をとり、その手のひらに優しく巾着袋を乗せた。
「でも、私は大したことしてないし、いろいろと助けてくれたのはトカゲさんだから……これは……」
「ゲラは私の指示で動いたのですから、ちゃんと私から手当を出します。心配しなくて大丈夫よ」
リンナは黙って少し考えた後、あらたまったように、こう言った。
「やっぱり、これは私が貰うものじゃないと思うんです……だから、女将さんが受け取ってくれないのでしたら、元の持ち主に返そうと思います」
それを聞いたカーシャが、間をおかずしてリンナを戒める。いつにない厳しい口調である。
「おやめなさい!そんな事」
これまでと全く違うカーシャの様子に思わずビクッとするリンナ。
「元の持ち主のプクリポさんが、今、何処にいるか知っているの?どうやって探すの?探すための時間と経費はどうするの?
例え見つかったとしても、そこには半分のお金しかないのよ。残りはどうするの?あなたが補填するの?
それに……」
と、一呼吸置き、言葉を選ぶように話を続けた。
「今あなたのお話に出てきたオーガの男性とウェディの女性……これ以上あなたがあれやこれやと動き回ったら、お二人にご迷惑がかかるかもしれないとは考えないのですか?」
カーシャの厳しい言葉に押されて俯き黙ってしまうリンナだったが、内心は納得できていない。
(何故、残ったお金を返してはいけないのか?どうして、坊主頭のオーガの男とウルフボブのウェディの女に迷惑がかかるのか?)
リンナがそれを理解できなかったのは当然である。カーシャとしては、リンナが理解できるような説明をすることはできないのだから……
カーシャが言ったことは、『仕事が済んだら、必要以上に詮索したり情に流されて深入りしたりしてはいけない』という、云わば裏稼業に従事する者の不文律・掟みたいなものである。そうじゃないと、いつどこで足元をすくわれ命を落とすか分からないし、又、同業者が無用なとばっちりを受ける恐れがあるからだ。
カーシャがリンナの話を聞いて、(坊主頭のオーガの男とウルフボブのウェディの女の二人は、おそらく自分と同業者であろう……)と察することができたのは、カーシャ本人も裏稼業に手を染める人間だからである。堅気の一市民であるリンナに理解できないのは無理もない。それはカーシャもよく解っている。だが、裏稼業に係る事情を、一般人に対して口に出して説明すことは決して許されないのだ。
(裏社会の事情であるということを秘したまま、リンナがこれ以上足を突っ込むのを止めさせなければならない……)
そうでなければ、リンナの身が危うくなる。もしリンナがこの件に関して深入りし、カーシャあるいは坊主頭のオーガの男やウルフボブのウェディの女が闇の仕事を業とする人であると知ってしまったときは……
(リンナには、裏稼業の掟に従ってもらわなければならなくなる)
のである。
カーシャは内心、ゲラにリンナの様子を見に行かせたことを後悔していた。老婆心で余計な事件に首を突っ込んでしまったと……
カーシャは、悄然としているリンナの側に歩み寄り、優しく語り始めた。
「いい?リンナさん……そのプクリポさんは願いを叶えるためにお金を出し、あなたはちゃんとその願いを叶えた。この一件は、それで全て完結しているの。
だから……もうこれ以上この事に係ってはダメ」
カーシャがリンナの肩にそっと手を置く。顔を上げ、カーシャの眼を見つめるリンナ。カーシャは小さく頷き、こう続けた。
「そして、あなたはこのお金を受け取らなければならない責任があるのよ……」
ふと、リンナの脳裏に坊主頭のオーガの男が言った言葉が甦えってくる。お金を受け取ることを拒んだ時にオーガの男が言った言葉……
(お前さん、何か勘違いしてるんじゃないか?……小悪党懲らしめて正義の味方にでもなったつもりなら、大きな間違いだぞ……)
この言葉と、カーシャは同じ趣旨のことを言ったのであろういうのは、そこはかとなく解った。だが、その本当の意味は今でもよく解らない。ただ手の中の巾着袋を見つめ、この金を受け取る意義を見つけようとしている。
不毛であろう……
《金を貰って人知れず願いを叶える闇の仕事》
そんな裏稼業など、まだ俗世の手垢のついていない少女には知る由もないのだから。
〔第一話・完〕