極楽島ラッカラン……
その名が示すようにカジノやコロシアムを中心とするアストルティア随一の歓楽街である。
そのカジノの2階、テラスに面した遊戯ルームで、まだ日も高いというのに10コインスロットに一人興じている女がいた。オレンジ色のショートウルフボブの髪をしたウェディの女である。
引きが悪いのか、時にスロットの盤面にブツブツと文句を呟きながらリールの変動を睨みつけていたのだが、溜まったイライラが我慢のキャパシティを超えたらしく、
「このクソ台がッ……」
と、筐体をド突いて席を立ち、テラスに向って歩き出した。
ウエディーの女はテラスの端まで歩みを進めると、懐から20センチメートル弱の煙管を取り出し、雁首に煙草葉を詰め吸口を咥えた。そしてマッチを擦り、火を点けようとしたのだが、
「お客様、申し訳ありませんが、ここはテラスも含めて全館禁煙となっております。ご協力お願いいたします」
と、バニーの女の子に諫められてしまった。
「そりゃどうも、悪ぅございましたね……」
そう言いながらウェディの女は、仏頂面で雁首の煙草葉とマッチの燃えカスを携帯灰皿に収めた。
遊技ルームに戻り、元の台を打とうとしたウエディーの女だったが、
(あっ⁉)
さっきまで自分が打っていた台は、他の人が座ってプレイをしているではないか。VIPルームの方が相応しいような貴婦人風のマダムである。艶めく黒髪が筐体のランプを受けて濃紺の玉虫のようにきらめいている。
ウエディーの女がマダムの背後からチラリと様子を窺ってみると、何と、自分が打ってた時には全く大きな当りを引かなかったその台は、今、出玉倍増のメタルスピンにモードチェンジしてジャンジャン当りを引いている。
(あたいが散々ブッ込んだ台だったのにぃ~このハイエナが!)
と、悔しさがこみ上げてくるウエディーの女。その眸は恨みがあるかのように血走っていた。
他方、そんなことを知ってか知らずか、涼し気にスロットをプレイしているマダム。が、背後から注がれる鋭い視線に気づき、ふと後ろを振り向いた。
「どうかいたしましたか?」
物腰柔らかにウェディの女に問いかける。
「い、いや、この台はさっきまであたいが打ってたんだけど、あたいの時は全然出なかったのに、と思ってサ……」
ウエディーの女は感情を押さえて苦笑いを浮かべた。
「あらぁ~そうでしたの……それは何か悪いことをしてしまいましたねぇ」
「いや、今日はあたいに運がなかっただけの話サ」
ウェディの女も、さすがに相手に嚙みついたりはしない。(そろそろ当りを引く頃だったのに)とか(ツキを持っていかれた)と思ってしまう気持ちはあるが、そのへんの最低限の博徒の心得は持っている。
ウェディの女が、気持ちを切り替えて別の台を打とうとその場を離れようとしたとき、
「もしよろしかったらこれの続き、お打ちになります?」
と、マダムから意外な言葉がかかった。
「えっ!いいのかい?」
「ええ、私はラッカランに用事があって来たのですけど、早く来過ぎてしまって、時間つぶしにカジノへ寄っただけですから……でも、そろそろ時間なので行かなければならないのです。『せっかくメタルスピンが残ってるのにもったいないなぁ』と思ってたところだったんで、丁度よかったですわ」
「そういう事なら、遠慮なく……」
ウエディーの女は、さっきまでの形相と打って変わった笑顔で、マダムと入れ替わりスロットの席に座った。
「へへっ、ありがとヨ」
マダムはニッコリ微笑み、ウエディーの女の耳元で、
「貴女にも良い運が訪れますように……」
と甘く囁いた。
貴婦人風のマダムが遊戯ルームを去った後も、その台はフリースピンやメタルスピンを引き続け、今、ようやく終わりを迎えようとしていた。
(大勝ちさせてもらったんで、今日はこのへんでお開きにするか……)
そう思いながら、ウエディーの女は肩の力を抜いて一息つこうとしたのだが、
(ん⁉)
スロットの盤面に何やら赤い文字が浮かび出したではないか。
(何かのプレミア演出なのか?)
と思いながらも、文字をよく読んでみると、それはさっきの貴婦人風のマダムからウエディーの女に宛てたメッセージであった。
メッセージにはこう書いてある。
《レミィーさんへ
貴女の腕を見込んで、
お頼みしたいお仕事があります。
是非、一度、
当店へお越しいただけないでしょうか。
オウライ屋 店主 カーシャ》
それを読んだショートウルフボブのウエディーの女……いや、レミィーは、スロットで勝った喜びなんかは一気に冷め、みるみる険しい表情に変わっていった。
(あの女、何者なんだ……あたいの名前や素性、スロットをよく打つという習慣まで知ってやがった……とにかく、このまま放って置く訳にはいかねぇ)
レミィーの噛みしめた奥歯がギリリと鳴った。
スロットの盤面に浮かび上がったメッセージは、何か魔法が掛けられたものなのか、次第に薄くなっていき、もうほとんど読みとれないぐらいに消えかかっていた。