その日の夜……
グランゼドーラ城下町の大通りから少し外れた路地にある《オウライ屋》。表看板は、魔物の討伐・護衛・調査・助っ人、等々、市民の困り事や、冒険者に役立つ様々な仕事を請け負う店だが、裏では、密かに、公にできない仕事も引き受ける闇の仕事屋である。
奥の応接室で、店主のカーシャがランプの明かりを頼りに、パーテーション裏にある自分用の机の上で事務仕事をしている。他には誰も居ない。
ランプの灯が僅かに揺らいだ。
顔を上げるカーシャ。フンフンと何度か鼻で呼吸をすると、口元に笑みを浮かべながら、
「お待ちしていましたよ」
と、誰も居ないはずの部屋で声を出した。
「完全に気配を消したつもりだったんだけど、あたいに気づくとは……やはりあんたもただの女狐じゃないね」
姿は見えないが、その声はショートウルフボブのウエディーの女《レミィー》のものである。
「どうやって忍び込んだのですか?」
「客に紛れて店に入って、あとは、姿と気配を消していただけさ」
「まぁ、近くに寄るまで全く気づきませんでしたわ……さすが、私の見込んだ方だけのことはありますね」
「おっと、そろそろ《粉》の効果が切れそうだ」
徐々にレミィーの姿が色付いていく。どうやら《レムオルの粉》を使って身体を透明化させていたらしい。レミィーは、カーシャの机を挟んだ正面に居た。その手には短剣が握られている。
「あたいが来たのはあんたの仕事を請けるためじゃない。あんたの命を貰うためだ!あたいの素性を知る者を野放しにはしておけないからねぇ」
「まぁ、それは怖いこと……」
言葉ではそう言っているが、カーシャは全く萎縮せずにレミィーを見据えている。
「あたいが忍び込んだことに最後まで気付かなかったら、本当に殺るつもりだったよ」
「それで……今はどうなんです?」
「いくつかあんたに訊きたいことがある。その回答しだいだ……」
「ふふっ、構いませんよ。私の返答が気に入らなかったら遠慮なくどうぞ」
今、逆にレミィーの方が恐怖を感じつつあった。カーシャの肝の据わった態度……間違いなく裏筋の人間であると……。だが、それを相手に悟られてはいけないと、レミィーは見下したような言い方を続けた。
「まず、あたいのことはどうやって知ったんだい?」
「レンダーシアで悪い魔物使いをお仕置きした人がいるという話を耳にしました。凶暴化したベヒードスも倒してしまわれたとか……
どんな方なのだろうと興味を持ちまして、不躾かとは思いましたが少し調べさせてもらいました。
ええ、すぐに貴女のことは分かりましたよ。失礼ながら私は存じ上げませんでしたけど、レミィーさん、裏の世界では結構名の知られた方でしたのね……
凄腕の盗賊で鞭の達人、そして、時には暗殺も引き受けるアサシン……」
「なるほど、よく調べたね……やっぱりあんたも同じ穴の狢って訳だ」
「ふふっ《蛇の道は蛇》ですわ」
「それで、あたいに頼みたい仕事ってのは?」
「引き受ける気になってもらえましたの?」
「仕事の内容と貰える報酬によるね」
「では、早速ビジネスの交渉に入りましょうか……その仕事というのは、ある洞窟の奥から壺を取って来てもらいたいんです」
「壺⁉何だい、その《壺》ってのは?」
「実は、私もその壺に関しては知らされていません。その壺は何か封印がしてあるらしく『封印したまま取って来て欲しい』というのが依頼人の希望です。
しかも、その洞窟にはいくつもの罠が仕掛けられているらしく、また、他にもその壺を狙っている者がいるとか……
これは、相当困難なミッションだと思いましたが、でも、貴女であれば可能ではないかと……」
その言葉に不信そうな表情をするレミィー。首を傾げている。
「それだったら、あんたの表の仕事で事足りるだろ。確かに、あたい程の盗賊はそうはいないが、でも、あんたの情報網で調べれば、何人か腕の立つ盗賊は上がってきた筈だ。にもかかわらず、敢えて裏の人間であるあたいに声を掛けたのはどうしてだい?」
カーシャは目を閉じ、少し思案した後、再び口を開いた。
「本来であれば、依頼人に関しては他言できないのですが、少しだけお話しましょう……
この仕事の依頼人は、古くからの知り合いでして、信頼のおける人です。もちろん私の裏の仕事の事も知っています。その依頼人が『人選には念には念を入れて欲しい』と言ってきたのです。私は《裏の仕事になるかもしれない》ことを暗に示唆していると感じました。ですので、裏の世界の人にお頼みすることにしたのです。壺について何も言わなかったのも引っ掛かりますし……」
レミィーは納得したのか、持っていた短剣を腰の鞘に収めた。それを見たカーシャが話を続ける。
「さっき貴女がおっしゃった通り、単に腕の立つ盗賊ならば、私の表稼業に登録している方にもいます。ですが、堅気の人を裏の仕事に巻き込むとなると、話は腕の良し悪しだけではないというのはお解りでしょう」
その言葉に、レミィーは二・三度軽く頷き、
「分かった。その仕事、あたいが引き受けてやろうじゃないか!」
と快諾の返事をした。だが、それに対し、
「いや、ちょっと待っていただけますか」
と、カーシャの方が水を差すように遮った。
「何だい?今更……」
「さっきも言いましたが、この仕事は相当困難である上に不穏要素が多すぎます。いかに貴女とはいえ、一人でやるのはリスクが高すぎます。できれば相方さんと一緒にやっていただけるとありがたいのですが……」
キョトンとするレミィー。
「『相方』⁉誰のことを言ってるんだい?」
「ほら、凶暴化したベヒードスを一緒に倒したっていうオーガの男性……」
「あぁ~ハンテツのことか⁉」
あの坊主頭のオーガの大男の名は《ハンテツ》というらしい。
「ハンテツさんとおっしゃるんですか……そのオーガの方は……」
レミィーは、小さく頷いた。
「ハンテツとは、成金商人の護衛の仕事に応募したらたまたま一緒になっただけさ……その後成り行きで、あいつと組んで悪徳魔物使いをヤルことになったけど……今、何処にいるのかは知らないな」
「そうですか……」
少し残念そうなカーシャの様子を見て、レミィーがニタリと笑い、
「あんたの情報筋でも、あいつの素性は分からなかったようだね」
と冷やかすように言った。
「ふぅん……堅気の人であれ裏の人であれ、別格の技量もった人でしたら、何かしらの話が耳に入ってきても良さそうなんですけどね……」
「そうだな、確かにあいつは謎だらけだ……でも間違いないよ、あいつは裏の人間だ。しかも、何度も修羅場をくぐり抜けてきたプロ中のプロだね!でなければ、あのズ抜けた腕前と的確な対応力は説明がつかない。
たぶんハンテツは、今までずっと一匹狼で、各地を転々としながら仕事をこなしてきたんだと思うよ。だから、あいつに関する情報は、裏の世界でもあまり出廻っていないんじゃないかなぁ」
「そうかもしれませんねぇ……」
と、口惜しむカーシャ。
「大丈夫だって。壺の1個や2個、あたい一人で取って来てやるよ!……《金》次第だけどな!」
屈託のない笑顔をみせるレミィーにつられ、カーシャも自然と笑みがこぼれる。そして大きく頷いた後、
「分かりました。貴女を信頼しましょう……」
と、机の引き出しの鍵を開け、一枚の紙を出した。そしてその紙をレミィーに渡した。
「これは前金です。無事、壺を持ち帰っていただいたら、残りの半金をお支払いします」
どうやら、その紙は手形もしくは小切手のようである。
「フッ、いいだろう……」
レミィーはその紙を懐にしまった。
「これで、契約成立ですね」
「あとさぁ……」
レミィーは何か言いづらそうに話を継いだ。
「何ですの?」
「あのぅ~ここに忍び込むために《レムオルの粉》を調達したんだけど……あれ、経費で落ちないかな?」
「はぁ⁉それは貴女が勝手にやったことでしょ。私は『密かに侵入してください』とは言ってませんから……」
カーシャはそう言って、呆れたような笑いを浮かべた。
「……だよなぁ~」
と首を竦めるレミィー。
「それと……」
そう言い差したカーシャの目は、さっきとは違って鋭いものになっていた。
「貴女に一つ忠告しておきたい事があります」
「ん?」
「今後、姿を消して潜入する仕事の際には、事前の喫煙は控えた方がよろしいのでは?」
「えっ⁉」
と、レミィーは慌てたように自分の衣服の匂いを嗅ぎ始めた。
「魔法か薬で、一時的に表面的な匂いは消せたかもしれませんが、肺に入った煙草の匂いは看過してたみたいですねぇ……特に嫌煙者は、煙草の匂いには敏感ですので注意してもらわないと……」
自分がミスを犯していたことに気づき、ハッとするレミィー。
(そうか!この女が、いま一つあたいの腕を信用しきれず、『相方と組んで……』なんて言ってきたのは、あたいに『詰めの甘さがあるのでは?』と危惧したからなのか……)
カーシャは、このことについて、それ以上口にすることはなかった。だが、彼女が言わんとしたことは、痛いほどレミィーは解っている筈である。裏の仕事では、些細な落ち度でも命取りになるのだということを……