翌日、レミィーは《夢幻の森》に居た。
王都カミハルムイの北に位置するこの地は、東に、今は《捨てられた城》と呼ばれる王城跡がある。
もう昼過ぎだというのに、森の木々が陽の光を遮り、辺りは薄暗い。その地の北東付近「岩肌に隠れるように目的の洞窟がある」とはカーシャの言葉である。
塞がれた入口は、巧みな偽装により、周りの景色と絶妙に同化していた。だが、熟練の盗賊にとっては、意識して探せば見つけるのはそれほど難しくはない。
レミィーは、ナイフやサバイバル用の多機能シャベルを使い、入口を塞いでいる土石や草木をどかしていった。
洞窟の中に入ると、中は意外に広く、立って進める程である。レミィーは、ランタンを手に奥へと進んでいった。
カーシャの言った通り、洞窟には様々な罠が仕掛けられていた。落し穴……仕掛け矢……足括り……吊り天井、等々。しかしながら、魔物は一切棲息していないようだ。これぐらいだったら、二流の冒険者ならまだしも、レミィーであれば楽々乗り越えられるレベルである。レミィーは、まるで子供が公園の遊戯具を突破するかのようにそれらの罠をかわしていった。
そして洞窟の一番奥。《壺》はあった。外観は何の変哲もないありふれた壺であったが、壺は蓋が閉められており、2箇所を、荷造りテープで蓋を固定するような感じに御札が貼られていた。おそらくこれが封印である。とすればこの壺で間違いない。
(フッ楽なもんだね……オウライ屋の女将は、取り越し苦労が過ぎるんだよ!)
そう思いながら、壺に近づこうとしたとき、
(⁉……何者かが来る!)
レミィーは、《何者か》がこちらへ近づいて来るのを察知し、ランタンを消して、壺の陰に身を潜めた。
洞窟へ入って来た《何者か》は、足早にこちらに向かって来るようであった。しかも、暗視ができるようで、明かりも灯してはいない。
(闇の中、罠にも掛からないで来ることができるっていうのはどういう訳だ……)
確かにいくつかの罠はレミィーが解除し、あるいは発動させて無力化させてはいるが、全部ではない。残ってる罠もあるし、一回だけでなく何度も発動する罠もある筈だ。《何者か》はレミィーを遥かに超えるスキルを持っているのだろうか?
(オウライ屋の女将が、『他にも壺を狙っているヤツがいる』って言ってたけど……そいつか?)
レミィーは目を凝らして人相風体を確認しようとするが、分からない。レミィーも暗視には自信がある方なのだが、明かり無しだと、まだ遠い。
その《何者か》は壺の存在が確認できる距離まで近づくと、足を止め、辺りを警戒し始めた。《何者か》はこう思ったのであろう。
(入口の具合と、ここに辿り着く間の洞窟の状態からして、直近に誰かがこの洞窟に入ったのは間違いない。しかも、まだその先入者は付近にいるかもしれない……)
慎重に壺へと足を運んで来る《何者か》に、焦りを感じるレミィー。気配を消しているとはいえ、このままでは、見つかるのは時間の問題なのだから……
(こちらから仕掛けるしかない!)
レミィーはそのチャンスを窺っていた。
壺へは、もう手が届く距離まで近づいている。そして《何者か》が壺へ手を伸ばそうとした時、
(今だ!)
レミィーは壺の陰から飛び出し、《何者か》へ鞭を放った。
鞭の穂先は一直線に《何者か》へ向かって行ったが、《何者か》は半歩下がりながら身を捻ると、右腕に鞭を絡ませて攻撃を防いだ。
暗闇の中、しかも突然の事態であるにもかかわらず、そんなことができるというのは、やはり相手は相当の手練れである。
さらには、右手に絡んだ鞭を、力任せに思いっきり手繰り寄せてきた。その怪力の前に、鞭を手離すしかないレミィー。
間髪入れず、《何者か》の左手刀がレミィーの首筋へ迫った。
だが、レミィーも引けを取ってはいない。素早く相手の懐に潜り込み、いつ抜いたのか、手にした短剣を《何者か》の喉元へと走らせていた。
肉薄する両者!相手の顔が確認できるまで距離が詰まる。
(⁉)
レミィーの短剣と《何者か》の手刀が、寸止めでピタリと止まった。
「……ハンテツ!」
そう《何者か》とは、この前、レミィーと共に、凶暴化したベヒードスと悪徳魔物使いを倒した坊主頭のオーガの男《ハンテツ》であった。
「レミィー⁉……なんでお前がここに?」
「フンッ、あんたの知った事か……そんな事より『他に壺を狙っているヤツ』ってのが、まさかあんただったとはね」
レミィーは、パッと離れてハンテツとの間合いをはかると、
「ハンテツ……この壺は渡せないよ!欲しけりゃ力ずくで奪いな!」
と、再度短剣を構えて戦闘姿勢をとった。
「待て……少し落ち着け!一人で勝手に先走るのはお前の悪い癖だぞ」
「じゃぁ、どうしてあんたはここに来たんだい?」
「今から話す……その前に、とりあえず明かりを点けてくれ」
レミィーは、眼でハンテツを牽制しながら、再びランタンに火を灯した。
その明かりに照らされ浮かび上がった壺。よく見ると、2枚貼られた御札のうち1枚が、壺から剥がれ、蓋の方だけにくっ付いてヒラヒラとそよいでいる。
「ヤベッ、封印の札が取れかかってるじゃねぇか!」
そう言って、レミィーは慌てて壺の御札を貼り直そうとした。が、
「ゲッ、何だ!これは?」
と眼を剥いて壺から跳び下がった。
御札の剥がれた壺は、蓋の片一方(御札が剥がれた方)が少し浮き上がっており、その壺口と蓋の隙間からはドス黒い雲煙のようなものが溢れ出ていた。
「……魔瘴?」
レミィーがそう言って再び壺に近寄ろうとしたとき、壺と蓋の隙間から、雲煙に紛れて触手のようなものが飛び出し、レミィーに襲い掛かった。
「レミィー!離れろ!」
とハンテツが叫ぶより先に、レミィーは間一髪で触手の攻撃を躱していた。
尚も襲って来る触手。
さっきは不意を突かれたレミィーだったが、始めから分かっていれば、この程度の攻撃は大したことはない。手にしていた短剣で、触手を一刀のもとに切り落としてしまった。
すかさずハンテツが、連打の拳を繰り出し、隙間から出ている残りの方の触手を壺へと押し戻した。そして強引に両手で蓋を押さえつけた。
触手は、また壺から出ようとしているのか、押さえつけられている蓋を持ち上げようとしていた。ハンテツの怪力をもってしても、パカパカと蓋が浮いてしまう。
「レミィー!早く封印をするんだ!」
「お、おぅ……」
とレミィーが、剥がれた御札を、元の状態に貼り直した。
蓋の動きは止まり、壺はとりあえず静かになったようだ。
「あたいたちが騒がしくしたから札が取れちまったのか?……でもまぁ、これで一安心だな」
「いや、もう御札の効力そのものが弱まっている。封印を破って外に出てくるのは時間の問題だろう」
ハンテツはそう言いながら、切り落とされた触手に近寄ると、それを見定めるように注視した。
「植物の蔦……か?」
レミィーも、ハンテツに倣うように、触手を見ている。壺に封印されていたのは植物系のモンスターらしい。
「ハンテツ、あんたはこの壺の中にモンスターが封印されてるって、知ってたのかい?」
首を振るハンテツ。そして、
「お前は、お宝だと思ってこの壺を盗もうとしてたのか?」
と、逆にレミィーに訊いてきた。
「あたいは、この壺を取って来るようにと仕事の依頼を請けたんだ……中身までは知らされていない」
「そうか……」
「『他にも壺を狙っている輩がいるから気を付けてくれ』って言われてたんで、てっきり、あんたもこの壺を狙っているのかと思ったけど……」
「いや、俺は壺の存在自体知らなかった。行きがかり上で、ここに来ただけだからな」
「『行きがかり』?」
「ああ……とにかく外に出てから話そう。ここは危険だ」
「えぇ~⁉壺は?」
「それも含めて俺の話の後だ……」
レミィーは渋々《リレミト》を唱え、脱出ゲートを作りだした。
洞窟の入り口に戻って来た2人。
ハンテツは、傍にあった小岩に腰を下ろすと、自分がこの洞窟に来ることになった経緯を語り出した。