今から数時間前のことである……
グランゼドーラ城下街、大通りの南方、出入口に近い方にハンテツの姿があった。
陽も高くなり、街には活気が出始めている。
ハンテツはグランゼドーラ城下街南西にある道具屋で消耗品をいくつか買った後、店を後にして、大通りへと差し掛かったところだった。
それは全くの偶然だったのだが、ハンテツは、大通りを出入口へ小走りにかけてゆく見知った少女を目にした。
(ん?……あの娘はたしか……)
紫がかった髪を、2つの大きなリボンでツインテールに束ねているエルフの少女……前の悪徳魔物使いの一件で、ドラクロン山麓では《お供えの金》をめぐっての誤解もあったが、凶暴化したベヒードスとの戦いでは健気にサポートしてくれたあの娘である。
通常であれば、知った人を見たところで何も気に掛けることはないのだが、手に野花を持って正面の門をくぐってゆく姿を見て、ハンテツは一抹の不安を覚えた。
いつか、とある用でグランゼドーラ領を駆けていたときに、北東地域の大きな岩の陰に墓石らしい丸石があって、側に花が供えられていたことを思い出したのである。人目につかない場所にひっそりとある墓石と、それに寄り添うように咲いている花に、切ないながらも何故か心が和むような心地がしたものだ。
(あの花はあの娘が供えていたのか……)
そのこと自体は別に気にすることではないのだが、ただ、グランゼドーラ領は凶暴なモンスターが棲息している。いくら距離が短いとはいえ、少女一人で出向いて行くには危険である。
ハンテツは(柄ではない)と思いつつも、少し気に掛かるので、ちょっとだけ様子を窺ってみようかと、正面の門を出た。
その娘は、門前から延びる石畳を南へ進み、石畳の途中から左に曲がって、多くの岩が散在している平原へと入って行った。やはりグランゼドーラ領北東の大岩へ向かうようだ。案の定、一人である。しかもドルボードにも乗らず小走りで……これでは、モンスターに襲われたら逃げることも難しい。
だが、《仕事》でもないのに、余計な事に首を突っ込むのは控えなければならない。裏の世界に生きる者であれば……
(まぁ、あの娘がどうなろうと知ったことではないか……)
そう、自分に言い聞かせて、町へ引き返そうとしたのだが、
「……」
やはり、どうしても気に掛かるのだ。
ハンテツは、気づかれないよう遠くからエルフの娘の後を追うことにした。
エルフの少女が大岩に着いた。とりあえずここまではモンスターに襲われずに済んだようだ。
少し安堵するハンテツ。
エルフの少女が、大岩の墓のある方へ廻った。墓は、ハンテツから見て大岩の裏側に位置するので、その娘の姿は、大岩に隠れて見えなくなった。直後、
「キャーッ!」
突然、エルフの少女の悲鳴が響いた。
(やはり、モンスターに襲われたか……)
距離をおいて遠目に窺っていたハンテツが、急ぎ大岩の反対側へ馳せる。
エルフの少女は腰を抜かして、へたり込んでいた。どうやらモンスターに襲われたのではないらしい。周りには墓に供える筈の野花が散乱していた。
「大丈夫か!」
ハンテツが声を掛けると、エルフの少女は震えながら墓石の方を指差した。
「⁉」
指差した先には、墓石にもたれかかるようにして人が倒れていた。初老のエルフの男だ。
ハンテツは、倒れているエルフの男の口元に手をかざし、しばらくした後、心臓に耳をあてた。そして首を横に振ってみせた。
「この人……助からないんですか?……」
と、か細い声で訊いてきたエルフの娘に、ハンテツは小さく頷いた。そして、死んだエルフの男の衣服や体全体を見回した。
「外傷は無いようだ。突然の心臓発作か何かだろう……事件性は低いと思うが、早く人を呼んできたほうがいい」
「は、はい……でも、その前に、これを、どうしましょう……」
そう言って、エルフの少女は、手にしていたものをハンテツに見せた。それは琥珀の石と折り畳んだ紙であった。
「それは?」
「この人が、私に預けたんです。『頼む……お嬢さん……これを、この場所へ……』って」
「最後に、そう言って、息絶えたのか?」
コクリと頷くエルフの少女。
「見せてもらってもいいかな?」
ハンテツはエルフの少女から琥珀の石と紙を受け取り、それらのものを見定めた。
飴色に艶めく琥珀の石は《勾玉》であった。よく天地雷鳴士が祭祀や呪術に用いるという……
(すると、死んだ男は天地雷鳴士なのか?)
次に、紙を開いてみると、思った通り地図であった。地図には、《夢幻の森》北東部の隠し洞窟の場所と、その洞窟内部の見取り図が描かれていた。洞窟の最深部には赤く丸が付けてある。
「この男は、お前さんに、この勾玉を地図の場所へ持って行って欲しいと頼んだって事か……」
「そう……だと思います」
ハンテツは、少し沈思して、
「この頼みは、俺が代わりに引き受けよう」
「えっ!いいんですか?」
「お前さん、《夢幻の森》へ行って、何が出るか分からない洞窟の中まで入れるか?」
「それは……」
「だろう?だったら、自分で行くのは止めておいた方が無難だ」
「済みません……お願いします」
「お前さんには、人を呼んできてもらおう。グランゼドーラ城下街にいる守衛にでも話せば来てくれるだろう」
そう言ってハンテツはドルボードを起動させた。サイドカー付バイク型のドルボードだ。
「門前まで送ろう。乗りな」
「ありがとうございます」
エルフの少女がサイドカーに乗ると、ハンテツはグランゼドーラ城へ向かってドルボードを走らせた。
グランゼドーラ城までの道中、
「あのう……」
と、エルフの少女が声を掛けてきた。
「なんだ?」
「以前、お会いした事ありますよね?……」
「フッ、覚えていたのか?」
忘れよう筈がない。忘れるどころか、今でも頭の片隅に引っ掛かっている。あの日、グランゼドーラ領ベヒードスを倒した後、お金を受け取ることを拒んだ時に言われた言葉……
(お前さん、何か勘違いしてるんじゃないか?……小悪党懲らしめて正義の味方にでもなったつもりなら、大きな間違いだぞ……)
エルフの少女は、今、その意味を訊いてみようかと迷ったが、言い出しかねている間に、
「お前さんが花を供えていたあの墓は、もしかして……」
と、オーガの男の方が声を掛けてきた。その声に我にかえる。
「あ、はい。この間、悪い魔物使いに殺されちゃった魔物たちのお墓です……」
「やはりそうか……」
オーガの男は無表情でそう応え、バイクのハンドルのを握りながら話を続けた。
「気持ちは分かるが、あそこにはもう一人では行かないほうがいい……知っての通り、グランゼドーラ領は凶暴なモンスターがいる。お前さんでは危険だ」
「はい……そうですよね……」
エルフの少女は、少し寂しそうに言った。
そんな会話をしているうちに、バイクはグランゼドーラ城下町の門前に着いた。
エルフの少女がサイドカーを降りる。
「ありがとうございました。これから守衛さんに話してきます」
「頼む。勾玉の件は、責任をもって俺が与る。心配しなくていい」
そう言って去ろうとしたオーガの男へ、
「あ、あのう……」
「……⁉」
「私、《リンナ》って言います」
リンナは、はにかみながら言葉を続け、
「これ、お墓にお供えしようと思って摘んできたんですけど、あんな事があって……一輪だけ手元に残ってたんで、お礼と言ってはなんですけど……」
と一輪の野花を差し出した。
野花を受け取ったオーガの男の頬が僅かに緩んだ。
「名乗る程の者ではないが、俺は《ハンテツ》だ」
「ハンテツさん……ですか。お世話になりました」
少し照れ気味に頭を下げるリンナに、ハンテツは軽く頷き、ドルボードに乗ったままルーラストーンを空へとかざした。