「ほう~、それで、その地図を頼りにここに来たって訳だ……」
ハンテツの話を聴き終わったレミィーが言った。
「ああ、俺は、あの娘の代わりに、地図に描いてある赤丸の場所に勾玉を持ってきただけだ」
「あのエルフのガキ、命拾いしたな!」
確かに、リンナでは洞窟の罠を抜けることすらできなかったに違いない。
「まさか、地図に記されていたのは《化物の壺》の場所だったったとわねぇ……」
そのレミィーの言葉など耳に入ってこないのか、ハンテツは琥珀の勾玉を手にし、ジッと見定めながら深く考え込んでいた。
(この勾玉にどんな意味があるのか?
今、思いつく可能性は2つ……
勾玉には壺の封印の力を弱める効果が施されてたとすれば……俺が壺に近づいたことにより、あのモンスターは一部を壺から出せた。
だとすると、死んだエルフの男は、壺の中のモンスターを世に出そうとしていたことになる。封印を解いたモンスターを何かに利用しようとしていたのか?
ありえない!
自分が死んでだ後では、モンスターを世に出しても、自分では利用できない。無意味である。
もっとも、他の誰かがモンスターを利用するため、たとえ自分が死んでもモンスターの封印を解きたかった。ということも考えられるが……
では逆に、勾玉に封印の力を増す効果が施されていたとすればどうか……そもそもあの壺の封印は限界で、俺が壺に近づいたことにより御札の効力が強まり、何とか御札1枚で堪えた。
だとすれば、死んだエルフの男は、死んでもなお、凶暴なモンスターが世に出るのを阻止したかった。ということになる。
確かにその方が自然のような気もするが……
それとも、他に、俺の想像が及ばない何か全く別の意図があったのか……
ともかく、死んだエルフの男は、何故、自分が死んだ後もこの勾玉を壺の所へ持ち込みたかったのか。その事情を探らなければ……)
そんな深刻な面持ちのハンテツを一蹴するかのように、レミィーは、
「まぁ、あたいにとっては、壺の中身なんてどうでもいいけど……中は知らなかったことにして、壺を依頼主に届けるだけさ!」
と気楽に言い捨てた。
ハンテツが鋭い眼をレミィーに送るが、レミィーは引く様子はなく、逆に言い返してきた。
「ハンテツ、あんたにとって、あの壺は何でもないんだろ!……あんたが頼まれたのは『琥珀の勾玉を洞窟の奥に持って行く』ことだけだったんだから!あんたがやるべきことは、もう済んでるよな!ってことは、壺ははあたいが好きにして構わないって訳だ!
それとも何かい?明らかにヤバイことだって分かってるのに、さらに足突っ込む気かい?金にもならないし、義理もないのに……」
レミィーの言うことには一理ある。そもそも、ハンテツがこの件に巻き込まれたのは、本来、裏稼業の人間としては慎まなければならない《おせっかい》をしてしまったからである。これ以上深入りするのは身を亡ぼしかねないのだ。
「……」
だがやはり、謎を残したままでは後味が悪いのだろう。ハンテツは重苦しく口を開いた。
「レミィー……」
「ん?」
「頼みがある……」
「ダメだね!あの壺は渡せないよ!」
「3日でいい、3日だけ待ってくれないか?」
「3日?」
「ああ、3日間でできるだけ調べてみる。それで何も分からなかったら諦めよう。壺はお前の自由にしていい……」
「3日の間に、またあのモンスターが出てきたらどうするんだよ!」
「確かに、壺の封印はかなり弱まっている。だが3日は何とか持つと看ている」
レミィーは少し考え、
「ハンテツ、『調べる』って言ってるけど……本当に大丈夫かよ。この話、けっこうヤバイと思うぞ。壺の中の化物、何だか分からないだろ!しかも、手掛かりと言ったら、その《勾玉》ぐらい!それでどうやって調べるんだよ?」
と、彼女にしては珍しく理性的な口調で言った。
「ああ、そうだな……」
「あたいは、直接、大元の依頼人とは会っていないけど、大元の依頼人は、詳しく壺の中の事は話さなかったみたいだし……やっぱり《訳アリ》なんだよ、これ」
「さっき、『壺を狙っている者が他にもいる』って言ってたな?」
「ああ、そう聞いてるけど」
「ということは、壺の中のモンスターを利用しようと企んでいる奴がいる、ってことか……」
「ハンテツ、こういうの疑い出したらキリねぇぞ……あたいらの仕事は、依頼人の希望に応えてやる。ただ、それだけなんじぇねぇの?」
暫く沈黙する二人。その後、ハンテツが口を開いた。
「レミィー、お前にこの仕事を頼んだ依頼主は、信頼できるヤツなのか?」
「うーん、あたいの印象では、人を騙すようなヤツには見えなかったけど……」
「俺が一番気になっているのは、壺の中のモンスターを誰かが悪用しようとしているんじゃないかってことだ。
勿論、俺たちの仕事は正義でも善行でもない。だが、悪事に手を貸すようなことになるのは本意じゃないだろ!」
「まぁ……な」
「あの壺の中のモンスター。あれが悪用されたらどうなると思う?……何人もの関係ない人が命の危険に晒されるかもしれない」
「それは、解るけどさぁ……」
「もし、仮に、あのエルフの男が『壺のモンスターを悪用させないため、死ぬ前に最後の望みを託した』のだとしたら、俺は、死に際に居合わせた者としての責任を果たしたいんだ……」
レミィーは何も答えなかった。勿論その気持ちは理解できるが、本当は(甘いよ!そんな人情に流されて裏稼業が務まるか!)と言い返したかったに違いない。
「レミィー、お前に仕事を頼んだ依頼主が、『100%信頼できる!』と言い切れるなら、『悪事に利用するためにこの壺を盗ませようとしたのではない』と言い切れるなら、俺はこの場で手を引こう」
レミィーは溜息をつき、少し悩んだ様子をみせた後、
「分かったよ。あんたがそこまで言うなら、3日だけ待ってやるよ」
と、渋々承諾した。
「レミィー、済まない……」
「これ、1つ《貸し》だからな」
「ああ、覚えておくよ……じゃぁ、3日後の夕刻、またここで落ち合おう」
「その時まで何も出なかったら、壺はあたいが持って行っていいんだね」
「あぁ、それで構わない。約束する」
そう言うハンテツの真顔を、レミィーは訝しげに覗き、
「ところでハンテツ、何でこの件に、そんなに拘る?」
「ン?さっきも言っただろ、『壺の中のモンスターが、悪事に利用されるのは避けたい』って……」
「ホントにそれだけか~?」
「どういう意味だ?」
レミィーはニヤリと笑い、
「実は、あの《リンナ》とかいうエルフのガキに良い格好したいんじゃね~の?」
と、好色な目を向けた。
「そんな訳ないだろ!」
「あのガキ、オヤジ好きのする可愛い顔してたもんな!」
「レミィー、冷やかすのもいい加減にしろ!そもそも、もう会うこともない相手に『良い格好』しても無意味だろう!」
もし、ハンテツが赤い皮膚のオーガという種族でなかったなら、この時、顔が少し赤らんでいたのが容易に確認できたであろう……
「ハハッ、冗談だよ」
レミィーはそう言って、夕陽が染み渡ろうとしている夢幻の森に高笑いを響かせた。