翌日、早朝、グランゼドーラ城下町の入口。
門から入って真っ直ぐ進んだところに、《ロメウス》といういつもの守衛がいる。
ハンテツはロメウスに歩み寄り、
「済みません。少々お尋ねしたいことがあるのですが……」
と声を掛けた。
ハンテツは、『昨日死んだエルフの男のことを、ロメウスに訊いてみよう』と、ここに来たのだ。
(リンナが、死んだエルフの男のことを守衛に知らせたとすれば、おそらく、門に一番近いロメウスに話しただろう)
と、思ったからだ。
一つの疑念が、ハンテツにはあった。
(あのエルフの男は殺されたのではないか?)
グランゼドーラ領北東で死んでいたエルフの男の死因を、あの時点では、『突然の心臓発作か何かだろう』と判断した。だが、レミィーから『洞窟の壺を巡り争っている奴等がいる』と聞いた今となっては、他殺の可能性もありうる。
確かに、衣服の乱れはなく、外傷もなかった。しかし、
(毒殺、あるいは呪殺の類だとしたら……)
時間が経過した遺体には、何かしらの変化が起こっている可能性がある。
ハンテツはそれを確かめるべく、ロメウスを訪ねたのだ。
「はい、何か?」
「昨日、午前、エルフの少女が、『人が死んでいる』と知らせに来ませんでしたか?」
「あぁ~、来ましたよ」
やはりリンナは、ロメウスに報告したようだ。
「それで、今、そのご遺体はどこに安置されていますか?……できれば、安置されているご遺体に面会したいのですが……」
「いや、それが、エルフの女の子は、『人が死んでいる』と言ってきたんですが……一緒にその場所に行ってみても、死んだ人なんか居ませんでしたよ!」
「え⁉、グランゼドーラ領の北東にある大岩付近ですよ?」
「ええ、エルフの女の子が、しつこく『間違いないからよく調べてくれ』って言うんで、辺り一帯を調べましたが、死体なんて見つかりませんでしたよ」
「そうですか……」
「いやぁ~、ただ気を失って倒れた人を、死んだと間違ったんじゃないですかねぇ……」
(そんな筈はない!)
ハンテツは思わず大声で言い返したくなった。死体を検証したのはハンテツである。余人ならいざ知らず、時には《命》を奪うことをを生業とするプロである。見誤る訳がない。
(その話が本当だとすると、誰かがあの遺体を別の場所に運んだ、ということか?
《壺》を巡って対立する勢力が、邪魔者だったあのエルフの男を殺し、その後で死体を隠した……)
可能性としては大いにありえるが、現時点では憶測でしかない。
ともかく、死体から探っていく線は途切れてしまった。数少ない手掛かりの一つが無くなったのは痛手だが、『死体が消えた』という新たな事実も分かった。
もう一つの手掛かりは《琥珀の勾玉》。
古の術を使う謎の道士《天地雷鳴士》が祭祀や呪術によく用いるという、一見ただの装飾具であるが、もし彼らが関わっているとすると、これに何かしらの仕掛けが施されているかもしれない。
ハンテツは、ロメウスに一礼し、その場を去った。
(この件、レミィーが言っていた以上に《ヤバイ》のかも知れんな……)
そう思いながらも、残された方の手掛かりを追うことにした。
それから日が過ぎ、あの夢幻の森での一件から3日目を迎えた。
まだ陽は高いが、夕刻には再び夢幻の森の洞窟前でハンテツとレミィーが落ち合うことになっている。それまでが約束の期限である。
レミィーはこの2日間、何もせずダラダラと日を過ごした。外に出たのは、極楽島ラッカランへスロットを打ちに行ったぐらいである。
今日はスロットはお預けである。夕刻にハンテツとの約束もあるし、2日とも摩ってしまい、当分やる気にならないのだ。
今、レミィーが居るのは、とある住宅村の自宅である。自宅と言っても、簡単なテントに必要最小限の家具があるだけなのだが……
レミィーは同じところに長く住むことはしない。狙われるのを避けるためである。裏世界に生きる者は、常に命を狙われていると言っていい。当然、一つの処に定住すると、そのリスクは高くなる。
また、仕事に内容によっては、日を費やして段取りや仕掛けを設置することもあり、そんなときは現場近くに住んでいた方が都合が良かったりもするのだ。
そんな訳で、容易に引っ越しができるように、家にある物もベッドや収納等必要最小限に留めている。
レミィーは一つ大きな欠伸をすると、灰皿を手元に引き寄せ、煙管で煙草を吸い始めた。
フゥーッと長い煙を吐く。
雁首から立ち上る煙を見て、ふと、オウライ屋の女将・カーシャの言葉を思い出した。
(魔法か薬で、一時的に表面的な匂いは消せたかもしれませんが、肺に入った煙草の匂いは看過ごしていたみたいですねぇ……)
カーシャの言う通り、あの時レミィーは、薬で衣服と体の匂いを消していたのだ。
(そうだ!あいつに一言文句言いに行ってやろう!)
あいつというのは、匂い消しの薬をレミィーに渡した人物である。
レミィーはポンっと雁首を灰皿に打ち付けて灰を落とすと、煙管を懐にしまい、家の外へ出た。
レミィーが行った先は、ウェナ諸島のブーナー熱帯雨林《密林の野営地》であった。
ここの道具屋の近くに、サングラスを掛けたドワーフの男《コバッチュ》が居る。コバッチュは野草を原料として、何やら怪しい薬を作っている男だ。
コバッチュは、傍らに壺を置き、その壺にグイグイと野草を詰め込んでいる作業をしていた。
「よう!」
と、レミィーはコバッチュに気さくに声を掛けた。今までに何度もこの男から薬を仕入れているのか、顔馴染みのようだ。
「あ、レミィーかい……今日は何だべ?今、新作の薬の仕込みで忙しいんだけんど」
コバッチュは面倒くさそうに応えた。
「『何だ』じゃないよ!この前、あんたから買った、匂いを消すっていう薬、あれ、表面の匂いにしか効かねぇじゃねーかよ!」
「そりゃ、当たり前だ、体にふり掛けるんだから……」
「そういう事は前もって言ってくれよな!」
「聞かれなかったもん答えらんねぇ!何のために使うのかも言わなかったし……」
(『裏の仕事で屋敷に忍び込む為に必要なんだ』なんて、言える訳ねーだろ!)
レミィーは内心で呟いた。
「それからレミィー、あの時盗っていった《レムオルの粉》、代金払ってくんろ!」
レミィーは、オウライ屋に入る際姿を消すのに使った《レムオルの粉》も、匂いを消す薬と一緒にコバッチュから仕入れていたらしい。
「『盗っていった』なんて、人聞きの悪いこと言うなよ……あん時は持ち合わせが無かったんで『後で払う』って言っただろ」
「じゃぁ、今、払ってくれ!」
「いや、今日も生憎、持ち合わせが……」
話せば話すほど形勢が悪くなっていく。これではどちらが文句を言われているのか分からない。
(マズイ、話題を変えなくては……)
そう思ったレミィーは、コバッチュの傍にある壺に目を付けた。
「何だいその壺は、その壺で、また何か胡散臭い薬でも作っているのか?」
サングラスの奥で、コバッチュの眼がギロリとレミィーを睨んだ。
「その『胡散臭い薬』を、ろくに金も払わず持っていってるのは何処の誰だんべ!」
「ハハッ、冗談だって」
そう言ってレミィーは壺の中を覗き込んだ。中には何種類もの植物の花・葉・茎・根などが詰め込まれていた。それはレミィーに、夢幻の森の洞窟内にあった《魔物の壺》を彷彿とさせるに十分であった。
(壺の中の植物……もしかしたら、こいつ何か知ってるかもしれない)
レミィーは、コバッチュにそれとなく訊いてみることにした。
「あのさぁ、コバッチュ……」
「あ?」
「壺に入った植物モンスターの話なんか聞いたことないかなぁ?」
「はぁ?そんなの聞いたことねぇ~なぁ」
「やっぱり、そうだろうな……いや、植物に詳しいあんただったら、何か知ってるかと思ってさ」
「知りませんなぁ~。そもそも扱うのは野草が主で、いくら植物といってもモンスターなんて……」
「だよな、済まない、今の話は忘れてくれ……」
レミィーは何気なくもう一度壺の中を覗き込んだ。
(ん?)
よく見ると、壺の中にはいくつかの光る粒が入っていた。
「何だい、このキラキラした石粒みたいのは?」
「あ~、それは琥珀の欠片だ」
「琥珀って宝石の一種だろ。そんな物も使うんだ⁉」
「宝石といっても琥珀は樹液の化石だからな、たまに使うこともあるんだ。それに、その琥珀にはまじないがかけられていて、野草の変異を促進させるんだ」
「『まじない』って、あんたそんなこともできるんだ⁉」
「いいや、まじないをかけてくれたのは、ある客だ」
「客……?」
「ああ、数日前、その客が『ある秘伝の薬が欲しい』って言ってきたんだども、『この薬は見ず知らずの人には売れねぇ』って言って断ったんだ。
でも、『どうしても売ってくれ』って、しつこく頼んでくるんで、仕方なしに売ってやったら、その礼だっつて琥珀にまじないをかけてくれたんだよ」
「その《まじない》ってのは、どんな感じのだった?」
「なんか、ブツブツ言いながら手で印を結んでたな。たぶんあの客、天地雷鳴士だな」
そう言ってコバッチュは、また壺の中に野草を入れ始めた。
その後も、レミィーとコバッチュの会話は続いた。何だかんだ言っても、この二人、意外に気が合うのかもしれない。