レミィーがグランゼドーラ城下町にあるオウライ屋へ顔を出したのは、その日の日暮れ時であった。
今回は姿を消したりせず、正面玄関から入っていくと、女将のカーシャとドワーフの番頭グリケスが、何人かの客の対応に追われていた。
カーシャがレミィーに気づき、
「済まないけど、少しの間、一人でお願いね」
とグリケスに言葉を掛け、レミィーを奥の応接室に招き入れた。
「あい、お任せください」
グリケスから小気味のいい返事が返ってくる。
応接室に入った二人。カーシャがソファを勧めたが、レミィーは首を振って断った。
「お頼みした仕事の件はどうなりました?」
「その話の前に、女将さんに会ってもらいたい人がいるんだけど……」
「フフッ、構いませんよ」
カーシャは、あっさりと承諾した。普通なら絶対にありえないことである。裏の仕事の関係で、たとえ同じ裏稼業の人間であっても、むやみに見知らぬ人に会ったりはしない。ということは、カーシャは、レミィーが会わせようとしている者が誰なのか見当がついているのだ。
「そいつ、シャイな奴でさぁ『店には行きたくない!』って言うんだ。だから、女将さんに近くまで御足労願えないかなぁ」
「店の正面から入りたくないのでしたら、秘密の抜け穴を教えますので、そこから入ってくださいな」
カーシャは、壁にある大きい本棚の前に立ち、その本棚にある本の一つを押し込んだ。
すると、本棚は横にスライドし、元の本棚があった場所に小さな隠し部屋が現れた。
隠し部屋の正面には厳重に鍵が掛けられている鉄の扉があり、その前に青白く光る球状のガス体が揺らめいている。一般に《旅の扉》と言われているモノだ。
「この《旅の扉》は裏の古井戸に繋がっています。これを使ってその方をお呼びしてください」
レミィーは軽く頷き、《旅の扉》を潜った。
カーシャの言うとおり、《旅の扉》の先は古井戸の底であった。そこにも《旅の扉》があった。おそらく応接室本棚裏の隠し部屋に繋がっているのだろう。
レミィーは、上から垂れているロープを使って古井戸の外へ出た。カーシャは『裏の古井戸』と言っていたが、裏と言うにはオウライ屋から少し離れた場所だ。
そして、どこかで待っていたハンテツを連れてくると、古井戸底の《旅の扉》を使ってオウライ屋の応接室へと帰って行った。
レミィーが、本棚裏の隠し部屋に姿を現した。続いて大柄な坊主頭のオーガの男も……
坊主頭のオーガの男とカーシャの目が合う。坊主頭のオーガの男が軽く会釈をした。
「ハンテツさん……ですね?」
「お初にお目にかかります」
「私はオウライ屋の主《カーシャ》と申します。ようこそお越し下さいました」
カーシャがソファを勧めた。
レミィーとハンテツが並んで座り、カーシャが向かい合う形で座った。
「それでは、お話を伺いましょうか……」
「3日前、女将さんから仕事の依頼を請けた翌日、あたいは女将さんの言った場所に、依頼の壺を取りに行ったんだけど……」
そうレミィーが話を切り出し、これまでの経緯と、この一件の推察をカーシャに語り始めた。
その間、ハンテツはあまり言葉を発しなかった。必要に応じて相槌を打ったりしていただけである。
カーシャは目を閉じ、時々頷きながらレミィーの話を聞いていた。
――コンコン
部屋をノックする音がした。
「女将さん、ちょっと済みません。最後のお客様がお帰りになりましたんで、私も失礼してよろしいでしょうか?」
と、グリケスがドア越しに訊いてきた。
グリケスはこの店の裏の仕事を知らない。だが、『女将さんが、従業員の知らない《仕事請負業以外の何か》をやっているみたいだ』ぐらいは気づいているのだろう。だから、こうした、カーシャが応接室で直接相手と打ち合わせをしているような時は、了解なくドアを開けたりはしないのだ。
「あ、お疲れ様。私に遠慮なく上がって頂戴」
カーシャは努めて明るく返事をした。重苦しい陰鬱な話をしていると悟られたくないからだ。
「では、私はこれで失礼いたします」
そう言って、グリケスが応接室前から離れて行った。
それから暫くして、レミィが一通りの話を語り終えた。
カーシャはゆっくりと眼を開いた。
「なるほど……話は分かりました。おそらく、あなた方の推察は真実に近いのでしょう」
「じゃぁ、やっぱりエルフの男が、壺の中のモンスターを利用しようとしていたって事かい?」
「そう看て間違いないでしょう……私に依頼してきた方も、それを耳にしたから、この仕事を頼んだのだと思います」
「それで、あたいたちはどうすれば?」
「あらためて、お二人に仕事をお願いしたいのですが構いませんか?」
「あたいは、もう前金貰ちまってるんで、やるしかないけど……」
そう言ってレミィーがハンテツに目をやる。
「そもそもこの件は、俺が安易に勾玉を洞窟に持って行ってしまったのが原因です。その責任は果たさなければならないでしょう……やらせてもらいます!」
ハンテツがそう応えると、カーシャは軽く微笑み、
「そう言っていただけると思ってましたよ」
と言って、話を続けた。
「本来《壺を封印したまま持って来る》というのが依頼の内容です。ですから、それが可能なようでしたらそうしてください。
但し、もし、封印の効果が切れ、中のモンスターが解放されてしまったような時は……」
カーシャを見るレミィーとハンテツの目が険しさを増した。
「壺の中のモンスターを倒せ……と?」
ハンテツが言った。
「お二人だけで、やれそうですか?……厳しいようでしたら助っ人を付けますが?」
「二人じゃ厳しい感じだけど、見ず知らずの助っ人と組むぐらいなら、いない方がいいかな……」
と言ったレミィーに、
「ああ、連携がうまくいかないと、むしろ全体の戦力としては下がりかねない」
ハンテツが呼応した。
「その点は大丈夫だと思いますよ。一度一緒に組んで戦っていますから……」
カーシャが僅かに不敵な笑みをこぼした。
ハンテツは「あぁ」と腑に落ちた顔をし、レミィーは、
「あいつ、ここの《犬》だったのかよ!」
と、言い捨てた。
「ふふっ、《犬》ではありませんけどね……」
そう言いながら、カーシャがおもむろにタロットカードを出し、そこから無造作に1枚を引いた。出たカードは《吊るされた男》の逆位置……何かが犠牲になることを暗示しているのであろうか。
カーシャの表情が曇った。
「嫌な予感がします……今から直ぐに仕事に掛かっていただけますか?」
「……」
「今、この時にも壺の封印が解かれ、中のモンスターが外に出てくるかもしれません。
それに、壺の封印を解こうとしたエルフの男……当初の計画が狂った今、どう出てくるか読めません。もしかしたら、モンスターに襲われる危険を覚悟で、自ら封印を解こうとするかもしれませんから……」
「分かりました。今から、洞窟に向いましょう……その前に、一つだけよろしいですか?」
そう言ったハンテツのカーシャを見る眼が、射るように鋭い。
「何でしょう?」
「……もし、そのエルフの男が、我々の仕事を阻んできたら?」
その言葉に、カーシャは暫し目を閉じた後、二人をを見据えて、凛と言い切った。
「その時は、その男を始末してもらって構いません……全ての責任は私が負います!」