夢幻の森、洞窟の入口前に戻ってきたレミィーとハンテツ。辺りはもうすっかり闇である。
そこに、この場所にはいない筈の魔物が、崖に背をもたれ掛け、眼を閉じて二人を待っていた。
腰の両側に片手剣を備えた二刀流のリザードマン……カーシャが送ってよこした助っ人、《ゲラ》である。
暗闇の中、ゲラの目がギラリと光り、レミィーと視線がぶつかった。
レミィーはゲラに向って顎をしゃくってみせた。(付いて来な!)の意味であろう。
洞窟に入って行くレミィー。
ゲラは身体を起こし、無表情でレミィーの後に続いた。さらにその後にハンテツが続く。
洞窟内では、予想通り、仕掛けられた罠は発動しないようだ。ハンテツが持っている琥珀の勾玉の影響なのだろう。
何事もなく、封印された壺のある最深部へと進む三人。
その最深部に差し掛かろうとした手前で、レミィーが足を止めた。そして、(シィーッ)と唇に指をあてた。
奥が明るいのだ。壺がある最深部で、おそらく松明が灯されているのだろう。
「誰か居るみたいだよ……」
レミィーの囁きにハンテツとゲラが小さく頷く。
「奴か!」
ハンテツがそう言って、ゲラとレミィーを押しやり、先頭に出て奥へと進みだした。二人もハンテツに続く。
はたして、最深部で壺の前に居たのは、やはり、グランゼドーラ領で死んだと思われた初老のエルフの男だった。いでたちは、天地雷鳴士の正装である。
(あっ!)
ハンテツは目を見張った。そこに居たのは、奴一人ではなかったからだ。天地雷鳴士らしいエルフの男は、腕にもう一人抱きかかえていたのだ。
エルフの男が腕に抱えていたのは、最初に頼みを受けたエルフの少女《リンナ》であった。
「な、なんであのガキが居るんだ⁉」
思わず口に出してしまったレミィー。
ゲラも凝然としている。
リンナは気を失っているようだ。魔法か薬かそれとも実力を行使されたのか……
エルフの男は顔色一つ変えていない。まるで三人が来るのを予期していたかのようである。
「あなた方ですか?邪魔をしてくれたのは?」
抑揚なく淡々とした口調で語り出すエルフの男。
「その娘をどうするつもりだ!」
ハンテツがドスの利いた声で迫った。
「あなた方に説明する必要はありませんね」
「始めから、その娘が狙いだったのか?」
「そうですよ。この娘自身がここに来てくれなければ意味が無かったんです。それを、あなたが余計な事をするから……
おかげで、私が直々に、この娘を連れて来なければならなくなったじゃないですか」
「……」
これまでハンテツは、『エルフの男は、墓に花を手向けるリンナを見て、その優しさに付け込んで、勾玉と地図を託した』と思っていた。すなわち、《死者の最後の願いを聞いてくれる優しい人》であれば誰でもよく、たまたま運悪くリンナがターゲットに選ばれただけという認識であったが、それは誤った推測であった。エルフの男は始めから、何かしらの理由があって、リンナを目当てに死んだふりをする芝居を打っていたのだ。
(リンナが狙われたのには特別な事情があった!)
その可能性を見落としていたのは、プロとして迂闊だったと言わざるを得ない。ハンテツも、レミィーも、そして、この仕事を依頼し、取り仕切る立場にある、いわば《元締》のオウライ屋女将カーシャも……
エルフの男が、リンナを片手で抱え、逆の腕で壺に向かって印を結び始めた。壺の封印を解くつもりなのだろう。
「やめるんだ!中のモンスターを外に出したら、貴様だって徒じゃ済まないぞ!」
ハンテツが叫ぶ。
だがエルフの男は意にも介さず、(そんなことは覚悟の上だ)と言わんばかりの不敵な笑みを浮かべ、唇を小さく動かし、何かの呪文を唱え始めた。
その様子を指を咥えて見ているしかないハンテツたち、リンナが相手の手中にある以上、為す術が無い。
壺に貼られた2枚の御札が、ゆっくりと壺から剥がれ、中空で白煙となり霧散した。
ほぼ同時に壺の蓋が開き、紫黒の魔瘴が噴き出す。そして、激しい突風を巻き込んで《何か》が、目にも留まらぬ速さでそこに居た全員を薙ぎ払った。
その《何か》が、植物の蔦のような触手であると即座に認識できたのは、過去に実見したことのあるハンテツとレミィーだけであろう。
ハンテツ、レミィー、ゲラの三人は何とか触手の攻撃を躱すことができたが、エルフの男はリンナを抱えたまま弾き飛ばされてしまった。
その衝撃でエルフの男は気を失ってしまったようだ。
この隙にリンナを救出しようとするハンテツ。
だが、完全に開けられた壺の口からは、何本もの触手が出て、ハンテツたちに連続攻撃を掛けてきており、リンナに近づけない。
「リンナ!」
と、叫び掛けてもリンナからの反応はない。まだ意識が戻らないのだ。
レミィーが、高速の鞭捌きで触手の攻撃を弾き返している。ゲラも二刀流の剣を巧みに操って触手を斬り、防戦している。
「ハンテツ!先にこの化物を何とかしないと、あのガキも助けられねぇぞ!」
レミィーが応戦しながら叫んだ。
「いくら触手を相手にしていてもキリがない!レミィー、こいつの本体を壺から引きずり出すぞ!」
「壺を割るかい?」
「それはマズイ!何が起こるか分からない!」
「じゃあ、どうするのさ?」
「お前の鞭で何本か触手を束ねて絡み獲れ!それを俺が引張って抜いてみる!」
「分かった!やってみるよ!
トカゲ!今の話聞いてたかい?あたいが触手を絡み獲る間、キッチリあたいを守りな!」
ゲラが「ゲコッ」と声をあげ頷いた。
レミィーが壺に走り寄る。間合いを詰め、触手の攻撃を自分に向けさせるためだ。
案の定、触手の攻撃がレミィーに集中する。
レミィーは、背面に回転しながら跳び、触手の攻撃を避けると、すかさず、それらの攻撃してきた触手に鞭を放った。
放たれた鞭は4本の触手を絡め獲っていた。スキル《らせん打ち》の応用だ。
だが、束ねられた触手は、縛りを解こうと、強烈な力でもがいている。身体を揺さぶられるレミィー。鞭を離すまいと必死に堪えている。
すぐさまハンテツがレミィーに駆け寄り、力を込め鞭を掴んだ。
鞭に絡め獲られていない他の触手が、レミィーとハンテツに攻撃を仕掛けてくるも、これらはゲラが全て弾き返したり切り落としたりして応戦していた。
「ヌオオオォー!」
唸るハンテツの身体からオーラが沸き上がる。《力》のステータスを増大させ、同時にテンションをも上げる。彼はそんな芸当をどこで会得したのだろうか。それとも元々特殊能力の持ち主なのか……
ハンテツが渾身の力で鞭を引き寄せた。
鞭で束ねられていた4本の触手がズルズルと壺から引き出されていき、遂に、壺に封印されていたモンスターは本体を露わにした。
「何だ?こいつは……よくこんなモンが壺の中に納まってたな⁉」
レミィーが、驚きとも呆れともつかない声を漏らす。
おそらく壺の中は異空間になっていたのだろう。そこに封じ込まれていたのは、今まで見たこともない巨大植物系モンスターだった。いや植物系というより果物系と言った方が正確だろうか。
中心に位置しているのはマスクメロンのような網目が入った薄緑の球体で、高さは人間の大人よりも大きい。よく見ると、球体の天辺に黄色い花があり、花の中央は十字に裂けた口のように開いている。球体の下部からは放射状に何本もの触手を伸ばしていて、触手の中には、獲物を捕獲するためだろうか、ギザギザの歯を生やした二枚貝のような葉を備えたものもあった。
「こんなヤツ、倒せるのかよ?」
弱音を吐くレミィーに、
「分からん……だが、とにかくやるしかないだろ!」
としか応えようの無いハンテツだった。