エルフの男の死と共に、巨大メロンモンスターを呑み込んだ魔法陣は消失した。これで、エルフの男の《固有の幻魔》となっていた巨大メロンモンスターも、この世に現れることはない筈である。《固有の幻魔》とは、まさに、当人だけに付随し、当人のみが召喚できる《幻魔》なのであり、その当人(今回の場合、死んだエルフの男)が逝去した今、召喚できる者はいないのだから。
魔法陣から飛び出していた何本かの触手が、収喚されずに残っていたが、もう動くことなく地面に横たわっているだけである。
辺りは、まだぼんやりと白み掛かっていた。リンナの発光が完全に収束しきっていないのだ。
リンナを救い出したゲラは、ぼんやりと発光しているリンナに、そのまま寄り添っていた。そこへハンテツ、レミィーが駆け寄る。
「大丈夫か?」
最初に声を掛けたのはハンテツであった。
リンナはその声には応えず、おぼつかない足取りでエルフの男へ向かって行く。その目が虚ろだ。
「……?」
不審に思う3人。
リンナがエルフの男の遺体の前で足を止めた。そして、か細い声で、声を震わせこう言った。
「私が……この人を……殺してしまった……の……?」
その言葉に驚倒するハンテツたち。
リンナがモンスターと一体化していた際、彼女の髪が触手と化してエルフの男を貫いた。その記憶と感触が、元に戻ってもなおリンナに残っていたのだ。
「違う!そいつを殺ったのは俺だ!お前さんは殺していない!」
リンナの後姿に向って、慌てたようにハンテツが叫んだ。
レミィーはリンナに数歩近づいて、
「そ、そうだよ、気に病むことないサ……止めを刺したのはハンテツに違いないんだし……
お前は、身体をあのメロン野郎に支配されちまってたんだろ?……
それに、このエルフのオッサンは、お前を化物にして利用しようとしてたんだぞ。言ってみれば自業自得なんだよ」
と慰めの声を掛けた。
しかし、ハンテツの叫びもレミィーの慰めもリンナには届いていない。ショックのあまり頭が混乱して、他人の声など耳に入ってこないのだ。
リンナは、両手でツインテールの髪を握ると、首を横に振り始めた。
「嘘よ……そうよ、これは何かの間違いよ……私は嫌な夢を見ているんだわ……」
そう言って、手で顔を覆い、その場にしゃがみ込んでしまった。涙が止まらず、顔を覆った手の間から涙が溢れ零れていた。
ハンテツがゆっくりとリンナに近づく。そして、
「そうだ、これは夢なんだ……そう思って、早く忘れてしまうんだ」
と言いながら、腫れ物に触るかの如く、リンナの肩にそっと手を添えた。
――バチン
リンナが振り向き、肩に添えられたハンテツの手を弾き飛ばした。
「そんな手で触らないでよ!」
「……⁉」
絶句するハンテツ。
暫し沈黙の時間が流れた。ここにいる誰もが言葉を発せられないでいる。
と突然、
「ハッ、ハハハッ……アハハハハハーッ……」
リンナが気が触れたような高笑いをし出した。
「ハハッ、そうね……私にそんな事言う資格なんてないわね……私も《人殺し》なんだから……」
「だから、それは違うって言ってるじゃねぇかよ!」
そうレミィーが強い口調でまくしたてたのをハンテツが制止し、リンナに歩み寄って行った。
「リンナ、少し落ち着け……冷静に考えよう」
「嫌ッ……来ないで!」
「リンナ……」
ハンテツがリンナに手を差し伸べるようとする。
「イヤーッ」
リンナは絶叫し、ハンテツたちに背を向けると、驚異的な速さで飛び去って行った。まだ、モンスターと一体化した時の力が残存してるのか、普通のエルフの速さではない。しかも、背中の羽はエルフのそれではなく、何か蝙蝠の翼のようなものだった。
ハンテツがリンナを追おうと走り出した。そこへレミィーが、
「ハンテツ、あたいも一緒に行くよ!」
「いや、お前はリザードマンと一緒に女将のところに戻って、事の次第を報告してくれ」
レミィーがそれに対する返答をするより先に、ハンテツはリンナを追ってこの場を後にしていた。
(リンナの事はハンテツに任せておいた方がいいか……)
そう思い、レミィーは追うのを止め、ハンテツの指示に従うことにした。
ふと、ハンテツが居た場所を見ると、リンナがハンテツにあげたという一輪の野花が落ちていた。慌てて走って行ったハンテツが落としていったのだろう。
レミィーはその花を拾い上げ、少しの間、それを眺めたかと思うと、死んだエルフの男のもとへ行き、血塗れになっている遺体の胸元へその花を手向けてやった。
エルフの男の死に顔は、驚くほど穏やかであった。まるで、リンナを元に戻すことができたことに安堵して他界したかのようである。リンナを救えた事実を、彼が知り得たとは思えないのだが……
「この男、始めから死ぬつもりだったんだろうな……」
レミィーが、誰にというでもなく呟くように言った。
傍らに来たゲラが喉を鳴らすように頷いた。
レミィーは、懐から煙管を出し、煙草に火を点け、一口だけ煙を吐いた後、死んだエルフの男に向かって語り始めた。
「オッサン!自らの命と引き換えに化物を道連れにしようっていう根性は見上げたモンだけどさぁ……そのために関係ない人を犠牲にするってのは……許されることじゃねぇんだよ……」
言い終わると、持っていた煙管を、雁首を上にして縦に持ち、その吸口を地面に突き刺した。そして、《リレミト》を唱えダンジョンを脱するゲートを作りだした。
「トカゲ!オウライ屋に戻って女将に報告だ」
そう言って、レミィーはゲートをくぐろうとしたのだが、それに対して、
「ゲラ……」
とゲラが不服そうに返した。
「は?」
「ゲ、ラ!」
再びそう言いながら、ゲラが自分を指差した。
「あぁ~、お前の名前ね!《ゲラ》っていうのは」
頷くゲラ。ゲラとしては「《トカゲ》と呼ぶな!」と言いたいのだろう。だが、レミィーはそんなことはあまり意に介さず、リレミトで作ったゲートをくぐって洞窟を後にした。
ゲラは眉をひそめながらも、レミィーの後に続いてゲートに入って行った。
洞窟に残されたエルフの男の遺体の側で、レミィーが立てた煙管が、まだ細長く白煙を天井へと上らせていた。