水晶宮を後にし、ドルワーム王国の城下町へ出たレミィー。出入口へ移動する《神カラクリ》へ向かおうとした時、宿屋の方から見知ったオーガの男が近寄って来た。ハンテツである。
「ハンテツ、来てたのかい」
「あぁ、やっぱり早く知りたかったんでな……来ちまった」
ハンテツは一瞬照れくさそうな苦笑いをしたが、すぐに真顔に戻り、
「それで、ドゥラ院長には会えたのか?」
と訊いてきた。
「会えたよ!マザー・ヘレナが送り出したエルフの娘の事も覚えてた……けど、行先は知らないってさ。密航船らしい船に乗せて何処かに送り届けたそうだ。レンダーシアの何処かじゃないかとは言ってたけど……」
「そうか……」
「それよりさ、この件、もっと厄介なことになりそうなんだよ!」
「どうした?」
「ドゥラ院長が言うには、あのエルフの少女は《魔族》じゃねぇか、ってさ……」
意外にも、それを聞いたハンテツは驚きを見せなかった。逆に、驚かないハンテツのリアクションにレミィーが驚かされた。
「ハンテツ!あんた、知ってたのか?あのガキが魔族だって⁉」
「いや、確証はなかったんだが……レミィー、メロンモンスターの一件で、リンナが洞窟から飛んで行く姿を覚えているか?」
「ああ、何か黒っぽい翼を生やして飛んで行ったね」
「おそらく、あれがリンナの真の姿だ。メロンモンスターと一体化したことで潜んでいた本性が刺激を受け、顕在化したんだろう……死んだ天地雷鳴士が、メロンモンスターを幻魔に変えるためにリンナを触媒として利用しようとしたのも、彼女が魔族だったのと関係しているのかもしれない」
「ドゥラ院長も『マザー・ヘレナが密航業者にまで頼んで密かにあの娘を逃がしたのは、マザー・ヘレナが、あの娘が魔族であると見抜いたからじゃないか』って言ってたよ」
「リンナが魔族だとすると、確かに事は重大だな……」
「どうするつもりだよ?」
「ん~、女将さんに話して協力してもらうしかないか……」
「えっ!リンナが魔族だなんて女将が知ったら、益々リンナの命が危なくなるんじゃないのか?」
「いや、俺に考えがある……レミィーも一緒に来てくれ」
そう言ってハンテツはルーラストーンをかざし、オウライ屋のあるグランゼドーラへと飛んだ。
「えぇ~っ、ホントに大丈夫かよ!」
とレミィーは首を傾げるも、ハンテツの後に続いた。
オウライ屋、奥の応接室。ハンテツとレミィーが、女将のカーシャにリンナに関するこれまでの経緯を話していた。
一通りハンテツとレミィーが話し終えると、
「なるほど……要するに、リンナさんの正体は魔族で、かつてマザー・ヘレナが密かにレンダーシアの何処かに送った。そのリンナさんが送られた場所に、現在の消息に係る手掛かりがあるのでは……と、そういう事ですね?」
と、話の要点をまとめた。ハンテツは頷くと、話を続けた。
「それで、女将さんにお願いがあるのですが……」
「何でしょう?」
「リンナは、サーマリ高原の南西の崖から密航船でレンダーシアに送られたそうです。女将さんの裏稼業の情報網で、当時リンナをレンダーシアに送った人物を探してもらえないでしょうか。密航でしたら、おそらく裏の人間でしょうから……」
カーシャは少し考え、
「ところで……リンナさんを見つけて、その後はどうするおつもりですか?」
と、ハンテツの頼み事には即答せず、何故かリンナの処遇の話に話題を変えた。
「殺しの現場を見た者は、口を封じなければならないのが裏稼業の掟というのは承知しています。ですが、リンナが魔族であれば、あの娘の本来の居場所に帰す……それで、リンナの命を獲ることは見逃してもらえないでしょうか?」
「リンナさんを、魔界に帰すと……?」
「はい、もちろん二度とアストルティアの地を踏まないと約束させます!」
これまで何も言わなかったレミィーだったが、(はぁ~、ハンテツの言ってた『考えがある』っていうのはこういうことか!)と得心したようで、
「女将さん、あたいからもお願いするよ……アストルティアに戻って来ないという点では、あの世に送るのも魔界に送るのも同じじゃねぇか……それに、たとえ魔界であたい達の事を漏らしたとしても、こっちに影響はないでしょ!」
と、ハンテツを後押しした。
カーシャは、詭弁じみたレミィーの言に少し苦笑したが、
「分かりました。リンナさんの処遇に関しては、それでケジメをつけたという事にいたしましょう」
「ありがとうございます」
「それで、どうやって魔界へ送り届けるのですか?」
「……」
レミィーがハンテツの顔を見るが、ハンテツは困惑の表情で言葉を詰まらせている。
「あらっ!そこは考えていなかったんですね⁉」
「これから、何とかその方法を考えようと思います……」
「ハンテツさん、貴方らしくもない……チョット杜撰じゃありませんこと?」
「済みません……」
「ふっ、まぁ今回はいいでしょう……リンナさんを魔界へ送る手筈は、私が整えておきます」
「本当ですか!ありがとうございます……それで、女将さんに全部丸投げしてしまうようで誠に申し訳ないのですが、さっき言った、リンナをレンダーシアに送った人物の捜索の方もお願いできませんか?」
そのハンテツの問いかけに、
「それには及びません」
と、カーシャからは意外な返事が返ってきた。
「……?」
「その、マザー・ヘレナが密かに移送を頼んだ裏の人物というのは……私ですから」
「何ですって⁉」
「じゃぁ、女将さんは、あの娘が魔族だって始めから知っていたのかい?」
思わず声を張り上げてしまったレミィーを、カーシャが手を翳すようにして制した。そして、
「いいえ……今、お二人のお話を聞くまで知りませんでした。この事は、正直、私も驚いています」
と、過去の経緯を語り始めた。
「数年前のことです……マザー・ヘレナの使いの方が『お願いしたい事がある』と私のところに来られました。それまで、マザー・ヘレナとは面識はありません。もちろんマザー・ヘレナの高名は存じていましたけど……
始めは、まっとうな表の仕事の依頼だと思ってました。ですが、お会いしてみると、その依頼は『秘密裏にある人物をある場所へ送り届けて欲しい』というものだったのです。しかも『送る人物が、誰なのか?何故人知れず届ける必要があるのか?それも言えない』というのです。私は一旦この話をお断りいたしました。するとマザー・ヘレナは『どうか私を信用して欲しい。貴女以外にこの仕事を頼める人はいないんです』と深く頭を下げられました。
マザー・ヘレナが、オウライ屋が非合法な仕事も請ける店であると、どうやって知ったのかは分かりません。しかし、オウライ屋が善悪の見境なく仕事を請け負う店じゃない、ということは分かっていたようです。それ故、私に助けを求めてきたのでしょう……
聖女とまで云われた方が、違法な手を借りてまでも何とかしたい!その想いに、私は打たれました。それで、移送する人物が何者なのか知ることなしに、この仕事をお引き受けすることにしたのです」
「実際リンナを船で送るときには、女将さんは?」
ハンテツの問いに、カーシャは首を振りこう答えた。
「私は、《手の者》にサーマリ高原からレンダーシアのとある場所への移送を手配しただけで、船には同行していなかったんです。ですから送られた人物とも会っていません」
「ですが、レンダーシアの何処に送られたのかは知ってる……」
「勿論です。その場所へ送るよう私が手配したのですから……」
「そこは何処なんですか?我々でそこに行ってみようと思うのですが?」
「いいえ、その場所には私が行こうと思ってます。リンナさんが魔族であるという確証が得られたら、あなた方に動いてもらうことになるかも知れませんので、いつでも出られるようにしておいて下さい」
そう言った後、カーシャは少し表情を厳しくして、
「それと……」
と、話を続けた。
「リンナさんが、もし、この前の様に魔物と化していた場合は、リンナさんを討たなければなりません。また、リンナさんが魔族であると既に他の誰かに知られ、身柄がその者の手に落ちてしまったような場合、リンナさんを見捨てることになります。こちらが危険を冒してまでリンナさんを救出することはできませんので……その点はよろしいですね?」
頷くハンテツとレミィー。それを確認したカーシャが二人に軽く頷き返し、そして、
「何の因果でしょうかねぇ……まさか、あの時、船で送ったのがリンナさんだったなんて……」
と、過去に思いを馳せるかのように、しみじみと呟いた。