レンダーシアの内海、北西の方角にひっそりと浮かぶ島がある。《マデ島》と呼ばれるその島は、かつて高度な文明を誇ったであろう遺跡が多数残るも、今となっては遺跡群は朽ち果て、環境も整備されていない。岩肌むき出しの海岸は、まるで来るものを拒んでいるかのように反り立っている。そのため、ここを訪れる人は極めて少ない。
そのマデ島の南海岸に一艘の船が辿り着いた。むろん船着き場などない。岸壁に横付けしているだけである。
船頭らしき男が、折り畳み式の簡易梯子を船から岸壁に掛け、船室の中の乗客を、
「どうぞ、お気を付けて行ってらっしゃいまし」
と、促した。
「ありがとう。お世話様」
そう言って船室から出てきたのは、オウライ屋の主カーシャである。
「これ、取っておいておいてちょうだい」
と、船頭に《心付け》をわたすカーシャ。
「いやいや、お手当は既に頂いておりますんで……」
船頭は受け取りを拒んだが、カーシャは船頭の手をとり、
「遠慮はいらないわ、ほんの気持ちだから……」
と、《心付け》を握らせた。
「それと、私がここに来たことはくれぐれも内密にお願いね」
「それは、おっしゃられるまでもなく、重々心得ております」
カーシャは微笑を浮かべ頷き返すと、梯子を登り島へ上がった。
「帰りは、ルーラで戻るから大丈夫よ……気を付けて帰って」
カーシャが岸壁から船上の船頭に向けて声を掛けた。
「女将さんも、十分用心なさってください!」
そう言って、船頭は船を離岸させていった。この男も、カーシャが裏の仕事で使うこともある、信用できるスタッフの一人なのだろう……もしかしたら、数年前にカーシャの命を受けて移送したのもこの男なのかも知れない。
カーシャは、吹き荒ぶ風に黒髪を押えながら、北に向かって悪路の上り坂を進みだした。
思ったより距離のある坂道を上った先に、この島には不似合いな建物がある。建物の意匠からすると教会のようだ。
「ごめん下さいませ」
カーシャが教会の扉をノックした。
扉を開いて顔を出してきたシスターが、
「このような孤島の修道院に何かご用でしょうか?」
と、怪訝そうに応じた。
「私、レンダーシアで《オウライ屋》という万仕事を請け負う仕事をしております《カーシャ》と申します。マザー・リオーネにお会いしたいのですが……」
「少々、お待ちいただけますか……取り次いでまいります」
シスターはそう言って扉を閉めた。暫く経って、再度扉が開くと、さっきのシスターではない年配の修道尼が出迎え、
「ようこそお越しくださいました。私がリオーネでございます。どうぞ中へ……」
と、カーシャを促した。
リオーネは、玄関から左に入った部屋にカーシャを案内した。二人は木製の質素なテーブルを挟み、相対するように座った。「お初にお目にかかります。本日、お伺いしたのは……」
そう言い差したカーシャの言葉を遮り、
「《オウライ屋》さんがここにいらしたという事は……リンナに関わる事ですね……」
と、リオーネがその先を言ってきた。
「あら、手前どものこと覚えていて下さったのですね」
「もちろんですとも。リンナがここに来た時、一緒にあった貴女様が私に宛てたお手紙の中身は、今でもハッキリ記憶しておりますよ。あ、お手紙に『一度読んだら破棄してください』と、貴女様からご指示があったので、お手紙自体はもうありませんけど……」
カーシャは、マザー・ヘレナの依頼を受け移送の手配をする際、移送の実行者に、リオーネ宛の手紙を託しておいたのだ。
「恐れ入ります。それで、リンナさんの事についてですが……」
と、カーシャがリンナの件に話に戻した。
「済みません……お手紙では『マザー・ヘレナからのご依頼で、ある人を送り届けるので、暫く預かって欲しい』とのことでしたが、もう、リンナはここには居ないんです」
「存じております……実はですね、最近、リンナさんが『自分をオウライ屋で雇って欲しい』と、うちに来たんです」
「……⁉」
「それから、まぁ~色々とありまして……リンナさんとお近づきになったのですが……」
この点に関しては、カーシャとしては、お茶を濁すような言い方しかできない。リオーネもそこはあまり詮索せず、
「それで、リンナは今、どうしているのでしょう?」
とリンナを案じる訊き方をしてきた。
「実は、今、リンナさんの行方が分かりません。一人で何処かへ行ってしまいました」
「そうですか……」
リオーネの表情が曇った。そして絞り出すように、
「つかぬことをお聞きしますが、あの娘の出自についてはご存じでしたでしょうか……?」
と、恐る恐るカーシャに訊ねた。
「はい。ですが、リンナさんが魔族であると知ったのは最近なんです……と云うのも、あの時は、マザー・ヘレナが誰を送り届けようとしているのか、何故外へ預けなければならないのか知らされていなかったんです。ただ、マザー・ヘレナを信用して、その切なる想いに応えた次第でございまして……ですので、リンナさんが魔族であるという事はもとより、リンナさんが、あの時ここへ送り届けた人だったというのも、最初は知りませんでした」
「そうでしたか……」
「魔族であることが世間に知れ渡れば、どんな目にあわされるか分かりません。ですから、私どもとしては、リンナさんを出来るだけ早く見つけ出して保護したいと思っているのですが……」
「……」
「マザー・リオーネ、あなたの知っている事を、どうか話して頂けないでしょうか……」
リオーネは少しの間沈思した後、
「……そうですね……お役に立てるかどうか分かりませんが、あの娘について私が知ることをお話ししましょう」
と言い、記憶を確かめるかのように目を閉じた。