マザー・リオーネが、リンナにまつわる過去を語り出す。
「貴女様の手紙に『マザー・ヘレナからの頼み』とありましたが、マザー・ヘレナとは同じ修道尼として、何回かお目にかかっただけで、それほど深いお付き合いはありませんでした。それでも、始めはそれほど深く考えずにリンナを受け入れました。そもそもこの修道院は、様々な事情を抱える者たちが、過去に縛られず生きられる所です。なので、お互いに過去を詮索したりしませんし、どんな理由でマザー・ヘレナがリンナを此処に送ったのかなんて、私たちにはどうでもいい事だったんです。
始めは心を閉ざしていたリンナも、次第に打ち解けていくようになりました。そんなある日、リンナが神妙な面持ちで、私に『見てもらいたいモノがある』と言ってきたのです。そしてリンナは、いつも結んでる二つの大きなリボンを外しました。リボンの中にあったのは《角》でした。最初見た時は『流行りのファッションアイテムかな?』と思ったのですが、リンナは『本物だ』と言い、自分が魔族であることを打ち明けたのです。
その時始めて、マザー・ヘレナの真意を悟りました。ここは世間から忘れられた孤島の修道院……人目に付かず隠れて暮らすにはうってつけの場所ですから……リンナが魔族であると見抜いたマザー・ヘレナが『リンナを匿って欲しい』と、私へ託したのでしょう。
ですが、リンナが魔族であると知った時、私は大いに悩みました。と言うのも、私がこの修道院へ身を寄せることになったのは、魔族の目から逃れるためだったからです。実は、私の相方とも言うべき人が、とある事情で魔族に狙われることになり、私たちはその追手を逃れてこの修道院に辿り着いたのです。
それも数十年も前の話ですので、私たちを狙っていた魔族とリンナとは関係ないと分かっているのですが、やはり気持ちの整理はつきませんでした。魔族に苦しめられ、ある意味人生を狂わされた前半生……それが晩年になって、今度は魔族を助けるだなんて……私は数日の間、悩み続けました。そして、私はこれは『神が、私だからこそ与えた試練である』と考えるようになったのです。魔族に翻弄される人生、最後は魔族と真摯に向き合ってみよ……そう神が言っているのだ、と……
私はリンナに『魔族だからといって、あなたを見捨てはしない』と告げました。そうしたらリンナは涙ながらに自分の事を語ってくれました。
リンナはエルフの女性に育てられたらしいのですが、幼い頃はリンナも自分を普通のエルフだと思っていたようですし、育ての親のことも本当の母親だと思ってたみたいです。リンナが成長するにしたがって、角や羽など他のエルフとは違った徴候が現れましたが、本人は気にするようになっても、育ての親はあまり心配していなかったようです。『そのうち治るんじゃない』とか『隠していれば大丈夫よ』とか、言ってたみたいですから。
それがある日突然、『あんたは私の子じゃない!』と態度を豹変させたかと思うと、リンナをドワチャッカ大陸へ連れて行き、モガレ修道院近くの路傍に置き去りにしたそうです。
その後は、貴女様もご存じの通りです。マザー・ヘレナがリンナを見つけて、貴女様がここに送り届け、そしてリンナは私たちと一緒に生活するようになったのです」
マザー・リオーネが語るリンナの過去を、その都度頷くようにして聞いていたカーシャが、おもむろに口を開いた。
「そうだったんですか……リンナさんも、さぞかしお辛かったでしょうね……親だと思っていた人が本当の親じゃなかったというだけでもショックだったでしょうに、その上、その育ての母に捨てられるなんて……」
そのカーシャの憐憫の言葉に対し、
「その事なんですが……実は、リンナがここを出て行ったのは、その育ての親が関係しているんです」
と、リオーネが訳あり気に返した。
「どういうことでしょうか?」
「これも噂に過ぎないのですが……リンナの育ての親らしいエルフが、お亡くなりになっていたらしいのです。リンナをモガリム街道に置き去りにして間もなくだそうです。何でも、不治の病だったとか……」
「リンナさんの育ての親は、リンナさんを捨てたのではなく、リンナさんの行く末を心配してモガリム街道に置き残した、という事でしょうか?」
「噂が本当なら、そう考えることもできます」
「余命を知ったリンナさんの養母が、自分がいなくなった後のリンナさんの身を案じ、信頼できる人に救ってもらおうと、モガレ修道院近くに置き去った、と……」
「はい……マザー・ヘレナは盲いておられましたから、もしかしたら『角や羽のことも気づかずに、普通のエルフとして育ててくれるのでは』と思ったのかも知れません……けれど、マザー・ヘレナの心眼は、そんな事は直ぐに見通してしまったのですね。
それまでリンナは『自分が魔族だと判ったんで養母に捨てられた』と思っていたのですが、その噂を耳にして『どうしても真相を確かめたい』と、ここを飛び出して行ったのです」
「そうでしたか」
「私はもちろん反対しました。リンナの養母がお亡くなりになったというのは、あくまで噂に過ぎませんし、例えそれが本当だとしても、どこでどのようにして最後を迎えたのか分からないのですから、探るにしても捉えどころがありません……それに、世界をあちこち廻るとなると、魔族であることが知られてしまう危険が増します……ですが、どう言い聞かせても、リンナの意思は固く、私には止めることはできませんでした」
「リンナさんにしてみれば、無理もないことでしょう……」
リオーネは、
「少々失礼します」
と席を立ち、奥の部屋へ入って行ったかと思うと、手に何やら紙包みを持って戻ってきた。そして、その紙包みをテーブルの上に置き、
「オウライ屋さんは、どんな仕事でも引き受けていただけるとか……どうか、これでリンナの事、お願いできないでしょうか?」
と、カーシャへ差し出した。
カーシャが紙包みを開く。中には金貨や銀貨が入っていた。決して高額とは云えないが、ここでの生活では、これだけの金を貯めるのにも、相当倹約しなければならないことは明らかである。
「このお金は?」
「リンナのために貯めておいたものです。あの娘がここを出て行くときに持たせようとしたのですが、あの娘は受け取りませんでした……」
リオーネは少し寂し気な顔をした後、
「足りない分は、いずれ必ずお支払いいたしますから……」
と哀願するように訴えてきた。カーシャは重い表情で、
「私どもとしましては、リンナさんを無事保護できたとしても、その後は、リンナさんを魔界に戻そうと思っております。それがリンナさんにとって最善であると考えるからです。リンナさんが魔界に戻ってしまえば、もう二度と会えません……それでもよろしいでしょうか?」
と問い返した。
「……それが、あの娘のためであるならば、やむを得ません」
「承知いたしました。この金子はお預かりいたしましょう。リンナさんは必ず探し出して保護いたします」
カーシャはそう言って紙包みを懐に収めると、
「どこか、リンナさんが行きそうな場所に心当たりはございますか?」
と、リオーネに訊ねた。
「……そうですねぇ、思い当たるのは《オウライ屋》さんぐらいですが、オウライ屋さんには既に行かれてますのものねぇ……」
「ウチ、ですか⁉」
「はい、ご迷惑かとも思ったのですが、実は、リンナがここを出て行く際『本当に困った事があったら、グランゼドーラの《オウライ屋》さんを訪ねてみなさい』と伝えておいたものですから……」
「そうでしたか、それでリンナさんはウチに『働かせてください』って来たんですね!」
済まなさそうに俯いていたリオーネが不意に顔を上げ、
「そう云えば、リンナは、たまに『バンジージャンプがしたい』と言ってました!」
と、言った。
「⁉……バンジージャンプ、ですか?」
「はい、『ゲルト海峡の美しい眺めを見ながらバンジージャンプがしてみたい』と……」
「そうですか……取り敢えず、そこもあたってみましょう」
「あの娘の事、どうか宜しくお願い致します」
リオーネはそう言うと、深々と頭を下げた。低く下がったリオーネの背をカーシャがそっと抱いた。そして、涙に潤んだ眼を上げたリオーネに向かって、力強く言葉を掛けた。
「ご安心なさってください。オウライ屋は、請けた依頼は必ず成し遂げます」