アストルティア《裏》プロフェッショナルズ   作:鹿羽 直之

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【第三話】母(マザー)の想い請け負います(#07)

 オーグリード大陸、ゲルト海峡。北のグレン領と南のランドンフットによって挟まれた海域を、橋の様な一本道が、かろうじて陸地を繋いでいる場所である。その一本道と並列するようにして、大地の箱舟の鉄道橋が走っている。

 ここはアストルティアでも有数の絶景スポットで、ここから見るオーグリード大陸の海はとても美しいと評判である。又、かつてこの地域を支配していた部族の儀式であったというバンジージャンプも有名で、こちらも観光名物となっている。

 橋の中央に、観光客を相手にした宿屋がある。建物と言うより壕と言った方がいいような岩肌むき出しの施設で、部屋も一部屋しかない小さな宿だ。なので、宿泊よりチョットした休憩に利用する人の方が多い。

 その橋上の宿にハンテツが現れた。カーシャからゲルト海峡を見張るよう指示を受けたのだ。

 カーシャは、リンナがゲルト海峡に姿を現す可能性はかなり高いと看ているようだ。

(ゲルト海峡の美しい眺めを見ながらバンジージャンプがしたい)

 リンナは、そうリオーネに語ったという。だが、それは口実であろう。

(リンナが本当のに見たかったのは《ガミルゴの盾島》ではないのか)

 というのがカーシャの見立てであった。

 ガミルゴの盾島とは、オーグリード大陸内海に浮かぶ小さな島で、島には盾を持った巨人像がそびえ立っており、その姿はゲルト海峡からも望むことができる。

 島の巨人像が持つその盾は、実は魔界へと通じる門であると云われており、だとすれば、魔族であるリンナが、ガミルゴの盾島に特別な思いを持つことは自然のことであろう。あるいは、そこから魔界へ戻れないかと考えているのかもしれない。

 ハンテツが、橋上の宿のカウンターに立つオーガの女性の前に歩み寄った。

「旅人の宿屋へようこそ」

 と、その女性が声を掛けてきた。

「ここに何日か宿泊したいのだが、いつまで泊まることになるか分からないんだ。いいかな?」

「いいですけど、他の宿泊客が来た場合、相部屋になりますが……」

「それで構わない」

「では、どうぞ、お二階へ……」

 と、オーガの女性が、ハンテツを二階の部屋へと促した。

 二階にある部屋は、土だか岩肌だか分からない内壁に囲まれた狭いワンルームに、四床の質素なベッドが置かれているだけのものである。

 部屋に上がったハンテツは、しばらくの間、立ち尽くすように粗末な部屋を眺めていた。その姿には悲愴感すら漂っている。

 そこへ、給仕であろうか、年配のオーガの女性が階段を上がってきた。そして、ハンテツの様子を不審そうに見た後、

「お客さん……お食事はどうしますかネ?」

 と、背中から遠慮がちに声を掛けてきた。我に返るハンテツ。

「あぁ、朝だけ何か軽いものを頼む」

 給仕の方を振り向くこともなくハンテツは答えた。

「あい、承知しました」

 そう言って給仕が階段を下りかけた時、ふと足を止め、

「お客さん、もしかして《あの村》の出かい?」

 と、少し憚り気味に訊いてきた。

 その言葉に、思わずハッと振り向いたハンテツ。その形相が怖かったのか、給仕は、

「いや!、余計な事を訊ぃちまったようだね……忘れてくださいな」

 と、逃げるようにそそくさと階段を下りて行った。

 一瞬、動揺してしまったハンテツだったが、直ぐに平静に返り、気を取り直すようにテラスへ出た。

 ここのテラスから眺めるオーグリード大陸の内海は実に素晴らしい。

 こうしてハンテツは、リンナが現れるのを期待して橋上の宿に張り込むことになるのだが、迂闊だった点がある。本来であれば、このような辺鄙な宿に長期滞在する場合、長期滞在しても不審に思われないような体裁を装わなければならなかった。例えば、画架を立て絵を描く真似事でもしていれば『ゲルト海峡からの景色を描く目的で長期滞在しているのだろう』と周囲をごまかすことができよう。だがハンテツは、毎日何もせず、ただゲルト海峡を見張っているだけであった。

 果たせる哉……そんなハンテツの様子に、遠くから懐疑の眼を向ける謎の者が居た。

 

 数日後、某所の一室。

――コンコン

 暗がりの室内にドアをノックする音が響いた。

「隊長、ご報告があるのですが……」

 ドア越しに男の声が聞こえる。ここは、とある秘密部隊の指令室である。指令室と云っても賊の隠れアジトのようなものだが……

「構わん、入れ」

 と、隊長と呼ばれた人物が応える。ガッチリとした体躯の大柄な人間である。この秘密部隊のリーダーであろう。

 ドアをノックした隊員の一人と思われるドワーフが、

「失礼します」

 と薄暗い部屋に入ってきた。

「魔族の娘が見つかったのか?」

 と、先に声を掛けてきたのは隊長の方である。

「済みません。まだ発見できません……ですが、その事に関してチョット気になることがありまして……」

「どうした?」

「ガミルゴの盾島周辺を見廻っている者からの情報なのですが、数日前から、ゲルト海峡の橋上の宿にオーガの大男が宿泊してるようなんです」

「そのオーガの男、何か不審な行動をしているのか?」

「いえ、むしろ何もしないで、数日ただゲルト海峡を見ているだけのようなんです……まるで、誰かが現れるのを待っているような……」

「なるほど、そのオーガの男は、我々が追ってる魔族の娘がゲルト海峡に現れるのを待っているのではないか、というのだな?」

「もちろん、例の魔族の娘が目当てで張り込んでいるという確証はありませんが……一応、隊長のお耳に入れておいた方がいいと思いまして……」

「確かに、有り得ない話じゃないな……《魔族》と聞いて、ガミルゴの盾島に目を付けるのは十分考えられることだ」

「橋上の宿にいるオーガに、《探り》入れますか?」

「いや、そいつが何者か分からんうちは、こちらから下手に動かない方がいいだろう……我々に気付かれるとマズイ。だが、そのオーガの男からは目を離すな」

「了解しました」

「それと、引き続きガミルゴの盾島の監視も怠るな。何か異常があったら直ぐに知らせろ」

「承知しております」

 隊員らしいドワーフは、そう言って部屋を出て行った。

 秘密部隊の隊長は、

「ふぅむ……仮にそのオーガの男の狙いが魔族の娘だとして……我々と同様、魔族の娘の捕縛もしくは抹殺が目的なのか……あるいは逆に、魔族の娘の仲間なのか……」

 と独り言を吐くと、眼を閉じて考えを巡らせ始めた。あらゆる可能性を想定して今後の対応策を練っているのだろうか。そして、

「念には念を入れておくか……」

 と、ボソッと呟くのだった。

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