アストルティア《裏》プロフェッショナルズ   作:鹿羽 直之

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【第三話】母(マザー)の想い請け負います(#08)

 ゲルト海峡の、グレン領東へ繋がる洞窟を出て少し進んだところに、一本道が最も内海に張り出した場所がある。

 そこに、やはり姿をみせた。エルフの少女……いや、魔族の少女、リンナである。

 一人佇み、赤々と染まる夕刻のガミルゴの盾島に、ぼんやりと視線を送っている。その背後から、

「リンナ……」

 と、自分を呼ぶ声がした。

 リンナがハッと振り向く。声の主はハンテツである。リンナは一瞬、驚く表情を見せたが、逃げる様子もなく、

「あ、ハンテツさん……」

 と、上背の高いハンテツの顔を見上げるようにして言った。

「リンナ、ここで待っていれば会えると思っていたぞ」

 そう言って、ハンテツはリンナの横に並び、一緒にガミルゴの盾島に目をやった。

「どうして、私がここに来るって分かったんですか?」

「うん、『魔族だったら、ここに姿を現すんじゃないか……ガミルゴの盾島と関わりが深いから』って、オウライ屋の女将さんが推察してな、それで、女将さんに言われて、数日ここで張ってたんだ」

「そうだったんですか……私が魔族だっていうのも、もう知っているんですね」

「ああ……」

 二人は顔を合わせず、並んだままガミルゴの盾島を見ている。

「魔界へ帰りたいか?」

 ハンテツのその言葉に、リンナは首を横に振った。ハンテツとしては(帰りたい)と言ってくれた方がありがたかったであろう。

「私は、物心付いたときはもうこっちの世界に居ましたし、小さい頃は普通のエルフだと思っていましたから……」

「じゃぁ、何故、ガミルゴの盾島が気になる?」

「魔族の人や魔界の魔物に会ってみたかった……のかも知れません」

「魔界の者と会ってみたかった⁉」

「はい……アストルティアの人は、魔界の人を『怖い奴』とか『悪い奴』とか言うけど、本当にそんな人ばかりなのかなって……それと、もしかしたら、魔界での私の素性を知っている人がいるかも、と思って……」

「そうか……でも俺は、魔族でも優しい奴はいると思うぞ、お前みたいに……」

「私は、真に優しくはありません。現に人を殺めてしまいました……」

「夢幻の森でのエルフの男か?……だったら、それは違うぞ。あの時は身体を乗っ取られていたんだ。お前の意思ではない」

「そうでしょうか……確かに、魔物と一体化したのがきっかけではあったのかもしれませんけど、それによって、私の奥底にあった魔族の魔性が目覚めたんじゃないか……って思うんです」

「例えそうだとしても、善の心しか持っていない奴なんか、どの種族にもいないさ。多かれ少なかれ悪の心は誰にでもある。その誰もが持ってる悪の部分を、外部の手によって不当に増幅させられたのなら、やはりお前に責めはない。同じ状況に陥ったら、種族なんか関係なく皆同じだったさ……」

「そう言ってもらえると、少し気が楽になります……」

 リンナは微かに笑みを見せた後、ハッと何かに気付いたようにハンテツに目を向けた。

「そういえば……夢幻の森では、済みませんでした。酷いこと言ってしまって……」

 そう言ってきたリンナに、ハンテツはフッと鼻で笑い、

「気にするな、所詮、俺は人殺しだ……」

 と、自虐するような言葉を返した。

「ハンテツさんが、私を探していたのも、私を殺すためなんですか?」

 その唐突なリンナの問い掛けに、ハンテツは一瞬言葉に詰まりながらも、

「そうだな、本来であれば、殺しの現場を見た者は生かしてはおけない、と云うのが裏社会の掟だ……だが、お前の場合、助ける道が無いこともない」

 と、努めて感情を出さないように答えた。

「……⁉」

「お前が、魔界に行って二度とアストルティアに戻って来ないと言うなら、命は獲らずに済む」

「私が、魔界にですか……」

「ああ、今、オウライ屋の女将さんが、お前を魔界に送る手筈を組んでくれている。気乗りしないだろうが、それしか方法は無いんだ。納得してくれないか?」

 リンナは、少し考えてから、

「そうですね、それがいいのかも知れませんね……私は、この世界には居てはいけない人なのですから……」

 と、少し寂しそうに返答した。

 掛けてやる言葉もないハンテツ。暫し無言の時が流れる。

 そこへ、

「おぅ、居た、居た!」

 と、北の洞窟の方から聞き覚えのある声が掛かった。やって来たのはレミィーである。

「なんだ、レミィー、お前も来たのか?」

「え⁉ハンテツ、あんたが女将に『魔族の小娘が現れた』って一報いれたんだろ?」

「女将さんには『俺一人で大丈夫だ』って言っておいたんだが……」

「あの女将は心配性なんだよ。こいつが、逃げ出したり、また魔物になって暴れたりしたときの用心のために、あたいも行ってこいとさ!」

 レミィーはリンナを指差しながらそう言うと、

「あ、自己紹介がまだだったね。あたいは《レミィー》。しがない盗賊さ……」

 と、リンナに向かって言い加えた。

「あぁ……リンナです……その節はお世話になりました……」

 リンナは少し萎縮したように言葉を返した。

「ところでお前、夢幻の森からここまでどうやって来たんだ?」

 と、レミィーがリンナに訊いた。

「あ、飛んできました……」

「はぁ?自分の羽で、か?」

「はい、あの時は、何て言うか……力が溢れてたと言うか、エネルギーがたくさんあったと言うか……」

「それは、魔物と一体化した影響で、眠ってた魔族の力が顕在化したせいだと思う」

 そう言ってきたのはハンテツである。

「でも、今はそんなことできません……元に戻ったみたいです……」

「なんだ、一時的なものかよ!不便だねぇ~」

 レミィーはそう言いながらリンナの羽をいじり始めた。するとリンナは、

「いや、この羽はダミーなんです。エルフの羽に似たモノを付けてるだけです」

 と言って、体を捻ってレミィーの手を振り払った。すると、レミィーは、ハーハッハッと高笑いしだし、

「今、巷じゃ悪魔っぽい付け羽が流行っているのに、お前は逆なんだなぁ」

 と、からかうように言った。

 リンナが、少し照れくさそうに笑った。二人の笑顔に釣られ、ハンテツの表情も緩む。

 レミィーのざっくばらんでさっぱりとした態度に、少し重かった空気が払拭されたようだ。

 だが、その和やかな雰囲気も束の間であった。

 グレン領東の洞窟から、怪しい三人組が近づいてきた。さらに、ゲルト海峡にいた観光客が四人、このタイミングを示し合わせたようにこちらに向かって来る。おそらく、怪しい三人組の仲間であろう。観光客を装って、予め人中に紛れていたのだ。計七人、いずれも顔を隠している。

 ハンテツとレミィーが、謎の七人に気付き、自然と背合わせになり臨戦態勢をとった。その背合わせの中に、守られるようにリンナが挟まれている。

「レミィー、油断するな!……種族も出で立ちもバラバラで、一見、ならず者の集まりように見せかけてるが、こいつら素人じゃねぇ」

「あぁ、分かってるよ……ハンテツ、ここは一旦ルーラで飛んだ方が賢明じゃねぇのか?」

「そうだな……リンナ、お前も俺のルーラストーンを使ってオウライ屋に飛ぶんだ」

 リンナはコクリと頷いた。

 そして、三人がルーラストーンを取り出そうとした時、

「『ルーラで逃げよう』なんて思わない方がいい。あれを見ろ!」

 と、観光客に扮していた集団のリーダーらしい男が、大地の箱舟の鉄道橋を指差した。

 鉄道橋の線路上にはいつの間にか手漕ぎトロッコが3台現れており、トロッコの上には海賊が使うような大砲が設置されていた。その3門の強力な大砲がハンテツたちに狙いを定めている。ルーラストーンを掲げた直後、大砲がぶっ放される算段になっているらしい。

 ちなみにこの男、怪しい指令室でドワーフの隊員から報告を受けていた、謎の秘密部隊の隊長である。

「あんなモノまで用意してやがるのかよ……」

 レミィーが、ぼやくように呟いた。それを受け、

「こいつらを裏で糸引いてるのは、思ったより大物だぞ……どこかの国家か、でなければ巨大組織か……」

 とハンテツが小声で応じた。

 集団のリーダー格の男が、ゆっくりとハンテツの近くまで詰め寄る。

「何者だ」

 先に言葉を発したのはハンテツである。

「答えるつもりはないし、その必要もない。とにかく、その娘を渡してもらおう……素直に渡してくれれば危害は加えない」

 と、リーダー格の男は高圧的な態度で迫ってきた。その要求に対し即応したのは、リンナだった。

「分かりました……私がそっちへ行けば、本当に他の人に乱暴はしないと約束してくれるんですね!」

 そう言って、リンナは、ハンテツを押し退けリーダー格の男の前に出て行こうとした。が、

「済まんが、それは呑めない相談だ!」

 とハンテツは、出で行こうとしたリンナを自分の背後に押し戻した。続けてレミィーが、

「こっちとしても、こいつを助けるの、仕事として請けちまってるんでねぇ……前金貰ってる以上、今更キャンセルできねぇんだよ!悪ぃな~」

 とリーダー格の男に威勢よく言い返した。

 そのレミィーの言葉に一番驚いたのはリンナだったかもしれない。

(えっ!私を助けるための仕事?)

 オウライ屋にそれを依頼したのは誰なのか?……リンナは直ぐ見当がついた。

 謎の集団のリーダー格の男が、

「そうか……ならば、不本意だが実力を行使させてもらうまでだ!」

 と、言い放ち剣を抜いた。他の者も一斉に得物を手にする。

「小娘は生け捕りにしろ!オーガの男とウェディの女は殺しても構わん!」

 その言葉を合図に、部下らしい他の六人がハンテツとレミィーに襲い掛かった。

 美しく夕陽に染まるゲルト海峡を舞台として、謎の集団との戦闘が始まった。




トロッコ大砲のイメージイラストです。

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