その頃、カーシャは《アスフェルド学園》のキャンバスを第一校舎に向かって歩いていた。
時は夕刻、放課後である。ほとんどの学生は帰宅の途に就くか部活動に励んでいる時間だ。
アスフェルド学園は、アストルティアでも名門で、政財界にも多数の要人を輩出している。
カーシャは、ハンテツから『リンナがゲルト海峡に姿を見せた』との報告を受けた後、急ぎグランゼドーラ駅へ向い直通電車に乗ったのだ。そして、アスフェルド学園駅を降りキャンバスを抜け、今、第一校舎一階の学園長室前に居る。
カーシャがドアをノックすると、
「どうぞ」
と、室内から渋い声音の返事が返ってきた。
「オウライ屋のカーシャですが……」
そう言ってカーシャは学園長室に入ると、
「ようこそ」
と、苦み走った背の高いロマンスグレーが、友好的な笑みを浮かべて出迎えてくれた。アスフェルド学園長《バウンズ》である。
「ご無沙汰しております。突然お邪魔してしまって申し訳ありません。今日は、是非とも学園長のご助力を賜りたく、罷り越した次第でございます」
「何を他人行儀な……当学園の卒業生であり、今もなお、厚いご支援・ご支持をいただいている貴女のお頼みです。できる限りの協力をいたしますよ」
「そう言っていただけると恐縮ですわ」
「まぁ、どうぞお掛けになってください」
と、バウンズはカーシャにソファを勧めた。二人がソファに腰を下ろす。
「それで、私に頼みとは?」
「実はですね……」
こうして、カーシャとバウンズの会談が始まったのだが、カーシャの申し出に対し、バウンズは同意する様にあるいは納得する様に(ふむふむ)と頷き返すだけであった。そのため、この会談はそれほど時間を要せず、カーシャの頼みをバウンスが二つ返事で引き受ける形で終わった。
ゲルト海峡では、ハンテツたちが謎の集団と互角の戦闘を繰り広げていた。
謎の集団は、壁役・物理攻撃役・呪文攻撃役・回復役・補助役がバランスよく構成されており、かつ、それぞれが一線級のスペシャリストである。それらを相手にここまで持ち堪えたているのは、ハンテツとレミィーが、一流のスペシャリストをも凌駕する技術・能力の持主であることは勿論のこと、回復を担っているリンナの能力のおかげでもあった。リンナは、先のメロンモンスターと一体化した影響で、一時的に魔族の能力が顕在化したのだが、その能力がまだ残っていたのだ。なので、回復魔力に関しても以前と比べ格段に上がっており、一度の呪文でも体力を大きく回復させることが可能になっていた。
それでも、もう長くは耐えられない。そのことは敵のリーダー格の男も気づいているようだ。
「そろそろ限界ではないのかな?……もうMPが尽きる頃合いだろう」
そのリーダー格の男の言う通りであった。これまで何とかMP補給アイテムを使って凌いできたのだが、使い切ってしまったのだ。しかも使っているMP補給アイテムは、せいぜい《賢者の聖水》程度のなので、現存しているMP量も残り僅かであった。
リーダー格の男が、
「しかし、驚いたぞ。数分で片が付くと思っていたが、まさか我々七人を相手にしてここまで持ち堪えるとは……殺すには惜しい腕だ……今からでもその娘を引き渡して投降しろ!悪いようにはせん。何だったら、我が部隊に入れるよう上に掛け合ってやってもいいぞ」
と、意外な提案をしてきた。その言葉に嘘は感じられない。心底、ハンテツとレミィーの実力に感服しているようだ。だが、
「冗談じゃないねぇ!あんたらが誰の飼い犬かは知らないけど、あたいらは、例え犬より劣るドブネズミになっても、高慢チキなお偉いさんの飼い犬になるなんざ御免なのさ!」
と、レミィーが気風よく啖呵を切った。
「そうか……それは残念だが、仕方あるまい」
そう言ってリーダー格の男は大きく剣を掲げ、振り下ろすように前に向けた。最後の総攻撃の合図であろう。強大呪文や強力な技の準備態勢に入っていた手下の者たちが、その合図を契機に一斉に仕掛けてきた。
(万事休すか⁉)
そう思われた次の瞬間、グレン領東側の洞窟から電光石火の如く迅雷が奔り、ハンテツとレミィーに向けられた呪文攻撃を弾き飛ばした。さらに、その迅雷を放ったと思われるこの人物は、いつの間にか洞窟側の敵に詰め寄っており、槍のような武器で瞬く間に謎の集団三人を薙ぎ払っていた。この者、なんと少年である。青い髪をしてアスフェルド学園の制服を着ている。
物理攻撃の技を繰り出していたアタッカーたちも、突然の出来事に動揺たのか、技の精度を欠いていた。そのためハンテツとレミィーは、かろうじて致命傷となる一撃は免れることができた。そして、この好機を逃すハンテツとレミィーではない。
「ヌオォォォーッ!」
ハンテツは鬼神の形相で雄たけびを上げ、己のテンションを最高まで上げると、近くにあった大岩を謎の集団に向けて力任せに投げつけた。《岩石落とし》の格闘技である。投げられた大岩は攻撃を仕掛けてきた敵二人を下敷きにしてしまった。
レミィーも最後の力を振り絞り、鞭スキル《極竜撃ち》を放ち、敵一人を仕留めた。
残りはリーダー格の男だけである。
「クソッ、新手が来るとはな……こうなったらやむを得まい。小娘だけは無傷で捕獲したかったが……」
リーダー格の男はそう呟いた後に、
「構わん、撃てーっ!」
と、鉄道橋の大砲に向かって大声で叫んだ。
その声を聞いた鉄道橋にいる砲撃手らしい部下が、海賊の《ロックオン》のようなスキルで三台の大砲の照準をハンテツたちに合わせる。
その時、
――ザッバーン
と、大砲の弾道を遮るように、大砲直下の海面から高く水柱が上がった。
呆気に取られている砲撃手。
水柱から現れたのはオウライ屋の用心棒モンスター、リザードマンのゲラである。ゲラは翼を広げた状態で、回転しながら海中から急速上昇し水柱を発生させたのだ。
ゲラはその勢いのまま砲撃手へと突っ込み、思いっきり当て身を喰らわせた。高架上で吹っ飛ばされた砲撃手は絶叫と共に海へと落ちていく。
(これまでか……)
リーダー格の男は苦虫を嚙み潰したような顔をしている。もはや、万策尽きたようだ。
「全員、引けー!」
と、大声で指示を出し、ハンテツのがんせき落としの下敷きになった二人の部下を拾い上げた。
部下たちは、余力が残っている者が瀕死の者を庇うようにして、ルーラストーンで逃げていく。全員の退却を見届けたリーダー格の男も、二人の部下を抱え空へと消えて行った。