何とか謎の集団を撃退したハンテツとレミィー。もはや体力も気力も尽き果てて、一歩も動く気にならない様子だ。そんな二人を心配してかゲラも高架橋から降りてきた。
「お前、いつから居たんだよ!もっと早く加勢に来いよな!」
レミィーの問いに、ゲラはグググと喉を鳴らし不敵な笑みを浮かべるだけであった。
「フンッ、どうせ女将の命令であたいらを監視してただけだろうけど……」
ゲラはそんな言葉には耳を貸さず、素知らぬふりをして横を向いた。そこへ、
「いや~あぶないところだったな!」
と、ハンテツたちを助けた青い髪の少年が寄ってきた。
「ありがとう、助かったよ」
まだ呼吸が整わないまま、ハンテツが礼を述べた。
「まぁ、いいって事よ!……それより、魔界へ送り届けて欲しいってのは、このお姉ちゃんかい?」
そう言ってリンナへ視線を移した青い髪の少年に、レミィーは、
「あのさぁ……助けてもらってこんな事言うのは何だけど、あんた誰?」
と問いかけた。
「ああ、俺は《リソル》っていうんだ。訳あって今はアスフェルド学園に通っているけど、こう見えて魔族だ」
「魔族⁉」
「学園長のオッサンから、魔族の娘を一人、魔界に送り届けて欲しいって頼まれたけど……」
「学園長に頼まれた……女将に頼まれたんじゃないのか?」
そのレミィーの疑問に、
「女将さんがアスフェルド学園の学園長に、魔界に通じている人に依頼してくれるよう、掛け合ったんだろ」
とハンテツが答えた。
「さすが女将、顔が広いねぇ~」
「まだ、ゲルト海峡にいるかもしれないって聞いたんで、どんな奴かと思って、暇潰し程度にチョット見に来たんだけど……まさか襲われているところに出くわすなんてな~」
そう言いながら《リソル》と名乗った青い髪の少年はリンナに近づくと、何やら品定めでもするかのようにリンナを前後左右からジロジロと熟視し始めた。リンナは恥ずかし気に少し身体を縮めている。
(……⁉)
リソルは小首を傾げ、
「お姉ちゃん、チョットいいかな?」
と、リンナの付け羽を外した。現れた真の羽は黒っぽい羽である。当然エルフの羽とは異なるが、魔族の羽とも少し違うような気がする。さらにリソルは、リンナのリボンも外し、角の状態も調べ出した。そして、
「このお姉ちゃん、魔界へ行っても居場所はないぞ」
と、にべもないことを言い出した。
「それは、どういう意味だ?」
ハンテツが問うた。
「魔界へ行ったら、今よりもっとつらい思いをするって言ってんの!」
「何故?」
「純粋な魔族じゃないからさ」
「……⁉」
「分かんねぇかな……このお姉ちゃん《合いの子》なんだよ」
「合いの子⁉」
ハンテツとレミィーがシンクロする様に同時に声を上げた。ゲラもゲコッ!と驚鳴している。リンナに至っては、もはや言葉も出ず、今にも卒倒しそうである。
「《合いの子》って、魔族とエルフのハーフってことか?」
ハンテツが確認するように問い返す。
「ああ」
「そんな事あり得るのかよ!アストルティアの六種族の間でも混血が生まれたなんて話聞いたことがない!」
そう言ったのはレミィーである。
「《あり得ない》とされていることが起っちまっているからヤバイって言ってんの!」
リソルは少し間をとり、周りの心を落ち着かせ、
「こんな話、知ってるかい?」
と、魔界と魔族に関する一説を語り始めた。
「元々、アストルティアと魔界は一つだったって云う説があるんだ……
アストルティアが魔瘴に侵蝕された際、その侵蝕された部分を女神ルティアナが切り離した。それが現在の魔界になったと云う説なんだ。そのルティアナが切り離した土地には、アストルティアの六種族も多く居て、それら六種族の中から、魔瘴の影響を受け進化し過酷な環境にも適応する者が現れた。それが今の魔族の一部になったんじゃないか……って」
「その説が本当なら、魔族の中にも俺らアストルティアの六種族とルーツを同じくする者がいるって事か……」
「ああ、だからアストルティアの六種族の遺伝子をまだ強く受け継いでいる魔族が存在しているとすれば、見た目は全然違っていても、その者とルーツの種族の間では血が混ざることもあり得るってことさ。まぁ、天文学的な確率でしか起こり得ないんだろうけどね……」
「だとすると、こいつの存在は、今あんたが述べた説を裏付ける重要な証拠って訳だ」
そう言って、レミィーはリンナの肩に手を乗せた。
「そう!俺が『このお姉ちゃんは魔界に行かない方がいい』って言ったのは、正にその点がこの上ない障害になるからなんだよ!
魔族の中の、特に上級魔族と呼ばれるエリート層には、アストルティアの民は下等種族であると思っている奴が多いんだ。だからアストルティアの地は侵略しても構わないと考えるし、アストルティアの六種族を虐げても何とも思わないんだ。そんな奴にとっては、前述の説が証明されるようなことは許し難いんだよ。『我々は本質的に他の生き物とは違う選ばれた種なのだ』と云う自己のアイデンティティーの根幹を揺るがす事態になるからね……
そんな所へ行って、もし、このお姉ちゃんが《合いの子》だなんて露顕してみろ、殺されるどころか、この世に存在していた事実そのものまで抹消されかねない。
運良く友和団体か何かに保護されたとしても、その後に待っているのは医学者や生体研究者の好奇の対象さ。調査だの実験だのと言われて、あっちこっち身体をいじくり回されるのがオチだろうね……」
一通りの説明を終えたリソルに、
「なるほど、大雑把には理解したけど、なんであんたは魔族なのに、そんな魔界の事情をあたいたちに教えてくれるんだい?」
とレミィーが訊ねた。
「実は、上級魔族の中にも選民思想的な考えに疑問を持ったり、アストルティアの民と友好を結ぶべきと考える者はいるんだ……」
「ほぅ、あんたもその一人なんだ」
「んん……まぁ、どちらかというとね……」
リソルは暫く沈思し、言葉を選ぶように話を続けた。
「ただ、それを公に主張する者は、やはり、従来の考えを支持する勢力から激しい抵抗にあう……実際過去に、魔界のある王家で、階級制度に異議を唱えたりアストルティアの国と国交を開こうとして王の座を追われた王族がいる……そして、その元王はアストルティアに亡命することになったんだけど……」
そこまで言って、リソル口をつぐんだ。
「ん⁉……どうした?」
と、レミィー。
「うぅん、これは言おうか言うまいか迷ったんだけど……」
「なんだよ、もったいぶらずに早く言っちまえよ!」
「まぁ、あくまで俺の《勘》なんだけどさぁ……そのアストルティアに亡命した王族が、このお姉ちゃんの父親じゃないかなぁ……」
「何だって⁉」
またもや、ハンテツとレミィーがシンクロする様に声を上げた。今度はリンナも、
「えっ!」
と目を見開く。
「いや、大した根拠は無いんだけどさ、どことなく似てるんだよ、その亡命した王の息子に……」
「あんた、アストルティアに亡命した王様の息子と知り合いなのか?」
「まぁ、ね……」
「もし、あんたの勘が当たってるとしたら、こいつはお姫様じゃねぇか、国に帰れば丁重に扱われるんじゃねぇの?」
「さっきも言っただろ!、話はそう単純じゃねぇんだよ。従来勢力の保守派と改革派の争いは今も水面下で続いてるんだぜ。そこに、いきなり改革派の前王の娘がやって来たって、事態をややこしくするだけなんだよ。前王の娘なんて邪魔に思う奴もいるし、逆に利用しようとする奴もいる。はたまた、派閥争いに乗じて旨味を得ようとする輩に目を付けられるかもしれない。ましてや、いくら王女様って云ったって、下等種族と看做されている血が混ざった王女なんて、どう扱われるか分かったもんじゃないぜ!」
リソルの言葉に、ここに居る他の全員が何も言い返せなかった。リンナを不憫な思いで見ているだけである。
重い空気の中、リソルは、
「そういう訳なんで、このお姉ちゃんは魔界には連れて行けないよ。学園長のオッサンには魔界に届けたことにしおくからさ、後はそっちでうまくやってくれよな」
と言って、移動のための空間ゲートのようなものを作り出した。リソルがその空間ゲートに入ろうとした時、
「待ってください!」
リンナが引き留めた。
「……?」
「私の父かもしれない人の事、もう少し教えてくれませんか?」
と、リンナが小走りでリソルに駆け寄る。
「言っただろ、さっきの話は俺の《勘》だって……もし、確かな素性を知りたきゃ、自分で調べるんだね。まぁ、魔界とアストルティアが自由に行き来できるようになれば、の話だけど……」
「そんなの、10年先になるか100年先になるか分からないぜ」
そう口を挟んだのはレミィーだ。
「そうだね、何百年経ってもそんな時代は来ないかもしれないね……でも、魔界にもアストルティアと友好を深めたいって思っている人はいるんだ。アストルティアの民も、魔族と良好な関係を築くべきだって声を挙げれば、その日は意外に近いのかもよ……」
そう言ってリソルは空間ゲートの中へ消えて行った。
空間ゲートが閉まりきる間際、
「それまで、せいぜい生き延びるんだな!」
と、リソルの声が、僅かに閉じきっていないゲートの隙間から響いた。
空間ゲートが完全に消滅したのを見て、
「これで、こいつを魔界に逃がす計画はおじゃんになったな……で、これからどうするよ……」
と、レミィーがハンテツに問うた。
「できれば、リンナをどこかに匿うか逃がすかしたいところだが……」
そのハンテツの答えを受けて、
「トカゲちゃんが女将に黙っていてくれればねぇ~」
と、レミィーはゲラへと視線を送った。
ゲラは強く首を横に振った。(断じてできない!)という意思表示であろう。
「だろうねぇ……」
「こうなった以上、女将さんに全てを話すしかないだろう。後は、女将さんの判断に任せよう……」
ハンテツはそう言って、少し寂しげなリンナの肩に手をやった。
朱く染まったゲルト海峡は、もうすぐ陽が沈む刻を迎えようとしていた。