アストルティア《裏》プロフェッショナルズ   作:鹿羽 直之

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【第三話】母(マザー)の想い請け負います(#11)

 オウライ屋、奥の応接室に五人が居た。応接テーブルを挟み、カーシャとリンナが対面する様にソファに座り、脇のソファにハンテツとレミィーが座っている。ゲラは座らずにカーシャの後ろに立っていた。

 ハンテツとレミィーが事の顛末をカーシャに話している。リンナが魔族とエルフのハーフであること。謎の集団に襲われたこと。アスフェルド学園の魔族の学生に助けられたこと。そして、その助けに入った魔族が語った、リンナが魔界へは行かない方がいい理由……

 一通り、話が終わると、

「そうですか、まさかリンナさんが魔族とエルフのハーフだったなんて……マザー・ヘレナの心眼をもってしても、そこまでは見抜けなかったみたいですね……」

 カーシャが困惑の表情を見せた。そこへ、

「ところで、リンナはどうするんですか?」

 と、ハンテツが訊いてきた。その問いにカーシャは応えない。目を閉じ黙している。

「反故にしますか?、リンナを助けるという依頼は……事情が事情なだけに……」

 再度ハンテツが訊いた。言葉に詰まるカーシャ。しばらくして、

「……どうしたものでしょうね」

 と発せられたカーシャの言は応えになっていなかった。

 その間、リンナは他の者と目を合わせない。身体を小さくして俯いているだけである。

 暫し静寂の後、ようやくカーシャが口を開いた。

「リンナさんを救う道が、一つだけあります」

「……⁉」

 カーシャは何と言うのか、皆の注目が集まる。

「リンナさんにも、私たちと同じ道に入ってもらうのです」

 その言葉の意味は、リンナも裏稼業の一員になれば命を奪わずに済むということである。

 それに真っ先に異議を唱えたのはレミィーである。

「待ってくれ!、あたいたちは、それでなくてもいつ何処で命を狙われるか分からない身の上なんだぜ!そこに、訳アリ、曰く付きの奴が入って来られたんじゃ、危ない橋を渡る仕事なんかできねぇよ。余計なところから足が着いちまう……」

「そうですね、それも道理です……でしたら、構いませんよ。レミィーさん、ここでリンナさんを始末してくださっても……」

 カーシャの言葉に、レミィーは一瞬(うっ⁉)と後込みし、

「女将さん、その言い方はずるくないか?」

 と、返した。

「レミィーさんができないなら、ゲラ、お願いできますか?」

 いきなりとばっちりを食ったゲラが、眼を剝き首を小刻みに横に振った。さすがにこれは、主の頼みでも二の足を踏まざるを得ない。

 再び、誰も言葉を発しない静寂の時間が流れた。ここに居る皆が神妙な面持ちで項垂れている。

 沈黙を破ったのはカーシャである。

「いくら考えても答えは出ないようですね……では、《天の意思に委ねる》というのはどうでしょう」

 と、タロットカードを取り出し、テーブルの上でグルグルとシャッフルしだした。そして、手品師のような手捌きでリンナの前に横一直線に並べた。

「占いで決めるのかい?」

 レミィーが問う。

「タロット占いは、出たカードの解釈によって結論に幅が生じます。それでは天の意思に委ねたとは言えません。ですので、リンナさんにはこの中から1枚好きなカードをめくってもらい、そのカードがどんなカードであれ、正位置ならばリンナさんを仲間にする。逆位置だったら、お気の毒ですがリンナさんの命は私が貰い受けます。いかがでしょう?」

「フッ、面白れーじゃねぇか!」

 そう言ったのはレミィーである。

「ハンテツさんは?」

 と問われたハンテツは黙って小さく首を縦に振った。

「皆さん御依存無いようでしたら、リンナさん、どうぞ1枚引いてくだい」

 リンナはゴクリと生唾を飲み込んだ。だが、泣き喚くでも騒ぎ立てるでもなく、悟ったように落ち着いている。既に覚悟はできているのか、あるいは、もっと昔、自分が魔族であることを知った時から、いつかこういう日が来ることを予感していたのかもしれない。

 リンナは、横一列に並べられたちょうど真ん中あたりのカードを、震える指一本で引き寄せた。

「そのカードでよろしいですか?」

 カーシャを見据えてコクリと頷くリンナ。

「では……めくってください」

 リンナは、左から右に本のページをめくるようにカードを開いた。

 表れたカードの位置は……正位置。

 周囲にどことなく安堵の空気が漂う。

 図柄は《女帝》であった。母を意味する慈愛の象徴……

 そのカードを見て、ハンテツとレミィーは、魔族と知ってもなお命を救おうとした盲目の聖女、マザー・ヘレナを思い浮かべただろうか……

 カーシャには、涙ながらになけなしの金子を預け『あの娘の事、どうか宜しくお願い致します』訴えたマザー・リオーネの声が甦ってきたかもしれない。

 そしてリンナは、育ててくれた養母……いや、今となっては実の母であったと確信できるエルフの女性を思い起こしたに違いない。魔族の男性との間に子をなし、なんとかその子を救いたい一心で一連の行動にでた愛する母親……

 リンナが、そんな感慨にふけっている中、

「答えは出ました……最後に、リンナさんの覚悟を確かめさせてください」

 と、カーシャが聞いてきた。

 黙って頷くリンナ。それを見たカーシャが、心の底から絞り出すように言葉を続けた。

「リンナさん……この稼業は、依頼人からお金をもらって、依頼人に代わってその願いを叶える稼業です。公にはできない非合法な手段を用いることもあります。時には、言葉にできないような怖いこともしなければなりません……辛く悲しいことばかりです。『こんな思いをするぐらいなら、いっそ死んでしまいたい』と思うこともあるでしょう。でも私たちには己の意思で《死》を選択することすら許されないのです。後戻りできない地獄道です……それでもこの世界に足を踏み入れる。その覚悟がおありですか?」

 そのカーシャの言葉一つ一つを、リンナは胸の奥深くに刻み込んだうえで、

「魔界へ行っても地獄、死ぬるも地獄……所詮私には、地獄の道しか残されていません……どうせ地獄の道しか歩めない身の上ならば、女将さん、私も皆さんと同じ地獄道を征きます」

 と、カーシャを見据え凛として言った。

「分かりました」

 カーシャはそう答えると、暫し目を閉じた後、

「これから申し上げることは、皆さんに聞いて頂きたいのですが……」

 と、ハンテツ、レミィー、リンナへと視線を廻した。

「私たちの仕事は、死と隣り合わせの危険な仕事です。人知れず、世の光に照らされることはありません。そんな報われない稼業ですが、御公儀の救済の手から漏れた人……権力者や富豪たち強者の理不尽に泣いている人……その人たちの涙を、誰かが受け止めてやらなければならないのです。《正義のため》などと言うつもりは毛頭ありません。ですが、これだけはお約束いたします……

 オウライ屋は欲得尽くで仕事を請けることは決してありません。

 ですから、皆さま、これからもオウライ屋に力を貸して頂けないでしょうか……何卒よろしくお願い申し上げます」

 そう言って頭を下げたカーシャ。

 ハンテツもレミィーも言葉こそ発しないが、二人の厳しい表情は、この道がいかに過酷なものかを語っている。

(それでもなお、私は、この世界で生き抜くしかないのだ。でなければ、今まで私を生かすために尽くしてくれた人に、あの世でも会わせる顔がないではないか)

 魔族との間に私を産み、育ててくれた実の母……魔族と知りながら私を助けてくれたマザー・ヘレナ……危険を承知でリンナを匿い、オウライ屋に救助を依頼してくれたマザー・リオーネ……

 ふと、リンナの頭に、魔族の少年リソルが最後に言ったセリフが蘇る。

(それまで、せいぜい生き延びるんだな!)

 そのリソルの言葉に応じるかように、リンナは心の中で、

(ええ、生き延びてやるわ!父が何者なのかを知るまでは……母の真意を知るまでは……

 《合いの子⁉》上等だわ!。魔族とエルフの子としてこの世に生を受けた、その意味を確かめてやる!

 例え己の手が汚れようとも……)

 そう、決意するのだった。

 

              〔第三話・完〕




今回でオウライ屋の裏稼業に関わる面子が揃いました。今後、このメンバーによって織りなされる裏の仕事のエピソードを書いていこうと思っているのですが、済みません、次回は未定です。ネタが思いついたら、また投稿します。
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