オウライ屋……グランゼドーラ城下町の大通りから少し外れた路地にあるその店は、公にできない仕事も密かに引き受ける闇の仕事屋である。
だが、表向きは、魔物の討伐・護衛・調査・助っ人、等々、市民の困り事や、冒険者に役立つ様々な仕事を請け負う店だ。いわゆる《何でも屋・便利屋》である。
今日も朝早くから、様々な頼み事を持ち込んで来る客で待合室がひしめいていた。店内では3名のスタッフがカウンターに立ち忙しく客対応をしている。中心となっているのは番頭格の《グリケス》というドワーフ。
入口の扉が開いて、濃紺に艶めく長髪をたなびかせた人間の女性が入ってきた。《オウライ屋》の女主人《カーシャ》。長身の艶っぽい美人である。
「おはようございます」
カーシャに気づいたグリケスが先に挨拶した。
「おはよう……」カーシャが軽く挨拶を返したあと「グリケス、今ちょっと時間とれるかしら?」と訊いてきた。
グリケスは辺りを見廻し、客の状況を確認すると、
「少しの間なら、まぁ……」
と承諾し、カウンターを下りた。
「忙しいところ、済まないわね」
カーシャはそう言って、今入ってきた入り口までグリケスを促した。そして、
「どうぞ、お入りなさい」
と、入り口に向かって声を掛けた。
カーシャの声を受けて、入り口が開き一人のエルフの少女が、そわそわした様子で入ってきた。エプロン姿で髪を後ろで束ね頭には白い三角巾を被っている。
グリケスが首を傾げ訝し気に少女を見た。
(どこかで会ったような……)
そのグリケスの視線に応えるように、少女はグリケスを上目遣いに見てペコリと頭を下げた。
「あ‼、君は確か……⁉」
グリケスが思い出したようだ。このエルフ(?)の少女《リンナ》である。実際はエルフと魔族のハーフなのだが、もちろんそんな事、グリケスは知らない。そのグリケスの様子にカーシャが、
「あら、覚えてたの?以前『ウチで働きたい』って言ってきた《リンナ》ちゃん。ここで働いてもらうことにしたから、いろいろと教えてあげて」
と、リンナの背に軽く手をやり、グリケスの前に押し出した。
「い、いや、女将さん……突然そんなこと言われてもですね」
「あら、前から『人手が足りなくて忙しい』って言ってたじゃない?」
「そうですけど、この娘、商売は未経験なんですよね?一から仕事を教えなきゃならないとなると、私の仕事が余計に増えるんですけど」
「誰だって最初は未経験よ。暫くは大変かもしれないけど、リンナちゃんが仕事を覚えたら、あんたも楽できるようになるでしょ」
リンナが、
「よろしくお願いします」
と深々と頭を下げた。カーシャは微笑みを浮かべ、
「リンナちゃん、頑張って早く仕事を覚えてね」と返したあと「そういう事だから、グリケス、あとはよろしく頼むわね」
とグリケスに言い残し、奥の部屋に去って行った。
グリケスはポカンと呆気にとられている。リンナはそんなグリケスを気まずそうに見ているだけであった。
リンナの視線に気づいたのか、グリケスはリンナを横目でチラと見た。
「君、前にウチに来た時は、確かツインテールの髪を大きなリボンで結わえていたよね?」
「はい、『ツインテールでお店の仕事をするのは、店員に見えない』って女将さんが……」
「はぁ~、でも、なんで三角巾?」
「あ、いや、仕事着って感じで、お客さんにも分かりやすいかなと思って……」
そう言って誤魔化しているが、リンナが頭に三角巾を被っているのは、魔族の名残である角を隠すためである。以前はリボンで隠していたのだが、ツインテールをやめてしまったので今度は三角巾で隠すことにしたのだ。『おしゃれアイテムの付け角だ』と言い張ることもできなくはないのだろうが、周りから余計な詮索はされたくないし、小さい頃から母親に「角はあまり人に見せないようにしなさい」と言われて生活していたので、その習癖が染みついてしまったのだろう。今更直す気にはなれないのだ。
「ま、格好はそんなもんでいいんだけども……」
グリケスの言葉がそこで止まり、(ぐぬぅ~)と短く唸り声を吐いたあと、訝し気な目でリンナの顔を見た。
「そもそも、君、前に『ウチで働きたい』って来た時、一度女将さんに断られてるんだよね?。それがどういう経緯でウチで使うってことになったの?」
「そ、それは、そのぉ~……もう一度お願いしたら……女将さんが『いい』って言ってくれた……みたいな……」
そう言うリンナの返答は歯切れが悪かった。リンナは《表》の『オウライ屋で働かせて欲しい』などとカーシャに頼んではいない。『普段は店に出て働いたら?』と言ってきたのはカーシャの方からである。おそらく、カーシャとしては、魔族の血を引くリンナを目の届くところに置いておきたかったのだろう。そんなことはリンナにも察しが付いているが、それら一連のことをグリケスに言う訳にはいかないのだ。
「ふぅ~ん」
と、返してきたグリケスだが、内心あまり腑に落ちていないのは明らかだった。
「まぁ、女将さんがそう言うならしょうがないけど……」
リンナが、バツが悪そうに、
「済みません……」
と謝った。
「ところで、君、この店のシステムは知っているんだよね?」
「はい、一応……『お客さんの要望に応じて仕事を請け負う店』ですよね?」
「そう、その客さんから持ち込まれる仕事の内容っていうのはは様々なのよ。魔物の討伐・助っ人、身辺の護衛、人・物・場所の調査……なんかが多いんだけど、それ以外にも、チョット変わった依頼や普通に考えたらできそうにもない困難な依頼も持ち込まれてくるわけ」
実は、さらに《公にできない裏の仕事》というのもあるのだが、グリケスを始めとする表業務の従業員には知らされていない。
ふむ、と頷くリンナにグリケスが説明を続ける。
「ウチはね、お客さんが依頼する仕事内容を聞いて、こちらで、その仕事内容に合ったベストな人材を登録スタッフの中から選択して、依頼された仕事を達成させなければならないわけ……分かる?」
「はい……」
「と、云うことは、先ずはウチに登録されているスタッフ一人々々の職業・技術・得意分野などの個性や特徴をしっかりと把握している必要がある!。そのうえで最適な人材を見極め仕事をコーディネートするんだ」
「へぇ、なるほどね!」とグリケスの説明に感心の声を上げたリンナが「登録しているスタッフの数ってどのぐらいなんですか?」
と、興味深げに質問をしてきた。
「今現在だと、100人を超えるぐらいかな……」
「えっ!100人‼」
「そうだよ、しかもスタッフの出入りもけっこうあるから、新しい人が登録されたらその都度覚えなきゃならない」
「グリケスさんは、全員分頭に入っているんですか?」
「そうだね、よく仕事を頼むスタッフは大体頭に入ってるかな……」
「はぁ~大変そう……私にできるかなぁ」
弱気な声を上げるリンナに、
「大丈夫だよ」
と、カウンターの後ろにある大きな書棚を指さした。
「あの書棚に登録スタッフのファイルが収められているんだよ。そのファイルにはさっき言ったスタッフ一人々々のプロフィールやスペック等の情報が記載されているんだ」
リンナが書棚に目をやると、書棚にはぎっしりとファイルが並んでいた。
「始めは、あの登録ファイルを見ながらでいいんで、比較的簡単な仕事のコーディネートができるようになることを目指していこうよ」
「はい、よろしくお願いいたします」
不安の中にも、少し仕事へのやり甲斐みたいなものを見出しているリンナだった。
グリケスとリンナが、これからの業務に関する会話をしているうちに、朝の忙しさも落ち着てきたようで、いつの間にか店内の客もまばらになっていた。
――ガチャ
入り口のドアが開き、
「失礼いたします!」
と、声高らかに一人の男性客が入ってきた。
ゴリゴリとグリケスがリンナを肘で小突いた。
「?」
「ほら、お客さんが入ってきたら、先ずは明るく元気に挨拶!。商売の基本中の基本!」
グリケスが耳打ちする。リンナが、(あっ、そうか!)と気づき、慌てて大きな声で挨拶をする。
「いらっしゃいませ!」
続けてグリケスも、
「いらっしゃいま……せ」
と言ったものの、あまり覇気がない。見知った客なのだろうか、できれば関わりたくないといった感じである。
その客は、当然のようにツカツカとカウンター前まで足を運び、
――ドカッ
と、大量の書類の束をカウンターの上に置くなり、グリケスに頭を下げた。
「今回もまた、何卒よろしくお願いいたします!」
カウンターの上に置かれた書類の束は目算で100枚近くあるだろうか。その書類をチラと覗き見たリンナが、
「あれ!これって、《モンスター討伐依頼書》ですよね。討伐本部の人が配ってたり、モンスター倒すと落としたりする……」
と声を出した。
「そりゃ、そうですよ。この人《モンスター討伐隊本部》の人だから……」
グリケスが、討伐依頼書を持ち込んだ客に冷めた視線を送りながら、素っ気なくリンナに答えた。
そんなグリケスの目をスルーし、その客はリンナに向かって話しかけ始めた。
「お嬢さんは、新しくオウライ屋さんに入った店員さんでありますか?」
「え、えぇ……まぁ」
「そうですか!申し遅れました。私、モンスター討伐隊本部の者であります。以後よろしくお願いいたします!」
そんな、ちょっと堅苦しい口調でリンナに挨拶したこの男、港町レンドアにあるモンスター討伐隊本部の記録係《オットー》である。