「今回も大量に持ってきてくれたねぇ~」
カウンターの上に置かれたモンスター討伐依頼書の束を見ながら、呆れたようにグリケスが言った。
「アストルティアの平和のため、今回もどうか、オウライ屋さんのお力をお貸し頂きたい」
そう言って再度頭を下げたのは、モンスター討伐隊本部の記録係《オットー》である。
「そもそも、キャパシティを超える依頼書を出すから討伐が追い付かなくなるんだよ!」
「おっしゃることはごもっともですが、討伐依頼は増える一方、他方で討伐の引き受け手は減少の傾向にありまして……それに、アストルティア各地に散らばってしまった依頼書も討伐されずに戻ってくることが多いんですよ」
グリケスは(ふっ)とは鼻で笑った。
「討伐依頼書をばら撒いてしまったのは、あんたでしょ!なんでウチがあんたのケツ拭かなきゃならんの?」
モンスターが落とす依頼書は、オットーが列車の中で依頼書の内容を確認しているとき、眠気覚ましと思ってうっかり窓を開けてしまったため、外にばら撒いてしまったものである。それを拾ったモンスターは、自分達が討伐されるのは嫌なのでそのまま隠し持っているのである。
「それを言われると返す言葉もございませんが、これも市井の人々のためと思って、何卒ご協力をお願いします」
そんなグリケスとオットーのやり取りを側で聞いていたリンナが、
「もし、グリケスさんが時間取れないようでしたら……私が手伝いますけど……」
と割って入ってきた。グリケスは内心、
(今日入ってきたばかりの未経験者に何ができるの!)
と、どやしつけてやりたい気持ちだったが、カーシャから『よろしく』と頼まれた人材を初日から手荒に扱う訳にもいかないので、そこをグッと堪えた。
「はぁ~、しょうがないですね……まぁウチの新人さんが『やる』って言ってますんで」
リンナに嫌味を飛ばしながらも、グリケスは不詳不詳依頼を受けた。
その返事を聞いたオットーは、
「ホントですか!ありがとうございます!」
と憑き物が取れたかのように元の明るさを取り戻した。
リンナは、ちょっと険悪だった事態が収拾されて気分が良くなったのか、
「安心してください。オウライ屋は請けた仕事は必ずやり遂げますから!」
と、オットーに笑顔を見せた。これにはグリケスも、
(こいつ、今日入ったばかりのくせに、一丁前に女将さんの言い回し真似しやがって!)
と呆れ驚く様子で目を見開いた。
「これは頼もしい!前途有望な新人さんでありますな!」
オットーはカラカラと笑い声を上げ、
「それでは、依頼書の討伐が終わりましたら、レンドアの討伐本部までお越しください。報酬はその時お渡しいたします!。では、これで失礼いたします!」
そう言いながらオウライ屋を後にした。
オットーが居なくなると、グリケスは(はぁ~)と溜息を吐き、リンナに目をやった。
「あのぉ~、私、何やればいいでしょうか?」
リンナが、腫れ物に触るように訊いてきた。
グリケスは、自分が一から教えてやらなきゃならないことに、一旦は腹が立ちを覚えたが、(でもまぁ、初仕事をやらせるには丁度いい業務内容かもな……)と思い直した。
「ウチの登録スタッフだったら、討伐依頼書の内容をクリアするなんて簡単だから、後ろの登録ファイルの中から適当に手の空いてる人を見つけて片っ端から連絡してみてよ?」
「は、はい……」
と、リンナは返事したものの、何故か小首を傾げ訝し気な顔をする。
「どうしたの⁉何か分からない点でもある?」
「これって、簡単な依頼内容なんですよね?。それなのにどうしてグリケスさんはあまり乗り気じゃなかったんですか?。仕事を持ってきたオットーさんに冷たかったじゃないですか?」
「あぁ~!、何人かのスタッフに依頼すれば分かってくると思うけど、たぶん苦労するよ。誰も引き受けてくれないから」
「エッ!何でですか?」
「報酬がショボいからさ!。報酬がおいしい依頼書は皆こぞって討伐したがるんだけど、割に合わない依頼書は誰もやりたがらないんで、結局は討伐本部に戻ってくる。そう云った討伐依頼書が溜まってくると、オットーがウチみたいな何でも屋に委託に来るんだよ」
「なるほど、それで、ここのスタッフにも引き受けてもらえなかった依頼書はどうするんですか?」
「依頼書に記載されている報酬の相場の額に、2割から5割ぐらいのG(ゴールド)を上乗せして、再度登録スタッフにお願いしてみるんだ。ただ、それでも引き受け手のない依頼書が何枚か残るんだけどね……」
「そうなったら、どうするんですか?」
「しょうがないから、我々が自分の手で討伐するんだよ。手が足りない時は女将さんに手伝ってもらうこともある」
「え~!、面倒臭いんですね。それでグリケスさん、オットーさんが来た時、露骨に不快な態度になったんですね」
「そう、仕事内容の割に利益が出ないんで、モチベーションが上がらないんだよ」
「討伐本部にもっとお金出してもらえないんですか?」
「それが、ウチの女将さんと討伐本部のお偉いさんが旧知の仲らしくて、必要経費ぐらいしか請求できないんだ」
「そうなんですね……」
リンナは少し俯いて黙していたが、
「今更、キャンセルなんてできないですよね……」
と言ってきた。これにはグリケスも語気を強めざるを得ない。
「あんた、何言ってるの!『オウライ屋は請けた仕事は必ずやり遂げますから!』とまで言い切ったのはあんたでしょ!」
「そ、そうなんですけど……実は……私も討伐依頼書って、あまり好きじゃないんですよ。今まで、手に入れてもバザーに出しちゃうか討伐本部に買い取ってもらってましたし……」
「はぁ~?」
「ほら、討伐依頼書って、理不尽な内容だったり自分勝手な理由だったりするものも多いじゃないですか。そんなんで一方的に討伐される魔物たちって可哀そうに思っちゃうんですよ」
「気持ちは分からなくはないけどさぁ、そこは仕事として割り切るしかないよ!」
「でも、ウチって、筋の通らない仕事は請け負わないんじゃないんですか?」
ろくに現場の実情も知らないくせに、建前だけで論破しようとしてくるリンナに、さすがのグリケスも我慢の限界だったようで、
「討伐依頼書に関しては、通常の依頼とは別なんだよ!。ウチが直接依頼主から依頼を請けた訳じゃないんだから!これは《そういうもの》なんだよ!」
と、思わず怒鳴ってしまった。
その声は店内全体に響き渡り、他の店員や数人居た客の視線がグリケスとリンナへと向けられていた。
グリケスの怒鳴り声を聞きつけて、店主のカーシャも奥の部屋から出てきた。
「どうしたの?グリケス……大きな声を上げて。お客さんの前ですよ」
「済みません、女将さん……でも、この娘に仕事を教えるのは無理です!そもそも商売に向いてないですよ」
「そんなこと言わないで……まだ、入ってきたばっかりじゃない。長い目で見てあげて?」
「御免ですね!。『あれは嫌だ、これはできない』なんて選り好みしているようでは、仕事に従事する以前の心構えの問題ですよ!」
「そう……」
カーシャは困惑した表情をした後、
「リンナちゃん、《ここ》ではグリケスが業務全般を廻している責任者、私の代理みたいなものなの。グリケスのやり方や方針に不満があるかもしれないけど、まずはグリケスに従って仕事を覚えてちょうだい。いいわね?」
と、リンナを諭した。カーシャが言った《ここ》とは、表のオウライ屋の仕事という意味である。リンナ以外の者には分からないよう直接的な言い方を避けたのだ。
「グリケス、もう1度だけお願いできない?……それでもダメなようだったら、リンナちゃんには辞めてもらうから」
カーシャがグリケスをなだめるように頼み込んだ。こうなるとグリケスとしては渋々承諾せざるを得ない。
「分かりました。女将さんがそこまで言うんでしたら……」
「ありがとう、グリケス」
カーシャは、そう言ってグリケスに微笑んだ後、リンナに対し、
「分かったわね。これが最後のチャンスだと思って……」
と、念押しした。その口調こそ厳しくはなかったが、リンナに向けられた眼は射るように鋭い。リンナは一瞬(ゾクッ)とする怖さを感じた。
カーシャが、リンナを表稼業の従業員としても働いてもらうことにしたのは、常に目の届くところにリンナを置いておきたいためである。それは、魔族とエルフのハーフであるリンナを監視するという面もあるが、リンナを守るという面もあった。
魔族の血が流れているリンナは、いつ魔族の血が暴走してしまうかもしれないし、魔族故に誰かに狙われるかもしれない。事実、過去にはモンスターに取り込まれたこともあったし、謎の組織に追われたこともあった。リンナを店で働かせるのは、そのような状況を未然に防ぐため、あるいは不測事態に迅速に対応できるようにするための措置である。
もし、リンナに流れる魔族の血が原因で、無関係の第三者あるいは社会に害悪をもたらすようなことになった場合、その時はリンナの命を奪わなければならない。カーシャがリンナに鋭い視線を放ち、脅しまがいの牽制をしたのは、その事を肝に銘じて欲しかったからである。
「……は、はい」
と、リンナが少し緊張気味に返事をした。カーシャの深意は、リンナも察することができたようである。