捌き切れず手元に残ったモンスター討伐依頼書を実行する日が来た。結局最後まで引き受け手のなかった依頼書は8枚である。勿論その中に、あの破れた依頼書も交ざっている。
その日の早朝、オウライ屋の入り口前に4人の討伐メンバーが集まった。グリケスの前に3人のメンバーがグリケスと正対するように並んでいる。右端にリザードマンのゲラ、中央にリンナ、そして左端には、坊主頭のオーガの大男が居た。そう、この男、カーシャが裏の仕事で使う《ハンテツ》である。
当初、グリケスはカーシャに事情を話し、討伐メンバーが足りないので、カーシャに手伝って欲しいと申し出たのだが、
「回復訳だったら、今回はリンナちゃんがいるじゃない?」
と断られ、「代わりに腕の立つ助っ人を紹介するから」と、俄かに加わってきたのがハンテツである。勿論グリケスとハンテツに面識はない。
カーシャは、リンナに何かあった時のため、リンナが魔族の血を引いてることを知っているハンテツを護衛あるいはお目付け役として同行させたのだろう。当然リンナには、この討伐の仕事にハンテツが加わることは事前に知らせているが、その意図までは伝えていない。ただ「二人が裏の仕事で一緒だったことは、くれぐれも内密にネ」と言い含めたのみである。ハンテツも当然それは分かっていて、リンナと余計な会話をしたりはせず、黙って会釈を交わした程度である。
グリケスも、この坊主頭のオーガの大男がどういった《いわれ》の者なのか、詮索したりはしない。主人であるカーシャを信じて、それに従うだけである。グリケスのこういったところが、表の仕事に関して、彼に全幅の信頼を寄せる所以なのだ。
「そろそろ始めようと思いますが……」
と、グリケスが3人に呼びかけ、事前確認のためのブリーフィングをし始めた。
「えー、本日はお忙しい中、モンスター討伐依頼書遂行業務の為お集まりいただき、ありがとうございます」
そんな定型的な口上から始まり、終わりそうで終わらない説明が長々と続いていった。《裏の仕事》の事情をしらないグリケスにしてみれば、リンナとハンテツは初顔合わせなわけで、知らない者同士が一緒にパーティを組んだ際のよくありがちなトラブルを防ぎたい思いがあるのだろう。
そのことはリンナも理解できるのだが、少々くどい気がする。いい加減うんざりし始めて、
(助っ人がハンテツさんで良かったわ……これがレミィーさんだったらどうなっていたことか……「そういうのいいからさ!さっさと討伐始めようぜ!」みたいなこと言ってグリケスさんに食って掛かったに違いないわ)
なんてことが頭に浮かんできた頃、ようやくグリケスの話も終わりに近づいたようだ。
「最後に、再度、各自の役割を確認したいと思います。メインアタッカーはハンテツさんとゲラ。リンナちゃんには回復をお願いします。そして余裕があったら魔法で攻撃してください。私はアイテムと呪文でサポートをしつつ補佐的に攻撃を行います。なお、MP回復アイテムは十分な量持っていきますが、経費節約のため、MP消費の激しい呪文やスキルは、なるべく控えていただくようお願い申し上げます。以上ですが、何かご質問のある方?」
「……」
誰も何も言う筈がない。皆、早く終わって欲しくてたまらないのだ。
「では、安全第一でよろしくお願いします!」
工事現場の親方のようなグリケスの掛け声に、
「よろしくお願いします!」
とリンナとハンテツが呼応する。ゲラも「ヨロシ……ネガ……シマス」と片言の言葉を発していた。
グリケスがドルボードを展開させた。そのドルボードを見たリンナが感嘆の声を上げる。
「わぁ~!」
グリケスが出現させたのは、4人乗りのオープンカー型ドルボード、それも最高級クラスのグレードだ。リンナは、その黒光りするボディに写り込んだ自分の顔を覗き込みながら、
「グリケスさん!凄いドルボードに乗ってるんですね‼」
と目を丸くして言った。
「まさか!私個人の所有じゃないよ!。これは、仕事用に女将さんが買ったものだよ」
「つまり、店のモノってことですか?」
「そう!ウチは、たまに高貴なお客さんからの依頼もあるから、そういったお客さんを送り迎えしなきゃならない時に恥ずかしくないよう1台こんな高級モデルを用意してあるんだよ」
「なるほど……でも、そんな高級ドルボードをモンスター討伐に使うなんて勿体無くないですか?」
「まぁ、そうなんだけど、4人乗りはこれしかないからさ……」
グリケスは運転席に腰を下ろし、リンナ他パーティメンバーに乗車を促した。
「そうですね。各自バラバラでドルボードに乗ると、はぐれてしまう心配もありますし……」
そう言いながらリンナは助手席に腰を下ろした。続いてゲラとハンテツが後部座席に座る。
「じゃぁ、出発しましょう!」
グリケスの声に合わせて、ドルボードが滑らかに加速しだした。
(さすがは最高級グレードのドルボード、乗り心地が全然違うわ!)
リンナが普段乗っている立ち乗り型のデフォルトタイプなんかとは比べ物にならないのは言うまでもなく、以前ハンテツに乗せてもらったサイドカータイプよりも断然快適である。シートは心地いいし車体の振動も少ない。モンスター討伐の仕事にはあまり気が進まなかったリンナだったが、ちょっとしたドライブ気分になっていた。
依頼書のモンスター討伐が開始された。
4人は、討伐対象のモンスターが生息している場所の近くまで箱舟やバシッ娘で移動し、そこからグリケスのドルボードに乗ってモンスターを討伐していくことにした。但しバシッ娘に飛ばしてもらう場合、誰か1人だけ飛ばしてもらい、その飛ばされた1人がルーラストーンを登録し、他のメンバーは登録したメンバーのルーラストーンを使うやり方を採った。バシッ娘の料金と回数を節約するためだ。場所によっては旅慣れていないリンナが飛べない所もあったりしたが、そんな事は軽微な事で、他に大きなトラブルもなく順調過ぎるぐらい順調に業務がこなされていった。
さすがにハンテツとゲラの腕からすると、依頼書に記載されている討伐対象モンスターは何段階も格下だったようで、ほとんど通常攻撃だけで軽々とモンスター達を倒していくような具合であった。
なので、リンナは戦闘中何もやることがない。戦闘が終わったら、HPが減ったメンバーに対して回復魔法を掛ける、正に《ホイミタンク》状態だ。あまりに暇なので、たまに魔法で攻撃などしてみたが、グリケスから、
「MPがもったいないからやらなくていい」
と言われる始末であった。
呪文や道具で戦闘を補佐する予定だったグリケスも、その必要がないのでアタッカー役に廻っていた。勿論、ハンテツやゲラ並みにダメージは与えられないが、それなりに戦い慣れてはいるようであった。
そんなグリケスの戦い振りを物珍しそうな眼で見ているリンナ。特段、グリケスの戦い方が変な訳ではないのだが、使用している武器が独特なのだ。鉄板を蛇腹折りし、片方をまとめて他方を八の字に広げたユニークな得物である。最初(扇の一種なのかな?)と思っていたが、グリケスはその武器でバッチン!バッチン!とモンスターをぶっ叩いて攻撃している。どうやら、専ら打撃目的で使うようだ。
今回の任務では、あまり口を開かないよう心がけていたハンテツも、この武器には興味を示し、休憩の時、自らグリケスに問い掛けたりしていた。
「グリケス殿、少々お訊ねしてもよいでしょうか?」
「何でしょう?」
「あなたが使っている武器は、もしかして《鋼のハリセン》という物では?」
「ほぅ~!よくご存じですね?」
「やっぱりそうでしたか。話に聞いたことはありましたが、実際に見るのは初めてでして……」
「まぁ、本筋の戦闘職の方は使いませんしね。商人とか遊び人で使う人がいますけど、それも、今ではほとんど見かけなくなりました……」
「もしよろしかったら、ちょっと拝見させて貰えないでしょうか?」
「ええ、構いませんよ。どうぞ」
グリケスがハンテツに《鋼のハリセン》を手渡した。ハンテツはそれをあらゆる角度から嘗めるように見廻していった。この武器の長所や弱点を探り、もし、この武器を持った者と闘う時にはどう対処するかを思索しているのだろうか。
そんなハンテツの様態を、
(やはりこの人は、闘うこと以外に己の価値を見出せない生粋の武人なのだろうか……)
と、少し寂し気な目で見るリンナであった。
そんな閑話も挟みつつも、モンスター討伐自体は滞りなく遂行されていった。
朝から始めた討伐だったが、今はもう夕暮れ時を迎えようとしている。ここにきて未達成の討伐依頼書は残り1枚となっていた。そう、あとは、あの破れた討伐依頼書さえ終わらせれば、この業務は完遂となる。