グランゼドーラ城下町の大通りから少し外れた路地にある《オウライ屋》という店は、魔物の討伐・護衛・調査・助っ人、等々、市民の困り事や、冒険者に役立つ様々な仕事を請け負う店……いわゆる『何でも屋・便利屋』だ。
先ほどまでは仕事を依頼してくる客がカウンター前に列をなしており、受付対応をしていたオウライ屋のスタッフが業務に追われていたのだが、今は徐々に客も減り、店内は落ち着き始めていた。
その受付業務を行っているスタッフの中には、オウライ屋の《表の仕事》もすることになったリンナの姿もあった。
「リンナちゃん。お客さんも少なくなったし、あとの受付は任せちゃっていいかな?」
そう言ってきたのは、一緒に受付対応をしていた番頭格のグリケスである。
「はい!大丈夫です!」
リンナが自信満々に返事すると、
「じゃぁ、お願いね」
と、グリケスは奥の事務室に下がって行った。 内心、グリケスとしては不安を感じているのかもしれないが、(やらせなきゃいつまで経っても成長しない)と思い、それ程難しくない仕事なら、なるべくリンナ一人に任せるようにしているのだ。
カウンターの前に並んでいた客の受付は全て終え、店内に残っている客はあと一人になった。若いプクリポの女の子だ。
(……?)
実は、リンナはさっきからそのプクリポの女の子が気になっていた。カウンターには並ばずに、ずっと待合の椅子に座っているからである。店内から他の客が居なくなるのを待っているかのように……
「次の方、どうぞ」
カウンター越しにリンナがプクリポの女の子に声を掛けると、プクリポの女の子はキョロキョロと周りを見渡し、ようやくリンナの前に足を進めた。
「あのぅ~」
と、プクリポの女の子はモジモジしながら、言い難そうに訥々と口を開いた。
「いらっしゃいませ!ご用件を御伺いいたします」
「あ、いやぁ、ちょっと……普通のお仕事の依頼じゃないんですが……」
プクリポの女の子のその発言で、リンナは概ね見当がついた。
(やっぱり、そうだったのね!)
このプクリポの女の子が、店内から客が居なくなるのを待っていたのは、依頼の内容を他人に聞かれたくなかったからである。
「少々、お待ちいただけますか」
そう言ってリンナは、オウライ屋の主《カーシャ》がいる執務室へと向かった。
オウライ屋は、市民の困り事や冒険者への支援といった通常よくある依頼以外の特異な依頼も請けるのだが、グリケスをはじめとするオウライ屋のスタッフは、こういった特異な依頼が持ち込まれた場合、必ず店主のカーシャに話を上げることになっている。特異な仕事の依頼には、《曰く付き》が多いからだ。
実は、特異な依頼であっても、ただ単に仕事の難易度高いとか段取りが複雑とかいう内容であれば、いちいち全てをカーシャに通す必要はない。にも拘わらず、特異な依頼があった場合、例外なく先ずカーシャに話を廻す決まりになっているのは、依頼の内容が『公にできない御法度な依頼』である場合があるからだ。
オウライ屋はそういった《裏の仕事》も請け負う《闇の仕事屋》でもあるのだが、オウライ屋の《表》のスタッフ達は、リンナを除いて、この店が《裏》で非合法な稼業をしているなどとは知らない。故に、特異な依頼は最初にカーシャが話を聞き、その上で内容を精査し、依頼を請けるのか否か、仮に請けるとしても《表》の仕事にするのか《裏》の仕事にするのかを判断する必要があるのだ。
「女将さん、今、お時間よろしいですか?」
リンナが執務室のドア越しにカーシャに話し掛けた。
「何かしら?」
ドアの向こうから、穏やかで麗しい女性の声が返ってきた。
「仕事の依頼で、お客様がお見えになっているんですけど……」
それだけの言葉でも《曰く付き》の依頼が持ち込まれたであろうことは容易に察せられた。
「そう……構わないわ、お通ししてちょうだい」
プクリポの女の子が、リンナに案内され執務室の中へ入って行った。カーシャの執務室は応接室も兼ねている。と言うより、応接室の奥の一角をパーテーションで区切り、そこでカーシャが事務仕事を執り行っていると言った方が正確だろうか。
ちなみに、カーシャが直接依頼人から話を聞く時には、部屋にある本棚の裏の隠し部屋で、カーシャの用心棒的仲間モンスター、リザードマンの《ゲラ》が密かに待機しているのが常である。万が一、依頼人がカーシャに危害を加えようとした場合、即座にカーシャの身を守る為だ。
「どうぞ」
とカーシャに勧められて、プクリポの女の子がちょこんとソファに腰を乗せた。まだ少し緊張しているのか、表情が硬い。
「先ずは、お名前から教えていただけますか?……それからご用件を御窺いしましょう?」
テーブルを挟み、対面に座ったカーシャが、プクリポの女の子の緊張を解くように、優しい口調で語り掛けた。
「私、キリカ修道会に在籍している僧侶で、《ピナタ》と言います」
「あぁ、キリカ修道会のシスターですか!。ウチの登録スタッフの中にもキリカ修道会の僧侶の方は何人かいまして、よく仕事をお願いしているんですよ」
「ええ、実は、キリカ修道会の同僚からオウライ屋さんの話を耳にして、ここに来たんです……『オウライ屋さんは無理な依頼も請けるから、困難な仕事を頼まれることも多い』って言ってました」
「まぁ!まるでブラック企業のような言われ方をされてますね。お手当がお仕事の内容に見合わなかったのかしら……」
そう言って、カーシャはククッと笑った。
そんな自虐混じりの冗談を聞いても、ピナタの表情は緩まない。深刻な顔のまま、
「今日は、オウライ屋さんなら無理な仕事でも引き受けてくれるかな?と思って、お願いに伺いました」
と、話を続けた。カーシャが(コホン)と軽く咳払いする。
「それで、ウチにどの様な御用向きでしょうか?」
「モンスター討伐の助太刀をお願いしたいんです」
小首を傾げるカーシャ。
「モンスター討伐のサポートは、ウチにくる依頼の中でも一番よくある依頼ですし、ウチが最も得意とするところですが?……何か特別なモンスターの討伐なのですか?」
「あ、はい。討伐をお願いするモンスターが通常のモンスターじゃないというのもありますが……それよりも、助太刀のこと、内緒にしてもらいたいんです」
「それは、もちろんです!。あなたがご希望であれば、あなたがモンスター討伐することも、対象のモンスターも、ウチがスタッフを派遣したことも一切他言はいたしませんのでご安心ください」
「いや、そういう意味ではないんです……」
「ん?。と、言いますと?」
「討伐の時、私と一緒に戦っている人にサポートをされていることが知られないように、密かに助太刀してもらいたいんです」
今まで柔和だったカーシャの表情が少し引き締まった。
「もう少し、詳しく話を聞かせてもらえますか?」
「あの……」
と言って暫し間を置いた後、ピナタが話を継いだ。
「ご店主様は、《ダルマ落としのポムゾウ》という名を聞いたことは御座いますでしょうか?」