その日が来た。ポムゾウが《4重スライムタワー》に挑む日だ。
闘いの日時は、事前に依頼人のピナタからカーシャに知らせが入り、カーシャからハンテツ、レミィー、リンナの3人に伝えられていた。
3人はスイの塔の正面門脇の大柱の陰に身を潜め、ポムゾウとピナタが来るのを待っている。
スイの塔は池に囲まれており、スイの塔に来るには池に掛けられた橋を渡るしかない。3人はずっと橋の方を見ているのだが、沈みかけた陽を受けた藤色の霧がスイゼン湿原を覆う様に立ち込めていて、視界が甚だしく悪い。
重い霧の中、橋の上に薄っすらと2つの人影が浮かんだ。
「あ!、来たみたいだぜ」
最初に気付いたのはレミィーだ。この中では、レミィーが最も目がいいようだ。
2つの影が段々大きくなっていく。橋を渡ってこちらへ向かってきているのは明らかである。
「段取りは覚えてるな?」
ハンテツの小声に、レミィーとリンナが頷く。
「じゃぁ、手筈通りいくぞ!」
そのハンテツの言葉を合図に、3人は《レムオルの粉》を使い体を透明化した。
ポムゾウとピナタがスイの塔の正面門までやって来た。2人は一旦そこで立ち止まると、
「ピナタ、覚悟はいいか?」
「はい!」
と声を掛け合った。そして、スイの塔の門を開け、中に入って行く。
門が閉まる直前、2人の後を追うように、姿を消したハンテツ、レミィー、リンナがスルリと塔内へ忍び入った。
ポムゾウはまっすぐに水没している地下階段へと向かって行った。前の闘いでも、《4重スライムタワー》は同じ場所に潜んでいたのだろう。
地下階段の前まで来たポムゾウ。
「ピナタ、もっと離れていなさい!」
そう言われたピナタが、ポムゾウから大きく距離を取った。
気配を覚らせないようポムゾウから少し離れて、透明化したハンテツとレミィーがポムゾウとピナタの間に入る。
リンナはピナタの側に付いた。依頼人のピナタに助っ人の存在を感じさせても何も問題ない。もっとも、助っ人が、オウライ屋の窓口で対応してくれた者だと気付かれるのはマズイのだが……
ポムゾウは深く息を吐いた後、
「ピナタ!いくぞ」
と声を掛け、ハンマースキル《ランドインパクト》を放った。
――グワワァーン
衝撃と波動がスイの塔の床から、階段、水中、そして水没している地下へと伝わっていく。
その振動に触発され、金・銀・銅・鉄の金属色をした4匹の大型スライムが水面から飛び出してきた。
スイの塔の床上に上がった4匹のスライムが、鉄・銅・銀・金と積み重なっていく。
即座に戦闘態勢を構えるポムゾウに対し、戦闘慣れしていないピナタは不安と緊張でオドオドしてしまっている。
(今のうちに《スクルト》を……)
リンナが声色を変え、ピナタに小声で囁いた。
ハッと我に返り、ピナタが守備力を高める呪文《スクルト》を唱えた。この時間、4匹のスライムが《4重スライムタワー》に合体している間に、できれば《スクルト》を2回かけて欲しかったところだが、もう遅い。《4重スライムタワー》が攻撃を始めてきた今、回復を優先させなければならない。
ブルンブルンと《4重スライムタワー》が最上段の金スライムを振り回すようにしてポムゾウに襲い掛かる。
ダメージを受けたポムゾウに、すかさずピナタが《ベホイミ》をかける。ピナタの回復魔力ではポムゾウが受けるダメージ量をカバーしきれないので、リンナがピナタの呪文詠唱に合わせて《ベホイミ》をかけていった。
だが、リンナの、言わば『追い《ベホイミ》』が、ピナタの《ベホイミ》と微妙にタイミングがずれている。よく注意すれば、ポムゾウに《ベホイミ》が二重にかかっているのが分かってしまうのだ。
(リンナの下手クソが!。これじゃ、別な人が回復しているって、ポム爺にバレちまうだろ!)
レミィーが、堪らず小声で口に出していた。もっとも、ポムゾウは《4重スライムタワー》を相手にするので精一杯で、それに気付く可能性は低いのだが……
尚も《4重スライムタワー》の攻撃は続き、大技《スライムシャワー》を繰り出してきた。かつて、ポムゾウを瀕死の状態に追いやった技だ。4体に分離したスライムが舞い上がり、その名の通りシャワーのように降り注ぐ。
この《スライムシャワー》という技は範囲攻撃である。なので、姿を消していても攻撃範囲内に居ればダメージを食らう。当然ハンテツとレミィーは《4重スライムタワー》から離れ、攻撃を回避した。
高齢で体の悪いポムゾウは、やはり《スライムシャワー》から逃げ切れずダメージを受けてしまったのだが、これはやむを得ない。まあ、想定内と言ってよい。想定外だったのはピナタである。こういう時に備えてポムゾウから十分に距離を取っていた筈なのに、逃げそびれてしまったのだ。
「ピナタ!大丈夫か?」
ポムゾウが振り向き叫んだ。
「うん、何とか耐えられたみたい……」
そう答えたピナタだったが、実は透明化したリンナがピナタを庇い、代わりに《スライムシャワー》を受けていたのだ。それはピナタ自身も気付いていたようで、
(済みません……)
と、姿が見えない助っ人に向かって小声で謝った。対するリンナも声色を変て応えた。
(あなたが無事で良かったわ……でも、思ったより受けたダメージが大きいの……だから、これ以上あなたに手を貸すのは無理みたい……)
(えっ⁉)
(ごめんなさい、後はあなたの力だけでお爺さんをサポートして!)
(そ、そんな!……困ります‼)
(それでもやらなきゃならないの!。じゃなきゃ、お爺さんもあなたも、ここでおしまいなのよ!)
(……)
(大丈夫、あなたならできるわ!……きっと死んだお婆さんが守ってくれるから……自信を持って!)
そう言い残し、リンナは戦線を離脱してしまった。
リンナが抜けたことに気付いたレミィーがハンテツの側に駆け寄り、
(どうする?、リンナが居なくなっちまったぞ!。こうなったらポム爺にバレても、今直ぐあたいらで倒しちまった方がいいんじゃないのか?)
と囁いた。
(いや、待て!。まだ計画が破綻したと決まった訳じゃない!。爺さんが《古今無双》を撃てるようになるまであと少しだ。それまで持つかもしれん!)
(そんな事言ってる場合かよ?)
レミィーの言う通り、ポムゾウのHPはかなり消耗している。
そこに《4重スライムタワー》が、通常攻撃を加えてきた。通常攻撃の一打でも、今のポムゾウにとっては致命傷だ。
(やばい⁉)
誰もがそう思った時、ポムゾウのHPが最大まで回復し、《4重スライムタワー》の攻撃を耐えた。
回復魔法をかけたのはピナタである。祖父の絶体絶命の危機に、
(おばあちゃん、お願い!私に力を貸して……)
そうピナタは念じ、渾身の《ベホイミ》をかけたのだ。その回復量はさっきまでと違い大幅に増加していた。ピナタの願いが、信仰心スキル《聖なる祈り》と同じような効果をもたらし回復魔力を高めたのだろうか?
しかし、まだ安心はできない。今度は《4重スライムタワー》が《神速メラガイアー》を放ってきた。ピナタはダメージに備えて自分とポムゾウのHPを最大まで回復させた。
――ボム、ボム、ボムッ
超高熱の火球がポムゾウとピナタに襲い掛かる。
発せられた火球は、運よく分散してポムゾウとピナタに当たり、何とかピンチを乗り切った。
ここで、ようやくポムゾウが両手を水平に伸ばし《古今無双》の構えをとる。チャージタイムが溜まったのだ。
(今だ!)
すかさず、ハンテツがポムゾウの右に、レミィーがポムゾウの左に位置を取った。
ポムゾウの身体からオーラが立ち上り、
「イャー‼」
と、気合のもと、両手に持ったハンマーを右・左・右・左と水平に《4重スライムタワー》に打ち込んだ。 そのポムゾウの攻撃にタイミングを合わせて、ハンテツは絶対《会心》になる拳を右から2発、レミィーは呪われた《まじんのかなづち》で左から2発を《4重スライムタワー》に与えた。
その様子は、正に《ダルマ落とし》の如くであった。詳説すると、先ずは、一番下の《鉄色スライム》が、右からの《会心》の打撃により真横に弾き飛ばされていった。その《鉄色スライム》が居た所に下りてきた《銅スライム》を左打撃がまた《会心》で弾き飛ばす。さらに《銀スライム》が下りてきた所を2回目の右《会心》打撃で弾き飛ばし、最後に残った《金スライム》を2回目の左《会心》攻撃が吹っ飛ばす。といった具合だ。
ハンテツとレミィーの打撃の合わせ方は、ポムゾウのハンマー打撃とドンピシャのタイミングで打ち込まれていて、傍からは、ポムゾウの《古今無双》が4回全て《会心》の打撃に見えたに違いない。まぁ、実際は、ポムゾウが打った《古今無双》4連打のうち、何発かは本当に《会心》だったのかも知れないが、それを知る必要もない。
《会心》攻撃を受け吹っ飛ばされた4匹の《スライム》は、元のタワー状に合体することなく各々消滅していった。もう蘇生もないであろう。
それを、意識朦朧の状態で見ているポムゾウ。この闘いで精根尽き果てたようだ。
「おじいちゃーん!」
と、ピナタが駆け寄ってきた。ハッと我に返るポムゾウ。
「おお!、ピナタ……」
「おじいちゃん、やったね!。積年の雪辱を果たせたね!」
ピナタも嬉しそうである。祖父が敵討ちできたことも勿論だが、ピナタ本人としても、その敵討ちを自力でサポートができたことに、今まで味わったことのない達成感を感じているのだろう。
「ピナタ、それもこれもお前のおかげじゃ!。さすが死んだ婆さんの血を引く僧侶じゃわい!。本当にありがとうよ」
孫の肩を抱きながら無邪気に喜ぶポムゾウに、ピナタがはにかみながら小さく首を横に振った。
「さあ、もう帰ろう?……休まないと体に毒だよ」
そう言ってピナタがポムゾウの手を取った。ピナタに手を引かれながら、ポムゾウがゆっくりと歩き出した。
「そうだ!、婆さんにも報告せにゃならんな!」
「うん、でも今日はおじいちゃんも疲れているでしょう……だから、今夜はゆっくり寝て、明日にでも一緒におばあちゃんのお墓参りに行こう?」
「婆さんもきっと喜んでくれるぞ」
「うん、そうだね……」
2人はそんな会話を交わしながら、スイの塔の正面門をくぐって行った。