アストルティア《裏》プロフェッショナルズ   作:鹿羽 直之

6 / 56
【第一話】仕事は万事請け負います(#06)

 グランゼドーラ城下町を出て東、グランゼドーラ領北東部に大岩が並んでいる地域がある。リンナとペノンは、その大岩の岩陰にいた。

 辺りはすっかり暗くなっているが、今日は月が明るく出ていて、それほど視界は悪くない。

 リンナとペノンが手を合わせ祈りを捧げている。祈る先の岩陰には、こんもりと盛られた土山があり、土山の上には大きな丸石が載せてあった。スラッキ、ブラン、モモーラ……3匹の魔物がその下に眠っているのだろう。

 長い祈りの後、ペノンがおもむろに口を開きだした。

「リンナちゃん……あのね、私、これから、ドラクロン山に行こうと思うんだ……」

 リンナは、ペノンの意想外の言葉に驚愕し、必死に説き伏せようとする。

「ペノンちゃん!あんな人達の言うこと真に受けちゃダメだよ!『祠に願い事をすれば神様が叶えてくれる』なんて、本気で思っているの!?……あの人たちは、ペノンちゃんのお金を巻き上げようとしてあんな事言ってるいるに決まってるでしょ!騙されちゃダメだよ!」

「うん……たぶん、そうなんだろうね……」

「分かっているのに……どうして……?」

 ペノンは、竜神の刺繍の入ったあの巾着袋を懐から取り出し、リンナに向けた。

「このお金はね、魔物たちみんなで少しづつ貯めたお金なんだ。いつか、ちゃんとしたお店を持ちたいねって言って、その夢のためのお金だったんだ。

 だから、今更ほかのことに使うなんて出来ないよ……神様にお供えすれば、せめて、あの子たちの供養になるかなって……」

「供養って……みすみす悪人にお金を渡すことが、なんで死んだ魔物たちのためになるの?」

「私にとっては、神様にあげたお金ということに変わりないから……たとえ、その後で誰かがお金を奪ったとしてもね……」

「でも、これからドラクロン山まで行くのは危険だよ。グランゼドーラ領もロヴォス高地も凶暴な魔物が多いし、襲われたらどうすの?」

「もし、そうなったら、それでも構わない……」

 そのペノンの言葉に、リンナはハッとした。ここにきてペノンの本当の気持ちを理解したのだ。

(そうだったのか!この子は、自分自身に罰を科しているんだ。魔物たちを死なせてしまったという後悔の思い。その自責の念で圧し潰されそうな心を、罪に相応する責めを己に負わせることで何とか支えているんだ)と……

「どうしても行くって言うなら、私もついていくよ」

「ごめん、一人で行かせて……」

 ペノンがそう答えることは、リンナには分かっていた。ドラクロン山までの道のりが危険であることはペノンも承知している。とすれば、当然、他の人を巻き込みたくはないだろうから……

 もうリンナには、ペノンにかける言葉はなくなっていた。

「実を言うとね……みんなで店を持ったときに、リンナちゃんも一緒に働いてくれたらいいな、なんて思ってたんだ。けど、それも諦めるしかないね。でも……スラッキ、ブラン、モモーラも、最後にリンナちゃんと一緒に仕事ができて嬉しかったと思うよ」

 リンナの目からは涙が溢れ出ていた。

「短い間だったけどありがとう。じゃぁ、これでさよならだね……」

 ペノンはそう言ってグランゼドーラ領を南へと駆けて行った。

 涙が止まらないリンナ。ただ、ドラクロン山へ駆けるペノンの後姿を見守ることしかできない。

 ペノンの姿が夜に溶け込み見えなくなった。

(そうだ!)

 ふいにリンナが顔を上げて涙を拭った。そして、何を思ったのか、元のグランゼドーラ城下町へと走り出した。

 

 夜のオウライ屋。もう店仕舞いしている。店内では、女将のカーシャがカウンターで事務仕事をしていた。〆の帳簿付けでもしているのだろうか。他には、リザードマンの《ゲラ》が客の順番待ち用の長椅子に寝転がって仮寝しているだけである。

――ドン、ドン、ドン!

 入口で扉を叩く音がした。

 ゲラが半目をひらく。カーシャはカウンターから出て、扉越しに言葉をかけた。

「ごめんなさい。今日はもう閉店なんです。明日またお越しいただけますか?」

 だが、声の主は必死に食い下がる。

「お願いです!開けてください。お願いです!」

 カーシャは物憂そうな表情を浮かべるも、仕方なく扉を開けた。

「あら!あなたは……この前『うちで働きたい』って来た……?」

「はい、以前お邪魔したリンナです」

「そうそう、リンナさんだったわね」

「今日は、どうしてもお頼みしたいことがあって来たんです!」

 カーシャはリンナの話を聞く気などなく、今日のところは帰ってもらうつもりだったが、そんなことはお構いなしとばかりに、リンナは店先に足を入れ一方的に喋り始めた。

「悪い魔物使いがいるんです。

 その魔物使いに私の友達がひどい目に遭わされたんです。仲間だったモンスターも殺されちゃって……

 それに、その不幸に付け込んでお金を騙し取ろうとする人もいて……

 だから、女将さんに助けて欲しいんです!」

 と、興奮して捲し立てるリンナ。そのとりとめのない話にカーシャはあっけに取られている。

「ちょっと、落ち着いて!何が言いたいのか分からないわ……それに、何か犯罪だったら、まずは警察とか行政機関に相談した方が……」

「警察とかじゃ頼りにならないから、女将さんにお願いに来たんです!」

 気持ちが高ぶり頭の中がまとまっていない様子のリンナに、カーシャは優しく言い聞かせた。

「あのね、まずは、状況を整理してから話をしてもらえる?

 それと、悪い魔物使いに償いをさせるにしても、可哀想なお友達を助けるにしても、ちゃんとした証とか、それを客観的に判断できるものとかを示してもらわないと……それが間違いだったり、あなたの勘違いだったらどうするの?」

 返す言葉もなく、俯くリンナ。さらにカーシャが心苦し気に言葉を続けた。

「あと……こんな事はあまり言いたくないんだけど……うちも慈善事業でお店を出してる訳じゃないのよ。仕事を請けるとなると、それに見合うものを頂かないと……」

 それを聞いたリンナが、ハッと顔を上げカーシャの目を見た。

「お金ですか?お金があれば頼みを聞いてもらえるんですね!?……でしたら、すぐに持ってきますから待っててください!」

 と、脱兎の如く走り出した。ペノンの巾着袋があるのを思い出したのだ。

「ちょっと、お待ちなさい!」

 そんなカーシャの声など耳に入らず、リンナはあっという間に遠くへ消えてしまった。

 開いたままの扉。カーシャは不安気な表情を浮かべながら、扉の先を見つめ短い吐息を吐く。

 そしてポケットからタロットカードを出し、その中から無造作に一枚を抜いた。出たカードはフォーチュンの逆位置……運命が良くない方へ動くことを暗示しているのだろうか……

 カーシャは虚空を見つめ困惑の表情を深めた。

 そんなカーシャを気遣ったのか、後ろには仮寝から起きたゲラが寄って来ていた。カーシャはおもむろに振り向き、その困惑した顔をゲラへと向けた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。