アストルティア《裏》プロフェッショナルズ   作:鹿羽 直之

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【第一話】仕事は万事請け負います(#09)

 同じく、グランゼドーラ領……

 ロヴォス高地を抜けて少し行った付近をリンナは北に向かい走っていた。ドラクロン山の麓でオーガの男とウェディの女、2人のルーラが北の方向に軌跡を描いていたには確認できていたので、おそらくグランゼドーラに飛んだのだろうと思い、ドルボードを走らせたのだが、ドルボードに乗っていないのは途中で燃料が切れてしまったためである。

 息を切らせて走るリンナにも遠くからの騒がしい音が聞こえていた。破裂音や何かが裂けるような音、獣の叫び声のようなものもする。その音がモンスターとのバトルによって起こされているものだというのはリンナにも容易に理解できた。

 そのバトルが肉眼でも確認できる距離まで近くなったとき……

 リンナの眼の先には、坊主頭のオーガの男とウルフボブのウェディの女がベヒードスと戦っている姿があった。しかもベヒードスの肩にはあのタブーゴが乗っている。

(やっぱり!あの2人の言ってた『仕事』って、タブーゴ親方をやっつけて、ペノンちゃんの願いを代わって叶える事だったんだ……)

 そう確信してさらに足を速めていく。

 戦闘状況が判る距離まで迫近したが、そこにはリンナの予想外の展開が繰り広げられていた。ベヒードス相手にオーガの男とウェディの女が劣勢を強いられていたのだ。まだ致命的なダメージには至っていないが、かなり体力を消耗している。回復の必要があるのは判っているが、自分がそれをやるには、戦闘領域に入っていかなければならない。

 戦闘は好きじゃないし得意でもはない。ましてや大きな戦闘なんて経験がない。戦闘に加わることに躊躇するリンナだったが、

(ためらってる場合じゃない!私がやらないと!)

 そう意を決して、オーガの男とウェディの女に魔法が届く距離まで猛ダッシュしていった。

「ベホイミ!……ベホイミ!……」

 リンナが回復呪文を数回唱える。

「⁉」

 体力を回復させたオーガの男とウェディの女が少し驚いた顔をした。ついさっきドラクロン山の麓で対峙していた相手が手助けに来るとは思わなかったからだ。

「回復は私が何とかします!だから皆さんは戦いに集中してください!」

 リンナは2人の近くに駆け寄り強気な言葉をかけるが、オーガの男もウェディの女も

「ありがたいが、このモンスターは危険すぎる!もういいから早く離れるんだ!」

「ここは素人の出る幕じゃないよ!」

 と言って、リンナを戦闘から引き離そうとした。

 その様子を見て、ベヒードスに乗っているタブーゴが高笑いする。

「誰かとおもったら、人質だったお嬢さんじゃないか……意趣返しのつもりかい?

 でも、残念だが、無駄なんだよ!回復役が1人加わったところで、お前達が屈するのは時間の問題さ!」

 悔しいが、タブーゴの言う通りである。体力を回復したところで防戦一方ではいずれにしても勝ち目はない。

「一瞬でいい、何とかヤツの動きを止められないか?」

 そういうオーガの男には秘策でもあるのだろうか。だが、ウェディの女からの返事はない。ウェディの女は唇を噛みしめ首を傾げている。

 そんな中、ベヒードスが体を震わせはじめた。

「まずい!跳ぶんだ!」

 オーガの男が叫んだ直後、ベヒードスがその巨大な掌を地面に叩きつけた。大地に強烈な振動が走る。ベヒードスの技《じひびき》だ。オーガの男とウェディの女はそれをジャンプしてかわした。リンナも寸前のところで背中の羽を羽ばたかせて何とか上空に逃れた。だがベヒードスは、今度は大きく口を開き始めた。《れんごく火球》の前兆である。

「散りな!一ヶ所に固まってたら全員が餌食になっちまうよ!」

 と、今度はウェディの女が叫ぶ。

 空を見上げるようにして大きく息を吸い込むベヒードス。そして火球を吐き出そうとしたとき、見開いたベヒードスの眼が月影に何かを捉えた。

(……⁉)

 その《何か》は上空から急降下してベヒードスに突っ込んできた。ノックバックされ倒れるベヒードス。その衝撃で、タブーゴが振り下ろされる。

 リンナ、オーガの男、ウェディの女の3人はベヒードスに突っ込んだ《何か》に眼をやった。それはリザードマンのゲラであった。リンナを追ってきたゲラは、危機の目の当たりにして《滑空おろし》の技をベヒードスに喰らわせたのだ。

 タブーゴが半身を起こし、左手の指をに口に咥えようとする。指笛でモンスターをもう一体呼ぶつもりなのだ。しかし、

「させないよ!」

 と、ウェディの女が《双竜打ち》を放った。威力が増した鞭の2段攻撃がタブーゴを襲う。

「ぐはぁっ」

 タブーゴは卒倒して意識を失ってしまった。

 他方、ベヒードスの方も起き上がろうとしていた。ゲラの攻撃で怒り状態になっている。だが、オーガの男もただ傍観していたわけではない。今、彼の右手は激しいオーラを纏い、必殺奥義を放つ直前であった。

 ベヒードスが倒れている間、オーガの男は、まるで全身の力を集束させていくかのように右手をゆっくり握りしめ、そして、親指、人差指、中指の本の指を開いて三本抜き手のような形状を作っていた。その掌からは、オーガの男の渾身の力が込められているかのごとくオーラが噴き出していた。

 ベヒードスが体制を立て直そうとしたとき、オーガの男はその三本抜き手をベヒードスの心臓に向けて叩き込んだ。ベヒードスはビクッと痙攣をおこし、ゆっくりと仰向けに倒れていく。この技は一撃で心臓の動きを止め即死させる技なのだろう。勝敗は決した。

 目的を達成し上機嫌なウェディの女。ホッとした安堵の表情を見せるゲラ。

 だが、オーガの男は、2度と動くことのないベヒードスの巨体にやるせない眼差しを向けていた。いくら身を守るためとは言え、仕事とは言え、このベヒードスに罪はない。こいつもタブーゴに利用された哀れな魔物の一匹なのである。

 ベヒードスが倒された直後は喜ばしい思いが先行したリンナだったが、そんなオーガの男の姿を見ているうちに、素直に喜べない複雑な心境になっていった。リンナもまた同じ思いを抱き始めているのだろう。

 意識を失っているタブーゴにウェディの女が近寄り、タブーゴを蹴り起こした。

 ハッとするタブーゴが眼にしたのは、仁王立ちになってこちらを睨みつけているウェディの女の姿だ。タブーゴの血の気が引き青ざめていく。どうやらこの状況を理解できたようだ。

「ヒィ~、どうか命だけは勘弁してくれ」

 タブーゴは土下座して命乞いをし始めた。

「どうするよ?」

 ウェディの女がオーガの男に問う。

「あのプクリポの願いは、こいつにいいように使われている魔物の解放だ。こいつの命を奪うことじゃない」

 オーガの男は淡々と答えた。それを聞いたタブーゴは、

「分かりました!魔物は全員解き放ちます。もう魔物を利用して悪事はしません。酷い扱いもしません……いや、魔物を扱う仕事から手を引きます。ですから何卒……」

 と頭を地面にこすりつけた。

「その言葉、本当だろうね?もし嘘だったら、地の果てまでもお前を探しだして、今度こそ命を貰うよ!」

「へへぇ~」

「消えな!」

 タブーゴは一目散に走り去って行った。手下の2人、リーゴンとガミンもいつの間にかいなくなっていた。期を見て逃げたのだろう。

 走り去るタブーゴが視界から消えると、リンナはペノンの巾着袋を取り出し、

(ペノンちゃんの願いは叶えられたよ……もしかしたら、ペノンちゃんや死んだ魔物たちみんなの思いが、本当に神様に届いたのかもしれないね……)

 と、巾着袋に施された竜神の刺繡を見つめ呟いた。そして、少し及び腰にウルフボブのウェディの女に歩み寄って行き、巾着袋を差し出した。

「あのぅ~これを……」

「始めから素直に渡しゃいいんだよ」

 ウェディの女はそれを奪うようにさらっていった。そして、中身を確認しようと巾着袋を開こう……と思ったら、後ろからオーガの男がさらにその巾着袋を取り上げた。

「なっ!?……」

 とウェディの女が振り向き、上背の高いオーガの男を見上げる。

 オーガの男が大きな掌の上に袋の中身を広げた。出てきたのは大小様々な宝石類や金貨銀貨。オーガの男は、目分量でそれらの約半分を巾着袋に戻すと、

「あんた達の取り分だ」

 と言って、リンナに巾着袋を投げ返した。それを両手で受け取ったリンナだったが、

「い、いや、私……そんなつもりで協力したんじゃありません」

 巾着袋を再び渡そうとする。するとオーガの男は少し表情を険しくし、こう言った。

「お前さん、何か勘違いしてるんじゃないか?……小悪党懲らしめて正義の味方にでもなったつもりなら、大きな間違いだぞ……」

「えっ?」

 キョトンとするリンナ。オーガの男が言った言葉の意味を理解できないようだ。

 オーガの男はリンナに背を向け立ち去って行く。ウェディの女は、

「分け前なんか渡すことなかったんだよ。『いらない』って言ってんだから……」

 などとオーガの男にブツブツ言いながら、後について行った。

 呆然と立ち尽くしているリンナに、ゲラがゆっくり歩み寄って「ゲコッ?」と言葉(?)をかけた。我に返るリンナ。

「あ、トカゲさん。ありがとうございました。何度も助けていただいて……」

 ゲラは首を小さく横に振った。いいえどういたしまして、の意味だろうか。

「そうだ……オウライ屋の女将さんにもお礼を言いに行かなきゃ……」

 リンナがそう言って歩き出そうとしたとき、

「道、アブナイ……送テ、イク……」

 なんと、ゲラが片言の言葉でリンナに話しかけてきた。

「トカゲさん!人間の言葉話せるんですか?」

「……スコシ」

 ゲラは少し照れくさそうに微笑んだ。そんなゲラのはにかんだ顔が可笑しかったのか、リンナはクスッと噴き出してしまった。

「じゃぁ、オウライ屋さんまでお願いしますね」

 ゲラはグィと頷き、2人は月明かりの下、グランゼドーラ城下町へと歩き出した。

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