天空競馬場のスぺ   作:木口領

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第01話 空にそびえる競馬塔

スペシャルウィークは圧倒されていた。

塔に、である。

横幅は視界に途切れがないほどの壁であり。見上げれば、春の天すら突き破るのではと思える高さがある。

ウマ娘の聖地と呼ばれる競馬のための塔は、まさに巨人を彷彿とさせる建物だった。

 

「ここが天空競馬場」

 

世界第四位の高さを誇る競馬塔は、遠目からでもよく見えるが、いざ、入り口近くまでくると、雰囲気ががらりと変わる。

1日4000人ものウマ娘たちが鎬を削るといわれる競馬場だけあって、熱気、喜び、悲しみ、殺気、怒り、狂気が渦を巻いているのが見えるようだった。

 

「おかあちゃんの夢が、ここに」

 

知らずにブルリとしっぽが震えていた。

ぎゅっと胸の前で手を握り、大きく深呼吸をする。木々の萌え出でる新芽のにおいと明るく晴れた日のひかりが、やわらかい風とともに香り立つ。

ボストンバックを背負い直し、スペシャルウィークは天空競馬場の入り口を潜った。

 

うわぁ、と感嘆の声がでた。

 

蹄鉄でも傷つかない鋼石英製の床が輝き、大きな円形の柱が幾何学のように美しく並んでいた。

店も所狭しと並んでいる。人が波と動いている。何十、何百、何千の足音が層になって覆っていると錯覚するほどの迫力がある。思わず、ウマ耳がぺたんと倒れてしまう。

 

中心部には巨大な噴水があり、その天井付近には四方に向けて4つの大きなスクリーンがあった。

 

1階には受付があるという話を聞いていたが、スペシャルウィークには広すぎて、混雑しすぎて、今の位置が案内書のどこにあるかすら皆目見当もつかない。

ひとまずスペシャルウィークが噴水に寄ると、スクリーンにはちょうど、200階組レースの発馬機が解放される瞬間が映っていた。

 

レースは、初手から栗毛のウマ娘が大逃げを見せている。

芝を駆ける白と緑基調の勝負服。細身で、理想なフォームで、長い髪たなびく姿に、スペシャルウィークは今日一番に目を奪われていた。

レースのはずである。しかし、先頭をたった一人。一人だけのレースのように物静かに。ダイナミックに。そしてストイックに駆けるそのウマ娘をみて。

 

「きれい」

 

と声が漏れたことにも気づかない。

スクリーンは音声を出していないのか、はたまた周りの人々の音が大きすぎるのか、実況は全く聞こえない。

にもかかわらず、スクリーンに映るウマ娘の息遣い、蹄鉄の音がすぐ近くで聞こえるようだった。

キラキラと輝いてすら見える走り姿は、田舎の実家でみていたブラウン管テレビとは迫力が違う。

そのウマ娘の名前がサイレンススズカとわかったのは、ターフビジョンに2000m 1分57.8秒の表示が出た時だった。

 

「・・・スズカさん。すごい」

 

と、ぼぉっとスクリーンを見ているスペシャルウィークのあたまに、ひょぅと蹄鉄が飛んできた。

小さくとも、軽い音をしていても鉄である。頭にあたれば中々なものである。

ぎゃんっ、と。

先ほどまでの興奮を吹きとばす痛みに、頭を抱えてうずくまった。

そんなスペシャルウィークを横目に、人の波は動いている。

 

「都会、こわい。なして蹄鉄が降ってくるの?」

 

クリーンヒットした頭を抑え、涙目に周りを見た。

誰も何も言ってくれない。気にも留めていない。まるで動く壁である。

と、その壁のなかからスルリと抜け出る影が一つ。

 

「いや、ごめんごめん。こっちのほうに蹄鉄飛んでこなかった」

 

鹿毛の長い髪をポニーテールにまとめた小柄なウマ娘、トウカイテイオーがまぶしい笑顔で現れたのだった。

一房垂らした前髪の白いメッシュがひょこんと揺れている。

 

「あ、あなたが放ったんですか!」

「ごめんって、ちょっと抑えきれずに走ったらちょっと。勢いよくポーン、とね」

「ね、じゃないですよ! なまら痛かったんですよ!」

 

涙目で抗議するスペシャルウィークを、どぅどぅとなだめながら謝るトウカイテイオー。

バックからにんじんパンを取り出して、

 

「これあげるから、許してよ」

「そ、そんなんでごまかされません」

 

といいつつ、受け取るスペシャルウィーク。

しばらく、うー、うー、唸っていたスペシャルウィークがにんじんパンを食べ終わってすっかり溜飲を下げたころ、トウカイテイオーは拾い上げた蹄鉄を指先でくるくるとまわし、自己紹介を互いに済ませる。

 

「そういえば、キミ、初めて塔にのぼるの?」

「はい。今日から挑戦しようかと」

「ボクと一緒だね。ボク、前にもきたことあるんだけど、そのときは年齢制限でダメだって。だから参加できるのがすっごく楽しみなんだ」

 

楽しさが体の内側から抑えきれないといった具合に、トウカイテイオーは笑顔が絶えない。

 

「それじゃね。ばいばい」

「あ、あの」

 

と今にも駆けていけそうなトウカイテイオーをスペシャルウィークは呼び止めた。

ん? とトウカイテイオーが振り向いたのと同時に、スペシャルウィークは頭を下げて、

 

「受付の場所。教えてください」

 

と頼み込んだ。

トウカイテイオーは二つ返事で了承した。

 

天空競馬場受付には、受付用紙があり、記入するためのテーブルが並んでいた。

スペシャルウィークとトウカイテイオーは隣り合って受付用紙にペンを走らせる。

 

「名前、年齢、電話番号に適正っと・・・適正?」

 

上から順に記載していたスペシャルウィークの頭に、はてなが7つほど浮かんでいた。

 

「テイオーさん。この適正距離ってどうすればいいんですか? 1000mとか3600mとか芝とかダートとかいっぱいチェックする欄があるのですが」

「そこは自分が走りやすいと思うところをチェックすればいいんだよ。スぺちゃんはどこが得意なの」

「私、得意とか苦手とかよくわからなくて」

「ん? 今まではどうしてたの?」

「えっと、私田舎に住んでいて、レースはテレビとかで見たことしかなくて、いつも山とか川とか畑を駆け回ってはいるんですが」

 

言いずらそうにスペシャルウィークは、はにかんでいる。

なるほど、とトウカイテイオーは顎に人差し指をあてて、うーん、と考えると、

 

「だったら、全部にチェックしちゃえばいいよ。いつでも取り消せるし。この塔で走っていて得意と思うのを見つければいいんだよ」

「わかりました。ありがとうございます」

 

トウカイテイオーの案に、得心した様子でスペシャルウィークは喜んでいた。

芝、チェック。

ダート、チェック。

1000m、チェック。

2000m、チェック。

3600m、チェック。

ハンデ有り、チェック。

月一出場希望、チェック。

隔週出場希望、チェック。

毎週出場希望、チェック。

いつでも出場、チェック。

と、すらすらと。いわば脳死の状態でチェックをつけていく。

 

「スぺちゃんは、どうしてこの天空競馬場にやってきたの? なにか目的があるの」

「私は、日本一のウマ娘になりたいんです。おかあちゃんの夢だった日本一に。ここの天空競馬場でグランドマスターになれば日本一になれるはずだって聞いて」

「じゃあ。ボクとも戦うことになるね」

「テイオーさんも日本一をめざしているんですか?」

 

ううん、とトウカイテイオーは首を横に振る。その眼には闘志の光が宿っていた。

 

「ボクが目指しているのは、16人いるグランドマスターの序列第一位を倒すこと」

「序列一位、ですか」

「そ。序列一位。皇帝シンボリルドルフ。この塔の実行会長。ボクが倒して皇帝を超える帝王になるんだ」

 

トウカイテイオーの笑顔の中に迫力が増した。

 

「だからさ、スぺちゃんが日本一を目指すなら。この塔の200階以上に上がって、序列一位と勝負することになるんだよ。カイチョーを倒すのはボクなんだから、一緒に走ることになるか、もしくはボクが序列一位になっているかのどちらかになるんだ」

「・・・なるほど」

 

納得したような顔をしているが、スペシャルウィークには序列や200階以上に上がることがどんな困難な道になるのかいまいち把握できていなかった。

そもそも、グランドマスターが何なのかすら理解していないのだ。1人だと思ったグランドマスターが16人いること。序列一位。想定外の単語が出ていることで、すでに頭から煙が昇っていた。

そんなこんなで受付用紙が書きあがり、二人で受付に提出する。

 

「今の時間だと、うまくすれば朝の部にレースが組まれるかも」

「そういえば、レースってどこで走るんですか?」

「芝なら3階から6階、ダートなら7階から9階だね。2階は練習用に開放されているんだよ、新しい靴を試したりとか。・・・あ、っと。ボク蹄鉄打ち直さなきゃ」

 

それじゃあ、とタタタっと駆け出していくトウカイテイオー。呼び止めるのか、手を振るのか迷っているスペシャルウィークは中途半端な箇所で右手が止まっている。

そんなスペシャルウィークに対して、スマホにレースの呼び出しがかかった。4階、芝、2000m。それがスペシャルウィークが走る最初のレースとなった。

 

近くにいた受付係に案内をたのみ、レース会場に到着したスペシャルウィークは、控え室で、6番ゼッケンと黒いシャツを受け取った。

 

「重たっ」

 

と、受け取った瞬間、手と腕に重さがあった。

 

「こ、これは」

「はい。ハンデ用の重りになります。これを着てレースをしてください」

 

60kgの重りとなる黒いシャツは最先端技術の推移を集め、走りに抵抗しないよう、ケガにならないよう、見た目にもこだわった逸品である。

上から服を着こんでもダボつかないが、肩から背中にかけてずっしりとした質感が食い込む。

そのまま少し歩きにくそうにしながら、案内係に促されつつ発馬機にゲートインをした。

周りのウマ娘たちのゲートインをじっと見ている。

 

「みんな、すごい。こんな重たいのつけて全然意識している様子がない。普通にあるいている」

 

スペシャルウィークは気づいていない。自分がハンデ有りにチェックをいれたことを。自分以外に重りをつけているウマ娘がいないことを。そして、ハンデ有りをつけてレースをするウマ娘はここ数年一人もいなかったことを。

ウマ娘全員がゲートイン完了をし、スペシャルウィークのウマ娘人生初めてのレースが始まろうとしていた。

 

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