天空競馬場のスぺ   作:木口領

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第12話 本格化と針と契約と

「う~。ミリ単位でも脚がうごかない~」

「安静にしときなって。そのうち治るから。たぶん」

 

医務室のベットの上でトウカイテイオーが嘆いている。

ベットのふちに背を持たれ、だらんとした足を曲げようとしている。が全く動かない。急激な本格化の影響だった。

部屋にベットが4つ。他の使用者はいない。ゴールドシップの姿が無いのは別の部屋だからだ。

部屋の中にはナイスネイチャとスペシャルウィークがいる。

 

ナイスネイチャがトウカイテイオーの足元まで布団をかけたときに、ドアからライスシャワーが入ってきた。

 

「テイオーさん。大丈夫ですか」

「あ、ライス」

「ライスちゃん」

 

ちょこんと、ベットの横まで駆け寄ったライス。にナイスネイチャがじっと、そのライスシャワーの顔を見る。

 

「きみ」

「な、なんでしょうか」

 

ライスシャワーがスペシャルウィークの影に隠れる。

 

「あ~ごめんごめん、驚かしちゃったね」

 

なんでもない、と言って手をひらひらと振っていた。

 

「しっかし、今の下層は魔境だね」

 

といった時に、またドアをノックする音がした。

そしてドアを開いて、トレーナーとメジロマックイーンが入ってきた。その後ろから見慣れぬ白衣の大男が入ってきた。

 

「トレーナーとメジロマックイーン、と」

「誰でしょうか?」

 

目元を隠す仮面をつけている。トレーナーよりも一回り大きい。見下す格好になっている。天井が近いためだろう。ライスシャワーがその威圧感でスペシャルウィーの背後から出られない。

メジロマックイーンが咳をひとつして、紹介した。

 

「200階の専門治療師ですわ。主に針治療を得意とされている先生です」

「針治療師だ。よろしく」

 

そういうと、金色の針を白衣の袖からスッと取り出した。10cmはある。普通の針の倍の長さだ。

トウカイテイオーの顔が引きつる。

 

「ボク、針とか必要ないと思うんだけど。っていうかなんで袖から針がでてくるのさ」

「トウカイテイオーさんの不調は普通の状態ではありません。・・・この場で言うのは憚れますが、そういう症状を得意としている先生なのです」

 

治療師の大男がうなずいて、続けた。

 

「安心しろ。この針治療は古くゴトヴェイドゥに端を発し、様々な科学技術、世界中の民間療法、オカルト、SCPの力を取り込んで昇華した進化の奇跡。この針ならばどんな病魔だろうとイチコロだ」

「全然意味わかんないよ。ボクのほうがイチコロされちゃうよ」

 

悲痛な叫びは聞き入れられず、話がすすんでいく。となりでスペシャルウィークが少し首をかしげて質問した。

 

「ゴトベイドー?」

「ちがう、ベイではない。ヴェイだ。舌を丸めて。ブルァッ。の発音だ」

「ヴルァイドー」

「いい感じだ。近くなった」

 

スペシャルウィークと発音の話題になっている今のうちに、トウカイテイオーは逃げ出したかった。しかし、足が動かない。

金色の針が秘孔を突く。トウカイテイオーが一度大きく叫ぶと、ぱたりとベットに倒れた。

 

それを見ていた、スペシャルウィークとライスシャワーの顔が青く染まっていく。

 

「これで大丈夫だ。だいぶ消耗しているが、気の流れは整えた」

「ありがとうございます」

「3時間ぐらいで目を覚ますだろう。そのあとは糖質をとるといい。スイーツとか」

 

スイーツ、の言葉にメジロマックイーンの耳がピクピク反応した。よく見るとしっぽがせわしなく動いている。

 

「しゃーないな。俺が買ってくるよ。寝ているウマ娘の所にいるわけにはいかないし。3時間後にまた」

「あ、じゃあアタシも戻るよ」

 

とトレーナーとナイスネイチャが針治療師と一緒に部屋から出ていった。

 

「トレーナーさん。いっぱい食べるかもしれないですのでスイーツ1つではだめですよ。最低4つ、いいえ倍の8つは確保してくださいませ」

「なんでだよ。俺金ねーんだぞ。・・・ああ、いや分かった。そんな顔するな。今日は特別だ」

 

ぱたりとドアが閉められる。メジロマックイーンは倒れたトウカイテイオーの体を整えて、布団をかけ直していた。

スペシャルウィークとライスシャワーはいまだ針治療の衝撃から立ち直れない。

 

 

 

3時間が経過した。

 

トウカイテイオーが目を覚ますと、真っ白な天井が目に入った。不思議と目覚めがすっきりしていた。

起き上がって部屋を見る。そこにはスペシャルウィークとライスシャワー、メジロマックイーン、アストンマーチャン、ダイワスカーレットにウオッカと、そしてゴールドシップの姿があった。ゴールドシップの左手の包帯には、エキシビジョンマッチ前にはなかった忌呪帯法の文字が黒ペンででかでかと書かれている。

 

額にトランプを一枚当てて対決している。どうやら、インディアンポーカーをしているようだ。

ライスシャワーがスペードの10で一番数字が大きく、勝利した。

 

「おっ、起きたかトウカイテイオー。って何だこの人数は」

 

トレーナーがケーキを8つ買って入ってきたのはちょうどその時だった。

 

「ひぃ、ふぅ、みぃ。あれ9人だけど、ケーキ8つしかない」

「いや俺はいい。お前らで食べろ」

「じゃあ、遠慮なく」

 

先ほどのインディアンポーカー勝利数順にケーキをとっていった。最後に残ったのがトウカイテイオーに渡された。

紙コップになみなみとお茶を注ぎ、皆で食べている様子を見てトレーナーは、

 

「こりゃ、本格化について話せないな」

 

と、つぶやいた。

しかし、つぶやきはウマ娘にはご法度だ。常人の耳よりはるかに良いのだから。集中しているときでもない限り。その言葉は拾われる。

 

「本格化ってなんですか。そういえば走り終わったあとにもそんな言葉を聞いたような」

 

しまった、という顔をトレーナーがした。

ウマ娘の本格化の話は下層、中層一部までは禁句という暗黙のルールがこの天空競馬場にはある。

それは、事実を知ったウマ娘の走る気力を奪わないためのセーフティーだった。

 

「いいじゃないですか。この場にいるウマ娘たちはそれを知ってあきらめるほど軟じゃないはずです」

「感か」

「感ですわ」

 

頭の裏を掻いたあと、トレーナーは壁に掛けてあったホワイトボードを取り外して、

 

「いいか、これから話すことはほかのウマ娘には秘密にすること。知った中にはその事実に絶望して走るのをやめるウマ娘もいるぐらいだ」

 

念を押した。中途半端に知られるほど、危険なことはないのだと判断した。

皆がうなずいた。

 

「ウマ娘の走りにはもう一段階の可能性がある。本格化と呼ばれる現象だ。その本格化に至るためには、気づきと才能、そして長い月日が必要だ」

 

ボードにデフォルメされた塔を書いた。

 

「この塔の100階から特別レースが組まれるのは知っているだろう? それはこの本格化を促すための追い込みの場として機能させている。そして、現在200階クラスの連中は俺の知っている範囲で全員がこの本格化を済ませている」

「本格化を済ませると、何が起きるんですか?」

 

ダイワスカーレットが聞いた。

 

「本格化を済ませると特殊な力に目覚めるんだ。昔から気や仙術、忍術にチャクラ、魔法と呼ばれたりしていたものだ。それを『馮(ひょう)』という。ウマ娘が速く走るためのスキルとも呼ばれている」

 

塔の上層に馮の文字を書いた。

 

「ああ、あのナイスネイチャさんから出てた黒くてむぁっとした霧ですか。もしかして」

「あれ、すごく怖かった」

「スペシャルウィークとライスシャワーには見えていたのか。こりゃたまげた。本格化の兆しかもな」

 

メジロマックイーンとトレーナーは2人の言葉に驚いている。

それから、馮について、三大要素の話を進める。

 

「馮は大きく分けて三つがある。場を支配する能力と、自身の走りを増幅させる能力。そして持久力や使用した脚の負担を回復する能力の三つだ。3つあるのは三女神が関係している、ともいわれている」

 

塔の絵を囲むように『支配系』『走り系』『回復系』三つの系統をボードに書いた。

 

「ナイスネイチャの馮は空気を支配する。あの中にいると通常走る以上の力が必要になり、結果スタミナ切れを起こす。その後最後のナリタブライアンも支配系だな。自分の走る道を無理やり確保する。割り込もうとすればトウカイテイオーの様に弾かれる」

「なにそれ、チートじゃん」

「そのチートを200階連中は掛け合っている。今回はほぼナイスネイチャ1人だけだったが、18名のウマ娘全員が使い合うんだ。最初から最後まで。どうだ、200階の壁の意味が少しは理解できただろう」

「そりゃあハンパないね」

 

ダイワスカーレットがむくれた顔になり、ウオッカが想像して身震いした。この2人には馮は見えてはいない。が、レースの異常は目の当たりにしたことで、そのすごさを間接的に理解していた。

 

「じゃあ、メジロマックイーンも何か持っているの?」

 

トウカイテイオーが疑問に思った。その問いの答えは、

 

「秘密です」

 

と、人差し指を口に当てたメジロマックイーンの言葉だった。

 

「えー、なんでだよ。教えてよ」

「それはこれからのレースで自分で観測してくださいな」

「マックイーンの言うとおりだ。それに、馮は1人一つだけじゃない。複合的に持っていることがある。知らなかったから負けました。が通用しない世界だ」

「むぅー」

 

話をもどすぞ、とボードを一度クリアした。

 

「本格化は普通、長い月日が必要だ。自分の中のわずかな違いに気づいて入口、そこから本格化に至るまでは早くて3か月、おそいと」

「おそいと」

「一生来ない。それ以上に入口に立てるウマ娘が非常に少ないのが現状だ」

 

その意味に、言葉を失った。つまりは200階クラスで戦える準備ができないことを意味している。

それが、本格化を開始していないウマ娘に伝えられない理由でもあった。

 

「チートなしでチーターたちの中に入って戦えってことでしょ。つまり」

「そういうことになる」

「それはキツイね」

「そうだ。そして本格化が完了するのは時間がかかる。だから下層中層のウマ娘を200階組とはおいそれと走らせない。それは今まで一部を除き例外がなかった。だからこのエキシビジョンマッチは異例中の異例で、そして今日、トウカイテイオーが本格化に至ったことも」

「へ? ボク本格化しているの。いつの間に」

 

突然話題を振られたトウカイテイオーが慌てていた。

 

「今までと変わったことはありませんか?」

「なんか、みんなの音が近いと思っていたけど」

「馮は生命エネルギーですわ。その使い方がわかれば身体の使い方が飛躍的に高まります。耳がよくなったのもその一環です」

「はぇー」

 

と、驚いている。

 

「じゃあ、ボクもその馮ってやつが使えるの」

「準備はできた。後は使い方と練度を高めればいつでも使えるはずだ」

「どうやって使い方学ぶのさ。アクション映画とか?」

 

口に含んでいた飴を取り出して、トレーナーは真剣に言った。

 

「それが、トレーナーの役目だ」

「トレーナーの役目・・・」

「そうだ。中層以上のトレーナーはウマ娘ほどじゃないが馮が使える。古来、気やチャクラが人の身でも使える描写があるように。な」

 

これには、マックイーンを除く全員が驚いた。

 

「そうなの! どうやって」

「それは・・・俺の口からは憚れる」

 

明後日のほうを見て遠い目をしていた。メジロマックイーンすら初めて見る顔だ。男泣きしそうな表情だ。

それ以上、誰も突っ込めなくなった。

 

「とはいえ、完全に馮が使えるのは上層トレーナーだけだ。中層トレーナーは本格化に至るために必要な最小限なことを習得している。それが中層トレーナーの必須資格でもある」

「あれ? それじゃあトレーナー選びって、本当はシビアなんじゃ」

 

ウオッカが気づいたように声を荒げた。トレーナーは一度うなずいた。

 

「ただ、ウマ娘が150階を超えるときか本格化の入り口にいると判断された際には、下層トレーナーから中層トレーナーに移籍となる。50階分はそのためのバッファだな。たまに中層トレーナーの資格を取れてそのままって奴もいるが、大体はそうなる。200階はすぐに上層トレーナーに移籍になる」

「え? そうなんですか」

「そうだ。だから最初から上層トレーナーに着いたほうが負担は少ない。がそこは実行委員がいろいろうまくやってくれるはずだ。最近は移籍も敷居が低くなってな」

 

だから今は気にするな。と続けた。

 

「そういえば、トレーナーさんはどのクラスなの」

 

スペシャルウィークが気になって聞いてきた。

胸元にある擦れたバッジを皆に見せて。

 

「俺は上層トレーナーだ」

 

答えに、皆が、心底驚いた。

 

「なんだ、不服か」

「不服っていうか、以外っていうか、どうしてっていうか。変な感じ」

「いや、グラウドマスターと契約していることで気付けよ。お前ら」

 

ざわめくウマ娘たちをジト目で見つつ、トレーナーは飴をくわえなおした。

以上だ、他言無用だぞ、と最後にもう一度念を押してホワイトボードを元に戻していた。

 

「あのっ」

 

スペシャルウィークが声を上げた。真剣な表情だ。

みんなが注目する中、頭をさげて、

 

「契約してください!」

 

ハッキリといった。

冷やかす真似は誰もせず、トレーナーも、わかった、と一言だけいった。

 

「あれ? でもスカウトタイム以外でスカウトすると、まずいんじゃなかったっけ?」

「あれには抜け道があってな。チーム選抜試験として試験日を提出してその試験用のスカウトにしたり、ウマ娘からオファーがあれば適用外だ」

 

穴だらけじゃん、とトウカイテイオーが愚痴っていた。

 

「よし、スペシャルウィーク。契約する前に一つだけやることがある」

「やること、ですが」

「ああ、この天空競馬場で一番重要だとも言われていることだ。これを怠ることは、絶対してはいけない」

 

ごくり、とスペシャルウィークは喉を鳴らした。

凄みを感じる。

トレーナーは、しずかに懐に手を入れた。

 

そして、三つに折りたたんだA4用紙を取り出すと、

 

「この契約書にサインを」

 

と、スペシャルウィークに手渡した。トウカイテイオーはこっちの書類だ、と別の紙を渡している。

スペシャルウィークは肩の力抜けた。

 

「これが大事なこと、ですか?」

「何を言うか、契約書は一番大事だぞ。ちゃんと読めよ。特にお前は、天空競馬場の受付でやらかしているって話だし」

「なっ、なんでそれを知ってっ」

 

ポンと顔を赤くした。

その横で、トウカイテイオーが首をかしげて、

 

「ボクも?」

「トウカイテイオーは実行委員判断だ。レース中に本格化したウマ娘だからな。上層トレーナーの誰かをつけなきゃいけないと、一番ウマ娘契約数が少ない俺にお鉢が回ってきた」

「・・・わかった」

 

そして、契約書にサインを書くと、トレーナーは紙を集めた。

 

「よし、これで全員だな。・・・ん、全員?」

 

なぜか、集めた用紙は7枚だ。スペシャルウィークとトウカイテイオーにしか渡していないはずだ。なら2枚じゃないと数が合わない。おかしい。

しかし実際は、ダイワスカーレット、ウオッカ、アストンマーチャン、ライスシャワー、ゴールドシップ、スペシャルウィーク、トウカイテイオーのサインが入った契約書があった。

 

「よし、これでアタシもトレーナー持ちだ! その本格化ってやつ絶対ものにしてみせるわっ」

「スカーレットよりも先に俺が覚醒してやるぜ」

「ふふっ、馮をつかえれば、みんなの心に跡を残す走りができますね」

「・・・これでレースの後にいっぱい人が来なくてすみます」

「じゃあ、みんな契約祝いで何か食べようぜ。トレーナーのおごりで」

「いいですね。わたしにんじんハンバーグがいいです」

「ちょっと、ボクを置いていかないでよ」

 

おいおい、とトレーナーは頭を押さえた。

 

「急ににぎやかになりましたわね」

 

と、メジロマックイーンが笑っている。

今年は赤字確定だ。貯金崩すしかないか、とトレーナーは心の中で泣いていた。

 

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