天空競馬場のスぺ   作:木口領

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第16話 メジロ家からの招待

スペシャルウィークが手紙を無事ポストに投函してから1週間が経った。

ライスシャワーが1着、ウオッカとスカーレットがそれぞれ1着2着となり、階を10層分あげた。

 

そんなある練習風景の中、ウォーミングアップを終えたウマ娘たちと共にサイレンススズカの姿があった。

スペシャルウィークに連れられて、少し気まずそうに立っている。

 

「他のトレーナーの契約ウマ娘を招き入れるのは、あまり宜しくないんだが」

「おねがいします!」

 

スペシャルウィークが、面倒見ますから、と懇願していた。

後ろでトウカイテイオーは、面倒みられるのはスぺちゃんじゃないかな、と思ったことは秘密だ。

 

しばらく唸ったトレーナーは頭をガクッと下げた。わかった、と一言いうと携帯を取り出し東条ハナに連絡している。

東条ハナから休養中の彼女のことを頼まれていたこともあり、話はすんなりと通った。

今日の練習はサイレンススズカも一緒に走ることとなった。

 

練習前のミーティングが始まる。

 

「1か月後にはマックイーンのレースがある。その1週間前つまり今から3週間後に6人ともレースを組む。テイオーもこの3週間はレースに向けての調整を優先する。マックイーンのレースが終わったら1、2か月程度間を開ける。その時に全員本格化に向けての特訓をする予定だ」

 

ゴールドシップが左手を上げた。

すでに包帯は巻かれていない。綺麗な手をしている。

 

「トレーナー、アタシも走れるぞ」

「ケガの調子は」

「治った」

 

ぶんぶんと左腕を回している。

ゴールドシップは、全治1か月の怪我を2週間で完治させていた。

 

「わかった。レースは入れておく。だが、無理はするな」

「まかせておけっ」

 

歯をきらめかせてゴールドシップが返事した。少しトレーナーは不安になった。絶対分かっていない、と。

だが、ここで止めるのは避けた。この気性難のウマ娘がレースに気合を入れて臨むことは珍しいからだ。

 

ゴールドシップを筆頭に、ダイワスカーレット、ウオッカも中々に難しい気だてをしている。

トウカイテイオーはいつもは正常だが、たまにとんでもなくぶっ飛ぶことがある。ライスシャワーも思い込みが激しい。

スペシャルウィークに至っては気性変だ。アストンマーチャンは不思議だ。

 

うちには気性難しかいないのかと頭にちらついた、が即座に振り払う。メジロマックイーンの笑顔に迫力が増したからだ。少し殺気が混じっているようにも思えた。

 

「何を考えてますの?」と眼が訴えてきている。全力を以って見なかったことにした。

 

咳をしたふりをしてごまかしつつ、トレーニングメニューを話していた。

今日のメニューは軽めに流して歩様の確認と、脚の調子を整えること、そして筋肉トレーニングをメインにしたものだった。

 

最後に、サイレンススズカ含め全員で走ることとなった。

 

赤松などの木片が引き詰められたウッドコースを1週する。1600mのレースだ。馮の使用はしない。位置取りなども気にしない。ただ走ること、そんなゆるい条件のレースだった。

 

「走りましょう。スズカさんっ」

「うん。その・・・スペシャルウィークさん」

「スぺちゃん、って呼んでくださいよ~」

 

恥じらいながら、サイレンススズカは名前を呼んだ。呼び方に慣れていない。

トレーナーはそれを見て唖然としていた。

 

「あいつ、すごいな」

 

相手はサイレンススズカなのだ。走り以外に興味を持ったことのないといわれるウマ娘なのだ。

前の担当トレーナーの名前すら彼女は覚えていなかった。200階で東条ハナに移籍する前に担当していた中層トレーナーだ。いつの日か酒の席でそんなことをぼやいていたことを思えている。

 

180階でくすぶっていた時の自分のアドバイスも、もう覚えていない。

 

先のエキシビジョンマッチの時ですら、メジロマックイーン、アストンマーチャン、トウカイテイオー、スペシャルウィークと走った記憶がない。ほとんどのレースで戦ったウマ娘すら名前を知らない。

そんなウマ娘が、名前を言っている。それだけでも東条ハナが知ったら卒倒ものだ。

 

「スぺちゃんだからね。物怖じしないし、諦めないし、食らいつくし、ズレてるし」

「諦めない、食らいつく」

 

トウカイテイオーが頭の後ろで手を組んで仕方ないさ、と言っている。その横ではライスシャワーがつぶやいていた。

その隣ではまたダイワスカーレットとウオッカが対抗心をぶつけ合っていた。

 

「ふふんっ。今日は調子いいから絶対1番になってやるわ」

「何言ってんだ。この前のレースは俺の勝ちだったじゃないか。1度あることは2度、2度あることは3度あるってな」

「あの時は2cm差でしょうが! あと1歩でも長いレースだったらアタシが勝ってたわ」

 

その2人の張り合いにもう一つ王冠が割り込んだ。

 

「1600mはマーちゃんの距離なのです。ということは1番マーちゃん、2番ウオッカとスカーレットってことになりますね。どやや」

「ならないわっ」

「なんねーぞっ」

「あやや」

 

走る距離が短いこともあってそこにアストンマーチャンも加わっての三つ巴だ。

よく飽きないものだと、新しい棒付きキャンディを頬に入れ直し、スタートの位置まで歩いた。

合図をする、皆が一斉に走り出した。

 

軽快にチップを駆ける音を響かせながら走るウマ娘たち、トレーナーは携帯でその光景を一枚取った。

 

 

 

天空競馬場の100階と200階にはそれぞれウマ娘専用個室がある。

200階の専用個室は200階組のウマ娘とグランドマスターとなったウマ娘たちが寝泊まりする区域だ。

ここに入るためには警備員のいる専用口を通る必要があり、届け出がなければ関係者以外はほとんど入れない作りとなっている。

 

メジロマックイーンが自身の個室で髪を整えている朝の事だった。

パジャマである。

心持ちそわそわしている。思わず歌を口ずさんでしまうほどに浮ついた状態だった。

 

サイレンススズカが練習に参加するようになって2週間ほど後の休日だ。

本日新規開店のケーキ屋が100階フロアに出来る。その下見へと向かうことを楽しみにしていた。

2週間後に控えたレース終わりにでも、小さなご褒美として買うべきものをリサーチしようという企みだった。

 

長くサラサラとした紫がかった芦毛の髪にブラシをかけていた手が止まる。少し力が入る。

今日は誰も訪れる予定のない日だったため、何にも縛られず気兼ねなしに見て楽しむ気でいた。

 

「・・・はずなのに、なんで貴方がいるんですか」

 

と、姿見に映るもう一人のウマ娘に向かって言った。

ベットに転がって雑誌を読んでいるゴールドシップがいたのだった。

 

「いいじゃんか。別に。このゴルシレーダーが、今日、マックイーンの近くに面白イベントが発生するっていってんだよ」

「だからなんでそんな無駄な能力発揮させているんですの。しかも貴方、結構遠くの宿をとってませんでしたか? なんでこんな朝に塔に来れますの」

 

ゴールドシップが取っている宿は、以前、スペシャルウィークが落ちた川の橋にほど近く、歩いて天空競馬場に来るにはなかなかの距離がある。

今は朝6時半だ。距離を考えれば5時には起きていないと間に合わない。朝から全力で走るようなことをしない限り。

 

「何言ってんだマックイーン。アタシは今日4時にはおめめぱっちりだぜっ」

「なんでそんな早起きですの。そしてなんでわたくしのベットでくつろいでいるのです」

 

そもそも、ドアのカギを開けた覚えはない。しっかりと閉まっている。にもかかわらずゴールドシップはいつもなぜかマックイーンの部屋にいる。時には先に潜り込むこともあった。

 

「そうケチケチするな」

「ケチってなんですの。いいですか、今日わたくしは何もない日なのです。面白いイベントなんて起きるはずが」

 

言い終わる前にドアのチャイムが鳴った。朝6時半である。この時間に訪れる人は滅多にいない。

訝しながらも出ようとする。が、しかし、パジャマだったことに気づいて足を止めた。

 

「なんだ、でないのか?」

「この格好で出るわけにはいきませんわ」

「じゃあ、アタシが代わりに出ておいてもいいぜ。なんかあれば『今度のレースのために大好きなスイーツを予約しに行きますの』って言っておけばいいんだろ」

「貴方、知ってましたの!」

 

尻尾が逆立つ。その横で携帯が鳴った。

メジロ家の執事からだった。

 

「もしもし。朝から何の用です」

 

メジロマックイーンのウマ耳がピンと反り立つ。玄関ドアからかすかに音がする。電話で話したその自分の声が、玄関ドアからかすかに聞こえたからだ。

 

「執事さん。貴方がいる所は、もしや」

「はい。お嬢様の個室玄関ドアの前、でございます」

 

思わず携帯を握りしめた。メキメキッと嫌な音がしている。

となりでは、面白イベント発生だな、とにやけ顔のゴールドシップが立っていた。

ここはウマ娘専用個室のある一角だ。男性はほとんど立ち入り禁止の区域だ。トレーナーですらおいそれと入ってこれない。

にもかかわらず、このメジロ家執事はいとも容易くメジロマックイーンの部屋の前に到達していた。

メジロマックイーンは額を手で押さえる。頭痛を覚えていた。

 

それから数分、もしくは十数分になるだろう頃。

 

ついに観念してドアを開けた。執事なら幼少期からの付き合いだ。パジャマ姿を今更みられても・・・ちょっとは恥ずかしい。しかし、それ以上に執事が来たというのはお家の何かがあったから、に違いないと判断していた。

 

メジロ家のことは何よりも優先される。

 

開けたドアの先には初老の男性が立っていた。ピリッとした襟の白いシャツを黒の蝶ネクタイでしめている。黒く光沢のあるスーツには皺一つない。メジロ家の執事だ。

メジロマックイーンの顔を見て深く刻まれた頬の皺が少し動く。マックイーンは真剣な表情で執事に向かい合った。

 

「それで、いったい何が」

「お嬢様。こちらを」

 

と、厳かな封筒に入れられた一通の手紙を差し出した。受け取る。メジロ家の紋章が入った封蝋を開く。

中の手紙を読んでしばらく、沈黙が続いた。

 

「これは、何時ですの」

 

と、少し強めの口調でメジロマックイーンが問うと、モノクルの中の目を細めて執事が、

 

「お嬢様のレースの後、すぐにでも」

 

静かに答えた。

メジロマックイーンが口元を押さえて考え込む。その隣で尻尾を楽しそうに振るゴールドシップがいた。

 

「トレーナーに伝えておきますわ」

「ありがとうございます。ぜひとも、担当トレーナー様と、そしてスペシャルウィーク様と共に、メジロ家別荘のある離島へお越しくださいませ」

 

執事は上体を腰から曲げ、顔が地面と平行になるまで深々とお辞儀をした。その状態はメジロマックイーンが扉を閉じるまで続けていた。

 

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