天空競馬場のスぺ   作:木口領

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第17話 初めての飛行船は思いのほか揺れて

飛行船発着場にトレーナーとウマ娘9人の姿があった。

所属しているウマ娘全員とサイレンススズカだ。みんな薄着に大きな荷物を持っている。

目的地はメジロ家別荘だ。

 

すでに7月。気温は夏日になっていた。日差しも強い。

 

別荘のある離島へは、飛行船で近くの船着き場まで向かい、その後、船で1時間程度で着く距離にある。

スペシャルウィークが近くでみる飛行船に目と口を大きく開けていた。

 

「私、飛行船乗るの初めてです」

 

スペシャルウィークはウマ耳をそわそわとさせている。

彼女の予想では飛行船とは空を泳ぐクジラなのだ。ふわりと、しずかに、優雅に空を回遊するなかに入ることは、まるで観覧車に乗っているような乗り心地になるだろうとイメージしていた。

 

約1時間半の飛行だ。

他のウマ娘の面々も、少なからず楽しみにしていることが顔からうかがえる。

その後ろで、トレーナーがあまり思わしくない表情をしつつ、メジロマックイーンの耳元で小さくささやいている。

 

「マックイーン。こいつら連れてきて本当に良かったのか?」

「しょうがありませんわ。ゴールドシップさんに知られた時点で回避は不可能です。それに下手を打ったらもっと大事にされる可能性がありますので」

「だが、俺本当に金ねーぞ。今月予定納税なんだ。他のことに1円も払える余裕じゃあない」

「はいはい。わかってますわ。・・・もう」

 

甲斐性なしなんだから、と心で嘆きつつメジロマックイーンはジト目でトレーナーを見ていた。

搭乗時間はそろそろだ。皆が搭乗手続きへと進んでいく。

飛行船とはいえ飛行機の一種だ。手荷物を預け、金属探知機をくぐり抜け、スタッフの先導のもと、一同が行列となって飛行船の1機へ向かって歩いていく。

行列はスタッフを除けば10人だ。他の人の姿はない。貸し切りではないが、どうやら今日の飛行はトレーナーたちだけで飛行するようだった。

 

飛行船搭乗口に着くと、スタッフが名簿を読み上げ、一人ずつ中に入った。

中は一人用ソファーがぐるりと一周するように配置されていた。全面に窓がある。

各々がソファーに座る。スペシャルウィークは進行方向左側に座り、その隣にはサイレンススズカの姿があった。

 

窓の外には無人モノレールの道がゆったりと曲がり、行きつく先に塔が見える。

天空競馬場だ。

 

スペシャルウィークが今自分がいる塔の階層を探した。快晴である。少し出っ張りがある箇所が50階。100階には個室区画のブロックが両側についている。

その中間あたりがスペシャルウィークが今いる階層だ。

 

機内アナウンスが流れる。

いよいよ。発進となった。

 

プロペラとボイラーが低く唸る音をあげると、ゆらゆら風にあおられながら飛行船は浮上する。

モノレールの駅を見下ろす形となった。塔はまだ見上げる位置だ。

わくわくして窓から外を見ていたスペシャルウィークの顔に少し陰りが見えた。ダイワスカーレットも同様だ。

 

「お、思ったよりも揺れるんですね」

「そ、そうですね。でも、最初だけの、はずよね」

 

その揺れは、上空に上るほど風がさらに強くなり大きくなる。

窓が1つだけ5cm程開いていて、冷たい風がはいってくることも2人にとっては恐怖の対象だった。

尻尾の毛が逆立ち、ぶわっと大きく膨らんでいる。

 

「こ、これ堕ちませんよね」

「スぺ先輩、縁起でもないこといわないで」

 

飛行船高度に到達し一旦の上昇が終わると、揺れもしずかになった。

ホッと息をついた2人。ソファーにくつろぎ脱力した。そこに、一度大きな風が吹いた。ガクンと揺れた。

 

「こんなことになるなら、にんじんもっといっぱい食べておけば良かった~」

「うわ~ん。ウオッカのばかー」

「なんで俺なんだよっ」

 

揺れるたびに叫ぶ声が上空に響いていった。

 

 

「おっ、堕ちるっ!」

 

と飛行船に乗っていたスペシャルウィークが騒いでいたのはついさっきまでだ。

ウマ娘人生初めての飛行船だ。

飛行中はその揺れに驚き、耳が後ろに倒れ、隣にいるサイレンススズカにしがみついて目を回していたのだった。

到着ロビーのベンチに着くや力尽きて体を預けていた。今でもまだ、目を回している。

 

隣ではダイワスカーレットが腰を抜かしている。冷やかしつつもウオッカが手を貸している。

 

天空競馬場から発着される飛行船に乗って1時間半。ようやく目的地近くの発着場に降りたのだった。

ライスシャワーが缶ジュースでスペシャルウィークの頬を冷やしている。

 

「ここが目的地?」

「いえ、ここから船に乗ってもう暫くはかかりますわ」

 

トウカイテイオーが疑問を口にし、メジロマックイーンが答える。

今このロビーにいるのは10人だ。少々ベンチを占領しても、迷惑はあまりかけない状況だと判断していた。

 

「でも、意外だったね。スぺちゃんこわいものなしな気がしてたけど、飛行船ダメだったなんて」

「うきゅーっ」

「あらら」

 

スペシャルウィークとダイワスカーレットが回復するまで30分程度、そのロビーで留まることとなった。

回復し、港へと歩き出した。地面の素晴らしさを嚙みしめながら。

 

波止場につくと、一人のウマ娘が手を振っているのが見えた。

 

「マックイーンさま~。こっちです~」

 

薄い緑色のワンピースの裾と、麦わら帽子からふわっとウェーブした長い髪が、ウマ娘の手の振りと一緒に揺れている。

メジロブライトだ。

隣にはメジロ家のメイドが2人控えていた。少し汗ばんでいる。

 

「ブライト。どうしてここに」

「わたくしも島で夏を過ごす予定でして~。船を待つ間、ちょっと波を見ていたのです」

 

とメジロブライトがすこし間が伸びる口調で続けて、

 

「波のゆらゆら~とした動きを見ていましたら、時間がすこ~しだけ経過してまして、もう少ししたら、マックイーンさまがご到着なされるということでしたので、お待ちしておりましたの」

 

ほわっとした笑顔の横に両手を添えて答えた。

メジロマックイーンは考えた。このすこ~しは、少しじゃない、と。

そのまま隣に控えるメイドの一人に、

 

「何時間いらしたの」

 

と尋ねると、隣のメイドは、

 

「4時間ほどです」

 

少々疲労が見えるもののはっきりと答えていた。メジロ家のメイドたるもの、半日夏日の中を立っていても動じることなかれの精神である。

それでも辛いものは辛いようで、これ以上追及するのも酷と判断したメジロマックイーンは、メイドたちを労うための行動をとった。

つまりは船に乗り込むことだ。

 

「行きますわよ」

「では、こちらへどうぞ」

 

メイドの一人が先導し、もう一人がメジロブライトの横に控えて船に乗り込んだ。

止めていた縄を外して船が進んでいく。

離島まで、およそ1時間の船旅だ。

 

船旅も波によって揺れる。しかし、落ちても海までが近く、助かる可能性が高いという考えがあり、スペシャルウィークとダイワスカーレットの顔色は先ほどよりはいい。

船の側面ではゴールドシップが釣り糸を垂らしている。となりではアストンマーチャンが同じく釣りをしていた。

近くに置いてあるバケツには、粋のいい新鮮な小魚と新鮮な長くつと新鮮な空き缶が入っていた。

ライスシャワーがバケツの中を覗いている。一匹の魚が尾びれをつよくたたきつける。水がはねて、ライスシャワーの顔にかかっていた。

 

船のデッキ前方ではトレーナーとメジロブライトが話をしていた。

トレーナに向けて一礼をしている。

 

「お久しぶりですわトレーナーさま。前にお会いになったときはたしか~、マックイーンさまのグランドマスター祝いの席でしたでしょうか」

「もうそんな前になるのか。大きくなって全然気づかなかったぞ」

「うふふ~。マックイーンさまのこと、メジロ家一同大変うれしく思っています~」

 

でも、と顎に人差し指をあててメジロブライトは続けた。

 

「あの頃は、心躍るトレーナーさまの話題をマックイーンさまがいっぱい話してくれましたのに、最近あまり聞かなくなって、すこし心配していたのですよ~」

「・・・マックイーン、何を話した」

「事実以外何も話していませんわ」

 

メジロマックイーンは、トレーナーの視線を受け流している。涼し気だ。その流し目は、いたずらが成功したような子供のようなものであった。

会話に、トウカイテイオーが割り込んだ。

 

「トレーナーって有名人なの?」

 

その言葉にメジロマックイーンが顎に手を当てて少し考えると、得心した表情で答えた。

 

「よく言えばトレーナー界のゴールドシップ。悪く言えばトレーナー界のゴルシ。ですわ」

「うわぁ。なんかよくわかるかもしれない例えだ」

 

ロクでもない何かを起こした過去を持っていそうだ、とトウカイテイオーはため息ついた。

この中でまともなのボクだけじゃないかな、と本気で考え始め、誰か普通なウマ娘来てくれないかな、と願っていた。

出来れば突っ込み役を担当できるウマ娘を希望だった。1対9は分が悪すぎる。

 

ほどなくして島影が見えた。おぉ、と歓声があがる。

 

桟橋に船が静かに着いた。一人ずつ降りていく。メジロ家の執事の一人が頭を下げて出迎えていた。見た目30台半ばの背の高い男だ。

ゴールドシップがバケツを渡す。中には先ほどまでの小魚の姿はなく、タコが一匹入っていた。釣った壺にタコがはいっていたので、そのままバケツに放り込んだら小魚をすべて平らげていたのだ。

 

「おっちゃん。頼むぜっ」

「委細承知しました」

「うちの執事に何を仕込んでいるんですの!」

「あらあら~」

 

執事は動じることなくゴールドシップのバケツを受け取る。メジロ家の執事たるもの、何事にも動じるなかれの精神であった。

逆に驚いているのはメジロ家のウマ娘たちだった。

 

桟橋の先にある長い石畳の階段を上ると、大きな屋敷があった。

花壇に囲まれた立派な屋敷だ。

夏によく使われるからか、通り道にほど近い花壇には夏に花を咲かせるものが色鮮やかに咲いている。

一段奥となる花壇はその他の季節に色付ける花だろう、今は清涼感のある緑の葉が生えていた。

 

そのまま、一同は屋敷の中へと案内された。

客室に一人ずつ通される。10人が一部屋ずつ割り当てられている。

 

「私、この屋敷で1度は迷う気がします。いえ、5回は確実に迷いますね」

 

とスペシャルウィークが言うだけあって、地図なしで屋敷内を徘徊もできない広さだ。

全員が一度部屋に通されたあと、トレーナーの部屋に集合し、トレーナーは今日の予定を告げた。

 

「俺とマックイーンとスペシャルウィークはここの当主にあってくる。それが目的だしな。お前たちは今日一日は自由にしていていいぞ。練習は明日からな」

「あれ、私もですか」

「出る前に言っただろう。ここのばあ様がお前に会いたいって」

「そうでしたっけ? でも何で」

「俺にもわからん。けど、あのばあ様怖ぇーからな。できれば俺はご遠慮したい」

 

ごほん、と後ろでメジロマックイーンが咳をする。トレーナーはそれ以上のセリフを言わず、スペシャルウィークに付いてこいと促した。

残りのウマ娘たちに向かって、迷惑はかけるな、といい残すとメジロマックイーンの先導のもと、トレーナーとスペシャルウィークは屋敷の奥へと歩き出していた。

 

 

その姿が見えなるなるのを待って、ウオッカが音もなく扉を閉めた。

アストンマーチャンが電気を消し、ダイワスカーレットがカーテンを閉める。部屋はうす暗くなった。

 

「行ったか」

「はい」

 

ゴールドシップが椅子に座り、最後の確認をする。

窓良し。電気良し。ウマ娘良し。邪魔するものは誰もいない。

 

「ではこれより、この離島に来た目的を遂行する」

 

口角を少し持ち上げ、にやり、とした笑みを浮かべてゴールドシップが言った。

 

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